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『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
第4章 幽霊屋敷

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第50話 死者に会える屋敷

ぱち、ぱち、ぱち。


 地下牢の奥で、誰かの拍手が聞こえる。


「すごいね。ここまで来るなんて」


 暗がりの向こうから、幼い声が響く。


 リカナよりは少し年上だろうか。

 アナよりは明らかに幼く聞こえた。


 こんな場所にいるというのに、その声音は妙に明るい。

 場違いなほど、楽しげだ。


 地下牢の奥から、一人の少年が姿を現す。


 白を基調とした助祭服。

 胸元や袖口には、金の細い刺繍が走っている。


 その意匠には見覚えがあった。


 かつてユキたちの前に現れた、白衣の男――オルフェリオの装いと、どこか似ている。


 少年はにこりと笑った。


「ようこそ。死者に会える屋敷へ」


 少年の左耳には、紫水晶の耳飾りが揺れている。

 薄暗い地下の光を受けながら、淡い影がゆらめいていた。


 ユキは刀を構えたまま、目を細める。


「何者だ」


「僕はミロ」


 少年は嬉しそうに名乗った。


「この屋敷を任されてるんだ。まあ、任されてるって言っても、そんなに難しいことはしてないけどね。みんな、勝手に来てくれるから」


「この屋敷は、お前の仕業か」


「うん」


 ミロはあっさり頷く。


 その軽さは、異様だ。


 リカナも、アイファも、村人たちも眠らされている。

 鉄格子の中には、いくつもの身体が横たわっている。


 それなのに、ミロは悪戯を褒められた子供のように笑っていた。


 ユキの声が少しずつ沈む。


「その格好。オルフェリオと同じだな」


 ミロの笑みが、深まる。


「知ってるんだ」


「魔女の福音か」


 その言葉と同時に、ユキの眼光が鋭さを増した。


 空気が変わる。


 冷たい地下の空気に、さらに薄い刃が混じったように。


 アナもその変化を感じ取ったのか、リカナの牢の前から半歩下がり、自然と腰の剣に手をかける。


「うん。そうだよ」


 ミロは、まるで友人に所属を尋ねられたかのように軽く頷いた。


「そういう君は、オルフェリオさんの報告にあった魔女の弟子ユキだね。で、その刀が《魔女の置き土産》のシグレかな」


 ミロの視線が、ユキの手元に向く。


 子供が珍しい玩具を見るような目だった。

 欲しいものを見つけた時の、無邪気な目。


「いいなぁ。僕もそれ、欲しいなぁ」


 その一言で、ユキの表情から熱が消える。


 ユキが嫌悪の言葉を口にする、その前にアナが声を荒げた。


「シグレさんを物みたいに言うのは、やめてください!」


 その声は震えていた。

 恐怖ではなく、怒りで。


「シグレさんは、ユキさんの大切な相棒で、友達です。欲しいとか、そんな風に言うものじゃありません!」


 アナの目に力強い闘志が宿る。


(そういうこと。あんたなんか、絶対にごめんだね)


 シグレの声が、地下に響いた。


 ユキだけに向けた念話ではない。

 ミロにも届くように、はっきりとした拒絶を込めた声だ。


 ミロは少しだけ目を丸くしたが、それでもすぐに楽しそうに肩をすくめた。


「あーあ。振られちゃった」


 言葉は軽い。


 けれど、その目はまだシグレを見ている。

 諦めた目ではなく、欲しいものを一度棚に戻しただけの目。


「でも、いいもん。僕にはこれがあるしね」


 ミロは左耳の耳飾りに指を添える。


 紫水晶の奥で、まるで小さな心臓のように淡い光が脈打つ。


「それに」


 少年は笑った。


「殺して奪えば、そんなの関係ないし」


 ミロの口が、三日月のように歪む。


 アナが息を呑んだ。


 ミロは腰から、細身の長剣を抜く。


 その形は、オルフェリオが持っていたものとよく似ていた。

 細く、軽く、儀礼用にも見える。

 だが、刃は確かに人を斬るためのものだ。


 ユキは一歩も動かない。

 ただ、刀の角度をわずかに変える。


「……シグレ。何か感じるか」


(うん、分かるよ)


 シグレの声から、いつもの軽さが少しだけ消えている。


(似てる。でも、どっちもお母さんの置き土産じゃない。耳飾りも、剣も)


「そうか」


「すごいね」


 ミロが楽しそうに笑った。


「そんなことも分かるんだ」


 少年は耳飾りを撫でたまま、首を傾げる。


「うん。これは確かに、偉大なる魔女セレスティアの置き土産じゃないよ」


 偉大なる魔女。


 その言葉が落ちた瞬間、ユキの殺気が急激に強まる。


 アナは、反射的に呼吸を止めてしまった。

 地下牢の空気が、さらに重く沈み、眠っているはずの村人たちの呼吸音まで、遠くなったように感じる。


「その呼び方をするな」


「どうして? みんなそう呼んでるよ」


 ミロは本当に不思議そうに言った。


「魔女セレスティア。たくさんの奇跡を残した人。世界を変えた人。僕たちの福音の始まりになった人」


「黙れ」


 ユキの声は短い。

 その奥には、確かな怒りがある。


 ミロは少しだけ肩を竦めた。

 一瞬、怖がっているようにも思える。


 けれど、すぐにまた歪んだ笑顔を見せる。


「まあ、いいや。確かに、これは置き土産じゃない。でも、すごいんだよ。置き土産と遜色ないくらい、よくできてる」


 だってね、とミロは続ける。


 その笑顔は、幼い。

 幼いまま、どこかが決定的に壊れている。


「会いたい人に会わせてあげられる。聞きたい声を聞かせてあげられる。泣いてる人を笑顔にしてあげられるんだから」


「笑顔?」


 アナの声が震える。


「この人たちを眠らせて、閉じ込めて、それで笑顔にしているつもりなんですか」


「うん。だって、起きたら泣いちゃうでしょ?」


 ミロは当然のように答えた。


「死んだ人には会えない。戻ってこない。分かってるのに、みんな会いたがる。だったら、夢の中で会わせてあげた方が優しいよ」


 その言葉には、悪意がなかった。


 だからこそ、歪んでいた。


 悪いことをしている自覚がない。

 人の痛みは理解しているのに、その痛みを終わらせる方法が、歪んでいる。


「眠ったまま、見たい夢を見てた方がいいでしょ」


 ユキは黙って、刀を握り直す。


 そして、アナもまた剣の柄を強く握った。

 目には恐怖がある。

 それでも、逃げる気配はない。


「アナ。下がってろ」


「はい」


 アナはリカナの牢を庇う位置へ下がった。


 ミロはにこにこと二人を見ている。


「勘違いしないでよ。君と戦うのは、僕じゃない」


「何?」


「僕、弱いし、痛いの嫌いなんだ。剣を抜いたのは用心。君、顔怖いし」


 ミロは悪びれずに言った。


 弱い。


 確かに、目の前の少年自身からは、強者の気配は感じない。

 剣を構える姿にも、長く鍛えた者の重みはなかった。


 ユキが本気で踏み込めば、距離を詰めるのに数秒もいらないだろう。


 だが、だからといって危険ではないということは、既にユキの経験と勘が告げている。


 ミロは左耳の耳飾りに指を添える。


「君と戦うのは、あの子だよ」


 紫水晶が、淡く光る。


「魔装顕現――《カナタ》」


 その瞬間、地下牢の空気が揺れた。


 光は強くない。


 むしろ、薄い霧のように広がっただけだった。

 それでも、アナは思わず目を細める。

 耳の奥に、誰かの囁きが触れた気がした。


 ユキも一瞬、視界を細める。


 直後。


 殺気。


 右前方。

 鉄格子の向こう。


 ユキは考えるより早く刀を抜いた。


 ぎり、と刃が噛み合う音が響く。


 黒刀シグレと、逆手に握られたナイフがぶつかっていた。


「またお前かよ……」


 ユキは、半ばうんざりしたように呟く。


「っ……!」


 アナが息を呑む。


 刃をぶつけてきたのは、アイファだった。


 さっきまで牢の中で眠っていたはずの女が、逆手に握ったナイフに殺気を込めている。


 ユキは刀越しに、アイファの顔を見る。


 その瞳は確かに開いていた。


 けれど、その瞳にはユキが映ってはいない。


 その銀灰の瞳に映るのは、かつて愛する弟を奪い、自分を道具として扱った男の姿。


「セヴラン……!」


 アイファの声が、憎悪に掠れる。

 瞳には、怒りと憎しみが焼きついていた。


「いいね。その子、すごくよく見えてる」


 ミロが奥で楽しそうに笑う。


 アイファのナイフに、さらに力がこもった。


 ユキの黒刀が、ぎしりと鳴る。


 次の瞬間、アイファは獣のような速さで踏み込み、ユキの喉元へ刃を滑り込ませる。


 ユキとアイファの、戦いが再び始まった。

記念すべき50話突破です!!

ここまで読んでいただいた皆さんありがとうございました。


まだまだ、終わる気配もなく、完結まで何話かかるかわかりませんが、今後も読んでいただけると幸いです。


続きが気になる&面白いと思ってくださったら、

ブックマーク、★★★★★評価のほどよろしくお願いします!!

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