第218話
「エマ。分かっているとは思うけど、なるはやだよ。あなたが不在の間は私がゲーテさんの護衛を務めるから。当然その時間が長引くほどあなたの取り分は減るからね」
「はいはい」
分かっているのか分かっていないのか怪しい態度を最後に見せたエマは、直後姿を消した。アルカナ・ヘヴンのどこかに転移したのだろう。
こうしてこの場にはゲーテとクオリネだけが残る形になった。エマに聞かれたくない話をするには絶好のタイミングと言える。
「ゲーテさん」
「ふふふ。早速ですか。訊きたくてしょうがない……といった様子ですねぇ」
ゲーテはクオリネが何の話をしようとしているのか分かっているようだ。
「そういうあなたは話したくてしょうがないって様子だね」
キュルキオネ計画の時もゲーテは嬉々として自分の計画を司とテトラに話していたが、その時と何も変わっていない。自分の計画が上手く進行している時は語りたくて仕方が無いタチなのだろう。
クオリネは今まで行われた会話の中で気になった部分を質問としてぶつけた。
「今回の殺人計画だけど、人工異世界を凶器に使う事なんてできない。察するにあなたもその事は知っているはずだよね。仕様上成功する訳が無い無意味な殺人計画の為に、どうして大金を払って界庭羅船に依頼をしたの?」
この言葉からクオリネですらゲーテの真意は把握していない事が窺える。どうやらこの瞬間まで自身の胸の内は明かさないままでいたようだ。
「ふふふ。これから僕が話す事は、界庭羅船にとって非常に衝撃的な内容になると思いますので、どうか落ち着いて聞いて欲しいのですが……よろしいですか?」
「うん」
基本的にクオリネは動揺や感情とは無縁の世界で生きている人間だ。それはゲーテも感じ取っており、彼女ならばどんな発言が飛び出てもまずは黙って話を聞いてくれるはずだと信じる事ができた。
「僕の狙いは――エマさんを殺害する事です」
次の瞬間、クオリネの來冥力が一瞬にしてただの倉庫を氷の家へと変えた。1秒にも満たない出来事であり、この瞬発力はさすがと言わざるを得ない。
熱いものに触れたら反射的に手を引っ込めるように、クオリネが始末すべきと判断した瞬間、彼女の來冥力が勝手に発動したのである。
だが界庭羅船とこれまで何度か契約を結んできた経験や数年前の件が彼の心を強くしたのか、ゲーテは全く動じなかった。
「おやおや。落ち着いて話を聞いてくれる約束では?」
「うん。聞くよ? ちゃんと『話は』聞く。聞いた後どうするかは私の自由だけどね」
まだ形態変化には至っていないクオリネだが、その目に光はなく、声と表情には一切の感情が乗っていない。
人の温かみを全く感じさせない冷たさは氷の女王の風格を遺憾なく発揮していると言えるだろう。
「ほぉ。界庭羅船にも仲間意識とやらはあるんですねぇ。僕は感動しましたよ」
「エマを殺害するって言ったけど、どうやって殺すつもり? あの子ああ見えて一応開花適応レベル3だよ。つまり來冥力でしか殺す事ができないの。……知ってる? アルカナ・ヘヴンで隙を見て後ろからナイフでグサッ……とかできないんだよ」
クオリネは限界まで殺意を封じ込めゲーテとの会話を続ける。
「知ってますよ。開花適応レベル1が新形態の獲得、レベル2が世界地図入手、そしてレベル3は來冥力でしかその者を殺す事ができなくなる……例え來冥力が使えない世界に居たとしても、ね」
知っているアピールがある程度できれば良いと思っているのか、レベル4と5について話す事は無かった。
ゲーテが口にした情報は開花適応の各レベルにおける特典のようなものだ。
開花適応はレベルアップすると使用可能な來冥力も大幅に増加するが、それ以外にも解放要素がある。例えばこれまで謎だった世界地図の獲得方法は、開花適応レベル2になれば自動的に入手できたりする。
そして界庭羅船メンバーの中で最も多い開花適応レベル3に関しては、來冥力による攻撃でのみ対象を死に追いやる事ができる状態になるのだ。つまり彼らを逮捕する為には正々堂々來冥力で挑まなければならないという事である。




