表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
第3章 王女の護衛

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/58

第33話 福音

「なぜ……?」


セヴランの唇から、掠れた声が漏れた。


朝の薄明かりを受けた刃の上を、赤い血が細く伝い、切っ先からぽたりと落ちる。


その背後に立つ男は、静かに微笑んでいた。


長身の男だった。

白とも、金ともつかない淡い髪が、肩にかかるほどの長さでさらりと揺れている。

白金と呼ぶには柔らかく、金髪と呼ぶにはあまりに冷たい。

整った顔立ちは穏やかで、薄く細められた瞳には、慈悲めいた光すら浮かんでいた。


だが、その微笑みに温度はない。


身に纏っているのは、司教を思わせる白い長衣。

清廉な白を基調にしながら、襟元や袖口には黒が差し込まれ、細い金の刺繍が祈りの文様のように縫い込まれている。


神に仕える者の装い。

けれど、目の前の男から感じるのは祈りではない。

もっと冷たく、もっと甘く、もっと始末の悪いものだった。


「貴方も、使えなかった。それだけですよ」


穏やかに告げる。

セヴランの身体がぐらりと傾き、膝から崩れ落ちた。

喉を押さえようとする指が空を掻く。

そして、口が何かを言おうとして、声にならない息だけをこぼす。


男はそれを見下ろしながら、わずかに首を傾げた。


哀れんでいるようにも見える。

祈っているようにも見える。


だが、ユキには分かった。

こいつは、何も感じていない。


「貴様……何者だ」


サイカが大剣を構え直した。

青銀の鎧が、朝の光を鈍く弾く。


声は低い。

だが、その奥には、明確な警戒がある。


男は血に濡れた剣を片手に持ったまま、胸に手を当て、深く一礼する。

まるで殺人の直後ではなく、晩餐会の席で名乗る貴族のように。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


柔らかな声。


「私は《魔女の福音》司教、オルフェリオと申します」


その名が落ちた瞬間、ユキの周囲の空気が変わった。

静かに。

けれど、確かに。

街道に残っていた朝の冷気が、一段深く沈む。


「……魔女の福音だと?」


ユキの声は低い。

刀を握る指に、ぎり、と力がこもる。


まだ肺の奥は焼けつくように熱い。指先にも痺れが残っている。それでも、胸の奥から湧き上がる怒りは、そんな疲労を押し退けるほど鮮明だった。


サイカが横目でユキを見る。


「知っているのか」


「置き土産の情報を探している時に、耳にしたことがある」


ユキはオルフェリオから目を離さない。


「セラを、偉大な魔女として信仰している連中だ。噂程度だったが、置き土産を巡る厄介事の裏に、奴らの影があるとも聞いた」


「ええ。大変よくご存じで」


オルフェリオは嬉しそうに微笑んだ。


「ただ、少し違います。」


「我々は厄介事など起こしておりません。ただ、魔女セレスティア様の遺された奇跡を、正しく世界へ広めているだけです」


「ふざけるな」


ユキの声が、鋭く落ちる。


「セラを、魔女と呼ぶな」


「おや」


オルフェリオは愉快そうに目を細める。


「やはり、彼女の仰っていた通りですね」


「魔女の弟子、ユキ。貴方は我々と同じく、魔女セレスティア様を深く慕っているはずですが」


「違う」


ユキが一歩踏み出す。


「セラは魔女じゃない」


切っ先が、オルフェリオへ向く。


「俺の師匠は、聖女セレスティアだ」


その言葉に、オルフェリオはますます笑みを深めた。


「素晴らしい」


うっとりとした声だった。


「実に、素晴らしい執着です」


「……何がおかしい」


「いいえ。ただ、安心したのです」


オルフェリオは穏やかに言う。


「貴方になら、いつか分かっていただけるかもしれない。世界が魔女と呼んだ偉大なる御方を、誰よりも近くで見ていた貴方なら」


「黙れ」


ユキの殺気が、さらに濃くなる。

その横で、サイカが低く問うた。


「なぜセヴランを殺した」


「簡単な話です」


オルフェリオは足元のセヴランをちらりと見下ろす。


そこに同情はなかった。

仲間を失った痛みも、怒りもない。

あるのは、不要になった書類を眺めるような、淡い関心だけ。


「彼も《魔女の福音》の同志ではありました。ですが、この状況で置き土産を失うわけにはいきません」


オルフェリオの手には、いつの間にか《ソラネ》が握られていた。


「貴方方を相手に、彼が逃げ切れる可能性は低かった。ならば、こちらで回収するのが最善です」


「つい先日も一つ失ったばかりですからね」


「ミレル村も、お前たちが……」


ユキの声が、わずかに低くなる。

オルフェリオは首を傾げた。


「ああ、あの村は、厳密には私ではなく、別の同志が関わった案件ですが」


「どうして……」


アナが震える声で呟く。


「どうして、あんなひどいことを……」


オルフェリオは、心底不思議そうにアナを見る。


「どうして?」


その問いの意味が分からない、とでも言うように。


「魔女セレスティア様の奇跡を、ほんの一端でも目の当たりにできたのです」


「むしろ、感謝していただきたいくらいですが」


アナの顔から血の気が引いた。

ユキの足元で、土が小さく軋む。


(ユキ)


シグレの声が、頭の奥に響いた。


(とりあえず、お互いの自己紹介は終わったみたいだね)


「……ああ」


ユキは刀を構え直した。


「《ソラネ》を渡せ」


「この状況で、貴様も逃げ切れるとでも思っているのか」


サイカも大剣を構える。


前にはユキ。

後ろにはサイカ。

周囲にはトウヤとアナ、護衛たち。


逃げ道はない。

少なくとも、普通なら。

オルフェリオは微笑んだまま、懐へ手を入れた。


「ええ。私には、これがありますので」


取り出したのは、小さな笛だった。


角笛のような粗野なものではない。

白磁にも似た滑らかな質感を持つ、指先ほどの細い笛だった。表面には金の蔓模様が繊細に走る。


だが、ユキの視線は、その中央で止まる。


笛の真ん中に、細い継ぎ目がある。

一度、完全に折れたものを繋ぎ直したような跡。


見間違えるはずがない。


それは、かつてユキが壊した置き土産だった。


シグレの声が鋭く跳ねる。


(ユキ! あれは――!)


「っ、全員耳を塞げ!」


ユキの叫びは、最後まで届かない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ