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『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
第1章 新人冒険者

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第4話 願いの残骸

森を抜ける帰り道。


 西日が木々の隙間から斜めに差し込み、三人の影を長く地面へ引き伸ばしていた。


 昼の熱はもう薄れ、森の空気には夕方特有の静けさが満ち始めている。


 アナは、自分の手をそっと握り直した。

 指先が、まだわずかに震えている。


 さっきまで握っていた剣の感触が、掌の奥に残って離れなかった。


 ゴブリンの血の匂いも、キングゴブリンの咆哮も、まだ耳の奥にこびりついている。


 その中で、何より強く焼きついていたのは――ユキの一太刀だった。


「さっきの……すごかったです」


 前を歩く黒髪の背に向けて言う。


 返ってきたのは、短い一言。


「別に普通だ」


 アナは思わず顔を上げる。


「普通じゃないです!」


(普通じゃないよ)


 腰の刀から、シグレが小さく笑った。


 アナは少しだけ息を整え、迷うように言葉を選ぶ。


「さっきの斧……暴走してるって言ってましたよね」


「ああ」


「本来の魔装は、もっと強いんですか?」


「強い」


 短い返答。


 だが、ユキはそれで終わらせなかった。


 わずかに視線を落とし、静かに続ける。


「その中でも、《魔女の置き土産》と呼ばれるものは格が違う」


 木漏れ日が揺れた。


 枝葉の影が、三人の足元をゆっくりと流れていく。


 ユキの声は変わらず淡々としていた。

 けれど、その言葉だけは、明らかに重みが違った。


「普通の魔装は、持ち主の力を増幅する道具だ」


 そこで一度、言葉が切れる。


 風が吹き、落ち葉が足元をかすめた。


「だが、《置き土産》は違う」


 アナは無意識に息を呑む。


 ユキは前を向いたまま言った。


「持ち主の願いを映す」


 その一言が、アナの胸の奥へ沈んだ。


(あれはね)


 シグレの声は、いつになく穏やかだった。


(持つ人の“願い”を拾うの)


 夕陽の中で、ユキの横顔がわずかに陰る。


「願いに応じて、形も、力の在り方も変わる。だから強い」


 そして、ほんの少しだけ声が低くなった。


「だが同時に、持ち主次第でどこまでも歪む」


 アナの胸がざわついた。


 願いを映す。

 願いに応える。


 それは、まるで奇跡みたいな話だった。


 けれど今のユキの声音は、それを美しいものとして語ってはいなかった。


「でも、それって……武器なんですか?」


 思わず口をついて出た問いに、ユキは少しだけ黙った。


 やがて返ってきたのは、静かな答えだった。


「願いの残骸だ」


 アナは言葉を失う。


「だから、普通の魔装とは比べるな」


 強く言い切ったわけではない。


 だが、そこにははっきりとした線があった。


 同じ“魔装”という言葉で括ってはいけない。


 そう告げるような声音だった。


 アナは唇を引き結び、それでももう一歩だけ踏み込む。


「でも、作ったのは……“魔女セレスティア”なんですよね」


 その瞬間。


 森の音が、少しだけ遠のいた気がした。


 ユキの足取りは変わらない。


 視線も前を向いたままだ。

 けれど返ってきた言葉は、迷いなく、揺らぎなく、真っ直ぐだった。


「聖女だ」


 アナが目を見開く。


 夕陽が、ユキの横顔を橙色に染めていた。


「俺にとってはな」


 その言葉に、怒りはなかった。


 苛立ちもない。


 ただ、それ以上は譲らないという静かな強さだけがあった。


 アナは初めて気づく。


 この人は、世界と同じ景色を見ていない。


 世界は彼女を“魔女”と呼ぶ。


 けれど、この人は彼女を“聖女”と呼んでいる。


 それはたぶん、意地なんかではない。


「でも、魔女セレスティアは……戦争を起こしたって」


「武器は道具だ」


 アナの言葉を遮るように、ユキは答えた。


 間を置かず、そのまま続ける。


「使ったのは人間だ」


 森がざわめく。


 枝葉が触れ合う音が、言葉のあとに静かに重なった。


「セラはいつも、人のためを思って作っていた」


 セラ。


 その呼び名に、アナは思わず顔を上げる。

 かつて聖女と呼ばれ、今は魔女と呼ばれる女性を、ユキはそんなふうに呼ぶのか。


 そこにあったのは崇拝ではない。

 もっと近くて、もっと深い呼び名。


 アナは何も言えなくなる。


 この人の中では、まだその人は生きているのだ。

 少なくとも、名前を呼ぶ距離のままで。


 しばらく沈黙が続いた。


 遠くで鳥が羽ばたく音がする。


 木々の向こうで、空はゆっくりと赤みを増し、やがてアナは、恐る恐る最後の問いを口にした。


「じゃあ……どうして魔装を壊すんですか?」


 ほんの一瞬だけ。


 ユキの足が止まった。


 本当に一瞬のことだった。


 けれどアナには、そのわずかな間が妙に長く感じられた。


 シグレもまた、何も言わない。


 夕陽が三人を橙色に染め、長く伸びた影が、帰り道の上で重なっている。


「……セラが望んだからだ」


 静かな声だった。

 だが、その奥には揺るがない決意がある。


 アナは息を詰めた。


 ユキは前を向いたまま、ゆっくりと言葉を継ぐ。


「この力が、誰かの願いを支えるものじゃなくなった時」


 風が吹き、木々が鳴る。


「誰かを踏みにじるものになった時は、全部消してくれって」


 ユキの脳裏に、微笑みを浮かべる彼女がよぎる。


 アナには、その顔は見えない。


 それでも、ユキの声だけが、やけに鮮明に耳へ残った。


(約束、だもんね)


 シグレが、そっと添えるように言った。


 ユキは何も答えない。


 ただ前を見る。


 森の出口。

 その先にある街の門。

 帰る場所。


「それが、聖女セレスティアの弟子である俺の役目だ」


 もうすぐ日が沈む。


 空の赤は深くなり、影は溶けるように長さを失っていく。


 門が見えた、その時。


 ユキは小さく言った。


「俺が終わらせる」


 振り返らない。


 誇らない。


 言い聞かせるでもなく、ただ事実として口にした声音だった。


 アナは胸の奥が、きゅっと締めつけられるのを感じた。


 この人は強い。

 けれど、それだけじゃない。


 何かを背負っていて。

 何かを終わらせるために歩いている。


 そのことだけが、今ははっきりと分かった。


 空は赤く染まっていた。

 それは血の色にも、祈りの色にも見えた。。

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― 新着の感想 ―
読ませていただきました。 まず強く心を掴まれたのは、重厚で少し切なさを帯びた世界観です。魔物が跋扈し、人々が《魔装》という力で抗う世界。その中で語られる“魔女”と呼ばれた聖女セレスティアの過去には悲し…
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