第1話 犬耳の新人
「えー!? じゃあ私、今クエスト受注できないんですか!!?」
昼間だというのに酒臭い冒険者ギルドに、少女の叫び声が鋭く突き刺さった。
ざわついていた空気がぴたりと止まり、
視線が一斉にその声の主へと集まる。
中心に立っていたのは、犬耳の獣人の少女だった。
「アナさんっ!! 声が大きいですよ!」
受付嬢のリーナが慌てて口を押さえる。
「んー! んー!」
必死に抗議していたアナも、自分に向けられた無数の視線に気づいた瞬間、ようやく状況を理解した。
数秒後。
犬耳がぺたりと垂れ落ちる。
「……ごめんなさいぃ」
あちこちから漏れる笑い声。
完全に子犬だった。
リーナは小さく咳払いをし、仕事口調に戻る。
「当ギルド《灯守の会》では、新人冒険者が単独でクエストに行くことは禁止されています。慣れない土地で命を落とす新人は多いんです。これは決まりなんですよ」
「そ、そんなぁ……」
アナの肩ががくりと落ちる。
「でも私、村から出てきたばっかりで……」
同行してくれる相手などいない。
リーナは少し困った顔を浮かべ、ギルドの奥へと視線を向けた。
「……アッシュさーん!」
奥の席から振り向いたのは茶髪の青年。腰には片手剣を下げ、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている。
事情を聞くと、申し訳なさそうに頭をかいた。
「ごめん。俺これから別のクエスト」
「そうでしたか」
アッシュはアナに軽く手を振る。
「俺アッシュ。困ったら声かけて」
「い、いえ! こちらこそ!」
そんなやり取りの最中。
「あ、そうだ。そろそろユキが帰ってくるんじゃないかな」
その名が出た瞬間、リーナの表情がわずかに曇る。
ちょうどその時、扉が開いた。
黒髪。
細身。
腰には一本の刀。
そして――明らかに機嫌が悪い。
「おかえりユキ」
「ちょうどいいところに――」
言い終わる前に、椅子が飛んだ。
ドゴォ!!
アッシュが吹き飛び、ギルドが一瞬静まり返る。
「ユキさんおかえりなさい」
「ただいま」
「椅子はギルドの備品です」
「請求はアッシュで」
「了解しました」
床から叫び声。
「ふざけんな!!」
次の瞬間、ギルドは再び笑いに包まれた。
どうやらこれが日常らしい。
アナだけが完全に固まり、目だけを忙しく動かしている。
やがてアッシュが立ち上がる。
「この子新人のアナちゃん。お前クエスト同行してあげて」
「嫌だ」
即答。
「新人の面倒とかだるい」
「でもどうせお前暇だろ」
「……まだ探してるんだろ?」
一拍。
「魔女の置き土産」
その言葉が落ちた瞬間、空気がわずかに張りつめた。
ユキの視線が、ほんの少しだけ冷える。
アナは気づかない。
その時だった。
腰の刀から、柔らかな声が落ちる。
(ユキ)
(面白いじゃん)
(新人ひとりくらい、面倒見てあげなよ)
アナの目が丸くなる。
「い、今、刀がしゃべりました!?」
ユキは即答する。
「気のせいだ」
(ひどい)
小さな笑い声。
(ほら。どうせ暇なんでしょ?)
わずかに、ユキの指が刀の柄に触れる。
ため息。
「はあ……一回だけだ」
アナの耳がぴんと立つ。
「本当ですか!?」
「死にそうになっても助けないからな」
(助けるくせに)
「うるさい」
こうして――
ユキの旅に、新しい面倒が増えた。
魔女の遺産を壊して巡る、その道の途中。
犬耳の少女が、隣に立つ。
それがどんな意味を持つのか。
まだ、誰も知らない。




