第296話
「様子を見に行ってやろうと来てみれば……何よまったく。随分と面白そうな事になってるみたいじゃない。絶体絶命の状況下で開花適応するなんて、ラスボスって言うより主人公みたいよね。あんたそっちに転身したら?」
体力的にきついのかゆっくりとした動きではあるがエマが司たちの方へと歩いて来て、そんな事を言った。状況としては未だ油断ならない場面ではあるが、少しでも張り詰め過ぎた空気をほぐしてあげようとしたのかも知れない。
「……! エマ! もう大丈夫なの?」
エマが戦線を離脱した理由は体力と來冥力が限界に到達したからであって、レギュラオンのように瀕死に追い込まれるレベルの攻撃を受けたからではない。
とは言え思わず心配の気持ちが湧いた司は反射的にそう訊いてしまう。
「こんなボロボロの状態で大丈夫な訳無いでしょ? バカなの?」
「うん。平常運転ができるって事は大丈夫っぽいね」
「何よそれ。て言うかあんた、負けんじゃないわよ? 開花適応のレベル差なんて、あんたの前じゃ関係無いって事、証明してみせなさいよ」
「……もしかして君、僕の事認めてくれてるの?」
「うっさい。くだらない事言ってないで、目の前の戦いだけに集中しなさい。……ほら、来るわよ」
エマはそう言うと視線をキュルキオネが吹き飛ばされた方向へと向ける。司もつられて改めてそちらへ注目するとキュルキオネがいつの間にか起き上がり、暗闇から徐々にその姿を現していた。
彼女の体から出ていた赤紫色の湯気の量は増し、今もなお暴走力を高めているのだと周囲に知らせている。來冥力の暴走は來冥力を扱える生物にとって厄介な現象ではあるが、キュルキオネの來冥力は彼女を苦しませたくてそうしている訳ではない。
ただ彼女を守ろうとしているだけなのだ。
人間に例えると熱が出る現象が近しいだろう。体内に病原菌が入った時の生体防御反応により、その者を守ろうとする為に働く機能だが、その結果苦しませる事になるのだ。
「ああ、ああ、あああ……あ……っ……!」
「きっとあの子、さっきのあんたの一撃をもらって、今度はあんたをターゲットにしてるんじゃないかしら? いずれにせよ、早いとこ解放してあげた方が良さそうよね。……正直、見てて可哀想だから……」
最後のセリフは聞かれたくなかったのか小声だ。だがもう少し声量を落とした方が理想的だったのか、司には聞こえており彼の中でエマの印象が変わった。エマはその事に気付いている様子はないが。
「うん、そうだね。……キュルキオネ」
ここで司の目つきが明らかに変わった。1人の來冥者として完全にスイッチを切り替えた彼は覚悟を決める。
「あああ、ああああああああああああああ!」
狂ったような叫び声を上げながらキュルキオネは全力ダッシュで司へと急接近する。
キュルキオネの視界には恐らくもう司しか映っていないのだろう。ゲーテが言っていた上書きと呼ばれる現象が再び彼女の中で起こり、今処理すべきターゲットは司へと移り変わったのだ。
そしてそれは、新たに開花適応した司の來冥力が彼女に通じた事の証明でもある。
「僕は絶対に君を正気に戻す。だから――全力で僕にその苦しみをぶつけろ!」
一切の怯みも躊躇いも見せず司はキュルキオネに正面から挑もうとし、彼女同様全力で駆け出す。
そしてお互いの距離が近くなったと同時に2人は前方へと跳び上がり、空中でお互いの拳をぶつけ合った。その光景を見たレギュラオンはぼそりと司に向かって呟く。
「勝て、司。お前ならこの壁を超えられるはずだ……!」
レギュラオンは今回の戦いを無謀で敗北必至な戦いだとは決して思っていない。そもそも確実に負ける戦いだと分かっていれば初めから別の策を講じていたはずなのだから。
勝てる見込みはある。その可能性が司にはある。そう彼女は確信していた。




