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『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
第4章 幽霊屋敷

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第44話 ギルドマスター

受付ホールの喧騒が、背後へ遠ざかっていく。


 ユキたちはリーナに案内され、ギルド《灯守の会》の奥へ進んでいた。


 階段を上がり、廊下の突き当たりにある重い扉の前で、リーナが足を止める。


「ギルドマスター。サイカさんたちをお連れしました」


「入れ」


 中から返った声は、静かだった。


 リーナが扉を開ける。


 部屋に入って、最初に目に入ったのは、机の横に立っている大男だった。


 背が高い。

 肩幅も広い。

 腕は丸太のように太く、首も分厚い。


 歴戦の戦士という言葉がよく似合う、いかつい顔立ちをしている。

 片目には古い傷が走り、腰には大ぶりの斧が下がっていた。


 見た目だけなら、これ以上ないほどギルドマスターらしい。


 アナが、思わず小声で呟く。


「……この方が、ギルドマスターさんですか?」


 ユキに尋ねたつもりだったのだろう。


 だが、ユキが答えるより早く、大男がそれを聞いて豪快に笑った。


「ははっ。残念だが、俺じゃねえよ、嬢ちゃん」


「えっ」


「よく間違えられるがな」


 大男は慣れた様子でそう言うと、親指で自分の後ろを指す。


 その奥。


 窓際の椅子に、一人の女性が静かに座っていた。


 白い髪が、肩口でゆるく流れている。

 透き通るように白い肌。

 細く長い耳。

 年齢は分かりにくい。

 若いようにも見え、長い時間を生きてきたようにも見える。


 整いすぎた顔立ちは冷たいほど美しく、それでいて、目元にはどこか穏やかな柔らかさがあった。


 ただ座っているだけなのに、部屋の空気の中心がそこにある。


 アナは無意識に息を呑んだ。


 サイカが軽く頭を下げる。


「ただいま戻りました、ギルドマスター」


「ご苦労だった、サイカ」


 白い女性は、かすかに笑った。


 その声は大きくない。

 だが、不思議と逆らいにくい響きがあった。


「初めて見る顔がいるな」


「《灯守の会》ギルドマスター、レイシアだ。種としては白妖族にあたる。まあ、エルフでも何でも、好きに呼んでくれ」


「は、はい……!」


 アナが慌てて背筋を伸ばす。


 レイシアの視線が、ユキ、アナ、シグレへと順に移り、最後にアイファで止まった。


 ほんのわずか、目が細められる。


「黒妖族か」


 アイファの長い耳が、小さく揺れた。


「……そうだ」


「久しいな。同胞を見るのは」


 その言葉に、アイファの空気がわずかに硬くなる。


「私は、もう同胞と呼ばれるような者ではない」


 アイファは、自分がその言葉を受け取れる立場ではないと知っていた。


 レイシアは、怒るでもなく、否定するでもなく、穏やかに言った。


「白妖族と黒妖族は、遠い隣人だ。血の流れが完全に別れたわけではない。少なくとも私は、お前を見て何も感じないほど若くはない」


 アイファは答えない。


 ただ、視線をわずかに落とす。


 その沈黙を、レイシアは無理に崩さなかった。


「居場所がないなら、しばらくここにいればいい」


 アイファが顔を上げる。


 レイシアは続けた。


「ただし、《灯守の会》で刃を振るうなら、誰かの命令ではなく、自分の意思で振るえ。ここは、道具を置く場所ではない」


 アイファの表情に、大きな変化はなかった。


 けれど、その耳がほんの少しだけ伏せられる。


「……分かった」


 レイシアは小さく頷き、それ以上は踏み込まなかった。


 そして、視線をサイカへ戻す。


「さて、報告を聞こうか」


 サイカが一歩前へ出た。


 口を開き、王女セリス・ルシアの護衛任務で起きたことを順に報告する。


 盗賊団の襲撃。

 複数の魔装。

 《魔女の置き土産》――《ソラネ》を持つアイファとの交戦。

 セヴランという男。


 そして、白い衣を纏うオルフェリオ。


 壊したはずの《イサナ》が再び現れ、《ソラネ》と《イサナ》が奪われたこと。


 オルフェリオが口にした名。


 魔女の福音。


 サイカは余計な感情を交えず、事実だけを順に並べていった。


 大男は途中から眉間に皺を寄せ、リーナは静かに顔を青ざめる。


 アナは何度か何かを言いかけたが、そのたびに口を閉じた。


 レイシアだけは、最後まで表情を大きく動かさなかった。


 報告が終わると、部屋に短い沈黙が落ちる。


 やがて、レイシアは静かに目を伏せた。


「なるほど」


 それだけだ。


 だが、その一言だけで、彼女が話の重さを正しく受け止めたことは伝わる。


 ユキが口を開いた。


「魔女の福音について、何か知っているのか」


 レイシアはゆっくりと視線を上げた。


「名前だけならな」


「聞かせろ」


「魔女セレスティアの名を掲げ、奇跡を売る者たち。救済を唱え、祈りを集め、弱った人間に手を伸ばす。そういう組織、いや、教団だと、報告を受けたことがある」


 ユキの空気が、すっと冷えた。


「奇跡を売る、か」


「嫌な言い方だね」


 シグレが低く呟く。


 その声音に、いつもの軽さはなかった。


 レイシアは続ける。


「五年前の戦争以降、魔女の名を利用する者は増えた。だが、今回の件はただの詐欺師とは思えん」


「《ソラネ》と《イサナ》を持ち去ったというなら、なおさらだ」


 サイカが口を開く。


「王都側にも報告は上げています。だが、魔女の福音がどこまで入り込んでいるかは分かりません。王城もギルドも、慎重に動く必要があるかと」


「慎重に、か」


 ユキは皮肉げに言った。


 レイシアがユキを見る。


「その顔は、慎重に動く者の顔ではないな」


「俺は元からこういう顔だ」


「そうか。なら、顔の作りが悪い」


「喧嘩売ってるのか」


「忠告している」


 大男が肩を震わせて笑いを堪えた。


 サイカは軽く額を押さえ、アナはおろおろと二人を見比べている。


 レイシアは机の上に置かれた書類を一度整えた。


「魔女の福音については、こちらでも調べる。王都から追加の情報が来れば、お前たちにも共有しよう」


「助かる」


 ユキが答える。


「だが、ひとつ確認しておきたい」


 レイシアの目が、ユキを射抜く。


 その瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。


「ユキ。お前はこれからも、《魔女の置き土産》を追うのだな」


 ユキは迷わなかった。


「ああ」


「理由は聞かん」


「聞かれても話す気はない」


「だろうな」


 レイシアは、そこでほんの少しだけ口元を緩めた。


「私個人としては、お前を応援している」


 ユキは目を細める。


「意外だな」


「偉大なる同胞。聖女セレスティアの遺産は、悪事に使われるべきではない」


 その言い方に、ユキの目がわずかに動いた。


 聖女。


 レイシアは、そう呼んだ。


 魔女ではなく。


「だが、覚えておけ」


 レイシアの声が、少しだけ低くなる。


「お前が壊そうとしているものは、すでにお前だけの問題ではなくなりつつある」


 ユキは答えなかった。


 分かっている。


 王女。

 ギルド。

 魔女の福音。

 奪われた魔装。


 もう、ただ一人でセラの形見を壊して回っていれば済む段階は、少しずつ過ぎている。


 それでも、やることは変わらない。


 セラが遺したものが、誰かを縛り、傷つけ、戦いに使われるなら。


 壊す。


 それだけだ。


 しばらくの沈黙のあと、レイシアはふと何かを思い出したように、机の端に置かれていた別の書類を手に取った。


「そういえば、妙な依頼が来ていた」


 ユキは嫌そうに目を細める。


「今の流れで出す話か?」


「今の流れだから出す話だ」


「絶対に面倒な依頼だろ」


「冒険者に、面倒でない依頼があると思うか?」


「あるだろ。荷物運びとか」


「お前に荷物運びを頼むほど、人手には困っていない」


「なら俺に頼むな」


 レイシアは聞き流した。


 アナが不安そうに書類を見る。


「妙な依頼、ですか?」


「ああ」


 レイシアは書類を開いた。


「近隣の村からの依頼だ。村外れに古い屋敷がある。かつては名のある家のものだったが、今はほとんど使われていない」


 シグレの目が、少し輝いた。


「古い屋敷?」


「夜になると、その屋敷の窓辺に人影が立つらしい」


 アナの犬耳がぴんと立ち、すぐに伏せた。


「ひ、人影……?」


 レイシアは静かに続ける。


「問題は、その人影が、すでに死んだはずの人間に見えるということだ」


 部屋が、一瞬だけ静まり返った。


 アナは完全に固まっている。

 その隣で、シグレだけが楽しそうにユキを見た。


「ユキ、幽霊だって」


「楽しそうに言うな」


 アイファが真顔で尋ねる。


「……幽霊は斬れるのか」


「その発想をやめろ」


「斬れないなら、どう殺す」


「殺す前提もやめろ」


 大男が豪快に笑った。


「いい面子じゃねえか。幽霊も逃げ出すぞ」


 リーナは苦笑いを浮かべているが、アナはそれどころではなかった。


「ほ、本当に幽霊なんですか……?」


 レイシアは首を横に振る。


「分からん。最初はただの噂として処理されていた。だが最近、その屋敷に入った村人が戻ってこなくなった」


 ユキの表情が変わった。


 ただの怪談なら、無視してもいい。


 だが、人が消えているなら話は別だ。


 レイシアは書類を机の上に置いた。


「屋敷の調査を頼みたい。幽霊の正体が何であれ、人が戻らない以上、放置はできん」


「もしかすると、置き土産関連かもしれないぞ」


 ユキは小さく息を吐く。


 王都から戻ったばかりだというのに、次の厄介事はもう目の前にある。


 《ソラネ》も、《イサナ》も、魔女の福音も、何ひとつ片づいていない。


 それでも、ギルドに戻れば依頼がある。


 冒険者とは、どうやらそういうものらしい。


 レイシアは、先ほどまでとは少し違う、楽しげな声で告げた。


「さて、若い冒険者たち」


 その白い指が、机の上の依頼書を軽く叩く。


「次の仕事は、幽霊屋敷の調査だ」


 《灯守の会》に戻ったユキたちを待っていたのは、休息ではなく、次の不穏な依頼だった。

新章突入です!


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