第298話
あと少しで攻撃が届く、そんなタイミングの時であった。
「君の位置は分かってるよ」
「――ッ!」
司は振り返り、キュルキオネの胸部に発頸を食らわせた。レギュラオンがレイクネスに放った一撃ほどの重さはさすがに生み出せなかったが、キュルキオネを吹き飛ばす事に成功したのだから御の字だろう。
「君はまだ來冥力を上手く扱えてない。來冥力の暴走で強制的に解放されてるだけで、繊細な扱いには至っていないんだ。そんなに來冥力をダダ洩れにさせてる状態で急接近なんてしたら丸分かりだよ」
本来こんな戦い方は自分を不利に追い込むだけだ。開花適応レベル4相当の高い來冥力のおかげで何とかここまで形にはなっているが、強引な力技でしかないのである。
もしもこれがクオリネであれば自身の來冥力を極限まで抑え、感知されないようにしていただろう。もっとも圧倒的な來冥力で全てを薙ぎ払える彼女がそんな面倒な事を敢えてする理由は皆無かも知れないが。
「ぅぁ……っ……ううう……うううぅぅぅぅぅぅぅ―――っ……!」
「……!」
派手に吹き飛ばされたキュルキオネは四つん這いになると尻と頭を上げ、まるで猫の威嚇時のようなポーズを取る。彼女の來冥力も様子も今日1番の不穏さを感じさせ、その予感は見事的中する事に。
司が警戒し始めると突如として地に振動が広がり、周囲の大木をも揺らす事態に陥ったのだ。
何事かと思い意識が一瞬地響きへと逸れた1秒にも満たない僅かな時間。その間にキュルキオネは姿を消し司を動揺させた。
「……っ……!?」
全力でキュルキオネの來冥力を感知しようと思考を切り替えた、まさに次の瞬間、司は背後に強烈な來冥力の気配を感じ取った。反射的に振り返るとそこにはいつの間にかキュルキオネが居たのだ。
彼女の位置に気付けたのは上出来かも知れないが、それでも反応が遅すぎた。
「あああああああああああああ!」
「ぐぅ……ぅぅッ!」
司に跳び掛かったキュルキオネは彼の左腕に噛み付いた。魔獣のようにとんでもなく鋭い牙を持ち合わせている訳でもなく、見た目は人間と同じ歯が生え揃っているが故に今の司であればそこまで痛手のようには見えない。
だがそれは大きな認識違いであったとこの後司は思い知る事になる。
「うー、うー、うー!」
キュルキオネは猿轡をされた時のような声を出しながら司の左腕を噛み続け、次第に彼女の歯には血が付着し、口内が鉄の味で満たされる。
そしてこの時司は自分の体に起きている違和感に気付いた。解放している來冥力が必要以上に自分の体から離れていく感覚を覚えたのだ。
「……!? (何だ? 体から來冥力が、抜けていく……! この噛み付きにそこまでの攻撃力があるとは思えない……となれば……。……! まさか……!) 」
必死に噛み続けるキュルキオネを見つめ続けた司は1つの可能性に辿り着いた。
もしかしたらキュルキオネのこの噛み付きには対象の來冥力を吸い取る力があるのではないかと。
ムイとロアは手錠を媒体として互いの來冥力を譲渡し合える。つまり自身の來冥力を他者の元へ移行させる手段が少なからず存在していると言えるのだ。ならば來冥力をドレインする事が可能な來冥者が居ても何ら不思議ではない。
「 (いや、まさかじゃない。間違いなくキュルキオネは、歯を食い込ませる事によって僕の來冥力を吸い取ってる……!) 」
急速に來冥力が失われている訳ではないが、このままでは枯渇するのも時間の問題だと思った司は何とか彼女を引き剝がそうと試みるが上手くいかない。
「 (くっ……! どうする? どうすれば良い!? 一体どうすれば……) 」




