第三十五話 依頼主
将吾達が走っていき角を曲がって見えなくなると、天音の体が光に包まれ天之手力男の力を宿した。
「……アナタ、ひょっとして?」
佐久間がその様子に驚いて言うと
「……ごめんなさい。諸事情で隠してたけど、アタシも神主……説明は後でするから、とにかく今はアイツらをなんとかしよう」
天音が申し訳なさそうに言いながら、上着を脱いで身構えた。
「……わかった……えっ……と……」
佐久間も身構えると、佐久間の背後にチェリーが現れた。
「……?……あぁ……アタシ、岬天音です。一緒にいた男の子の武藤将吾君も神主……」
天音の自己紹介が終わらない内に岩田が斬り込んできた。
「テメェら何モンだぁ!」
天音と佐久間が横っ飛びで左右に分かれて避ける。
「キイロノイズミだ!ラサールさんが、アンタらを追ってる!」
「……!……」
キイロノイズミとラサールの名を聞いて、岩田の顔色が変わった。
「……そうか。なら、とっとと終わらせて、早く逃げねぇとな……」
岩田が再び低い体制で構える。天音は静かに武心流空手の構えを取った。岩田が飛び込みながら右手で水平に斬り裂く。天音が後ろに下がって避けると、岩田は左手を縦に振り下ろした。天音は右に避けながら、岩田の左脇腹に正拳を叩き込む。
「ぐっ……!」
岩田が苦悶の表情を浮かべて左手を水平に払った。天音はダッキングしてかわすと、左右の正拳突きを岩田の胸に叩き込み、離れぎわに右の回し蹴りを放った。岩田は回し蹴りをかわすと、飛んで下がって距離を取る。岩田は両手を剣のように長くして戦っている。間合いとしては剣などと同じ間合いだ。それに対し天音の間合いは至近距離。つまり懐に入ってしまえば、天音の方が攻撃のレスポンスがいいのだ。それに天音は時間があると、将吾や斎藤達ともスパーリングをしていた。魔月妃側の神主に瑞波や須佐野など、剣を使う神主もいるからだ。岩田は体の一部を刃物に出来るというだけで、剣の達人ではない。将吾や斎藤達に比べたら、剣撃に鋭さがないのだ。
「うらぁあ!」
岩田が叫びながら飛び込んできた。左右の振り下ろしを天音は右、左と避ける。再度、間合いが詰まって至近距離。だが今度は岩田が膝蹴りを放ってきた。まさか……?天音は嫌な予感がして、慌ててガードをやめて避ける事にした。間一髪で岩田の膝蹴りは天音の頬を掠める。天音の頬はスパッと切れて血が滴りだした。
「ははぁ!危ねぇとこだったな!ガードしてたら今頃両腕が地面に転がってたのになぁ!」
岩田が叫びながら、またも左右の振り下ろし。天音が飛んで下がって距離を取ろうとすると、岩田のつま先蹴りが飛んできた。靴のつま先にも長い刃物が伸びている。リーチの長さに避けきれず、岩田のつま先が天音の左腕を掠めた。天音の左腕がスッパリ切れる。
「くっ……」
苦痛で天音の顔が歪む。全身凶器の岩田には、間合いとか関係ないのか?近距離も中距離も強い。それに動きがトリッキーだ。酒木荊羅のように喧嘩慣れしているのだ。どういう動きをすれば、相手に読まれず攻撃を当てる事が出来るのか熟知している。……だが、アタシには天之手力男の力がある。前の酒木との戦いでは上手く使えなかった。でも今は……
「でぇあ!」
天音は右拳を地面に叩きつけた。凄まじい衝撃と共に地面は砕け散り、振動で岩田が体制を崩す。すかさず天音が飛び出した。目の前にあった宙に浮いてる砕けた地面の瓦礫を蹴り飛ばす。
「オラァ!」
岩田が飛んできた瓦礫を右手で真っ二つにした。だが、瓦礫のすぐ後ろから天音が現れた。瓦礫で姿を隠しながら間合いを詰めたのだ。
「でぇあぁぁ!」
天音の右正拳突きが岩田の顔面に入る。上半身が仰け反りながらも岩田がなんとか倒れず堪えた。そして仰け反った体制から、頭を振り下ろした。
「……!……しまった!」
岩田の頭突きが天音の右肩を直撃して食い込んだ。いつの間にか岩田の額は鋭く尖っていたのだ。天音の右肩から夥しい大量の血が溢れ出す。
「……ははぁ……ようやく捕まえたぜ……」
岩田がニヤリと笑い両肘が鋭く尖る。至近距離から肘で斬りつけるつもりだ。
「でぇぇあぁぁぁ!」
天音はそのままの体制で、岩田の体に両手で交互に拳を叩き込んだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのまま力任せに拳の連打を打ち込む。天音の肩からは血が一層溢れ出すが、血飛沫を周囲に撒き散らしながら天音が連続で拳を叩き込んだ。
「……ぐふぅぅぅ……」
苦痛に耐えきれず岩田が顔を上げると、天音の肩から額が抜けた。だが岩田はそのまま両手で天音の両肩をガッシリと掴むと、再度頭を後ろに仰け反る。またも頭突きだ!岩田の両手の指は鋭く尖り、天音の体に食い込んだ。これでは逃げられない!
「はあぁぁぁぁぁぁぁ……」
天音はそのまま腰を落として構え直した。一撃だ……渾身の一撃を叩き込んで仕留める……。天音は右拳に力を込めた。
「死んどけ、コラァぁぁ!」
岩田が頭を振り下ろした瞬間、同時に天音が右拳を打ち込んだ。
「武心流ぅぅ!独砕正拳!」
岩田の額が直撃する前に、天音の右拳が岩田の体に叩き込まれた。しばらくの沈黙の後、岩田がゆっくりと跪く。息の荒い天音が両肩に食い込んだ岩田の指を外すと、岩田はゆっくりと地面に倒れたのだった。
大きな蛇に姿を変えた檜山が、噛みつこうとしてチェリーに飛びかかる。だがチェリーの木の枝がムチのようにしなり、檜山を弾き飛ばした。佐久間は天音の援護に入りたいのだが、檜山が邪魔をしているのだ。
「くっ……さっきからちょこまかと……」
佐久間がイラつきながら言う。チェリーの木の枝の攻撃を、檜山はスルスルとかわしている。檜山は見た目通り蛇の動きをしていて、動きが読みづらく攻撃が当たらないのだ。
「行かせるかぁ!」
檜山が叫びながら飛びかかってきた。佐久間は無数の桜の花びらを巻き上げて揺動する。花びらが目眩しとなり、檜山は一瞬動きが鈍くなった。そこへチェリーの木の枝が、ムチのようにしなって叩きつける。
「ぎゃあぁ!」
何発か連続で叩きつけられると、檜山は堪らず地面に転がった。
「今だ!チェリー!」
佐久間がチェリーに合図すると、チェリーが飛び上がった。チェリーのボディプレスだ。だがその瞬間
パァン!
と乾いた破裂音が鳴り響く。チェリーは空中で消えてなくなり、佐久間が右肩を押さえて跪いた。押さえた手の隙間から血が流れ出している。
「ひゃっひゃっひゃっ……あっぶねぇトコだったぜぇ!」
銃を構えて立っていたのは、バスの運転手だったのだ。落ちていた岩田か檜山の銃を拾ったのだろう。
「……遅っせぇぞ、トシ!危なくヤラれるトコだったし……」
檜山が人間の姿に戻り、文句を言いながら起き上がる。
「……ど、どういう事……?まさか、バスの運転手がグル?」
佐久間が肩の激痛を堪えながら言うと
「そうだよ、バーカ!少し考えたら、わかんだろぉ!アニキが体の一部分を刃物にする能力で、アネさんが蛇に姿を変える能力……じゃあ、この結界の街は?一体、誰が作り出したんだ?……オレだよオレェ!事代主神の力だ!」
バスの運転手が得意げに言うと
「トシ!余計な事を喋ってないで、とっとと撃ち殺しな!」
と、檜山が叫ぶ。
「すんません、アネさん……」
トシと呼ばれたバスの運転手が、檜山に謝りながら佐久間に銃を向けた。どうやらトシは、岩田と檜山の舎弟のようだ。しかし、どういう事だ?岩田と檜山はバスジャックをしようとしていた……舎弟のトシがバスの運転手に、最初からなりすます理由がわからない……。
「アタシはあのガキを探してくる。アンタもソイツを殺ったら合流しな……」
檜山が言いながら岩田と天音を方を見る。だが丁度、岩田が天音の右拳を喰らって崩れ落ちる所だった。
「……!……は?……う、ウソでしょ……?」
檜山がその様子を見て絶句する。
「あ……アニキ!」
トシもその様子を見て叫んだ。トシが岩田達の方に気を取られたその隙に、佐久間が音もなく無数の桜の花びらを放った。その花びらが風に舞い、トシと佐久間の間にチェリーが現れる。
「……うあ!」
チェリーの気配に気づいたトシが慌てて銃を構えるが、チェリーが枝で銃を叩き落とした。
「……!……バカ!何やってんのさ!」
岩田の方を見ていた檜山が、その様子に気づいて叫ぶ。チェリーがもう一方の木の枝でトシを叩きつけると、檜山が慌てて飛び出した。トシが落とした銃を拾う為だ。檜山の手が銃に届く寸前で、桜の花びらが銃を包み込む。そして檜山の目の前で佐久間が銃を構えたのだった。
天音は岩田が崩れ落ちるのを見届けると、ゆっくりと佐久間達の方を見た。丁度、佐久間が銃を拾い上げて、檜山の目の前で構えた所だった。近くにはバスの運転手らしき男が倒れている。天音は血塗れのまま、上着を拾うとヨロヨロと佐久間達の方へ歩きだす。檜山は両手を上げて降参していた。
「あのガキを探してくる、ってどういう事?」
佐久間の檜山への問いかけが聞こえてくる。あのガキ?ひーちゃんと凪の事か?
「……ふん、頼まれたんだよ。逃げまわるにも金がいるからね……。伊坂凪ってガキを連れてくれば、逃走ルートと資金を確保してくれるっつーからよぉ……」
佐久間に銃を向けられている檜山が渋々答える。
「……誰に?……誰に頼まれたの?」
天音がヨロヨロと歩きながら檜山に聞く。
「ちょ……ちょっと……大丈夫?」
天音の姿に佐久間が驚いて聞くが、天音は佐久間を片手で制して檜山の答えを待つ。
「……知らねぇよ。この世界で依頼主の名前を聞くのはタブーだろ?それにメールでしかやりとりしてねぇし。知りたきゃ自分の目で見てみりゃイイんじゃない?バスの中で依頼主に連絡しといたから、今頃ここへ来てるはずだし……それに依頼主もたぶん神主だぜ……」
檜山が薄ら笑いを浮かべながら言う。
「……ひーちゃん……凪くんが……」
天音は小さな声で呟くと、フラフラと歩きだした。
「……?……ね、ねぇ!ちょっと!」
佐久間が慌てて天音に叫ぶと
「その人達をお願い……あの子達が心配だから……」
天音は言いながら、将吾達が走っていった方へと向かったのだった。
将吾達は走っていた。将吾が高齢の女性を抱えて、ひーちゃんや凪を気遣いながら走っている。他の人質三人も必死に走っていた。天音さんやラサールさんは大丈夫だろうか?みんなを安全な場所に誘導したら、すぐに戻らねば……。安全な場所……安全な場所などあるのだろうか?酒木達は何故か、この巨大な結界の中にいた。この巨大な結界はヤツらの仲間の能力かもしれない。だとしたら、この中に安全な場所などない……。それならば……出口は?出口を探そう。出口を探してひーちゃん達だけ外に出し、すぐに戻ればイイ。
「ねぇ!あのデカい猿は何?なんで喋れんの?」
興奮した凪がひーちゃんに聞いているが、ひーちゃんは聞こえないふりをしている。さっきまでは恐怖で萎縮していたのか口数が少なかったが、ようやく色々と整理がついてきたようで、色々な疑問をひーちゃんに投げかけている。ひーちゃんは誤魔化すのに必死だ。すると少し先に人影が見えた。将吾は立ち止まり、高齢女性を降ろした。それは着物を着た髪の長い綺麗な女性だった。スラリと背が高く額に花鈿という化粧をしている。
タダならぬ雰囲気……その気配を将吾とひーちゃんだけが感じ取っていた。人質四人と凪は何事かと顔を見合わせる。すると、女性はこちらに向かって歩き出した。将吾とひーちゃんだけが後退りをする。将吾が慌てて布都御魂を抜こうとした瞬間
「……そんなに怖がらなくても良いではないか……」
突然、将吾の背後から声がする。将吾が慌てて振り向くと、さっきの着物の女性がすぐ後ろに立っていたのだ。何?どういう事だ?将吾が今さっき女性が立っていた方を見るが、そこには女性の姿はない。
「……無駄だぞ、蛭子……私は全てお見通しだ……」
今度はひーちゃんの背後に女性が現れた。ひーちゃんは両手の手の平を突き出し、蛭子の力を使おうとしていたのだ。『私は全てお見通し』……って事はひょっとして……。将吾がそう思った瞬間、女性が将吾の真横に現れた。
「そうだ……私が魔月妃だ。はじめまして……建御雷神」
女性がニヤリと笑いながら言う。こ、コイツが魔月妃?人の心を読む他心通、いわゆるサトリを使う神人で、一連の事件の主犯格とされる人物。赤い瞳の神主達を引き連れて、禊を起こして全ての世界の破滅を目論んでいるという。そうか……相手の心を読み、事前に動き出しているからとんでもない速さに感じるのか……?いや……違う……何か違う……この違和感は……?将吾が布都御魂を抜いて構えた瞬間、人質四人と凪がバタバタと倒れた。ひーちゃんも跪く。
「……!」
将吾が辺りを見渡すと、いつの間にか周囲に煙のようなものが漂っていた。なんだコレは?
「……お香だよ。ただし、チョウセンアサガオの成分がたっぷり入ったね……」
魔月妃が言うと、将吾の視界が霞んできた。頭がクラクラして体が動かない。将吾もその場に跪いた。頭がボーっとしてきて、うつ伏せに倒れ込む。
「……なに、心配しなくても、お前も蛭子も殺さない……。器さえ手に入れば、遅かれ早かれ皆消えてなくなるのだからな……」
魔月妃が言いながら、凪を抱き抱えた。
「……な……凪……く……」
将吾が薄れゆく意識のなか、うわ言のように呟いた。
天音は必死に歩いていた。肩からの出血は止まらない。かなり深い傷なのだろう。他も何箇所か斬られたが、どこをどう斬られたか覚えていない。全身が痛むのだ。いちいち把握してられないし、傷の場所や具合を理解すれば、心が折れてしまいそうだからだ……。それより凪君だ。凪君の身が危ない。将吾もひーちゃんもこの事実を知らない。早く合流しなくては……。すると、遠くに三人の人影が見えた。スーツ姿……まさか……。
「……おぉ!空手女じゃねぇか?」
酒木荊羅が天音を見て声を掛ける。
「さ、酒木荊羅?」
天音が立ち止まる。全身が一瞬、硬直するのがわかる。一度は倒されてしまった相手……その恐るべき強さは身をもって知っている。しかし恐れたら戦う前に負けてしまう……。天音はキッと酒木を睨みつけた。だが、その酒木の足元に……
「……?……ら、ラサールさん?」
天音が絶句した。酒木の足元には血塗れのラサールが倒れていたのだ。なんでラサールさんがここにいるの?それよりも、あんなに強いラサールさんがやられた?コイツらに?
「ははぁ!ボロボロじゃねぇか?……コイツはイイ。丁度、溜まってたんだ。素っ裸にひん剥いて、たっぷり犯してやる。須佐野!国吉のおっさん!絶対ぇ、手ぇ出すなよ……」
酒木が歪んだ笑みを浮かべて、こちらに歩き出した。天音は全身の血が震えるような感覚に陥る。コイツら……三人掛かりで……ラサールさんを……。須佐野ってヤツはタツ君を襲ったヤツか?国吉と言う男は知らないが、コイツらと一緒にいるなら魔月妃側の神主だろう……。天音は静かに構えた。万全の時でも勝てるかどうかわからないのにこの傷だ。しかも三人も……勝てる訳がない……だが今は退けない。退く時ではない。退いてはいけない時だ。退いたらこの後の人生、悔いが残る。いや、本当は退くのが正解なのかも知れない。退けば後悔しながらも、長生きは出来る。退かずに己の意思を通すのは、ただの自己満足なのかもしれない。ただのバカなのかもしれない……。だが………………アタシは退けない。退きたくない!こんなヤツらにラサールさんをやられて、黙って退く事はアタシには出来ない!天音は覚悟を決めると、拳に力を込めた。その時だった。
「うがあぁぁぁぁぁぁ!」
「逃げろぉ、岬天音ぇぇ!」
ラサールが吠えながら、酒木に飛びかかる。
「まったく……何度やっても同じだぜ?」
酒木がやれやれと言った表情で言うと、ラサールのすぐ隣に国吉が現れたのだ。
「アンタの『勝利への道標』は、国吉のおっさんには通用しないんだって……」
酒木が言い終わらない内に、国吉がラサールを殴りとばした。吹っ飛んだ先に須佐野が待っている。
「ナイスボール!」
須佐野が両手に持つ剣でラサールを斬り裂いた。
「ほらよ!」
酒木が酒呑童子の力を宿し、血飛沫を上げているラサールを蹴り飛ばした。ラサールが地面を激しく転がる。
「やめなさい!」
天音が三人の前に立ちはだかる。
「イイねぇ!その根性、犯しがいがあるぜ!気の強い女が、泣き叫ぶのがたまんねぇんだよ!無茶苦茶にして、ヤリまくりてぇ!」
酒木が狂ったように笑いだす。
「酒木、気が済んだらオレによこせ。オレはこの女を斬り裂いて、美しい内臓鑑賞がしたい。動いている内臓が次第に動かなくなるのは、とても儚く美しい……」
酒木が真顔で言う。コイツら……完全にイカれてる!天音が構えると国吉と呼ばれていた男が、無言のまま正面に立った。大柄な体格以上に、とんでもない威圧感がある。だが天音の背後で血塗れのラサールが立ち上がり、ゆっくり歩いて天音を追い抜かし国吉の前に立った。
「……ラサールさん!これ以上、戦ったら……!」
天音が制止するが、ラサールは黙ったまま身構える。もはや意識があるのかどうかもわからない。気力だけで立っているような感じだ。
「もういい……邪魔だ。どけ、猿」
酒木が冷酷な眼差しで見る。
「うがあぁぁぁ!」
ラサールが吠えた瞬間、酒木が飛び込んで鳩尾に拳を叩きこんだ。もうラサールには避ける気力もないのだ。動物は家族や仲間が天敵から襲われると、体を張って守ろうとする。そしてその身が動けなくなるまで傷ついても、大きな鳴き声を出し威嚇して守ろうとするのだ。今のラサールがそれと同じ。もう戦う事は出来ないが、身を挺して天音を守ろうとしているのだ。ラサールが両手を広げ体を大きく見せようとする。その右腕を須佐野が斬り落とした。その瞬間、天音の中で何かが切れた。
「……!……ラサールさん!」
天音が叫ぶと、その前に国吉が立ち塞がった。
「邪魔だぁ!」
だが……
「……!……消えた?」
国吉は天音の前から消えたのだ。だが次の瞬間、国吉の強烈な右拳が天音の鳩尾に叩き込まれる。
「かはぁっ……」
天音は苦痛に悶絶してその場に蹲った。
「あぁ……吐いちゃった。国吉さん、内臓は綺麗な状態にしておいて下さいよ……」
須佐野が眉をひそめると
「国吉のおっさんの『ステルス』。猿田毘古神の『勝利への道標』すら通用しねぇんだ。お前一人じゃ勝てねぇよ」
酒木がニヤつきながら言う。ステルス……つまり姿を消しているのか?だがその能力に、ラサールさんの勝利への道標が通用しないと言うのは、どういう事だ?
「俺のステルスは、ただ姿を消すだけじゃない。一定時間、存在そのものを消す事が出来る。匂いや体温、影なども残らない。まさにこの世界から消える事が出来る。猿田毘古神の力でも、存在しない者までは計り知る事が出来なかった、という訳だ」
国吉が歪んだネクタイを片手で直しながら言う。ラサールさんの『勝利への道標』は未来を見通し勝てる戦術を駆使する力。現在の情報が正しく得られなければ、正しい未来が見通せないようだ。天音は蹲りながらラサールを見る。右腕を斬り落とされたラサールは倒れていて、ピクリとも動かない。くっ……早く手当てをしなければ……。天音が必死に起き上がろうとするが、体に力が入らない。両足を踏ん張り歯を食いしばってなんとか立ち上がる。だが、そんな天音の顔面を酒木が蹴り飛ばした。天音は吹っ飛んで倒れているラサールの隣に転がり、完全に意識を失ってしまった。酒木がニヤけながら上着を脱いで近づいてくる。すると国吉の周りを小さい虫が飛び回り始めた。国吉が小さな虫を片手で素早く握り潰すと
「器は回収した。早急に撤収せよ」
女性の声が辺りに響く。それを聞いた国吉が
「……聞こえたか?撤収だ。酒木、トドメを刺せ」
と言って踵を返した。
「マジかよ!オレのお楽しみタイムは?」
酒木が叫ぶが、国吉は無言で歩き出した。
「……チッ」
須佐野も舌打ちをすると、国吉の後に続く。
「ふざけんなよ!こんなイイ女と、またヤレねぇなんて!」
酒木が二人の背中に向かって叫ぶが、国吉も須佐野も黙って歩みを止めない。
「ああ!くそっ!やってらんねぇぞ、クソがぁぁ!」
酒木が怒りをあらわにして、近くに停めてあった大型のトラックを両手で持ち上げた。酒呑童子の力で軽々と大型トラックを頭の上に持ち上げると
「オラァァァ!」
倒れているラサールと天音の真上に叩き落とした。
ズウゥゥゥン!
地響きと共にトラックがコンクリートに叩きつけられる。更にもう一台、大型のトラックを持ち上げてその上に叩きつけた。
「ああ!クソったれがぁ!」
酒木は悪態をつきながら、国吉と須佐野の後を追ったのだった。
[登場人物紹介]
名前:岩田達夫
別名:岩田 アニキ
年齢:36歳
守神:石筒之男神
能力:体の一部を刃物にする事が出来る
体のどの部分でも何箇所でも可能
備考:半グレ
生まれながらの神主で、力を使った犯罪歴が多数ある
キイロノイズミに以前からマークされていた
地方で暴れ回っていたが、関東に逃げてきた
逃走資金が尽き、金目当てで凪の誘拐の仕事を受ける




