第232話
「……」
コハクは黙ってレギュラオンの次の言葉を待つ。
司の昔話をまだ聞かされていないが故に、レギュラオンが司の事を気にかけている理由まで彼女は把握していなかった。
だがいざとなれば彼の名前を出す事で、レギュラオンの中にある『絶対に新旗楼を認めない』気持ちに揺らぎを生じさせられる事は何となく読めていたのだ。
確かにレギュラオンは想像を超えるレベルのリアクションを見せはしたが、コハクの動揺を誘うほどではない。
「お前司から聞いたのか? あいつの過去を……」
コハクはわざわざ狙ったかのように司がメンバーの1人である事を伝えたのだ。明らかにその事実を武器にしているとしか思えない立ち回りであり、レギュラオンがそう考えてしまっても不思議ではない。
何せ司はレギュラオンが唯一この世で認めている一般人である。司から過去を聞き、界庭羅船に対抗できる存在が既に新旗楼には居るのだと知ったコハクが、説得材料として利用しているようにしか見えなかったのだろう。
レギュラオンはコハクが司の過去を把握しているか否かの確認を一旦行う。その質問を聞いた事でコハクは確信した。もしもレギュラオンが司の事を気にかけるキッカケと言える何かがあった場合、それは司が以前話そうとしていた過去に関わる事だと。
「 (やっぱりそこに何か関係があるのね……!) いいえ? 私は新旗楼の事を何も知らない状態で評価や判断をされるのが嫌だったからまずは構成メンバーだけでも、と思って伝えただけよ。別に他意は無いわ」
司の過去を知らないのは本当だ。だがその後の発言は嘘である。ここで司から助言をもらったから言っただけと口にすれば色々と面倒な事になるかも知れない。コハクではなく司が。
変に迷惑を掛けたくない気持ちが働いた事で、コハクは司の名前を出した理由に関しては本当の事を言わなかったのだ。
当然そんな事レギュラオンには筒抜けだったみたいだが。
「ふん。表情や声色1つ変えず、息をするように嘘を吐ける所だけはお前の長所として褒めてやる」
「ええそうね。まったく……誰に似たのかしら」
「……」
挑発的な笑みを浮かべるコハクと、迷いが生まれたレギュラオン。先ほどまで断固認めない姿勢を貫いてきたレギュラオンが考える様子を見せ始めたのは大きな1歩だ。
そしてここで手を緩めるコハクではない。司が教えたもう1つの事実の方もレギュラオンに話すべく、コハクは口を開いた。
「ちなみにだけれど、さっき私が言ったムイ、ロア、ユエルの3人は司と同等の存在よ。これは司自身から以前聞いた事があるの。協会でちょっとした事件があったのは知ってるかしら? その時司はユエルとタッグを組んでムイとロア……協会では手錠双璧と呼ばれているその2人と戦ったのだけれど、その経験を踏まえた上での評価みたいね」
コハクはサラッと口にしたがそれがどれほど重要な意味を持つか、彼女は本当の意味で理解していなかった。しかしレギュラオンと鴻仙は違う。
「ほぉ。もしもその話が事実なのであれば、これはなかなかに面白い話ではないか。そうは思わないかね、レギュラオン総帥」
鴻仙は興味津々といった様子で隣に座るレギュラオンに顔を向ける。レギュラオンと異なり彼はコハクを否定する気が無いどころか応援や協力をしてくれた存在である為、このように素直な感想を漏らす事に何の躊躇も嫌悪も無い訳だ。
「ああ、そうだな。司の目や感覚に狂いが無い場合の話だが。……はぁ、司がリバーシを辞めた後も協会に残り続けると知った時、嫌な予感はしたんだ。お前に目を付けられたら面倒な事になると」
珍しくレギュラオンは本気で頭を悩ませているようだ。今最も界庭羅船問題に関わらせたくない人間の陣営に、今最も界庭羅船に対抗可能な素質を持つ人間が居るのだから。
神様の意地悪や運命のいたずらと言えばそれまでだが、レギュラオンからしてみれば冗談じゃないといった具合なのだろう。果たして自分はどちらを優先すべきか、きっと彼女の脳内では自問自答が何回も行われているに違いない。




