表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
プロローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/61

プロローグ

森は、静まり返っていた。


 地面を埋め尽くしているのは、無数のモンスターの死体。

 裂けた肉からはまだ生温い血が流れ、夜気の中に鉄の匂いを濃く滲ませている。木々の隙間を抜ける風だけが、その惨状の上を静かに撫でていた。


 そのすべてを――

 たった一人で斬り伏せた男が、死屍累々の中心に立っている。


 長めの黒髪は無造作に流れ、前髪がわずかに目元へ落ちていた。切れ長の瞳は、灰を溶かしたような黒。細身ながら無駄なく引き締まった体躯を、黒を基調とした軽装が包んでいる。


 腰にあるのは、一本の刀。


 それだけだった。


「……これだけやって、収穫なしか」


 低く吐き捨てるように呟き、青年――ユキは小さく肩をすくめた。


 彼が探しているものは、モンスターではない。


 この世界には、《魔装》と呼ばれる力がある。

 持ち主の身体能力を引き上げ、魔力を形にし、時には戦場の流れすら変える武器。

 それは戦う者にとって珍しいものではない。


 だが、ユキが追っているのは、ただの魔装ではなかった。


「アッシュの野郎……またガセ掴ませやがって。帰ったらぶっ飛ばす」


(まぁまぁ。わざとじゃないんだからさ)


 澄んだ声が、夜の静寂に落ちた。

 ユキは腰の刀へ視線を落とす。


「シグレ。戻っていいぞ」


 刀身が淡く光を帯びる。

 その光は霧のようにほどけ、やがて人の輪郭を形作っていった。


 現れたのは、一人の少女。


 長い黒髪に、紅く透き通る瞳。整った顔立ちはどこか幼さを残しながらも、見る者の心に冷たい刃を思わせる完成された美しさを宿している。


 白い肌は夜の中でなお際立ち、黒を基調とした衣装に包まれた細身の体は、華奢でありながら危うい存在感を放っている。


 人の姿をしている。


 だが、その佇まいには、どこか人ならざる研ぎ澄まされた気配があった。


 ――意思を持つ魔装、《シグレ》。


 しかし、その神秘的な雰囲気は、次の瞬間あっさり崩れた。


「げっ……ちょっと、モンスターの血、踏んだんだけど!」


 シグレは足元を見て、露骨に顔をしかめる。


「だからいつも言ってるでしょ!? 戻すならもっと綺麗な場所にしてって! ユキのばか!」


 ぽかぽかと遠慮なく肩を叩いてくる。


「はいはい。気が利かなくて悪かったですね」


 悪びれもしないユキの返答に、シグレはむっと頬を膨らませる。


「もう歩く気なくなった。刀に戻る」


「勝手に戻れ」


「冷たっ!」


 その反応は、妖しく美しい魔装というより、拗ねた年頃の少女そのものだった。


 ユキは半目になる。


「……いつからこんなあざとい魔装になったんだか」


「何よ。文句あるの?」


「親の顔が見てみたい」


「ユキの方がお母さんに詳しいでしょうが!」


 言い終えるなり、シグレの拳が迷いなくユキのみぞおちへ突き刺さる。


「ぐっ……」


 ユキがわずかに身体を折る。


「お前、年々遠慮なくなってないか……?」


「気のせいでしょ」


 シグレはそっぽを向いたまま言い、それからふいに表情を和らげた。


「ほら、戻るよ」


 その姿が淡い光に溶ける。


 輪郭が崩れ、粒子のようにほどけ、次の瞬間には再び一本の刀となってユキの腰へ収まった。


(まったく。だいたいユキが悪いんだから)


「はいはい」


 投げやりに応じながらも、ユキの声音からは、先ほどまでの苛立ちが少しだけ薄れている。


 死体の山を背に、ユキは森の中を歩き出す。

 月明かりが木々の合間から差し込み、濡れた地面に白く落ちている。

 夜の森は深く、静かで、先ほどまで激戦があったことなど嘘のようだった。


 しばらく進んだところで、腰の刀から再び声が響く。


(でも、今回のモンスターたちが妙に統率取れてた理由は分かったね)


「ああ」


(頭がジェネラルオークだった。あれなら、あれくらい群れをまとめててもおかしくない)


 シグレの声が、少しだけ落ち着いたものになる。


(少なくとも、お母さんの置き土産が絡んでたわけじゃない)


 ユキは小さく息を吐いた。


 魔装の中でも、別格の存在がある。


 かつて聖女と呼ばれ、今では魔女と忌まれる者――セレスティア。

 ユキの師であり、シグレを生み出した人。


 彼女が遺した十二の魔装だけは、他の魔装とは根本から異なっていた。


 《魔女の置き土産》。


 ただ力を増幅するだけの武器ではない。


 持ち主の願いに応え、その願いを現実へ近づける異質な魔装。

 人を救うために作られたはずの力。

 けれど、今では争いを呼び、誰かを傷つける道具として世界に散らばっている。


 それこそが、ユキの探し物だった。


 落胆はある。

 だが、焦りはもう飲み込んでいた。


「あの人の子供たちは、そう簡単には見つからない」


 その言葉に、シグレは少しだけ黙った。


 セレスティア。


 世界が彼女を魔女と呼んでも、ユキにとっては違う。

 師であり、恩人であり――

 誰よりも優しかった人だ。


 ユキは、師の形見を探している。


 奪うためではない。

 守るためでも、継ぐためでもない。


「いずれ全部見つける」


 歩みは止まらない。


 月明かりの下、ユキは静かに、けれど揺るぎなく前を向いたまま言う。


「そして必ず――壊してみせる」


 壊したいわけではない。

 壊さなければならないだけだ。


 それが、セレスティアと交わした最後の約束だった。


 夜風が森を抜ける。枝葉がかすかに揺れ、腰の刀の鞘を月の光が淡く照らした。


 ユキの誓いを聞いたのは、深い森と、妖しく光る月だけだった。


 ――魔女の置き土産を壊して回る旅。


 それが今、静かに始まる。

最後までお読み頂きありがとうございます!

もし気になって&面白いと思って頂けたなら

ブックマークと下にある【☆☆☆☆☆】マークで作品の評価のほど、よろしくお願いいたします。

励みになりますので、ご感想等いただけたらとても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
Xから伺いました! スタートの時点で、静まり返った森と無数の死体という描写から、ユキの圧倒的な強さが一瞬で伝わってきます。 恩人でもあるセレスティアの形見を壊して回る物語。 ファンタジーとして抜群の引…
 シグレはきっと絵があれば非常に可愛い美少女なんだろうと思いニヤつきます。刀にして常に持ち歩くなんてずるい! 私もそういう美少女刀が欲しかった人生でした笑  ユキも血の上に出すとか、確かに自分が刀でそ…
師であり恩人でもあるセレスティアの形見を探しながら、その目的が「壊すこと」にあるという引きが秀逸です。単なる形見探しではない、ユキの抱える深い因縁と決意が物語の独自性を際立たせています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ