第297話
「はぁあああああああああああ!」
空中で拳をぶつけあった直後、司は2発目を食らわそうと拳撃を再度放つ。だがその攻撃をキュルキオネは命中直前で躱し、同時に彼の足首を掴んだ。
「……!」
「あああああああああああああ!」
キュルキオネは数回転した後に司を遥か彼方の木々生い茂る森へと投げ飛ばした。人が投げ飛ばされたとは思えぬほどのスピードにより、司は一瞬にして森の中の木に激突してしまう。
深い森となっているその場所は見通しも足場も悪く、戦う舞台としては最悪と言っても良いだろう。辺りを見渡せば木やよく分からないキノコ、植物しか視界に入らず、地面は枝木や葉っぱが散乱し、斜面も多く平らな道という概念が存在していない。
そのような場所に司は投げ飛ばされた訳だ。テトラたちが居たあの崩壊した廃墟とは何百メートルと離れているに違いない。
「くっ……! ……ハッ!」
背中に広がる痛みに顔を歪ませた司がふと意識を上空へと向けた時、何と既にキュルキオネがそこまで迫って来ている事に気付いた。
赤紫色の体を淡く光らせながら狂乱的に襲い掛かってくる様は、これまで彼が戦ったどんな相手よりも獣に近い非理性的な姿と言える。
キュルキオネは片足のつま先を司に向け、そのまま一直前に突き進んで行った。
垂直跳びをする事でギリギリのタイミングで躱す司。その直後、スピードと勢いを乗せたキュルキオネの空中からの蹴りは地面に直撃し、巨大な穴を形成した。
間一髪で回避に成功した司だが安心している余裕など無い。キュルキオネの足が地に着いたと同時に彼女は跳び上がって一瞬で司との距離を詰めたのだ。
「あああああああああ!」
空中でキュルキオネは怒涛の拳撃と蹴撃の乱打を司に放つ。さすがの司と言えど回避や防御が間に合わずダメージを受けていた事だろう。
だがそれは開花適応レベル1時代の話だ。
「意外と体術を用いた戦闘をするんだね、君は。だけど、そのファイトスタイルなら僕の方に分があるかな!」
キュルキオネのラッシュに対して司は小細工や來冥力を用いた技を一切使わず、肉弾戦で正面から挑むといった事もしなかった。
余計な來冥力と体力は使わない。その思考が根付いていたからだ。
司の一段階上がった動体視力と反射神経は彼女の攻撃を全て見切り、僅か数秒後にはキュルキオネの両手首をガシッと掴み、攻撃を強制的に中断させる事に成功していた。
「……ッ!」
完全に攻撃が防がれた事でキュルキオネを動かしている彼女の來冥力は、言わばエラーのようなものを引き起こしたのだろう。司のように本人が自分の意思で來冥力を駆使している時のように、次の一手への即決断に至れなかったのだ。
レベルアップを果たした司の前でその一瞬の硬直は隙を与えるだけである。司は思いっきり両腕を左右にバッと開きながらキュルキオネの両手首から手を離す。
無防備となったキュルキオネは的のようなものである。司は「ごめん!」と言った直後、彼女の全身に打撃の嵐を叩き込む。シンプルな攻撃ではあるが高次元の物理的な猛攻は彼女の來冥力を確実に削っていった。
「はぁああああああああ!」
トドメの一撃として司は回転蹴りを上半身に放ち、キュルキオネを斜め下に吹き飛ばした。地面に激突したキュルキオネは数回バウンドしてうつ伏せに倒れる。
一見大ダメージを食らったようにも見えるが彼女の來冥力はまだまだ底には達していないようだ。
安全に地面に着地した後、即キュルキオネの落下地点に向かって駆け出した司の足音を聞いた瞬間、彼女は飛び起きる。そして朦朧とする意識の中で自身に迫って来る司を認識すると近くにある木の枝の上に飛び乗った。
その後キュルキオネは攪乱目的で周辺にある木に次々と最高速で飛び移り続け、自分の現在位置を司に把握させないようにした。
夜の森の中という事もあり、赤紫色の線が木々の間を目にも止まらぬ速さで走り抜ける様はどこか幻想的な美しさを生み出していた。
「……」
立ち止まって光の行方を追う司だが何せスピードが速すぎる。その動きと現在地点を追うのは現実的ではなく、いつ司に向かって攻撃を仕掛けてくるか分からない恐怖も相当なプレッシャーとなる事だろう。
やがてキュルキオネは完全に司の死角となる位置に聳え立っている大木の枝に飛び移ると、枝を蹴り飛ばして司へと突貫する。




