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『魔女の置き土産』--魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する物語  作者: キョウ


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第12話 膠着

村人たちが押し寄せた。


張り詰めた糸が夜を裂き、青白い光が幾重にも絡み合いながら森の闇を縫っていく。

それはもはや一本一本の糸ではなく、夜そのものを縛り上げる網のようだった。


「……っ」


ユキは地を蹴る。


振り下ろされた鍬を紙一重でかわし、横合いから迫った斧の軌道を刀の峰で逸らす。

背後から飛び込んできた男の腕を柄で打ち、体勢を崩させる。

さらに一歩踏み込み、別の村人の懐へ潜り込みながら肩口を押し、勢いのまま地面へ転がした。


斬らない。


刃は、振り下ろせない。


それでも、倒れたはずの村人がすぐに起き上がる。

いや、起き上がらされる。


糸に引かれ、無理やり身体を吊り上げられるように。

関節が軋み、骨の鳴る嫌な音がして、押し殺したような悲鳴が夜へ滲んだ。


(操られてるだけだ)


分かっている。

だからこそ厄介だった。


右から三人。

左から二人。

さらに頭上、木の枝の上からも青い糸が音もなく垂れ下がってくる。


「止まれ!!」


叫んでも、止まらない。


分かっていても叫ばずにはいられなかった。


ユキは踏み込み、一人の腹へ掌底を叩き込む。

息が詰まる音。

だが、くの字に折れた身体すら糸が支え、無理やり前へ押し出してくる。


――背後。


気配が走る。


包丁が喉元へ迫った。


金属音が弾ける。


シグレが受け止めた。


(甘い)


「分かってる」


短く返したその瞬間、腕に冷たい感触が絡みついた。


糸だ。


一本ではない。

二本、三本、五本――一瞬で十数本。


ぐ、と強く引かれる。


十数人分の力が同時にかかり、ユキの膝が地面へ沈んだ。

足元の土が抉れ、靴の先が深くめり込む。


「……邪魔だ」


低く吐き捨てる。


刀が、わずかに角度を変える。


骨を断つ角度。

筋を裂き、確実に動けなくするための角度。


動けなくすればいい。

腕を落とし、脚を断てば、ここは一瞬で終わる。


それが、一番早い。


ユキの足が、踏み込もうとした。


その瞬間だった。


「ダメです!!」


アナが飛び込んできた。


犬耳を伏せ、全身を震わせながらも、ユキの前に立つ。

小さな身体で、まるで刃そのものを止めようとするように。


「ユキさん、それはダメです!」


「どけ」


「嫌です!」


声は震えていた。

足もわずかに竦んでいる。

それでも、目だけは逸らさない。


「セラさんは、そんなこと望んでいません!」


夜の森に、幼い声が鋭く響いた。


涙を滲ませながら、真正面から睨み返してくる。

怖くないはずがない。

それでも退かない。


その肩へ、そっと青い光が重なった。


シグレが静かに姿を重ねる。

人の形を取らず、気配だけを寄せるように、やさしく。


(ユキ、ダメだよ)


その声は柔らかい。

だが、確かに止める力を持っていた。


(私との約束、忘れてないよね)


頭の奥に響く。


(壊すのは、魔装だけ。人じゃない)


ユキの呼吸が、一瞬止まる。


森の奥で、青年が笑った。


震えた声で。

泣きながら、それでも笑うしかないような声で。


「斬れよ」


糸が軋む。


「どうせ守れないくせに」


その言葉と同時に、糸がさらに締まった。


村人の腕が不自然な角度に曲がる。

肩が引かれ、肘が捻じれ、骨の軋む音が生々しく広がった。


悲鳴。


アナが目を見開く。


「やめてください!」


青年が叫ぶ。


「やめたら、また歩けなくなるんだ!」


声が割れる。


「これがなきゃ、あいつは……!」


糸が暴走する。


次の瞬間、村人たちが一斉に突進した。


「っ――」


ユキは舌打ちし、アナの腰を掴んで跳ぶ。


直後、二人がいた場所を何本もの糸が走り抜けた。

地面が抉れ、土が舞い上がる。

木々の幹に絡みついた糸がぎりぎりと食い込み、森そのものを軋ませた。


アナの身体を下ろしながら、ユキは前を見る。


止まらない。

止められない。


斬らずに捌いても、糸が動かす。

気絶させても、支えられて立ち上がる。

傷つけずに突破するには、数が多すぎた。


「シグレ」


(出す?)


空気が、わずかに震える。


黒い気配が深く沈み、青い光に対抗するように濃くなる。


ユキは歯を食いしばったまま、首を振った。


「……もう少しだけ様子を見る」


(無理するね)


返ってくる声は静かだった。


守りながらでは届かない。

斬らなければ近づけない。

だが斬れば、約束を破る。


青年は涙を流しながら笑っている。

壊れかけた願いに縋りついたまま、糸をさらに締めていく。

村人たちはそのたび、無理やり前へ押し出される。


ユキは刀を握り直した。


選択肢が、ない。


それでも。


「……埒が開かないな」


低く吐き出したその言葉は、苛立ちではなく、追い詰められた現実そのものだった。


夜が、重く沈んだ。

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