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第294話

 レギュラオンは手を震わせながら顔面を抑えていた。その指の間からは血が流れ、酷い怪我を負った事が分かる。もっともその程度で済んでいる事自体、本来は有り得ない話なのだが。


「……! ふ、ふふ。おやおやおや。まだそんな余力がありましたか。あなたの來冥力も本当に常軌を逸していますねぇ」


 最初こそ面食らったゲーテだったがすぐに今のレギュラオンなど恐るるに足りないと言い聞かせる事で平常心を取り戻す。


「ふん。1つ、お前に言っておこう」


「何でしょうか」


「勝利を確信するのが早すぎる、とな」


「……。ふっ……ふふふ……ははははは! 何を言い出すかと思えば。この状況でよくそんな事が……」


「お前は先ほどテトラに対してこう言ったな? キュルキオネの暴走を止める方法、それを実行可能な來冥者は全員敗北したとな」


 虚勢でもハッタリでもない。レギュラオンはまだ諦めていない事をテトラは確信した。そしてその事実は同時に安心感を与えてくれる。


 レギュラオンが諦めていないという事は、まだカードを隠し持っていると言い換える事が可能なのだから。


 だがゲーテは飽くまでも強がりにしか見えていなかったようで、なおも余裕ある態度で彼女と接する。


「言いましたね。それは事実でしょう。他に誰か居ますか? 現在進行形であなたを殺そうと迫っているそのバケモノと対等に渡り合える來冥者がこの場に」


「……。1人だけ……たった1人だけその可能性を秘めた奴が居る。何せ――覚醒の条件は整っているはずだからな」


「覚醒の条件? はぁ……何を仰っているのか理解できませんね。まぁ良いでしょう。どうせあなたの命はあと10秒とせずに消え失せる……最後くらい自分を強く見せておきたいだけなのだと解釈しておきますよ」


 ゲーテが憐みの目をレギュラオンに向けたその瞬間、これまでゆっくりと近付いていたキュルキオネの動きに変化が訪れた。


「ううああ……アアああああアアああ!」


 キュルキオネはレギュラオンの元へと跳び掛かり、手の指を折り曲げる。その形は強靭な爪で肉を抉り取ろうとしている野生の猛獣のようだ。


「……」


 普通であれば恐怖で腰を抜かすところだがレギュラオンは取り乱す事も無ければ、逃げようともしない。ただ黙ってキュルキオネを受け入れるかのような雰囲気を出していた。


 傍から見たら全てを諦め、死を受け入れようと覚悟したかのように見えるだろう。


 だがそれは間違った認識だ。


 彼女が微動だにしなかった理由。それは、その必要が無いからに他ならない。




「――――――――――っ!」




 その時。


 突如として、真夜中に輝く一筋の白い光が1本の軌跡を描き、レギュラオンに襲い掛かるキュルキオネの腹部にクリーンヒットしたのだ。


 その衝撃で何とキュルキオネは後方へと勢いよく吹き飛ばされてしまい、木に激突して落下する。土埃が舞い上がり、キュルキオネの姿を一時的に消した。


「……」


「な……っ!?」


 レギュラオンは沈黙状態のまま冷静な顔で、そしてゲーテは驚愕の表情でその光景を目の当たりにしている。


 そんな中、キュルキオネを吹き飛ばした白の軌跡を生み出した來冥者は、レギュラオンに背を向けたまま、彼女に心配の声を投げ掛ける。


「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか? レギュラオン総帥!」


 そこに立っていたのは紛れもなく天賀谷司であった。いつもの陰陽師形態なのは変わらずだがどこか纏う雰囲気が違う。まるでWPUや界庭羅船の世界に1歩近付いたような感じだ。


 そしてその雰囲気は何となくの空気感で終わるようなものではなかった。何故ならばこの時、彼の扱える來冥力の量は飛躍的に上昇していたのだから。

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