第7話 壊すものと共に
街を出てほどなく、三人は街道沿いの停留所へ向かった。
西方へ向かう乗合馬車は、朝の便が一本だけ出ている。
御者が手綱を整え、馬が鼻を鳴らす。
「ミレル村まで二人か?」
「ああ」
短い返事。
木製の車体は年季が入っているが、まだしっかりしている。
アナは少しだけ緊張しながら乗り込んだ。
扉が閉まり、車輪が軋む。
やがて馬が歩き出す。
街の石畳を越え、振動がゆるやかな土道へと変わる。
朝露が草を濡らし、冷たい空気が車内に流れ込んだ。
向かい合う座席。
ユキは腕を組み、窓の外を見ている。
刀は膝の上。
(暇だね)
小さな声。
「寝てろ」
(寝てるよ)
馬車が揺れる。
アナは刀をちらりと見る。
「……シグレさんって、特別な魔装なんですよね」
返事はない。
だが、ユキの視線がわずかに動いた。
「人になれるし、しゃべるし……」
揺れが少し大きくなる。
「置き土産とは、違うんですか?」
車輪が石を踏み、がたんと音を立てた。
一瞬の沈黙。
(違わないよ)
刀の中から、静かな声。
馬車が緩やかな坂を上る。
ユキの足がわずかに止まる。
「……同じだ」
アナの目が見開かれる。
「え?」
「シグレも、セラの置き土産だ」
馬の蹄が一定のリズムを刻む。
アナの視線が、ゆっくりと刀へ落ちる。
「じゃあ……」
言葉が続かない。
「十二の一つ」
淡々と告げる。
車内の空気が、わずかに重くなる。
(びっくりした?)
シグレの声は、いつも通り軽い。
だがその奥には、ほんの少し柔らかさが混じる。
アナは恐る恐る問う。
「……壊すんですか?」
馬車は丘へと差しかかる。
揺れがゆっくりになる。
ユキは答えない。
長い沈黙。
やがて、小さく言った。
「全部だ」
その一言は、重い。
「シグレさんも……?」
(そういう約束だもん)
刀の中で、くすりと笑う声。
ユキの指が無意識に柄へ触れる。
強くは握らない。
ただ、そこにあることを確かめるように。
「……約束だからな」
誰に向けた言葉か分からない。
(私はね)
(最後でいいよ)
眉がわずかに動く。
「順番は決めてない」
(決めてるくせに)
アナは何も言えなかった。
ただ、二人の間にあるものの重さを感じている。
やがて馬車が丘の上で止まる。
御者が声をかける。
「見えてきたぞ、ミレル村だ」
扉を開けると、空が広い。
小さな屋根。
煙突から上がる白い煙。
どこにでもある、穏やかな村
アナは胸の奥がざわつく。
壊すために旅をしている人が、
壊すべきものと共にいる。
それでも迷わず進む。
丘を下る道。
空気が、ほんのわずかに揺れている。
優しい光。
祈りの匂い。
そして――歪みの予感。
「行くぞ」
二人は村へと歩き出す。
刀の中で、シグレは静かに微笑んでいた。




