第306話
「大丈夫!? どうしたの!? ねぇ! 司おにいちゃん!」
「大丈夫……大丈夫……だから…… (冗談じゃない……! キュルキオネがこんなにもテトラに会いたがってるのに、僕はその願いを叶えてあげられないのか? くっ……でも、体が全然言う事を聞かない……! 力が、全然入らない……!) 」
「おにいちゃん! 司おにいちゃん!」
キュルキオネは倒れている司の近くでしゃがみ、涙目で彼の名前を呼ぶ。先ほどまでと関係性が逆転したかのようだ。
「 (こんなよく分からない森の中で……気を失う訳にはいかない。何より……こんな状況でキュルキオネを1人にさせて……不安な気持ちにさせる訳には……!) 」
司が必死に意識を手放さないよう己に活を入れても、体は疲労と來冥力によるダメージでボロボロなのだ。何とか落ちないよう保っているだけで精一杯であり、ここからキュルキオネと一緒にテトラの居る場所へと戻るのは現実的ではない。
唯一可能性がある移動手段は世界地図を使った転移だろう。
以前のゲーテとクオリネの会話でも出てきた話だが、開花適応レベル2は世界地図を獲得できる。
つまり開花適応レベル2になれた司は単純な強さのレベルアップだけでなく、ついに世界地図を所有する事もできたのだ。
復習となる話だが各世界には座標という概念が存在し、別世界に初めて転移する時にはその座標情報を元に転移が可能となる。その際の転移先は完全ランダムであるが、次回以降その世界に転移する時、もしくは訪れた事のある世界ならば周囲の光景を思い浮かべるだけでその地点への転移が可能になる便利さを兼ね備えている。
WPUが界庭羅船含めた犯罪者を追う時は來冥力検知器を使用するらしいが、その機器が高い來冥力を検知すると観測地も情報として同時に入手できる。その情報を彼らが長い年月を掛けて作り上げた各世界のデータベースと照らし合わせる事で、正確な位置に転移できるようにしているのだろう。
司は來冥力検知器未所持かつデータベースへのアクセス権限も無いが故に、彼らと比較すれば宝の持ち腐れ感が否めない。しかし思い浮かべられる光景さえあればその地点への転移が可能な点は問題なく実行できる。
司は今ヴァルハリアに居る為、当然この世界は彼にとって訪れた事のある世界として認識されている。従ってテトラたちが居たあの場所の光景を思い浮かべるだけで転移が本来であればできるはずなのだ。
だが司は自分が世界地図を使えるようになっている事には気付いておらず、更に気付いていたとしても完全に來冥力が底をついた今であれば世界地図は機能しないだろう。
打つ手なし。まさにその言葉が状況を表現するのに相応しい言葉だ。
「 (くっ……一体どうすれば……!) 」
頭を回す司だが意識を保つだけでも大変な中、まともに頭が回るかと言われれば答えは否である。寧ろ時間経過と共に意識はどんどん朦朧としていき、寝落ち寸前かのような微睡みが司を襲う。
「……」
「……」
そんな時であった。司と目に涙を浮かべているキュルキオネに近付く影が2つ。
司もキュルキオネもその存在に気付く事はなく、謎の2名の接近を当然のように許してしまった。
最初こそ自分たちに近付いて来ている事に気付かなかった2人だが、やがてその距離が縮まった事でキュルキオネが先に気配を察知する。
「……! だ、誰……?」
もしかしたらゲーテと同じく『悪い人』に分類されるかも知れないと思ったキュルキオネは、会った事も見た事も無い2人に対して怯えた声でそう訊いた。
どうやらかなりの接近を許してしまったらしく、数メートル付近の所でその2人は倒れている司を見下ろしていた。
キュルキオネの中では悪人、ヘタすれば犯罪者かも知れない謎の2人組。結論から言えば悪い人どころの存在ではなかった。
1人は白のキャミソールワンピースに身を包んでいる、薄水色のウェーブロングの髪型と斜め分けされた前髪が特徴的な10代後半ほどの少女。
そしてもう1人は黒の修道服と十字架のネックレス、雑面、黒色の透けたヴェールが印象的な年齢も素顔も不明の女性。
そこに立っていたのは、紛れもなく界庭羅船のクオリネと別世界に居るはずのフローラだった。




