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『魔女の置き土産』--魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する物語  作者: キョウ


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第6話 奇跡の気配

夕方の喧騒が、どっと流れ込んできた。


酒の匂い、鉄の匂い、荒い笑い声。

森の静寂とはまるで別世界だ。


「戻ったぞ」


ユキが短く告げると、奥の席からアッシュが手を振る。


「おー、無事か?」


「普通」


「机は弁償な」


「請求元はお前だろう」


「お前ほんと理不尽だな!?」


どっと笑いが起きる。


昼間まで森で血を浴びていたとは思えないほど、空気は軽い。


アナはその様子を見回し、小さく息を吐いた。


日常だ。


血も怒号もない。

誰かが死ぬ気配もない。


それが、少しだけ嬉しい。


リーナがカウンター越しに報告書を受け取る。


「暴走型の不完全魔装、ですね……」


「破壊済み」


「ご苦労様です。こんな街の近くに出るのはイレギュラーですので、上にも報告しておきます」


ペンを走らせながら、リーナは顔を上げた。


「ユキさんが同行してくださって本当によかったです」


アナは力強く頷く。


「本当に……! 一瞬で終わりました!」


腰の刀から、かすかな声。


(今回も綺麗に壊しました)


「ドヤるな」


(事実です)


ユキが小さく舌打ちする。


その時だった。


奥のテーブルから、別の話題が浮かび上がる。


「聞いたか? 西の村の話」


「奇跡だとよ」


ざわり、と空気が揺れた。


「寝たきりだった娘が歩いたらしい」


「戦争で神経やられて、もう一生動けないって医者が匙投げてたって話だ」


「なのに急に立ち上がった。自分の足で、だ」


笑いが混じる。


半分は冗談。

半分は、本気。


アナの耳がぴくりと動いた。


「歩いた……?」


「神様でも降りてきたんじゃねぇのか?」


「都合が良すぎる」


アッシュが腕を組む。


「奇跡ってのは、大抵裏がある」


その言葉に。


ユキの手が止まった。


ほんの一瞬だけ。


(……似てる)


シグレの声が、わずかに低くなる。


リーナが静かに口を開いた。


「ちょうど調査依頼が来ています」


差し出された一枚の紙。


《西方・ミレル村

奇跡の発生につき調査願う》


その下に、小さく記されている。


《魔力反応あり》


ギルドのざわめきが、遠のいた気がした。


(ユキ)


シグレの声は硬い。


(あの感じ……)


ユキは何も言わず、依頼書を手に取る。


紙の端がわずかに軋んだ。


「行く」


短い一言。


アナが顔を上げる。


「私も行きます」


即答だった。


アッシュが苦笑する。


「奇跡見物か?」


「違います」


少し迷い、それでも視線は逸らさない。


「……知りたいんです」


「奇跡って、なんなのか」


ユキが横目で見る。


拒まない。


「準備しろ」


それだけ。


(優しい)


「うるさい」


夜は静かに過ぎていった。


翌朝。


空がまだ薄青く、鳥の声もまばらな時間。


門の前に立つ影は二つ。


ユキとアナ。


腰の刀の中で、シグレは静かに気配を潜めている。


「西の村だな」


「はい」


アナは小さく頷く。


緊張はある。


だが、目は揺れていない。


門番が欠伸をしながら門を開ける。


軋む音が、朝の静けさに響く。


街の外の空気は冷たい。


ユキは迷いなく、西へ歩き出す。


アナも一歩遅れてついていく。


「……奇跡、本物だといいですね」


小さな声。


ユキは前を向いたまま言った。


「奇跡には、理由がある」


それ以上は語らない。


刀の中で、シグレが静かに呟く。


(祈りか、歪みか)


朝焼けが、二人の背中を赤く染める。


それが救いなのか。


それとも――壊すべきものなのか。


「行くぞ」


二人は歩き出した。


西の、小さな村へ。

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