第293話
「ま、まさか……そんな……」
ゲーテの話を聞いたテトラは、その『誰』にあたる部分がレギュラオンであると瞬時に理解した。
確かにシャックスのメンバーによる暴行とレギュラオンとの戦闘を比較した場合、圧倒的に後者の方がキュルキオネにとって危険な状況であると認識されるだろう。
特にレギュラオンがキュルキオネに放った最後の一撃が決定打になった。並の來冥者どころか開花適応者であっても簡単に消し飛ばせる究極の一撃をぶつけたのだ。
ゲーテが言う上書きが起きてもおかしくはない。
「まぁ僕も完全に全てを理解している訳ではありません。もしかしたら認識の変化ではなく、排除すべき優先順位が変わっただけかも知れない。ですがいずれにせよ今この瞬間においてはシャックスや僕の事など眼中に無いでしょうねぇ。少なくともそこで無様に倒れている敗北者を殺すまでは、ね」
「……。……! まさか、あなたに途中から余裕が戻ったのって……」
「余裕と表現して良いのかどうかは悩ましいですが、まぁそうです。このままいけばキュルキオネに殺してもらえる、運が良ければエマさんも……その確信を得たからですよ。完全に計算外かつ予想外の展開ですが、棚からぼた餅ってやつです」
口振りから察するにここまでが彼の計画の内だった訳では本当に無いのだろう。
意図せずキュルキオネの暴走を引き起こしたゲーテは、運良くレギュラオンたちと再会し、彼女たちがキュルキオネを救うべく取った行動は完全に裏目に出た。この一連の流れは狙ってできるレベルを遥かに超えており、偶然の産物以外の何物でもない。それは事実だ。
もしも狙ってこの展開にできたのであればゲーテはもっとハイテンションになっているはずであり、今とは比べ物にならないほど得意気にペラペラと語っていた事だろう。
寧ろあまりにもゲーテにとって都合が良すぎる展開に当の本人の感情がまだ完全に追い付いていない状況だ。
「ふふふ。僕はこれまで様々な計画を練り、実行に移してきましたがどれもことごとく失敗に終わりました。確かに欲を言えば計画成功という形で邪魔者を消し去りたかったのですが、ふふ……もはやどうでも良いですね。この際運が良かっただけだろうと偶然の産物だろうと構いません。……あの女が死んでくれるのなら、僕はそれ以上何も望まない!」
「く……この……! ゲーテ……ゲーテぇぇぇ……っ……!」
「ふふふ。いくらあなたが僕に敵意を向けても、いくらあなたがレギュラオンさんやキュルキオネを助けたいと願っても、全ては無意味に終わります。倒れたままのあなたが状況を把握できるかどうかは分かりませんが、ご覧なさい。あなたの大事な大事な娘さんは、あと少しで殺人者になろうとしていますよ?」
「……!」
顔を必死に上げたテトラはキュルキオネがレギュラオンに1歩ずつ近付いている事を知る。今のレギュラオンは來冥者形態でないだけでなく、來冥力も底をついた状態だ。そんな時にキュルキオネの攻撃をもらってはさすがに死んでしまう。
「おね……がい、きゅるちゃん。戻って……いつものきゅるちゃんに……戻ってよ……」
「ふふふ……ふはははは! 無駄だと言っているのがまだ分かりませんか!? どれだけ呼び掛けようとも彼女にその声が届く事はない! 彼女を助けたかったら……この暴走を沈めたかったら、方法は來冥力を使い切らせる事! それしかない! そしてその方法を実行できる來冥者は『全員』敗北した! いい加減現実を見たらどうですかぁ? テトラさん!」
「う……うぅ……っ……!」
絶望と悔しさ、そして悲しさ。あらゆる負の感情がテトラを支配し、彼女の目に涙が溜まる。
これまで大切に過ごしてきた家族同然のキュルキオネが、心無き悪のせいで暴走し、今レギュラオンが殺されようとしている。最終的には見境なく暴れ回る真の怪物に、そして界庭羅船のように全世界から敵視される存在になるのかも知れない。
これを現実だと受け止めるには心の容量があまりにも不足していた。夢なら覚めて欲しい。そう何度も心の中で言ってしまうほどだ。
「うああああ……ああああああ……!」
こうしている間にも1歩、また1歩とキュルキオネはレギュラオンに近付いていく。
「ははハハハはははハハはははハハはは! 神様は僕を見捨ててなどいなかったという訳ですか! 最後の最後で僕に勝利をもたらしてくれるなど、なかなか粋な事を……」
天を仰ぎ、狂ったような目を空に向けながら最高の気分に浸るゲーテであったが、その時間は長くは続かなかった。
「先ほどから耳障りだ。その口を、今すぐ閉じろ……ゲーテ!」
これまで黙っていたレギュラオンが手に力を込めて必死に立ち上がりながらそう言ったのだ。




