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『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
第3章 王女の護衛

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第21話 忌々しい魔女

目の前にあるのは、どこにでもありそうな小さな家だ。


 だが、静かすぎていた。


 人の気配は薄い。

 外から見える範囲にも不自然さはない。

 けれど、だからこそ整いすぎている。


 視線を巡らせれば、周囲にわずかな警戒の痕跡がある。


「ここだ」


 サイカが短く告げる。

 アナは家とサイカの横顔を見比べ、不安そうに耳を揺らす。


「本当に……ここに王女様がいるんですか?」


「潜伏先としては悪くない。目立たず、捨てやすい」


「捨てやすいって言い方がちょっと怖いです……」


 サイカはそれ以上答えず、扉の前へ立った。

 軽く呼吸を整え、二度、三度と控えめに扉を叩く。


「……殿下、サイカです」


 わずかな沈黙。


 次の瞬間、家の奥からばたばたと慌ただしい足音が響く。

 鍵の外れる音。

 そして、扉が勢いよく開いた。


「サイカー! おかえり!」


 飛び出してきた少女が、そのまま迷いなくサイカに抱きついた。


 年はアナとそう変わらない。


 淡い金の髪は丁寧に結われているはずなのに、潜伏生活のせいか少し乱れている。

 けれど、その顔立ちは整っており、磨かれた白磁のような肌、意思の強そうな瞳、着飾っていなくても隠しきれない育ちの良さ。


 高貴という言葉が、そのまま形になったような少女。


「何日ぶりだと思ってるのよ。遅いわ」


「二日だ」


「私にとっては長いの」


 口を尖らせながらも、声音はどこか甘い。

 サイカにだけ向けられた無防備さだった。


 だが、第二王女セリス・ルシアの視線がその背後へ流れた瞬間、その空気は途切れる。


 アナを見て、ほんの少し眉をひそめ、次にユキを見たところで、表情が目に見えて冷えた。


「……助っ人って、これ?」


 棘のある声。


 アナが思わず肩をすくめる。

 ユキは何も答えない。

 サイカだけが、慣れた様子でため息を落とした。


「中で話す」


「別に外でもいいでしょう」


「よくない」


 ぴしゃりと言われ、セリスは不満げに唇を尖らせた。

 それでも抱きついていた腕を離し、くるりと背を向ける。


「……入りなさい。立ち話は目立つもの」


 家の中は外見通り簡素だった。


 小さな机に椅子が四つ。

 壁際には最低限の棚。

 飾り気はないが、布の質や食器の選び方に育ちの良さが残っている。


 質素な場所に押し込まれていても、王族は王族なのだと分かる空間だった。


 セリスはサイカの近くに立ったまま、ユキたちには座ることも勧めない。

 視線だけで値踏みしてくる。


 サイカが口を開く。


「紹介する。ユキとアナだ。今回の護衛に加わる」


「は、はじめまして! わ、わたしはア、アナと申しましゅ――」


 噛んだ。


 綺麗に、見事に噛んだ。


 一瞬、部屋が静まり返る。


 その沈黙を破ったのは、ユキの腰の刀だった。


(ほらやっぱり、噛んだ)


 シグレがくすくすと笑う。


「う、うるさいです……!」


 アナは耳まで真っ赤にして抗議する。

 両手を胸の前で握りしめ、上半身は消えてしまいたそうに俯いていた。


 セリスは目を丸くする。


「……今、刀が喋った?」


「喋るぞ」


「喋りますね」


(喋るね)


 ユキとアナ、そしてシグレの声が重なる。


 セリスは怪訝そうに目を細めたが、すぐに興味を引っ込めた。

 むしろ、余計に警戒を強めたようだ。


「ますます胡散臭いわね」


 サイカが机の端に手を置く。


「本題に入る。殿下が狙われている理由は、王族だからというだけではない」


 サイカは静かに、だがはっきりと告げた。


「その人たちにそこまで話す必要があるの?」


 セリスは吐き捨てるように言う。


「ある。ここから先、同じ道を行く」


 サイカの声音は淡々としていた。

 反論を許さない硬さがある。


「魔装は本来、熟練の鍛冶師や専門技師にしか作れない」


「だが、ごく稀に例外が生まれる。理を越えて、技術を超えて、強力な魔装を形にしてしまう者だ」


 アナが息を呑む。

 ユキは黙って聞いていた。


「かつての聖女セレスティアがそうだった。そして――殿下もその一人だ」


 部屋の空気がわずかに変わる。

 サイカは続けた。


「すでに実戦でも役に立っている。今外で待機している護衛たちの守りが崩れにくいのは、殿下が生み出した防御特化の魔装があるからだ」


「おそらく敵は王女という身分だけではなく、その資質そのものを狙っている」


「王女様が……魔装を……?」


 アナが驚きに目を見開く。

 セリスはその反応さえ気に障るように、眉をひそめた。


「だから何だというの」


「殿下」


「何か作れたところで、結局は比べられるだけよ」


 低く、押し殺した声だった。


「少しでも上手くいけば、さすが王女殿下、あの魔女にも届くかもしれないと勝手に期待する。けれど同時に、いつかあの魔女のように争いを生むかもしれないと忌み嫌う」


「そして失敗すれば、やはり魔女の置き土産のような魔装は作れない、所詮は出来損ないだと囁かれる」


「どちらにしても、あの女の影がまとわりついて離れないのよ」


 その声音には、怒りだけではないものが混じっていた。

 長いあいだ積もり続けた苦さが、刺のように混じっている。


「五年前の戦争だってそうよ。みんな口を揃えて言った。魔女が火種を撒いたせいだって」


「あの戦争で、多くの人が死んで、国が傷ついて、それなのに今度は私まで――」


 セリスの指先が、ぎゅっと服を掴む。


「あの忌々しい魔女のせいで、私は……何をしてもあの女と比べられるのよ」


 その瞬間。


 空気が、凍る。


 ユキは一歩も動いていない。

 だが、温度だけがはっきりと下がった気がした。


 アナの耳がぴくりと震える。

 そして、ユキの視線が真っ直ぐにセリスへ向く。


「王女だろうが、あの人を侮辱するのは許さない」


 抑えた声音だった。


 怒鳴っているわけではない。

 声を荒げてもいない。

 それなのに、刃を首筋へ添えられたような冷たさがあった。


 セリスが息を止める。


 ユキの奥底から、わずかな殺気が漏れる。


 それは部屋を満たすほどではない。

 ただ、この場にいる誰もが見過ごせない程度に、鋭く、静かに滲んだ。


「ユキ」


 サイカが低く呼ぶ。

 そのまま一歩前に出て、ユキの肩へ手を置く。


「抑えろ。ここでやる話じゃない」


 数秒の沈黙。


 やがてユキは薄く息を吐き、視線を外した。

 張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩む。


 アナはようやく息をつき、胸を押さえる。


 セリスはサイカの背に半歩隠れるようにしながら、なおもユキを睨んでいた。

 恐れと反発が入り混じった目だった。


 そしてサイカは何事もなかったように話を戻した。


「ここに長居はできない。敵は潜伏先を絞り込みつつある。今から移動する」


「今すぐ?」


「今すぐだ。王都方面へ向かう。途中も安全とは言えない」


 セリスは唇を噛んだ。


 言いたいことは山ほどあるのだろう。

 だが、現実を理解していない顔ではない。

 数拍の沈黙のあと、渋々と頷く。


「……分かったわ」


「荷物は最低限でいい」


「それくらい分かってるわ」


 準備はすぐに始まった。


 アナは気まずそうにしながらも荷物をまとめるのを手伝い、サイカは外の動線を確認する。


 ユキは窓際に立ち、黙って周囲の気配を探っていた。

 セリスは終始サイカの近くにいて、一度もユキへ近づこうとはしない。


 重い沈黙が落ちる。


 その空気を、呑気で小さな声が割る。


(ひどい顔合わせだったね)


 シグレだ。

 アナがぎくりと肩を跳ねさせ、小声で返す。


「し、静かにしてください……!」


(事実でしょ?)


「事実でも今言わなくていいんです……!」


 そのやり取りに、サイカがわずかに口元を緩めた気がした。

 セリスは聞こえないふりをしている。

 ユキだけは無表情のままだ。


 やがて最低限の支度を終え、一行は家の外へ出る。


 日差しはすでに傾き始めていた。

 ここから先は、潜伏ではなく移動だ。

 追手がいるなら、道中で接触する可能性も高い。


 扉の前で、セリスがふと立ち止まる。

 そしてユキを見ないまま言う。


「……勘違いしないで。私はあなたを認めたわけじゃない。サイカが連れてきたから従うだけよ」


 ユキは一瞬だけ視線を向け、それだけで返した。


「別にいい」


 あまりにも素っ気ない返答に、セリスが眉をつり上げる。

 だが言い返す前に、サイカが前へ出た。


「行くぞ」


 その一声で、一行は歩き出す。


 最悪の空気のまま始まった護衛だった。

 けれど、それでも止まるわけにはいかない。


 王都へ――次なる騒乱の気配が待つ場所へ。


 最悪の顔合わせを終えた一行は、静かに歩き出す。

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