第3話 暴走する魔装
森の空気が変わった。
さっきまで吹いていた風が止まり、重たい圧だけがじわりと肌にまとわりつく。
「グルァァァァァ!!」
キングゴブリン。
通常個体の倍はある体躯。異様に発達した筋肉が盛り上がり、皮膚は岩のように硬い。
そして何より目を引くのは、その手に握られた武器。
黒く歪んだ斧。
見ただけで、本能が拒絶するような禍々しい気配を放っている。
「キング……」
アナの声が震えた。
(ユキ。あれ、嫌いなタイプの魔装)
「ああ。暴走型だな」
「ぼ、暴走型?」
ユキは視線を逸らさないまま答える。
「不完全な魔装だ。力だけを増幅する失敗作だ」
その瞬間。
ドンッ!!
地面が砕け、巨体が突っ込んでくる。
速い。
斧が振り下ろされる。
(死ぬ)
思考が止まる。
次の瞬間、体が強く引かれた。
爆音と土煙。
ユキがアナを抱え、間一髪で跳んでいた。
「立て」
短い声。
キングゴブリンの目は赤く濁り、理性の欠片もない。
(完全にキレてるね)
「先手もらう」
地面を蹴る。
一瞬で距離を詰めるその動きは、アナの目では追えない。
ギィン!!
斧と刀が激しくぶつかり、衝撃が森を揺らした。
重い。
圧倒的な腕力。
だがユキは力を受け流すように体をずらし、刃の軌道を逸らす。
空を切った斧の懐へ滑り込み、斬撃。
赤い血が飛ぶ。
それでも止まらない。
拳が振り抜かれ、背後の大木が粉砕された。
バキィ!!
(普通の斬り方じゃ削りきれないよ)
キングが咆哮する。
斧が禍々しく光り、魔力がさらに膨れ上がった。
筋肉が異様に膨張する。
「まだ強くなるんですか!?」
「副作用だ。使うほど壊れる」
突進。
地面が震える。
ユキは動かない。
静かに、深く息を落とす。
(やっと本気?)
「少しだけ」
「――魔装顕現」
刀が抜かれた瞬間、黒い魔力が波のように広がる。
空気が震え、森の音が消えた。
アナの肌が粟立つ。
さっきとは明らかに違う。
ユキの姿が、ぶれた。
消えた。
次の瞬間、キングの横。
斧が振られる。だが――遅い。
懐へ潜り込む。
腰を落とし、居合の構え。
(終わり)
一閃。
黒い線が森を走る。
時間が止まったかのような静寂。
ズン。
一拍遅れて、巨体が左右にずれた。
断面から黒い蒸気が立ち上る。
地面に崩れ落ちるキングゴブリン。
森に風が戻る。
「終わった」
(かっこよかったでしょ)
「うるさい」
地面に転がる黒い斧は、まだ禍々しい魔力を滲ませている。
「それ……どうするんです?」
ユキは数秒見つめ、迷いなく言った。
「壊す」
刀が振り下ろされる。
ガキン!!
斧は砕け、魔力は霧のように消えていった。
(そういうところ、変わらないね)
ユキは答えない。
「ユキさんって……何者なんですか?」
風が森を抜ける。
「俺は、魔装を壊して回ってる」
ユキは森の奥を見つめた。
世界中に散らばった十二の魔装。
魔女の遺産。
それを見つけ出し、壊す。
それが彼の仕事だった。
アナはまだ知らない。
この旅の行き着く先も。
そして――
その中心にいる、一人の女性のことも。
壊れた斧の残滓が、
ほんのわずかに、森の奥へと流れていく。
誰も、それに気づかなかった。




