第三十六話 それぞれの決意
通報を受けたクッキー達が現場に到着すると、揺動と見られる蜘蛛はすぐに逃亡した。その直後にラサールからの応援要請。クッキー達は急いで現場に向かうが、現場に到着した時には、伊坂凪は連れ去られた後だった。将吾とひーちゃん、人質四人は倒れている状態で発見されたが、眠らされていただけで特に怪我などはなかった。将吾の証言で、魔月妃達の目論見が禊だと判明。それを受けて天照の神人、天野氷見子が黄泉国に非常事態宣言を発令した。
「禊が行われると、どうなるんです?なぜ、この世の全てが消えてなくなるんですか?一体、何が起こるんです?」
アキ君が淤加美に聞く。
「……将吾の話しを聞くと、魔月妃達は『器候補』を探していたと言う。そして、それが伊坂凪だった……。魔月妃達が言う器候補とは、伊邪那岐命を宿す体の事。つまり、凪を伊邪那岐の神主にして、その力で禊を起こすのが、魔月妃達の最終目的……」
と、淤加美が言うと
「伊邪那岐は相崎奈美の伊邪那美と対なす守神。全てを再生する伊邪那美の力に対し、伊邪那岐は全てを破壊する力。禊とは伊邪那岐がその命をかけて全ての力を使い、この世の全てを破壊する力の名称だ……」
黄泉国保安局局長の神谷直人が答えた。つまり魔月妃は、凪を連れ去り伊邪那岐の神主にして、その力を使って禊を行いこの世の全てを消し去ろうとしている訳か……。伊坂凪に神主の素質があるとは、誰も気が付かなかった。魔月妃は天照と同じ、真眼と言う力がある。人間の守神や素質を見抜く力で、魔月妃はそれで凪の素質に気づいたのだろう。天照が凪に会っていれば、先に気が付いたのかも知れない。とにかく凪が自分の意思とは関係なく神主にさせられ、魔月妃達に無理矢理禊を行うように仕向けられたら……。淤加美達に時間の猶予はない。キイロノイズミの室長八尾久仁子もすぐに動き、伊坂凪の早急かつ迅速な救出の為に、改めて警察の全面協力を要請。キイロノイズミにも非常事態宣言が発令され、凪の奪還と共に禊が行われるエックスデーに備えるよう指示が出た。ただ、禊を行うには莫大な呪力が必要な為、それを伊坂凪に溜め込ませる時間が必要だとの事。たとえ凪が神主になったからといって、すぐにどうこう出来る事ではないらしい。だが時間の猶予はないのは確かだ。警察は伊坂凪の誘拐事件として捜査を開始したが、当然身代金目的ではない為、捜査は難航していた。佐久間恋乃葉は岩田達夫と檜山メイ、二人の舎弟の俊朗の身柄を拘束していて、キイロノイズミに引渡した。佐久間は生まれながらの神主で、都内の探偵事務所で働いているという。依頼人の身辺調査の帰りに、たまたまあのバスに乗り合わせたらしい。斎藤達からキイロノイズミや黄泉国の説明を受けると、どうやら少し前にキイロノイズミの事を調べた事があると言う。だがさすがに黄泉国の事までは知らなかったようだ。
「まさか、アナタ達がキイロノイズミだったとはね……。ただの都市伝説だと思っていたのに……」
佐久間が将吾に言うと、将吾は少し申し訳なさそうな顔をした。佐久間は今後もキイロノイズミに協力してくれるそうだ。佐久間の守神は木花之佐久夜毘売だそうで、チェリーと言う名の桜の木を従え、桜の花びらを自由に操る事も出来ると言う。そんな佐久間が協力してくれるのは心強い事だ。岩田達は魔月妃との関連など、キイロノイズミにて詳しく取調べが行われる予定だ。関西からの長い逃避行で金がなくなり、水神會系列の人間に稼げる仕事を頼んだら、魔月妃達を紹介されたらしい。紹介されたと言ってもメールアドレスを教えてもらっただけらしく、一方的に写メが届いて『この少年を誘拐してほしい』と言われたそうだ。凪の自宅周辺を調べていると水族館に向かう凪達を見つけ、すぐに舎弟でトシと呼ばれていた西俊朗をバスの運転手として潜り込ませたのだ。そして水族館帰りの凪達が乗り込んできた所に岩田達も乗り込み、すぐに俊朗の能力を発動させて巨大な結界の街に閉じ込めたのだ。そして岩田から連絡を受けた魔月妃が酒木、須佐野、国吉を引き連れて、凪を引き取りに来たと言う事だ。魔月妃達のその後の足取りは掴めておらず、伊坂凪の行方もわかっていない。そして行方がわからなかったラサール・タビコフと岬天音は、ひっくり返った大型トラックの下から発見された。少し窪んだ所に天音の体がスッポリ入っていて、上からラサールが覆い被さっている状態で見つかった。その様はラサールがトラックの重量から天音を守っているかのようだった。天音は右肩からの出血が酷く、意識不明の重体。すぐに病院に運ばれた。そしてラサールは…………心肺停止の状態で、その場での死亡が確認された。
ここは八千代市の外れにある大きな霊園。その霊園の中の休憩所で喪服姿のタツと双葉、将吾にアキ君、そして淤加美が座っていた。ラサールの遺体の火葬が終わり、八尾がキイロノイズミ京都本部のメンバーと遺骨を霊園に運んできたのだ。人間と同じように弔いたいと八尾たっての希望で、人間と同じように火葬し、この霊園に埋葬するのだ。そして先ほど納骨が終わり、みんなで休憩所にやってきた所だ。八尾と京都本部の人達は、まだ外で話しをしている。そこへ土方と藤堂が休憩所に入ってきた。
「……天音さん、意識が戻ったそうです。今、病院にいる警官から連絡が来ました……」
土方がみんなに言う。
「そっか……よかった……」
淤加美が軽く微笑むと、アキ君が
「クッキーさんは?」
と、土方と藤堂に聞く。
「……外にいる。アイツなりに色々と考えてるみたいだ……」
藤堂が節目がちに言うと、その場が静かになる。ひーちゃんは凪が魔月妃に連れていかれたショックで、家に閉じこもってしまった。何より魔月妃を前に何も出来なかったのが、大きかったようだ。
「……オレも布都御魂を抜く事はおろか、喋る事すら出来なかった……」
将吾も項垂れながら呟いた。改めて魔月妃の恐ろしさを痛感したのだ。すると淤加美が不意に
「……なんか……今更だけど……ごめんね……アタシがみんなを神主にしたから……なんか……巻き込んじゃってるよね……黄泉くじを皆んなに引かせたから……」
と、突然言いだした。奈美ちゃんを失い、天音が大怪我をし、ラサールが亡くなり、凪が連れ去られた。立て続けの不幸にさすがの淤加美も冷静さを保てなくなっているようだ。
「淤加美ちゃん!」
立ち上がる双葉をタツが制止した。そして
「淤加美ちゃん……ボクは……いや……ボクらは『巻き込まれた』なんて思ってないよ。誰の責任でもない……。魔月妃達がこの世界を全て消し去ろうとしてるなら、止めなきゃいけない。そして、止められるのはボク達だけだ……ならばボク達がやるしかない」
と、タツが静かに言うと
「この世界が消えるのを止められるのは、キイロノイズミだけ……。そのキイロノイズミを引っ張っているのは、淤加美ちゃん……。なら、淤加美ちゃんがしっかりしないと……。って奈美ちゃんなら言うと思いますよ?」
と、アキ君が微笑む。
「……俺は凪を取り戻す。止められたって、やりますよ?」
将吾が真っ直ぐ淤加美を見つめながら言うと
「アタシも頑張る!後悔なんてない。むしろ感謝してるんだよ?」
双葉が両手を腰に当てて言う。すると、クッキーが休憩所に入ってきた。
「……淤加美ぃ、らしくねぇなぁ。情けねぇ事言ってると、ラサールにぶっ飛ばされるぞ……」
クッキーが椅子に座りながら言う。そして続けて
「色んな事があったからな……色々と考えちまうんだろうが……。今はシンプルでイイんじゃねぇか?凪を奪い返して禊を止める、この世界と黄泉国を救う為の戦いだ。俺はやるぞ?相手が神様だろうが、なんだろうがな……」
と、低い声で言ったのだった。
霊園の喫煙所では斎藤がタバコを蒸していた。斜め前には菅野もタバコを咥えている。二人共、無言でタバコを吸っていた。すると斎藤が何かに気づき、タバコを灰皿に消して喫煙所を出ていく。その様子を菅野が見ていたが、菅野もタバコを消して後に続いた。斎藤は喫煙所を出ると、近くに停まっていたセダンタイプの車に近づいていく。すると後部座席のドアが左右両方開き、二人のスーツ姿の男性が降りてきた。一人は背が高くスラリとした三十代ぐらい。黒髪のオールバックで切れ長の目をしている。もう一人は四十代後半ぐらいで短髪にガッシリとした体格だ。斎藤が二人に近づいていくと、後ろからついてきた菅野が
「……お、おい……あの二人って……」
と、声をあげる。斎藤が菅野の方へ振り返りながら
「警視庁捜査一課一係の沖田と二係の永倉だ……」
と言うと
「……一体、何が起こってる?」
と、スラリとした方の男性が斎藤に声を掛けた。
「小学生の誘拐事件に捜一が総出で駆り出されてる……警視総監の隠し子でも誘拐されたのか?ってみんな騒いでんぞ。しかも捜査権限がキイロノイズミ主体だと?前代未聞を通り越して、パラレルワールドにでも迷いこんだ気分だぜ……」
ガッシリした体格の年配男性も斎藤に言う。斎藤は大きな溜息をつくと
「……すまない……今は言えない。だが国の……いや世界の存続を揺るがす事態が発生しつつある事は確かだ……」
と、言う。二人の男性は顔を見合わせるが、ガッシリとした体格の年配男性が
「……昔の男にも言えねぇって事は、よっぽどだなぁ……。戦争でも起きんのか?」
すかさず斎藤とスラリとした男性が、ガッシリとした体格の男性を睨みつけた。斎藤は踵を返すと
「……沖田、引き続き伊坂凪の行方を追ってくれ。永倉は黄泉コーポレーションと言う会社の内定捜査を頼む……。水神會の幹部から多額の金が流れた会社だ……」
と言いながら、元来た方へ歩きだした。ガッシリとした体格の男性が
「……へいへい、仰せのままに……。ちなみにチョロっと調べた感じじゃあ、あの会社はダミーだな……。金の流れなんかが、かなり胡散臭い。まぁ丁度良い隠れ蓑って感じがプンプンする…………。おい沖田、そろそろ行くぞ……」
ガッシリとした体格の男性が言いながら車に乗り込む。すると沖田と呼ばれたスラリとした男性が
「……一美、本当に大丈夫なのか?……急に捜一から抜けて得体の知れない組織に放り込まれて……。周りは、『無理矢理やらされてる』とか『洗脳された』とか言ってるヤツらもいるくらいだ……」
斎藤は立ち止まると、振り返らずに
「……沖田、私は大丈夫だ。それより、伊坂凪を早急に見つけだしてくれ……。それと……もう私を一美と呼ぶな……そう呼んで良いのは、今はキイロノイズミのメンバーだけだ……」
と、言い再び歩きだした。
都内にある高層マンション。そのペントハウスに思金神の神人、友井茜は櫛八玉神の神主、土屋珠江と共に住んでいた。友井が自分の部屋のベランダの手すりごしに、立ったままコーヒーを片手に外を眺めている。畳八畳分ぐらいの広さのベランダで、パラソル付きのテーブルと、椅子が置いてあるのだ。すると土屋がガレットをトレーに乗せて持ってきた。
「……どうぞぉ」
土屋がトレーをテーブルに置いた。
「ありがと」
友井が手すりからテーブルまで歩いてきて、ガレットを一口頬張る。
「……この前、お見えになったお猿の殿方……ラサールさんって仰ったかしら?お亡くなりになったんですって?」
土屋が椅子に座りながら言う。
「……そうみたいだね。禊が行われるかもしれないって、黄泉国は蜂の巣をつついたような騒ぎになってるみたいだよ……」
友井も椅子に座りながらテーブルにコーヒーのカップを置いた。
「……こっちの世界は、こんなに静かなのに……」
土屋が周りのビルや建物を見ながら言う。いつもと何も変わらない日常的な風景だ。
「こちらの世界では黄泉国の存在は公表されてないからね……水面下で必死に動いてるんじゃないかな?……アタシ達は動くのが少し遅かったかもね……覚悟を決めた方がイイかも……」
友井が遠くを見ながら言うと
「……そっか…………なんか色々あったねぇ……楽しかったなぁ……。この前のロシアンルーレットとか……」
と、土屋が目を細めながら言う。その時、部屋のインターフォンが鳴った。
「……誰かしら?」
土屋が立ち上がると
「……珠ちゃん、気をつけて……」
友井が土屋に言う。土屋が大きく頷くと、キッチンから大きな出刃包丁を持って玄関へ向かった。
「はぁーい」
土屋は高い声で返事をしながら、玄関の壁にピッタリ背を付けて、ワザと物音を立ててみる。ドアに付いてる覗き窓を見てる時に、ドアの向こうからの銃撃があった時の為の対策だ。銃撃がないのを確認してから、覗き窓を見る。意外な来訪者に土屋は出刃包丁をそっと靴箱に隠してドアを開けた。ドアの向こう側には、キイロノイズミの近藤勇治が立っていた。
「……キイロノイズミの近藤です。友井さんにお話しがあって来ました……」
近藤がキイロノイズミ仕様の警察手帳を見せながら言う。すると土屋の後ろから友井が姿を見せた。
「……お話しって?」
友井が壁に寄り掛かりながら聞く。近藤は一歩下がると、突然その場で正座をした。そして頭を下げながら
「魔月妃の居場所を探ってくれ!頼む!この通りだ……」
と、言った。土屋と友井が顔を見合わせる。
「アンタなら探せるはずだ。オレ達はラサールさんの死を無駄にしたくない!凪君を無事に取り戻し、禊とやらを止める。その為にはアンタの力が必要なんだ!」
近藤が土下座をしながら言う。近藤は岩田を見つけだした友井の力を、目の当たりにしている。友井なら間違いなく最短で、凪の居場所を見つけ出せるはずだ。だが……
「……申し訳ないが、それは出来ない」
と、友井が言う。
「……!……なぜだ?」
近藤が顔を上げて聞くと
「……アンタの言う通り、アタシは魔月妃を探せる。だからアタシは魔月妃から狙われる。今すぐ雲隠れしないと、禊の前に確実に消されるからさ……悪い事は言わないから、アンタもすぐにここから離れた方がイイ……」
と、友井が溜息まじりに答えた。すると友井の部屋の目の前にある直通エレベーターが階に到着した音が鳴る。近藤の背後にあるエレベーターの扉が開いた瞬間
「……!……危ない!」
土屋が友井を庇いながら急いで部屋の中へと戻った。激しい銃撃音が連続で鳴り響き、近藤の頭の上を銃弾が何発も掠め飛んでいく。その瞬間、近藤が懐から多持箱を取り出し、素早くガントレットを右手に装着した。
「うらあぁ!」
近藤が立ち上がりながら振り向いてガントレットを打ち抜いた。エレベーターの中には拳銃を構えた清掃業者の男が、二人立っていた。ガントレットは一人の男の体を直撃し、男はエレベーターの壁に叩きつけられた。だが、もう一人が弾をリロードして近藤に向けて至近距離で構えた。近藤がガントレットでガードしながら慌てて後ろに下がる。
「こっちへ!」
部屋の中から土屋が叫んだ。近藤が飛んでくる銃弾をガントレットで弾きながら友井の家に駆け込み扉を閉めた。男は構わず銃を乱射する。近藤はドアにカギをかけると、慌てて玄関から離れた。
「逃げ道は?」
近藤が部屋に飛び込みながら友井と土屋に聞くと
「ここは高層マンションのペントハウス。下へ行くには今の直通エレベーターと非常階段のみ。間違いなく両方共、待ち伏せされてるだろうね……」
と、友井が冷静に言う。
「……くそ!」
近藤は吐き捨てるように言うと、キイロノイズミ特製無線機を出した。
「こちら近藤。友井茜の自宅マンションで何者かによる襲撃を受けている。至急、応援を頼む」
近藤が無線を飛ばすと
「斎藤だ。神主による襲撃か?」
と、斎藤から返ってきた。
「いえ。銃撃されてます。神主による攻撃は、今の所はまだ……」
と、近藤が返すと
「……魔月妃はウチらの守神に戦闘能力がないのを知ってる。だから、神主ではなく普通の人間に襲撃させたんだと思う……だけどヤツらの手慣れた銃の扱い方を見ると、カタギじゃあないね……その道のプロだと思う……」
横から友井が言う。
「……わかった。至急、応援を向かわせる。なんとか持ち堪えてくれ……」
と言って、斎藤の無線が切れた。近藤は無線機をしまうと、深呼吸を一つした。そして
「……アンタ達はオレが必ず守る。そして、その後はキイロノイズミで身柄を保護する。だからその時には、魔月妃の居場所を探ってくれ……」
と、近藤が言う。土屋と友井は顔を見合わせると
「……交渉成立だ」
と、友井が微笑みながら言ったのだった。
[登場人物紹介]
名前:佐久間恋乃葉
別名:佐久間 佐久間さん 恋乃葉
年齢:27歳
守神:木花之佐久夜毘売
能力:チェリーと言う名の桜の大木を従えている
チェリーは根を張らず、自由に移動出来る
無数の桜の花びらを自在に操れる
備考:都内の探偵事務所に勤めている
キイロノイズミについて、以前調べた事がある




