第305話
限界を迎えた司の手の力が緩み、瞼が閉じられようとした、まさにその時である。
赤紫色の光量が徐々に減り始めたのだ。そして最終的には蛍火のように点々とした淡い光がポツポツと発せられるだけになった。
「……。キュル……キオネ……?」
「……」
「僕の声……聞こえる……?」
あと少しで寝落ちしそうな微睡みを感じさせる声で司はキュルキオネにそう訊いた。
水滴のような極小の來冥力は未だ放出されているみたいだが、攻撃性は皆無だ。寧ろこうなってしまえば暗闇に光る蛍の光を見ているようで美しさすらある。
司の問い掛けにキュルキオネは、ようやく彼らが聞きたかった声で言葉を発した。
「……司……おにいちゃん……」
「~~~っ!」
思わず司はキュルキオネを強く抱き締めた。
苦しんでいる様子も、何かに支配されている様子も、暴走している様子もない。確かに元気であるとは絶対に言えないが、正気に戻ってくれた事は何よりも嬉しかった。
「良かった……本当に良かった……!」
「つ、司おにいちゃん……ちょっと苦しいよ……」
「あ、ごめん」
暴走状態から解放されたとは言えキュルキオネは随分と無理な動きを強いられていた。落ち着くまでは丁重に扱うべきだろう。
司はフラフラとした足取りでキュルキオネから離れると、落ち着きを取り戻した彼女の姿が視界に入り改めてホッとする。
「司おにいちゃん」
「何?」
「きゅる……何でここに居るのかよく分かんないの。でもね……」
そこで言葉を止めたキュルキオネは、涙を浮かべつつも微笑みを作ってくれた。
「司おにいちゃんの声が聞こえた気がしたの。頑張れって、負けるなって……。その声を聞いて、うおおおおってなったのは何となくだけど覚えてるんだ! ねぇ、司おにいちゃん。きゅる、頑張れたのかな? 勝てたのかな?」
あれだけ強い來冥力に支配されていたのだ。とぼけている訳ではなく本当に覚えていないのだろう。だが空白の記憶ができてしまった事は彼女を不安にさせてしまっていた。表情は微笑んでいてもその感情までは誤魔化しきれていない。
そして今キュルキオネが気にしている事は事情もそうだが司の願いに自分が応えられたかどうかであった。どんな過程で司が自分にそう言葉を投げ掛けたかまでは把握できず、断片的な記憶しかないが、司の期待通りの結末を提供する事ができたのか。
健気にもキュルキオネはそんな事を気にしていた。
「……」
司はキュルキオネの質問に対して優しく微笑むと手を伸ばして彼女の頭を撫でた。
「もちろん! 100点満点だったよ、キュルキオネ! よく頑張ったね……本当に偉いよ」
思わず泣きそうになった司だったが変に心配を掛けたくなくて何とか堪える。
「……! えへへ~やったぁ! きゅる、頑張ったんだ!」
「ねぇキュルキオネ……テトラに……ママに会いたくない?」
恐らくキュルキオネが最も会いたい人がテトラのはずだ。それに司たちの中ではテトラが1番キュルキオネの事を心配し、助けたがっていた。1秒でも早く再会させてあげるべきだろう。
「え、会いたい! ママ、どこに居るの!?」
パァっと表情に笑顔を咲かせたキュルキオネは期待の眼差しを司に送る。
「待って。今すぐ……会わせて……あげ……あ、れ……?」
司は急激に押し寄せてきた眠気と疲れ、そして体の脱力に抗えず、來冥者形態が解除されるとそのまま倒れてしまった。
キュルキオネの正気を取り戻した安心感は、今になってようやく自分自身の体の状況を教えてくれたようだ。お前はもう限界である、と。
僅かに残った來冥力が司に活力を与え、キュルキオネとの数分にも満たない触れ合いを許してくれたが、そうは長く持たなかった。
「……! つ、司おにいちゃん!?」
まさかキュルキオネの來冥力にやられたなどと夢にも思っていない彼女は何事かと司を心配そうな目で見つめる。




