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『魔女の置き土産』--魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する物語  作者: キョウ


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第19話 王都へ

ユキの放った圧は、しばらく空間を支配していた。


空気が張り詰め、誰もが本能的に息を浅くする。

さっきまで酒場めいた熱を帯びていたギルドの空気が、まるで別物のように冷えていた。


「落ち着けユキ、アナちゃんが怖がってるぞ」


アッシュの声が、軽く落ちる。


張り詰めた糸を、指先でそっと弾くような声音だった。


はっとして、ユキは視線を横へ流す。


アナの犬耳は、ぴたりと伏せられていた。


数秒の沈黙。


やがて、ユキは静かに息を吐く。

重圧が、霧のようにほどけていく。


「……悪い」


短い謝罪だった。

それ以上の言葉はない。

だが、その一言で十分だと分かる声音だった。


サイカはその一連を静かに見ている。

目の奥に宿るのは警戒ではない。

力量を測る視線。

そして、その激情を自分で引かせたことへの、わずかな評価だった。


「任務は協力してくれる、という理解でいいんだな」


確認の声は低く、揺らがない。


「……ああ」


ユキは答える。


「置き土産なら、放ってはおけない」


先ほどまでの剥き出しの圧とは違う。

今あるのは、研ぎ澄まされた決意だけだった。


一拍。


「私も同行させてください!」


アナの声が、思いのほか強く響いた。


場の視線が集まる。


小さな肩。

まだ戦いに慣れきっていない身体。

それでも、その目だけは逸れなかった。


「森で、私は何もできませんでした」


声に震えはある。

だが、退かない。


「次は、ちゃんとお役に立ちたいです」


サイカはその姿をじっと見つめた。


値踏みするように。

だが見下すことなく、ただ真っ直ぐに。


わずかな沈黙。


「人手が増える分には構わないが、命の保証はできないぞ」


言葉は淡々としていた。

甘さも慰めもない。

ただ事実だけを置く声音。


アナは、こくりと頷く。


「承知の上です」


その返答に、サイカはわずかに口元を緩めた。


「では、出発は明日の日の出とともに南門で待つ」


簡潔な宣言。


任務は、もう動き出している。


サイカは踵を返した。

紅の髪が揺れ、尾が緩やかな軌跡を描く。


場に残るのは、わずかな緊張と、確かな予感だった。


「……また面倒ごとだな」


アッシュが肩を竦める。


ユキは答えない。

ただ、窓の外へ視線を向ける。


昼の空は高く、澄みきっている。


だが、彼の脳裏に浮かんでいるのは別のものだ。


夜を駆ける影。

重さを失った身体。

空を裂く軌道。


《ソラネ》。



翌朝。


東の空が白み始めた頃、南門にはすでに人影があった。


冷えた空気が石畳を撫でる。

夜露を含んだ風が、まだ目覚めきらぬ街を静かに抜けていった。


ユキは門前で足を止める。


黒を基調とした軽装。

腰には、いつも通りの刀。


隣ではアナが小さく息を整えていた。

緊張と期待が、ないまぜになっている。

眠れなかったのか、目元にはわずかな硬さが残っていた。


「時間通りだな」


振り向けば、蒼髪が朝日を受けて淡く輝いている。


サイカはすでに大剣を背負い、尾をゆるやかに揺らしていた。

その背後には、一台の馬車が停まっている。


黒塗りの車体。

装飾は少ない。

だが造りは堅牢で、無駄がない。

護衛任務のための馬車だと、一目で分かる実用性があった。


御者台には、無言の男が一人。


視線は鋭く、余計な言葉を持たない顔つき。

ただ者ではないと分かるが、それを自分から語る気配もない。


「準備は整っている。乗れ」


サイカが顎で示す。


ユキは無言で馬車へ向かった。

アナも慌ててその後を追う。


車輪が軋み、馬が低く鼻を鳴らす。


やがて門が開いた。


朝の光が街道へ流れ込み、馬車はゆっくりと動き出した。



街を離れるにつれ、空気は一段と澄んでいく。


畑を抜け、緩やかな丘陵を越え、道は南へと伸びていた。

遠くには森の影が連なり、朝の陽を受けた草地が淡く揺れている。


馬車の揺れに合わせて、アナの犬耳が小さく動く。


しばらく沈黙が続いた。


サイカは外を見ている。

ユキは、目を閉じて、ただ黙っているのか、眠っているのか分からない。

シグレも珍しくら今日は口数が少なかった。


やがてアナが、思い出したように顔を上げた。


「そういえば、目的地はどこなんですか?」


素朴な問い。

サイカは前方を見たまま、わずかに息を吐く。


「ああ。言っていなかったか」


短い間。

風が草を撫でる音だけが響いた。


「王都だ」


平坦な声音。


アナは目を見開く。


「ちなみに護衛対象は、この国の第二王女だ」


馬車の空気が、静かに変わった。


アナの犬耳がぴたりと立つ。

尻尾がぶんぶんと勢いよく揺れた。


「お、王女様ですか!?」


思わず身を乗り出す。

声の調子が一段高い。


サイカはそんな反応も見慣れているのか、淡々と続けた。


「正式には、王都までの帰還護衛だ。ここから先で合流する」


「じゃ、じゃあ、これから王女様と会うんですか……!?」


「そうなるな」


アナの顔に緊張と興奮が一気に広がる。


「ど、どうしよう……私、平民ですし、こういう時って何か礼儀とか――」


「落ち着け」


ユキが短く言った。


「噛むぞ」


「な、なんでそういう時だけ嫌な予言するんですか!?」


(たぶん当たるね)


「シグレさんまで!?」


一瞬だけ、馬車の中に小さな笑いが落ちた。


だがその空気は、次のサイカの一言で静かに締まる。


「浮かれるのは勝手だが、相手は王族だ。そして狙われている」


アナの表情が引き締まる。


サイカは続けた。


「盗賊どもが《魔装》を持っていた時点で、ただの護衛任務ではない」


低い声。

そこに余分な感情はない。

だからこそ事態の重さだけが、はっきり伝わってくる。


「空を駆ける《ソラネ》を名乗る魔装使い。あれが単独の暴走か、それとも他にも繋がりがあるのか」


尾がゆるく揺れる。


「確かめる必要がある」


ユキがゆっくりと目を開く。


その瞳には、もう迷いはなかった。


「王族が狙われてるなら、なおさら放置はできない」


「同意見だ」


サイカが短く頷く。


馬車は南へ進む。

街はもう遠く、引き返す気配もない。


朝の光は明るい。

空も高い。

だが、その進路の先に待つものは決して穏やかではなかった。


王都。

第二王女。

そして、《ソラネ》。


次の置き土産は、もうすぐそこまで来ていた。

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