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『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
第4章 幽霊屋敷

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第52話 幻の行方

「さあ、知っていることを吐いてもらおうか」


黒刀の切っ先が、ミロの喉元に向けられている。

ほんの少し動かせば、薄い皮膚など簡単に裂ける距離だ。


ミロは青ざめた顔のまま、しばらく経ってユキを見上げていた。


先ほどまでの余裕は、もうない。

ミロは唇を尖らせ、不貞腐れたように肩をすくめている。


「はいはい。なんでも喋りますよーだ。死にたくないし」


「態度が軽いな」


「重くしたら許してくれるの?」


「許さない」


喉元に、黒刀の刃がさらに近づいた。


ミロの喉が、小さく上下する。


「……ごめんなさい」


(話が分かるようで何よりだよ)


シグレの声が、ユキの頭の中で小さく笑った。



黒刀の刃が、月明かりを受けて冷たく煌めく。


少し離れた場所では、アイファが倒れたアナを抱き起こしていた。

アナは気を失ったまま、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。犬耳は力なく垂れ、額には汗が滲んでいる。


そんなアナの身体を支えながら、アイファは静かに成り行きを見守っている。


ユキはミロへ視線を戻した。


「まずは、魔女の福音についてだ」


「うわ、そこから?」


「構成人数。目的。知っている限り全部話せ」


「人数は分からないよ。いっぱいいる」


刃が、首筋に触れた。


「もっと詳しく」


「ほんとだって!」


ミロが慌てて声を上げる。


「僕くらいの立場じゃ、正確な人数なんて知らされないんだよ。地方に散ってる人もいるし、信者っぽい人もいるし、金だけだしてる協力者もいるし、たぶん本人たちも全部は把握してないんじゃないかな」


「上は?」


「一応、教団の中には、僕よりずっと上の立場の司教が六人いるよ」


ユキの目が細くなる。


「司教」


「うん。オルフェリオさんも、その六人のうちの一人だよ」


その名を聞いた瞬間、ユキの奥歯がわずかに噛み合った。


白衣の男。

壊したはずの《イサナ》を持ち去り、《ソラネ》まで奪っていった男。


「その上は」


「教祖様がいる」


「見たことは?」


「ないよ」


ミロはあっさりと言った。


「声だけなら聞いたことある。でも、顔は知らない。たぶん女の人だと思うけど」


「女……」


ユキは小さく呟いた。


そして、オルフェリオの去り際、耳元で囁いた声が、脳裏に蘇る。


――今度は、貴方のよく知る彼女も一緒に。


胸の奥に、冷たい棘が刺さる。


よく知る彼女。


女の教祖。


そして、魔女セレスティアの名を掲げる教団。


嫌な予感だけが、形を持たないまま胸の奥を這う。


「目的は」


ユキが問う。


ミロは少しだけ考えるように視線を上げた。


「表向きの目的は、魔女セレスティアの奇跡を広めること」


その言葉に、ユキの目が冷える。


「魔女と呼ぶな」


「はいはい。聖女セレスティアの奇跡を広めること」


ミロは面倒くさそうに言い直した。


だが、その軽さが余計にユキの神経を逆撫でする。


「それが本気だと思うか」


「人によるんじゃない?」


ミロは肩をすくめた。


「少なくとも、掲げているものはそれだよ。泣いている人に奇跡を与える。苦しんでいる人を救う。失ったものを取り戻す。そういう、綺麗な言葉」


「中身は」


「みんな結構、好き勝手やってるんじゃないかな」


ミロは悪びれもなく言った。


「僕だって、《カナタ》を使わせてもらってるだけだし。教団の言うことを聞いていれば、これを取り上げられずに済む。だったら従うよ」


ミロの指が、左耳の紫水晶の耳飾りに触れた。


壊れかけた夜の中で、その石だけが仄かに暗い光を宿している。


「でも、いいと思わない?」


ミロは小さく笑った。


「これも、いわば奇跡だよ。会いたい人に会える。死んだ人にもう一度会える。泣いている人を笑顔にできる」


「寝かせて閉じ込めておいてか」


「夢の中なら、幸せでいられる」


「それを救いだと思っているのか」


「現実で泣いてるよりはマシでしょ」


その声音に、強い信仰はなかった。


狂気も、悪意も、薄い。


ただ、軽い。

どこか子供じみた理屈で、自分に都合のいい答えだけを選んでいる。


だからこそ、ユキの胸の奥が冷えていく。


「他には」


「魔女の置き土産の回収」


その瞬間、空気が変わった。


ユキの黒い瞳に、怒気が宿る。


ミロもそれに気づいたらしく、ひゅっと肩を縮めた。


「そんな怖い顔しないでよ。僕が決めたことじゃないし」


「回収してどうする」


「奇跡が実在していた方が、広めようがあるでしょ」


ミロは言った。


「聖女の遺した力が本当にある。聖女の力はそれこそ奇跡だ。そういうものを見せれば、人はすぐ信じるし、簡単に堕ちる」


「……」


「それに、多分、司教レベルの人たちは、僕の頭じゃ想像もできない目的があると思うよ。オルフェリオさんとか、何を考えてるか分からないし」


「何か知っているのか」


「そういえば今度、でかいことをやるって話は聞いたかも」


「それはなんだ」


刃が、さらに近づく。


ミロの喉元に、薄く赤い線が浮かんだ。


「だから知らないってば!」


今度の声には、はっきりと怯えが混じっていた。


「僕みたいな下っ端に教えるわけないじゃん。大事なことは司教たちと、その上だけで決めてるんだよ。僕は言われた場所に行って、言われた通りに人を集めるだけ」


ユキはミロの目を見た。


嘘をついているようには見えなかった。


少なくとも、この少年は本当に知らない。


そう判断して、ユキは次の問いへ移る。


「お前の目的は」


「僕?」


「この屋敷に人を集めて、どうするつもりだった」


ミロは一瞬、きょとんとした。


それから、左耳の耳飾りに指を添える。


「僕の目的は、もう達成されてるよ」


「何?」


「《カナタ》」


紫水晶が、ミロの指先で小さく揺れた。


「僕はこれで、お母さんに会うために魔女の福音にいるんだ」


その言葉だけは、先ほどまでより少しだけ静かだった。


ユキは黙る。


ミロは耳飾りを撫でながら、視線を落とした。


「毎晩、会えるんだよ。お母さんに。僕を叱ってくれるし、褒めてもくれる。抱きしめてくれる。現実じゃもう会えないけど、《カナタ》があれば会える」


「幻だ」


「知ってるよ」


ミロは即答した。


その顔には、分かっていない者の無邪気さではなく、分かっていて縋っている者の開き直りがあった。


「でも、会えるならいいじゃん」


「……」


「教団は《カナタ》をくれた。だから僕は従ってる。言うことを聞いていれば、没収されない。逆らえば取り上げられる。だったら従うしかないでしょ」


ユキは、ミロを見下ろした。


この少年もまた、過去に縋っている。


セラの幻を見せられた自分と、何が違うのか。


そう思った瞬間、胸の奥に鈍い不快感が沈んだ。


だが、それでも。


少年の行いを許すことはできない。


「人を集めてどうするつもりだった」


「それも本当に知らない」


ミロは小さく首を振る。


「僕の役目は、人を集めて、教団に送り届けることだけ。眠らせて、幻を見せて、抵抗できなくして、指定された相手に渡す。そこから先は知らない」


ユキは短く息を吐いた。


「そうか」


ミロは少しだけ表情を明るくする。


「ほら、色々喋ったし、許してよ」


「駄目だ」


ユキは即答した。


「お前は王都で牢に繋ぐ」


「ちぇっ。そこはしょうがないか」


意外にも、ミロはあっさりと受け入れた。


「情報を喋ったって言えば、刑を軽くしてもらえるかな」


「…お前、教団への忠誠心はないのか」


「ないよ」


ミロは不思議そうに首を傾げた。


「僕は《カナタ》を使えればそれでいいし」


「魔女の福音は、お前のような者が多いのか」


「どうだろうね。僕くらいじゃないかな」


ミロは少しだけ考えた後、肩をすくめる。


「少なくとも、司教たちは違うよ」


「違う?」


「オルフェリオさんたちは、聖女セレスティアを心から信仰してる」


そこで、ミロは少しだけ笑った。


「いや、あれは信仰っていうより、狂信かな」


(ラッキーだったね、ユキ)


シグレの声が、静かに響く。


(こいつ、思ったより情報を吐いてくれそう)


「ああ」


ユキは短く答えた。


そして、最後の問いを口にする。


「お前たちの本拠地はどこだ」


ミロは一瞬、黙った。


ユキの刃がわずかに動く。


「答えろ」


「分かってるよ。言うってば」


ミロは不満そうに唇を尖らせる。


「それはね、レ――」


その瞬間。


ミロの左耳の耳飾りが、強い紫の光を放った。


「え」


ミロが目を見開く。


「《カナタ》? どうし――」


言葉が途切れた。


ミロの視線が、ユキではないどこかへ向く。


その顔から、不貞腐れた色が消えた。

代わりに浮かんだのは、幼い子供のような驚きだった。


「お母さん?」


ユキには何も見えない。


だが、ミロの目には何かが映っている。


「なんで」


ミロの声が震えた。


「今日は、そんなの持ってるの」


紫の光が、さらに強くなる。


「ねぇ、お母さん」


ミロは、泣きそうな顔で笑った。


「どうしたの。ねぇ、お母さん!」


「おい」


ユキが踏み込む。


嫌な気配がした。


幻覚ではない。

魔力の流れそのものが、耳飾りの内側から暴れている。


「シグレ」


(うん。まずい)


ユキが黒刀を振るうより早く、紫水晶に走った光が一本の線になった。


ミロの目の前に、何かが振り下ろされた。


ユキには見えない。


けれど、ミロには見えていたのだろう。


長剣を構えた、母の姿が。


「お母さ――」


次の瞬間。


耳飾りが、真っ二つに割れた。


同時に、ミロの首筋に赤い線が走る。


血が噴き出すよりも早く、少年の身体が糸の切れた人形のように傾いた。


ユキは咄嗟に手を伸ばす。


だが、間に合わない。


ミロの身体は地面に崩れ落ち、動かなくなった。


紫水晶の破片が、土の上に転がる。


紫光はもう消えて、ただ、割れた耳飾りだけが、月明かりを受けて鈍く輝いている。


「……どういうことだ」


ユキの声は低かった。


(口封じだね)


シグレが答える。


その声にも、いつもの軽さはない。


アイファが、アナを抱えたまま眉を寄せる。


「……なぜ今さら」


ミロは、すでに十分な情報を漏らしていた。


それだけでも、教団にとっては痛手のはずだ。


(ミロが持つ情報の中では、本拠地が一番まずかったんじゃないかな)


シグレが言う。


(下っ端でも、そこだけは知られて困る。だから、言いかけた瞬間に発動した)


「……くそっ」


ユキは低く吐き捨てた。


黒刀を下ろし、動かなくなったミロを見下ろす。


少年の顔には、最後まで恐怖が残っていた。


母の幻を見ていた。

縋っていた相手に、殺された。


もちろん、それも本物ではない。


だが、ミロにとっては本物だったのだろう。


そう思うと、胸の奥に嫌なものが残った。


「最後まで、趣味が悪い」


ユキは割れた《カナタ》を拾い上げた。


もう魔力は残っていない。

ただの壊れた耳飾りだった。


ユキはしばらくそれを見つめた後、ミロの亡骸のそばへ置く。


「埋めるぞ」


「……いいのか」


アイファが問う。


「放っておく気にはなれない」


ユキは短く答えた。


「こいつは許さない。けど、これ以上、魔女の福音の道具にさせる気もない」


シグレは何も言わず、アイファも、ただ静かに頷く。


割れた水晶は、もう何の光も宿してはいなかった。

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