第302話
司は四肢をフル活用して音の刃を破壊しながらキュルキオネに向かって駆け出す。司お得意の反射神経と高速移動、そして開花適応レベルが上がった事で更に増した広範囲の視野角を用いる事で可能となる芸当だ。
破壊しきれなかった刃は全て地面へと命中し、次々と砂埃と破壊音を発生させながら無数の亀裂を生み出していった。
だが彼の接近を許さなかったキュルキオネも負けてはいない。
速度と発射数こそ若干落ちるものの、その分正確性に來冥力のリソースを割く。結果、音の刃に追尾性能を上乗せする事に成功し、全弾司へと向かっていった。
「……!」
己の肉体を武器にした対処では間に合わない事を瞬時に悟った司は來冥力に頼る方法で攻略する事に。
「 (前の僕ならできなかった事かも知れない……けど、今の僕なら……!) 」
極限の集中状態に入る事ができた司は、まるで世界がスローモーションになったかのような、いや、止まったかのような感覚を覚えた。
人間の動体視力の限界を超越した速度で全方向から襲い掛かって来る音の刃。その全ての位置と動きが司には視えていた。
研ぎ澄まされた感覚の中で、司は刃が体に到達するよりも速く一瞬の内にその全てを『目』で見切り、1つも逃す事なくロックオンした。彼の目に見られた刃には全てにレーザーポインターが当てられた時のような赤色の照準マークが施される。
「――ッ!」
司の目にレギュラオンを彷彿とさせる覇気が宿ったその瞬間、司によってマーク付けされた音の刃に小規模な爆発が発生し、全弾を撃ち落とした。
本当に彼女の魂が乗り移ったかのような気迫を見せた司は休む事なくキュルキオネの元へと突き進む。
広範囲で発生した小規模爆発は黒煙を生み出し、司の現在位置を隠した事でキュルキオネのエイム力もあからさまに低下した。司からしてみれば移動に脳と來冥力のリソースを割く事ができるのは喜ばしい展開である。
時間経過によって黒煙が晴れた頃、そこに司の姿はなくキュルキオネは彼の居場所を特定しようとするが、その行動を取るのはあと1歩遅かったようだ。
「後ろガラ空きだよ!」
「ッ!」
いつの間にか空中に居るキュルキオネの背後まで迫っていた司は手刀を首筋に当て、彼女の來冥力を確実に削る。手刀とは言え司が放つそれの威力は別格だ。衝撃が全身へと伝わったキュルキオネは高スピードで斜め下へと吹き飛ばされ、地面に落下する。
体を打ち付け、数回バウンドした後に転がり続け、ようやく停止した。
司もそうだがキュルキオネも限界に近付いているのだろう。立ち上がりに要する時間は最初の頃に比べるとかかっており、足元はどこか覚束ない。
ゆっくりと降下した司は安全に着地後、キュルキオネを見つめる。
「キュルキオネ……」
何か投げ掛けたい言葉があったからではない。ただ無意識に司は彼女の名前を呼んでいた。笑顔を絶やさず、明るく可愛く、アイドルのような存在であったキュルキオネという少女は別人のような凶暴性を剥き出しにしているのだ。
キュルキオネとは別ベクトルの苦痛を司は感じており、こうして戦っていると胸が痛くなる。早く楽にしてあげたいと思って全力を出しても相手は開花適応レベル4相当のアンデッドの王だ。そう簡単には助けさせてくれない。
その助けられないもどかしさが司を苦しめる。
「本当にごめん。僕がもっと、もっともっと強かったら、君を早くその苦しみから解放してあげる事ができるのに……」
「……」
司の声は届くはずもないし泣き言を言っている暇など無い事を分かってはいる。それでも一進一退の攻防を長時間彼女にさせている自分が悔しくて仕方が無かった。
レギュラオンが側に居れば、きっとこう言うだろう。弱音を吐けばこの事態は解決するのか、するのであれば好きなだけ吐け、と。
だが司はまだレギュラオンのようにはなれないしなれる自信もない。どんな時でも自分の感情を誤魔化すなど、辿り着ける気がしなかった。




