第307話
「あ、そっか。こうして会うのは初めてだね。それなら最初は自己紹介からだね」
キュルキオネの質問に反応したのはクオリネだ。そして彼女の声を聞いた司は一気に意識が覚醒したかのようにドクンと心臓が波打つ。
「 (こ、この声……まさかクオリネか? クオリネがすぐそこに居るのか……!?) 」
界庭羅船、それもクオリネが近くに居る事がいかに危険な状況かを知っている司はいよいよ絶体絶命になってしまったと絶望する。
そんな司の心境とは対照的にクオリネは呑気にも自己紹介を始めた。
「初めまして。クオリネって言います。職業は、うーん……まぁボディーガードって事にしておこうかな」
「はい。嘘は吐いていないかと」
「 (……! 何だ今の声……まさかクオリネ以外にももう1人居るのか? 気配を全く感じなかったけど、一体何者だ……?) 」
司が会った事がある界庭羅船のメンバーはクオリネ、レイクネス、そしてエマの3人となり、そこにフローラは含まれていない。
数年前のあの時、クオリネに敗北したシアを治療し、命を救ったのがフローラである事実は知っているが実際に会うのはこれが初めてだ。司が彼女の声を把握していないのは当然と言える。
「クオリネ……クオリネ!? ま、ママたちの敵!」
さすがに界庭羅船に関して完全なる無知という訳では無さそうだ。キュルキオネはテトラたちから教えられていたであろう世界の脅威の名前を聞き、そしてその者たちが目の前に居る危険性に戦慄する。
だが來冥者としてまだまだ未熟で戦場もロクに経験していないキュルキオネは、恐怖で震える事しかできない。
「ふぅん。テトラちゃんはしっかり私たちの事を教えているみたいだね」
クオリネという名前に過剰反応した事、名前を聞くや否や表情と目が恐怖で染まった事を見たクオリネは自分たちの事を正しく認識しているのだと確信を得る。
基本的に彼女たちは自分たちの護衛対象に危害を加えられない限りは平和的な集団だ。だがその圧倒的な強さに加え、犯罪者を護衛する過程で警察組織や邪魔者は確実に排除される危険性が注目され、出会ったら最後、死あるのみという認識が植え付けられている。
キュルキオネも例外ではなく今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。それでもそうしないのは恐怖で腰が抜けているとか、逃げる為に必要な体力が残っていないとか、そのような理由では無かった。
世界規模の犯罪者を前に、司を置き去りにして自分1人だけが逃げる訳にはいかないという気持ちがキュルキオネの中にはあったからだ。
「つ……」
「ん?」
「司おにいちゃんには……手を出さないでください……お願い、します……!」
慣れない敬語を交えながらキュルキオネは震えた声でクオリネにそう懇願した。きっと殺しに来たのだと勝手に思っていたが故に出た言葉だ。
「 (キュルキオネ……) 」
初めて聞いたキュルキオネの口調は彼女の成長を感じると同時に、本心から司を大切に思っている気持ちがこれでもかと伝わってくる。
司はせめて会話だけでもできればと思うが言葉を出す事すら今の彼には厳しく、それが更なる悔しさに変換されるのだ。
「……何か勘違いしているみたいだね。お嬢ちゃん」
「え?」
クオリネの言葉にキュルキオネの恐怖と緊張が若干ではあるが軽減される。そしてここにやって来た目的をフローラが口にした事で、彼女の心を覆いつくしていた不安と恐怖が完全に晴れる事に。
「恐らくあなたは自分たちの事を排除しに来たのだと思っているのでしょう。それは違いますよ。寧ろ逆……私たちはあなた方を助けに来たのです。そうですね……より具体性を持たせるのであれば治療しに来た、と申し上げた方が良いでしょうか」




