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『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
第3章 王女の護衛

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第24話 轟き

「アナはトウヤと一緒に王女を守れ」


 ユキの低い声が、張り詰めた街道の空気へ真っ直ぐ落ちた。


 周囲を囲む盗賊たちは、すでに武器へ手をかけている。

 剣、短槍、斧。

 形はばらばらだが、そのどれもが粗い魔力をまとっていた。


 質は高くないが、十五人全員が魔装持ちとなれば話は別だ。

 数の圧は、それだけで脅威になる。


 アナがはっと顔を上げる。


「で、でも――」


「前に出るな」


 短く、迷いのない声だった。


「今のお前の役目は戦うことじゃない。王女の周りを崩させないことだ」


 悔しさが滲んだまま、アナは唇を引き結ぶ。

 だが反論はしなかった。

 状況が見えないほど未熟ではない。

 ここで飛び出せば、自分が守られる側に回るだけだと分かっている。


「……分かりました」


 トウヤがすぐに位置をずらし、セリスの前へ出る。

 護衛たちも間髪入れずに陣形を組み直す。

 前へ二人、左右へ三人ずつ、残る者が後ろを固めた。

 中心にはトウヤ、その後ろにセリスとアナ。


 防御の核を一瞬で作り上げる動きに無駄はない。


 その前に立つのは、ユキとサイカだった。


 朝の薄光の中、サイカの蒼銀の髪が揺れる。

 細身に見えて、立ち姿に隙がない。

 腰は落としすぎず、肩にも余計な力みがない。


 だが、その右手には、彼女の体格には不釣り合いなほど巨大な大剣が握られていた。


 普通の戦士なら、構えるだけで両腕を持っていかれそうな鉄塊。

 それをサイカは、まるで重さなど存在しないかのように片手で下げている。


 その姿だけで、周囲の空気が変わった。


 前へ立つことに慣れた者だけが持つ圧が、静かに満ちていた。


 セヴランが口元に薄い笑みを浮かべる。


「それでは、始めましょうか」


 柔らかい声音だった。

 まるで場違いな社交辞令でも口にするような調子で、男は指先を軽く上げる。


 次の瞬間、盗賊たちが一斉に踏み込んだ。


 怒号が上がる。

 土を蹴る音が重なり、朝の静けさが一気に踏み潰される。

 正面から五、左右からそれぞれ三、後方には投擲を狙う者までいる。

 雑ではあるが、数で押し込むには十分な形だ。


 だが、サイカは一歩も引かなかった。


「――《ドラグニル》、魔装顕現」


 蒼銀の光が、彼女の全身を静かに走る。


 派手な輝きではないが、その輝きは、肉体の奥へ沈み込んでいく。

 筋肉、骨、腱、神経。

 そのすべてに、純粋な強化が流れ込まれる。


 《ドラグニル》の力は単純だ。


 使い手の身体能力を底上げする。

 それだけしかない。


 だからこそ、誤魔化しが利かない。

 速さも、重さも、踏み込みも、反応も、技術も、そのまま使い手の地力が露わになる。


 そして、それを使うのが龍人族のサイカであることに意味がある。


 もともとの身体能力が高く、膂力、耐久、反応、体幹、戦闘勘。

 そのすべてが人の域を半歩外れている。

 そこへ純粋な強化が掛かる。


 結果は単純。


 怪物じみた前衛の完成だ。


 最初に突っ込んできた盗賊は、何も理解できなかった。


 剣を振り下ろす。

 その途中までは、確かに自分が攻めているつもりだった。

 だが次の瞬間、視界の端で蒼銀の影がぶれたと思った時には、身体ごと横へ吹き飛ばされていた。


 轟、と空気が鳴る。


 大剣の腹が、男の腕ごと胴を払っていた。


 斬られたのではない。

 ただ、叩き飛ばされただけだ。


 それだけで、男は街道脇へ転がり、立ち上がれなくなった。


「なっ……」


 驚く声が上がる。

 だが、その驚きに意味はなく、サイカはすでに次へ移っていた。


「がっ……!」


 斧を持っていた男の腕が跳ね上がる。

 その腹へ、サイカの膝がめり込んだ。


 折れた身体を逃がさず、大剣の柄頭で顎を跳ね上げる。

 男は意識を刈り取られ、道端へ崩れた。


 息を呑むほど短い時間だった。


 護りの内側で、アナが目を見開く。


「すご……」


 思わず漏れた声は小さい。

 だが、その驚きは場にいる誰もが感じていた。


 サイカはただ力任せに叩き伏せているわけではない。

 数を相手にした時の動きに無駄がない。


 そして何より、大剣の扱い方が異常だった。


 重い武器を重く使っていない。

 重さを殺さず、振り回されることもなく、ただ必要な瞬間だけ暴力として解放している。


 鍛えられた剣技と龍人族の肉体が、《ドラグニル》によって一段上の領域へ押し上げられていた。


「囲め! 奴は一人だ!」


 盗賊の一人が叫ぶ。


「一人だから、どうした」


 サイカの声が低く落ちる。

 次の踏み込みは、目で追えなかった。


 地面が爆ぜたような音がして、彼女の姿が盗賊の懐へ沈む。

 喉元へ向かって大剣の切っ先が伸び、寸前で止まった。


 殺さない。

 だが、それだけで男は凍りついた。

 届く距離だと、本能で理解したのだ。


「下がれ。次は止めん」


 冷えた声音。


 サイカの後ろへ男が回る。

 だが、その男に突如として、衝撃が走った。


 尾の一振り。


 龍人族の尾は飾りではない。

 強靭な体幹と直結した、もう一本の武器だ。

 まして《ドラグニル》で強化された状態なら、それだけで十分に致命的な隙を作れる。


 男がよろめいた瞬間、サイカは大剣を返した。

 刃ではなく、峰。


 それでも横薙ぎの一撃は重い。

 男は盾ごと弾き飛ばされ、街道脇の土を転がった。


 盗賊たちは、目に見えて動きが鈍り始めていた。


 前へ出た者から潰される。


「面倒だから、さっさと来い」


 強者故の余裕をサイカは見せつけていた。


 ◇


 サイカが敵を蹂躙している中、ユキは女と相対していた。


 《ソラネ》を宿した黒妖族の女が、風のような軌道で死角へ滑り込む。

 地を踏んでいるのに、まるで空を走っているような移動だ。


 その一閃を、ユキが黒い刀で受ける。

 火花が散り、女は重さを乗せる前に離れる。


 一撃離脱。


 まともに捕まえさせる気がない。

 だが、攻めているのはユキだ。


 戦場の中心がサイカへ寄ったことで、その動きも先ほどよりは読みやすくなっていた。


 盗賊たち全体がサイカに意識を引かれている。

 そのぶん、《ソラネ》の女も完全には自由に動けない。


 右手から二人の盗賊が王女側へ抜けようとした。


「通すな!」


 トウヤの声と同時に、白い障壁が幾重にも重なる。

 飛来した短剣が弾かれ、乾いた音を立てて地に落ちる。


 だが、一人がその隙間へ無理やり踏み込もうとした瞬間だった。


「遅い」


 サイカが動いた。


 大剣を担いだまま、信じがたい速度で距離を詰める。

 その一歩は、ほとんど跳躍に近かった。


 大剣の切っ先が、男の喉元の寸前で止まる。


「その程度の腕で、殿下の前に立てると思うな」


 怒鳴りもしない、静かな声だった。


 それが却って恐ろしい。


 セリスは思わず息を呑み、

 その様子をみたトウヤが前を見たまま、小さく言う。


「あれで、まだ余裕があります」


「……冗談でしょ」


 セリスの声はかすれていた。


「冗談なら良かったのですが」


 淡々と返す声に、誇張はなかった。

 後方で見ていたセヴランの笑みが、わずかに薄くなる。


「これはこれは……想像以上ですね」


「今さら気づいたか」


 サイカは視線も向けずに言い捨てた。

 その直後、また一人が吹き飛ぶ。


 大剣の一撃が、盾ごと男を押し返した。


 中央が薄くなり、右が押し返され、左はユキが抑えている。

 数の優位が、目に見えて死に始めていた。


 ユキが短く呼ぶ。


「サイカ」


「分かっている」


 それだけで十分だった。


 サイカが一度だけ深く息を吸う。

 蒼銀の光が、その肉体へさらに濃く巡った。


 《ドラグニル》は奇跡を起こす魔装ではない。

 ただ身体能力を高めるだけだ。

 だが龍人族の身体に掛かれば、その単純さこそが暴力になる。


「なら、崩す」


 サイカが前へ出た。


 今度の踏み込みは、先ほどよりさらに速い。

 蒼銀の軌跡だけを残して、彼女の身体が盗賊たちの中央へ食い込む。


 最初の男の武器を大剣の腹で弾く。

 返す柄で二人目を薙ぐ。

 体勢を崩した三人目を肩から押し倒す。


 一撃一撃が、陣形そのものを削っていく。


 最後に、サイカは大きく大剣を横へ振り抜いた。

 轟、と音が鳴る。


 サイカはそこでようやく足を止め、大剣を肩口へ戻す。


「数を頼みにするなら、せめてもう少し質も揃えろ」


 その背中は大きかった。


 ユキのような異質さとは違う。


 真正面から立ち、押し寄せる敵をすべて押し返し、王女へ続く道を断ち切る。


 護る者の強さが、そこにあった。


 そして、その強さを見せつけられたからこそ、セヴランは静かに判断を変えた。


「……やはり、段取りを変えるべきですか」


 その呟きとともに、後方の盗賊が黒い金属筒を取り出す。


 ユキの目が鋭くなった。


「来るぞ!」


 声が飛んだ直後、筒が高く放られる。

 黒い軌跡が宙を舞い、次の瞬間、炸裂した。


 濃い黒煙が一気に街道へ広がる。

 視界が塗り潰され、土と火薬めいた臭いが鼻を刺す。

 護衛たちが即座に陣を締め直し、トウヤの白い障壁がさらに厚みを増した。


 その中で、サイカだけは一歩も動かなかった。


 蒼銀の髪を揺らし、大剣を肩に担いだまま、黒煙の向こうを睨み据える。


「小細工か」


 低い声が落ちる。


 だがその声音には、焦りより先に、獲物を逃がさぬ冷たさがあった。


「ならば尚更――ここから先は、一歩も通さん」

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