表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
第4章 幽霊屋敷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/58

第51話 友達だ

アイファの刃が、ユキの喉元へ滑り込む。


ユキは首をわずかに傾け、黒刀でその軌道を弾いた。

火花が散る。

地下牢の冷たい空気に、金属音が鋭く響く。


「アイファさん!」


アナが叫ぶ。


だが、アイファは反応しない。

銀灰の瞳はユキを見ているようで、見ていなかった。その奥に焼きついているのは、憎しみだけだ。


「セヴラン……!」


もう一度、アイファがその名を吐く。


逆手に握ったナイフが、低い位置から跳ね上がる。


ユキはそれを受け、流し、最低限の動きでかわす。


「おい、起きろ。俺はセヴランじゃない」


返事はない。


代わりに、アイファの踏み込みがさらに深くなった。

刃が黒刀を擦り、耳障りな音を立てる。


地下牢は狭い。

左右には鉄格子が並び、その向こうではリカナや村人たちが眠っている。

ここで大きく刀を振れば、誰かを巻き込む。アイファが無理に踏み込めば、眠っている者を盾にされる危険もある。


「面倒な場所で暴れるな」


一歩、後ろへ下がる。


アイファはそれを逃げと見たのか、獣のような速さで追ってきた。

ナイフが低く走る。

それをユキは黒刀で弾き、階段の方へ身体を流した。


「ユキさん!」


「リカナたちから離す」


短く言い、ユキはさらに後退する。


アイファは迷わず追う。

足音はほとんどない。だが、動きそのものは以前より荒い。


地下階段を駆け上がる。

古い石段に靴音が響き、湿った空気が背後へ流れていく。

ミロは逃げるでも止めるでもなく、楽しそうにその様子を見ていた。


「いいね。仲間同士で戦うのって、ちょっと悲しいけど、すごく綺麗だよね」


「黙ってろ」


ユキは吐き捨てる。


階段を上がり、古びた屋敷の廊下へ出る。

アイファは止まらない。幻の中で見ている敵を逃すまいと、身体ごと刃を押し込んでくる。


ユキはその勢いを受け流しながら玄関まで下がり、扉を蹴るように開いた。


夜気が流れ込む。


庭は静まり返っていた。

枯れた草が風に揺れ、朽ちた門が闇の中で黒く沈んでいる。


ここなら、戦える。


直後、アイファが庭へ飛び出した。


速い。

だが、粗い。


かつて《ソラネ》を使っていた時のアイファは、もっと静かだった。

空を足場にし、角度を殺し、気配を消し、こちらの意識の外から刃を滑り込ませてきた。


今のアイファは違う。


怒りに任せて踏み込み、憎しみに任せて斬りつけている。

刃は鋭い。身体能力も高い。けれど、そこにあったはずの冷静さが抜け落ちていた。


ユキは真正面から受け止め、低く言う。


「お前はその程度だったか?」


アイファの眉がわずかに動いた。


「《ソラネ》を使っていたお前は、もっと強かったぞ」


「黙れ……!」


アイファが叫ぶ。


ナイフが雑に横薙ぎに走った。

だが、ユキは半身でかわし、柄でアイファの手首を打とうとして、寸前で止める。

今のアイファに痛みで止まる理性があるとは限らない。


「俺は確かに、復讐しろと言った」


ユキは刃を受けながら続ける。


「だが、道具ではなく、自分の意思で来いとも言ったはずだ」


アイファの刃が、黒刀に噛み合う。


「お前はまた、魔女の福音の道具になるのか?」


その言葉に、アイファの瞳が一瞬だけ揺れた。


だが、すぐに憎悪が塗り潰す。


「セヴラン……!」


見えていない。

聞こえていない。


そこへ、屋敷の入口からミロが顔を出す。

左耳の紫水晶が、淡く揺れている。


「無駄だよ」


ミロは歪んだ笑みを浮かべて言う。


「その子は幻の中にいる。君の姿は、一番憎い相手に見えてる。声もちゃんとは聞こえてないよ」


「随分と楽しそうだな」


「うん。仲間討ちって、見てる分には面白いから」


ミロは素直に頷いた。


「僕はこのまま、ここで見させてもらおうかな」


ユキは刀越しにアイファを見た。


「そうか」


黒刀に力を込め、アイファの刃を押し返す。


「なら、さっさと正気に戻れ。アイファ」


「……!」


「高みの見物を決めてるガキを、引きずり下ろすぞ」


(どうする? ユキ。峰打ちで気絶させる?)


シグレの声が、頭の中に響く。


現実的には、それが早い。


アイファを気絶させれば、一時的には止められる。

相手も殺さずに済む。

以前のユキなら、迷わずその選択をしたはずだ。


だが、ユキは短く息を吐いた。


「……アイファは、友達だ」


口にしてから、ユキは自分で少しだけ驚いた。

けれど、訂正する気にはならなかった。


「友達に手をかけたら、セラが悲しむ」


(……そっか)


シグレが、刀の中でにっこり笑った気がした。


(なら、しょうがないね)


その時、背後からアナの声が響く。


「ユキさん!」


地下から駆け上がってきたアナが、息を切らしながら庭へ飛び出してくる。

顔は青ざめている。だが、その目だけは真っ直ぐだ。


「私に考えがあります!」


「言え」


「アイファさんを、少しだけ動けなくしてください!」


(アナの言う通りにやってみようか)


「分かった」


ユキは即座に動いた。


アイファのナイフを受ける。

押し合う。

力の向きが真正面に集まった瞬間、ユキはわざと刀をずらした。


アイファの体勢がわずかに崩れる。


その隙をユキは逃さない。


ユキは踏み込み、アイファの手首を掴んだ。

強引に身体を捻り、背後へ回る。ナイフを握った腕を後ろへ固め、もう片方の腕で肩を押さえ込んだ。


「っ、離せ……!」


アイファが暴れる。

だが、ユキは動かさない。


「アイファ」


「セヴラン……!」


「今度、サイカに近接戦闘を教えてもらえ」


(今だよ、アナ)


「はい!」


アナが駆け寄る。


首元の小さな装飾具――《ミハル》を握りしめる。

そこからアイファに向かい、淡い光の糸が伸びた。

アナの手首と、ユキに押さえられたアイファの手首へ絡みつくように繋がる。


「ミハル、お願い……私だけじゃなく、アイファさんにも!」


アナは歯を食いしばる。


「ミハル、魔装顕現!」


淡い光が、弾けた。


普段の《ミハル》は、アナの五感を少しだけ押し上げる補助魔装だった。

匂いを拾いやすくし、音を聞き分けやすくし、暗がりでも僅かな変化に気づけるようにする。


だが、今は加減などしていなかった。


アナは自分の魔力を、ありったけ《ミハル》へ流し込む。


瞬間、世界が押し寄せた。


土の匂い。

夜風の冷たさ。

ユキの呼吸。

アイファの体温。

ナイフの金属臭。

ミロの耳飾りから漏れる甘い魔力の気配。

枯れ草が擦れる音。

地下から漂う眠った人々の匂い。


現実の情報が、暴力のようにアナとアイファへ流れ込む。


「うっ……!」


アナの膝が揺れた。


ただでさえ、五感の鋭い獣人の彼女には、その情報量は多すぎる。

頭の奥が焼け、耳鳴りが止まらない。

匂いが形を持って襲ってくる。


それでも、アナは叫んだ。


「アイファさん、ちゃんと見てください!」


アイファの瞳が揺れる。


「目の前にいるのは敵ですか!? それとも、仲間ですか!?」


アイファの喉が震えた。


「セヴ……ラン……」


現実と幻が、激しくぶつかる。


見えているのは、セヴラン。

けれど、鼻が知っている。

耳が知っている。

肌が知っている。


この呼吸は違う。

この魔力は違う。

この手の強さは、あの男のものではない。


「違う……」


アイファが奥歯を噛みしめる。


「違う……お前は……」


銀灰の瞳から、憎悪の濁りが少しずつ引いていく。


「アイファさん!」


アナが、最後の力を振り絞って叫んだ。


「目の前にいるのは、誰ですか!」


アイファは息を呑んだ。


そして、掠れた声で答える。


「……友達だ」


その瞬間、紫の靄が弾けるように消えた。


「よかった……」


アナが小さく笑う。


次の瞬間、糸が解け、《ミハル》の光が消える。

アナの身体がぐらりと傾く。


「アナ!」


アイファが反射的に腕を伸ばした。

ユキの拘束から外れた腕で、倒れかけたアナを受け止める。


アナは意識を失っていた。

それでも、その顔には安堵が残っている。


アイファはアナを抱え、しばらく何も言えなかった。


やがて、低く呟く。


「……すまない。面倒をかけた」


「ああ。本当にな」


ユキは刀を下ろさずに答える。


アイファはアナをそっと地面に寝かせた。

それから、ユキと並ぶように立つ。


二人の視線が、屋敷の入口に立つミロへ向いた。


「本当に何も仕掛けてこないとはな」


ユキが言う。


ミロは少しだけ目を丸くしていた。

だが、すぐにぱち、ぱち、と小さく拍手をする。


「うん。まさか《カナタ》を破るとは思わなかったよ」


紫水晶の耳飾りを撫でながら、ミロは楽しそうに笑う。


「なるほどね。《カナタ》より強く、五感を現実に繋げたんだ。視る幻と聞く声を、匂いと熱と痛みで上書きした。すごいなぁ」


「感心してる場合か」


「してるよ。だって、すごかったもん」


ミロは無邪気に言う。


「君たちの友情、ちゃんと見せてもらったよ」


その笑顔は、やはり歪んでいた。


「けど、頼みの魔装持ちの子は倒れちゃったね」


ミロの左耳で、紫水晶が再び淡く光る。


「もう一回、抗えるかな?」


「させると思うか」


ユキが地面を蹴った。


一瞬だった。

ミロが耳飾りに魔力を込めるより早く、ユキは距離を詰める。


ミロの顔から、初めて笑みが消えた。


「わ」


短い声。


ユキの黒刀が、ミロへ向かって走る。

狙いは耳飾り。左耳に揺れる紫水晶。


それを砕けば終わる。


だが。


刃が届く寸前、白い影が間に立った。


金の髪。

優しい瞳。

少し困ったように笑う口元。


ユキの腕が、止まる。


黒刀の切っ先が、白い衣の前でぴたりと震える。


そこにいたのは――聖女セレスティアだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ