第11話 支えるための力
村人たちが踏み出した瞬間、張り詰めた糸が夜を裂いた。
青と黒の光が、真正面から衝突する。
その衝撃と同時に、ユキの胸の奥へ柔らかな熱が灯った。
懐かしい匂い。
土と花が混ざる、春のやわらかな光。
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そこは、小さな庭だった。
手入れの行き届いた、こぢんまりとした庭。
低い柵と白い小石の小道があり、色とりどりの花が陽を受けて淡く揺れている。
木製の椅子に座る若い男は、全身を包帯に覆われ、足には布が巻かれている。
指先にも力は入らず、自分の身体を自分の意志で動かすことができない。
その隣で、若い女性が膝をつき、男の手を強く握っていた。
涙が止まらない。
それでも、必死に笑おうとしている。
少し離れた場所で、小さな少年が立っていた。
まだ背も低く、剣も持たない頃のユキ。
師の背中越しに、その光景を見ている。
「ごめんね」
「もう、一緒に歩けないかも」
男の声はかすれている。
少年は拳を握る。
どうして何もできないのかと、子供なりに悔しく思っていた。
「謝らないで」
「生きてるだけで、十分だからッ」
女性が涙を拭う。
「でも、私は……」
その時、庭にもう一つの影が落ちた。
白い衣を纏い、春の光を背負うように立つ少女。
柔らかな金の髪と、世界を赦すような穏やかな瞳。
――セレスティア。
少年はその横顔を見る。
いつもと同じ、静かな微笑み。
「願いは、なんですか」
風のような声。
女性は迷わない。
「叶うなら、もう一度手を握り返して欲しい」
「この庭を、また一緒に2人で歩きたい」
セラは頷き、その掌に光を集める。
小さな銀のペンダント。
青い石が優しく瞬く。
少年は、その光を見つめていた。
「これは、望んだ相手の身体を動かす力です」
「あなたの手となり、あなたの足となる」
少年は息を呑む。
だがセラは続ける。
「旦那様」
「あなたは自らの意思で身体を動かすことはできません」
「この力は、これからあなたの身体一切を彼女の意志に委ねます」
「それでも、構いませんか」
少年は、ここが一番大事だと知った。
セラは必ず、本人の意志を問う。
男は、ゆっくり頷いた。
「この薬指に指輪を通した日から」
「俺の心も身体も、既に彼女のものだ」
少年は、その言葉に胸が熱くなるのを感じた。
命令でも支配でもない。
“預ける”という選択だった。
女性がペンダントに触れ、青い光が灯る。
男の指が動き、彼女の手を握り返す。
少年は、二人が転びそうになりながら庭を歩く姿を、目を逸らさず見ていた。
その時、セラがふと振り向く。
少年と目が合う。
「忘れないでね」
小さく、囁くように。
「これは、支えるための力」
少年は、強く頷いた。
✧
月光の森。
ユキは目を細める。
あの時の光と、今の光は違う。
あの時は、二人で歩いていた。
今は、一人がもう一人を引きずっている。
「……懐かしいな」
それは、見てきた者の声だった。
冷たい夜気が肌を打ち、張り詰めた糸が今まさに引き絞られている。
それは支えるためではなく、縛るための力。
ユキは、わずかに目を細めた。
怒りでも嘆きでもない。
正しい形を知る者の、静かな声だった。
刀を握る手が、ゆっくりと締まる。
「それは確かに、二人で歩くための力だ」
「ただ、生きている二人が互いに望んでこそ、意味がある」
青年の指が震える。
糸が乱れ、女性の身体がぎくりと揺れた。
「違う」
青年の声が掠れる。
「俺は、守ってるだけだ」
ユキは首を振らない。
ただ、事実を告げる。
「それは支えじゃない」
「縛っているに過ぎない」
青い光が不安定に脈打ち、森の奥から操られた足音が迫る。
ユキは刀を構える。
「――壊す」
それは否定ではない。
本来の形へ戻すための宣言。
糸が震え、夜が軋む。
戦いは、もう止められない。




