第221話
今はエマを守りたい想いからゲーテに殺意を向けているが、エマの復讐が現実味のある話なのであれば、寧ろゲーテの言う通りエマを止めなければならないと考えを改める可能性は高い。
ゲーテの武器は頭脳と話術。これらを遺憾なく発揮し、界庭羅船のような強者を手中に収める事で彼は世界と渡り合っているのだ。
「界庭羅船の管理体制はクオリネさん無しでは語れないでしょうねぇ。界庭羅船を1つの組織として管理し、束ね上げ、秩序と安寧を守っているのは紛れも無いあなただ。ある意味で界庭羅船の真のリーダーとでも言えるでしょう」
「何が言いたいの?」
葛藤や悩みに1歩ずつ土足で踏み込んで来ている感覚に嫌悪感を覚えたクオリネは、思わずそう返してしまった。こんな時でも言葉とは裏腹に声や表情に感情を感じさせないのはさすがだ。
だがゲーテはクオリネの返事そのものに反応して笑い出す。
「はははははははは! 何が言いたいかですって? そんなの、あなただって分かっているでしょう!」
ゲーテは楽しそうに、クオリネの綺麗な瞳をジッと見ながら言った。
「あなたにとって1番大切な事は界庭羅船のリーダーが定めたルールを守る事だ。そしてその為には秩序を乱す輩の存在を認めてはいけない。違いますか?」
「……」
「エマさんが界庭羅船に入ってしまったら、メンバー間の衝突になってしまうんですよ。ですが今の彼女ならばそのルールの対象外です。何せあなた方のリーダーはエマさんをまだ仲間として見ていないのですから。界庭羅船の輪を乱そうとする『部外者』を排除するくらい、寧ろよくやったと笑顔で褒めるでしょうねぇ」
このままエマを生かし、彼女が界庭羅船の正式メンバーになってしまったら、エマは復讐の為の行動を取る事だろう。
もしそうなったら当然レイクネスは反撃に出る。結果、エマかレイクネスのどちらかが死んでしまうかも知れないのだ。仲間内での戦いの果てに死者を出してしまうなど界庭羅船リーダーが許すはずがない。
「さっきからよく喋るね。確かにあの子が復讐に走ったら界庭羅船にとっては史上初の内輪揉めが発生するかも知れない。でも、だからっていきなり殺すのは極端過ぎない?」
「ふふふ。界庭羅船トップ3とは思えない甘さですねぇ。良いですか? 殺害せずにエマさんの復讐を未然に防ぎたいのであれば選択肢は2つです。1つは彼女を説得する事。2つ目は彼女を界庭羅船から追い出す事」
ゲーテはご丁寧に指を1本、2本と立ててクオリネに説明する。
「ですが、どちらも望んだ結果にはならないでしょう。まず1つ目の説得ですが、復讐の為に界庭羅船に入るくらい覚悟を決めた人間を説得するなんて不可能です。続いて2つ目の界庭羅船から追い出す事に関してですが、これだけは絶対にしてはいけません。そんな事をしてしまえばエマさんは恐らくWPUの元へと行くでしょう。そして界庭羅船の件が片付いたら自分を逮捕しても良いから、レイクネス討伐に協力して欲しいと願い出るはずです。來冥力だけで言えば界庭羅船クラスの人間を敵側に渡してどうするんですか」
こうして聞けば聞くほどエマを生かしておくのは危険であると界庭羅船の立場に立って考えると思えてくる。
もしも界庭羅船に正式に加入してしまえば、仲間内で血を流す事態に発展する恐れがある。だがそれを防ぐ為に彼女を生かしたまま界庭羅船から追い出せば、復讐を成し遂げようとWPUに転がり込んで寝返る事だろう。
つまり全てを穏便に済ませる為には界庭羅船正式メンバーではない今のエマをこの世から排除する必要がある。それがゲーテの考えであり、クオリネを説得する為に用意した理論だ。
「……」
クオリネも頭では分かっている。確実にエマが復讐行動に出る確証は無いが、可能性が高いのであれば不安の芽を摘み取っておくに越した事は無いと。
それならば何故クオリネは迷っているのか。
その答えは簡単だ。
エマの事を大切に想っているから。これ以外に理由なんて無かった。




