第308話
司もキュルキオネも我が耳を疑った。
殺しに来たならいざ知らず、界庭羅船が司たちを治療しに来たなどにわかには信じがたい。甘い言葉を投げ掛けて油断させているだけなのではとすら思ってしまう。
だが來冥者としての実力はまだ下である司たちを前にそんな七面倒くさい事をする理由が彼女たちには無いのもまた事実。更に司たちは今戦える状態ではない。その事も加味するといちいち油断させるといった手段を用いる必要は無いのである。
「 (僕たちを治療……? 一体何を……) 」
そんな事をして界庭羅船に一体何のメリットがあるのか理解に苦しむ司であったが、もしも本当に治療をしてくれるのであれば願ってもない話だ。
簡単に彼女たちの話を信じるのは危険だが、では身動きを取る事も会話をする事もできない司に何かできる事があるかと問われればそれまで。今は都合の良い話だと思いつつも彼女たちの言葉が嘘偽りでない事を信じるしかないのかも知れない。
「ほ、ほんと? 司おにいちゃんやきゅるの事、ほんとに治してくれるの?」
「 (かーわいい。簡単に信じちゃって……) うん。本当だよ。フローラ、言葉より行動で示した方が良いと思うから早く治してあげて」
「そうですね。あのクソ女、こほん……失礼いたしました。私としたことが淑女らしからぬ言葉が出てしまいましたね。……ティナさんには負けない回復力を生み出せる事をお見せいたしましょう」
ティナに対してライバル心を燃やしている事は周知の事実だが、どうやら相当なもののようである。
普段は冷静でお淑やかに振る舞うフローラだがティナに対してだけは言葉が汚くなり、その瞬間だけ雑面の下に隠された『本性』のようなものが見えてしまう気がする。
「 (……ッ! ふ、フローラ? 今クオリネと一緒に居るのがフローラ!? 確かレギュラオン総帥の話だと、世界の王と契約を結んだはず……どうしてここに……!?) 」
急速に司の脳内に出現した多くの『何故?』は増える一方で減る様子は皆無だ。だが疑問は解決されずとも話はどんどん先に進み、ついにフローラが司とキュルキオネを治療する為に本格的に動き始めたのだ。
「……」
無言で手を球状に組み、神に祈るポーズをするフローラ。やがて彼女の体からは淡く綺麗な薄緑色の光が発せられる。
回復の色と言えば、と問われた際に緑色と答える人も多い事だろう。そんな人々のイメージに沿った色の光はフローラの体から完全に解き放たれ、優しく2人の体を包み込む。
「 (本当に回復してくれるのか……? 温かく、そして優しさすら覚える光だ……。例え界庭羅船であっても、來冥力が生み出す回復力に邪悪さは含まれないという事か) 」
「凄い! きゅるの体、どんどん治ってく! おねえちゃん凄い!」
「それほどでもありませんよ」
「 (……。取り敢えずこの警戒心をすぐ解いちゃう所は再教育が必要かな。あとでテトラにこっそり言っておこう) 」
一方その頃、司対キュルキオネが終結した事、キュルキオネが正気を取り戻した事、2人の前にクオリネとフローラが現れた事、そしてフローラが治療をしている事、そのような事情を何も知らないテトラたちは未だに2人の帰還を信じて待っていた。
今の彼女たちの間に会話は一切発生していない。
ゲーテはキュルキオネの勝利を、ゲーテ以外の3人は司の勝利を信じてただただ待つだけの時間が続く。
「 (司くん……きゅるちゃん!) 」
テトラは目を瞑り、必死に祈る。司がキュルキオネを救う結末が訪れる事を。
「あー! もう! 心臓に悪いのよこの時間! 何年寿命縮ませる気よ!」
一同はこれまで沈黙状態を継続させてきた訳だがついにエマが限界を感じて爆発した。
「うるさいぞ。この程度で心臓に悪いなどと……ふん、所詮はまだガキという事か」
「あ? よく聞こえなかったわね。もう1度言ってもらえるかしら?」
「所詮はまだガキだという事か、と言った。今度は聞こえたか?」
「ふっふっふ。こんのババアが……いい度胸してるじゃない、あんた」
「 (ううぅ……ただでさえ心臓が苦しい状況なのに、お願いだからケンカしないでよ~) 」




