第295話
「ああ。礼を言うぞ、司」
「その感じ……まさか最初からここまで読めてたとか……?」
「ふん。お前は私を神格化し過ぎだ。そんな訳無いだろう。ゲーテにとってそうだったように、私にとっても棚ぼただっただけに過ぎん。キュルキオネの強制解放された來冥力の量が増したと察した時、私は確信した。來冥力をほぼ使い切った私が正面から挑んだところで結果は分かり切っているとな。完全に戦い方を誤った……これは私の判断ミスだ。だが諦めた訳では無い。戦況を再度分析し、あらゆる勝ち筋の可能性を再考した結果、1つの勝ち筋に気付いた」
レギュラオンは司の背中を見続けながら一拍置き、彼女が見出したこの状況における唯一と言っても良い勝ち筋を口にした。
「私が完全敗北する姿を見せつける事で、お前の來冥者としてのレベルを1段階引き上げる事ができるかも知れない、そしてそれこそがあいつを止められる最後の希望である、とな」
「……」
レギュラオンにそう言われ、司はやはりそうかと心の中で思った。
少なくとも來冥者としてのパワーアップと言うのは、誰よりも本人が1番自覚できるものであるのだ。今司は自分が扱える來冥力の限界値、そして質の高さが跳ね上がっている事に気付いていた。
もう馴染み深いとある現象が彼の身に起こったからだ。
その現象の名をレギュラオンはハッキリと言葉として彼に伝えた。
「ふん。このような時はおめでとう、と言っておくのが正解なのだろうな。喜べ司。お前は今、2回目の開花適応を果たしたんだ。開花適応レベル2……その覚醒条件は『頼りにしていた者が潰される事によって引き起こされる生存本能の刺激』だ」
「生存本能の……? 初めての開花適応とは条件が違うんですね。また1つ勉強になりましたよ」
司は自分が把握している開花適応に関する情報が更新された事を悟る。
絶望や恐怖に打ち勝ち、目の前の壁に果敢に立ち向かった時に普通の來冥者は開花適応レベル1になれる。司はレイクネスに立ち向かった時、ユエルは手錠双璧に立ち向かった時に見事覚醒を果たせた訳だ。
ここで気になる点として挙げられるのは以降の開花適応も全て同条件か否かだ。肝心の答えだが、もしもその疑問を有識者に投げ掛けた場合、ノーと返ってくるだろう。
レベル1→2になる時も、レベル2→3になる時も全て条件は異なるという訳だ。
では開花適応レベル1の者が2になる為に必要な要素とは何か。
レギュラオンが覚醒条件を司に教えたがもっと馴染み深い言葉で言うのであれば火事場の馬鹿力であろう。
極限の危機状況に追い込まれた時、脳はリミッターを解除し、アドレナリンが大量に分泌される。その結果普段は引き出せない強大な力を発揮できてしまう現象だ。
開花適応レベル2への覚醒トリガーはその現象を特定の状況下で引き起こす事にある。
その状況とは意識的にしろ無意識的にしろ、頼りにしていた存在が居なくなってしまうようなシチュエーションだ。頼りにしている誰かが側に居るからこそ、その存在に甘えてしまい、一種の保険のように感じてしまう。
だが極限状況下で頼りになる存在が側に居ない時、もしくは潰されてしまった時、生存本能が刺激され、脳が『その者はもう自分を助けてはくれない、この状況を打破するには自分の力で何とかしなければならない』と判断する。
そして開花適応レベル1の來冥者がその道を辿った時、『何とかする為の力』が解放される現象がその身に起こる。來冥者の間では開花適応と呼ばれる現象が。
どんな状況に陥ってもレギュラオンならば何とかしてくれる。きっと勝ってくれる。そんな甘えた気持ちが無意識の内に司の中にはあったのだ。だがレギュラオンが負けたあの瞬間、司の中にあったそのような思い・考えが完全に消え去った。
レギュラオンだけではない。テトラやエマだってそうだ。今司の周りに居る経験も來冥力も上な人たちは全員戦線を離脱してしまっている。
その目を背けたくなるような現実が司の意識を変えてくれた。この中でキュルキオネに立ち向かう事が可能な來冥者は自分しかいないのだと強く認識したその時、これまでセーブされていた潜在能力が解放され、彼は開花適応する為の条件を満たしたのである。
「司……くん……」
「テトラ。キュルキオネは絶対に助ける。エマとレギュラオン総帥がここまで繋げてくれたんだ。ここまで来て負けるなんて僕は絶対に認めない」
「うん……うん! こんな時に隣に立ってあげられなくて本当にごめんね。……でも、お願い! きゅるちゃんの事、助けて……!」
テトラの涙声を聞いて司は一層強く自分自身に誓った。
今回の戦いは何が何でも負けられないのだと。




