第二十九話 大山津見神
アリーナの一階フロアでは夜刀が暴れ回っていた。飛び回る雷神を狂ったように追いかけ回している。壁に体当たりするたびに、天井からは瓦礫が降ってきた。その瓦礫を避けようと鴉天狗が右に左に飛び回っていた。将吾がその隙をついて、落とした布都御魂を拾う。双葉も風神の背中に乗り、瓦礫を避けながら飛び回っていた。二階フロアでは、タツが小型の百足の群れと戦っている。その横では大百足と八岐大蛇が激しい噛みつき合いを繰り広げていた。すると天井から大きな照明器具が落ちてきて、大百足の頭に直撃した。苦痛の雄叫びを上げる大百足に、すかさず八岐大蛇が噛みついていく。のたうち回る大百足に容赦なく何度も噛みついた。するとタツを取り囲む小型百足の群れが、今までは際限なく地面から這い出てきたのに、急に出てこなくなったのだ。今がチャンスだ。タツは草薙の剣で小型の百足を次々と斬り裂いていく。
そしてあらかた片付けると、二階から一階を見渡した。すぐ下にはたった今、布都御魂を拾った将吾がいた。
「将吾君!」
タツが声をかけると
「タツ君!大丈夫っすか?」
将吾がタツに気づいた。だが次の瞬間、タツは後ろから蹴り飛ばされて宙に放り出された。大山の蹴りだった。
「うわあぁぁぁ!」
タツは二階フロアから一階フロアに真っ逆さまに落ちていく。それなりに高さがあるから、このまま落ちればタダでは済まない。
「タツ君!」
将吾が慌てて飛び出すが間に合わない。だが、地面に激突する寸前で、風神が飛んできてタツを捕まえ将吾の隣に立たせた。
「大丈夫?」
風神の背中に乗る双葉がタツに聞くと
「……い、いやぁ。完全に死んだかと思ったよ……」
タツがフラフラしながら答えた。すると走ってきた将吾が
「危ない!」
と叫びながらタツを突き飛ばしたのだ。ドガンと言う大きな音がして、タツが立っていた所の周辺の座席がバラバラに吹き飛んでいた。二階フロアから飛び降りてきた大山の、強力な着地しながらの踏み付けだ。
「ふん、小僧ども!覚悟せい!」
大山は叫ぶと右足を前に出して地面を踏み付ける。ドンっと言う音と共に、大山の体中の筋肉が膨れ上がった。空から鴉天狗も大山に合流してきた。
「双葉は雷神と合流しろ!こっちは大丈夫!」
将吾が双葉に叫ぶと
「二人共、気をつけて!」
と言いながら双葉は風神と共に飛び立っていった。入れ替わるように鴉天狗が空から舞い降りて、長い錫杖を振り下ろす。将吾とタツはそれぞれ左右に別れるように飛んで避けた。鴉天狗はタツを追いかける。追撃しながらの錫杖の連続突き。タツが草薙の剣でガードすると、見えない防御壁のような物が現れ、タツの体は吹っ飛びながらも守られた。将吾には大山が追撃してきた。
「大・山・鳴・動!」
大山が叫びながら地面を両手で叩きつける。地面が砕け散り、凄まじい衝撃波が将吾を襲う。将吾が横っ飛びで辛うじて避けると、後ろのアリーナの壁が砕けて通路が丸見えになった。なんという破壊力だ。
「でえあぁぁ!」
体制を崩している将吾に大山の足払い。将吾は仰向けにひっくり返るが、ネックスプリングで飛び起きる。だが
「大・山・鳴・動ぉぉぉ!」
大山が今度は至近距離で地面を叩きつけた。
「布都御魂ぁぁ!羊の刻!」
将吾が布都御魂でガードすると、ロングホーンシープの大きな巻き角のような幻影が浮かび上がった。凄まじい衝撃を将吾は両足で踏ん張るが、そのまま滑って押し込まれていく。そして後ろの壁に激突してしまった。
「しょ、将吾君!」
それを見たタツが声を上げる。だがタツも鴉天狗の猛攻に防戦一方だった。大山が将吾にトドメを刺すべく前に出る。
「うおぉぉぉ!」
将吾は壁にめり込んでいたが、目の前の大きな瓦礫を蹴り飛ばした。大山が慌てて瓦礫を避ける。
「布都御魂ぁ!卯の刻!」
すかさず将吾の連続しての斬り上げ。大山が左右に飛び跳ね下がりながら避けた。将吾が前に出ると、下がってきたタツと鉢合わせる。タツと将吾はそのまま、お互いに背中を合わせて構えた。将吾の構える先には大山。タツの構える先には鴉天狗がいる。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……」
タツは荒い呼吸を必死に整えていた。将吾君はさすがだ。武神と名高い建御雷神の神主なだけある。さほど息が乱れてない。それにしても大山積次郎……。守神の大山津見神は山の神様だと言うが、とんでもない強さだ。大山自体も強いし、鴉天狗も強い。くそ!僕が足を引っ張る訳にはいかない……。だが次の瞬間、鴉天狗が飛び上がった。大山は真っ直ぐ将吾を目掛けて突っ込んでくる。タツは草薙の剣で防御壁を張った。
「ふん……いつまでも防げると思うな!抜・山・蓋・世!」
大山の渾身の右掌底と、鴉天狗の空からの錫杖の振り下ろしが同時に防御壁を直撃する。すると防御壁がガラスが割れるように砕け散ったのだ。
「タツ君、ガードぉ!」
将吾が叫ぶが、いち早く大山が動いていた。無防備なタツに左の掌底を打ち込む。
「うぐぅぅぅ!」
タツは呻きながら吹っ飛んで地面を激しく転がった。
「くっそぉぉぉ!布都御魂!亥の刻!」
将吾が渾身の横切り。だが大山も鴉天狗も飛んでかわした。地面にうつ伏せで突っ伏すタツの傍に、将吾が下がってくる。
「タツ君、大丈夫かよ?生きてる?」
将吾が聞くと、タツが立ち上がろうとする。……くそ、全身が痛い。まるで車にぶつかったみたいだ……でも……将吾君の足手まといにはなりたくない……。必死に立ち上がろうとするタツの背後に、大きな影が近寄ってくる。それは八岐大蛇だった。大百足を動けなくなるまで噛みついて仕留めると、ゆっくりとタツと将吾の所へ来たのだ。
「……あぁ、おつかれ……倒したんだ?頑張ったね……」
タツが倒れたまま笑顔で言う。八匹の蛇の頭が一斉に舌を出したり口を開けたりしだした。まるで褒められて喜んでいるみたいだ。
「……しまった。お主らに気を取られて八岐大蛇の事を忘れておった……」
大山が二階フロアを見上げると、隅の方に大百足の大きな体が横たわっていた。タツはよろけながらも、なんとか立ち上がる。タツと将吾が並んで構え直し、八岐大蛇がその背後で舌を出しながら大山達を威嚇する。大山と鴉天狗も並んで身構えた。少しの静寂の後、鴉天狗が物凄い速さで真上に飛び上がった。八岐大蛇の八つの蛇の頭が追撃する。蛇達は鴉天狗に交互に噛みついていった。鴉天狗は凄まじい速さで避けながら飛び回っている。地上では大山がタツと将吾に飛びかかっていった。
「大・山・鳴・動!」
大山が地面を両手で叩きつけた。地面が砕け散り、凄まじい衝撃波が二人を襲う。
「布都御魂!羊の刻!」
将吾が叫ぶと羊の大きな巻き角が現れ
「草薙の剣!叢雲!」
タツが叫ぶと見えない防御壁が現れ、二人は重なり合うように構えた。衝撃波は二つの防御壁にぶち当たると、弾け飛ぶように消えてしまったのだ。
「なんの!抜・山・蓋・世!」
間合いを詰めてきた大山の渾身の右掌底。二人はその衝撃に体が弾け飛びそうになるが必死に堪える。
「うおぉぉぉぉ!」
二人は雄叫びを上げると、全力で剣に力を込めた。そして防御壁ごしに大山を力で押し返した。
「な、なんと!」
吹っ飛ぶ大山が叫んだ。それを見て、鴉天狗が空中から一直線に急降下してくる。だが将吾が見上げながら
「タツ君!」
と、叫ぶと
「オッケー!」
タツが防御壁を空に向けて張る。将吾はその防御壁を駆け上がり、真上に飛び上がった。急降下する鴉天狗を八匹の蛇も追いかける。次々と食らいつこうとするが、鴉天狗がかわしていく。だが避けた先に、下から飛び上がってきた将吾がいた。
「布都御魂ぁ!酉の刻!」
将吾の渾身の斬り上げは、鴉天狗を空中で真っ二つに切り裂いたのだった。
大山は若い頃、小さな町工場を経営していた。祖父の代から続く古くて小さい町工場で、従業員も二、三十人ぐらいいてそれなりに活気があった。当時、大山には妻がいて子供も二人いた。自宅に小さな道場を併設して、学生時代にやっていた合気道を近所の子供達に教えていた。決して裕福ではなかったが、それなりに幸せだった。ある時、とある会社から最新の機械を比較的安価で購入できる話しを持ちかけられた。従業員や家族とも相談して、大山は機械の購入を決めた。祖父の代に購入した機械は、だいぶ古くなっていたからだ。だが最新の機械は納品される事はなかった。詐欺だったのだ。やり取りしていた営業マンも会社そのものも、金を振り込んだ次の日には消えてしまったのだ。大山には多額の借金だけが残った。工場を担保にしていた為、工場も取られてしまい、従業員も離れていった。こうして大山の町工場は倒産してしまったのだ。大山は妻と別れ、子供達とも縁を切った。そうしないと借金の支払い義務が及んでしまうからだ。大山は家を売り、小さなアパートで派遣社員として働きながらアルバイトを掛け持ちした。働いて働いてなんとか借金を完済する事が出来た。その時には大山は六十を過ぎていた。ある時、体調がすぐれない日が続いたので病院に行くと癌だと診断された。かなり進行していて、余命半年だと宣告されたのだ。大山はバカらしくなって笑いだしてしまった。ワシの人生、一体なんだったのか?借金して借金を返す人生だったのか?妻や子供達とも別れて以来会う事もなく、親族とも全て縁を切られた。友達などいる訳もなく常に孤独だった。たまに昔の知り合いの訃報を耳にする。その度に月日の経つ早さを痛感し、知らない間にこんなにも歳をとってしまったのか?とつくづく思った。世間とは切り離されてる気がして、若い世代の事など気にもならなくなり、むしろ自分とは違う生き物に見えた。心がどんどん狭くなり、自分以外の人に嫌悪感を覚えた。体はどんどん悪くなり、入院した大山は全ての気力が無くなっていた。自分がいなくなった所で誰が悲しむ訳でもない。誰かがお見舞いに来る事もなく、この世に存在していないかのようだ。
こんな老いぼれは早く消えたほうがいい。それより、この痛みと苦しみから早く解放されたい……。ある晩、大山は意識が朦朧としていた。死期が近づいているのか、苦しくて苦しくて仕方がなかった。誰か……誰か助けてくれ……。気づくと大山はそんな事を考えていた。少し前まで、あんなに死にたがっていたのに……いざ、死の苦しみを前にすると、苦しくて苦しくて耐えられないのだ。するといつの間にか大山のベッドの隣に、長い髪の着物を着た綺麗な女性が立っていたのだ、
「……私は魔月妃。禍津日神と言う神だ。其方が本当に死にたいのならこのまま逝かせる。だが、まだ少しでも生きたい気持ちがあるなら私の手を握れ……」
魔月妃は右手をさしだす。大山は虚ろな目で浅い呼吸をしながら、震える手で魔月妃の手を握ったのだった。
その日の深夜、大山は病室のベッドから消えた。危篤状態で動けるはずがないと、看護師や医師が必死に探すが大山は見つからなかった。病院が通報して警察が周囲を捜索するが、それでも大山は見つからなかったのだ。大山は赤星一樹と歌野伊奈理の力によって大山津見神の力を得た。その後、魔月妃達は戦力増強に努め、赤口、瑞波、酒木、須佐野らが神主として加わり、ある程度戦力が揃うと赤口が集めた魂に、赤星の呪力を付加させてサンプルと称した化け物を育成した。動物や昆虫などに直接呪力を付加しても、思い通りに操れない。なので人間の魂と生物を組み合わせて呪力を付加したのだ。その育成係に大山が任命された。中でも高呪力付加サンプルとして、黒い蟷螂と百足と蜘蛛を育て、既に伊邪那美の力を得ていた奈美ちゃんを蜂に育てようとしたのであった。だが、奈美ちゃんは、伊邪那美の力のお陰で生前の記憶が残っていた為に蜂にはならなかったのだ。こうして魔月妃達は禊の準備を着日に進めていた時に、クッキー達と出会う事になったのであった。
「ぐうぅぅ……もはやこれまでか……」
大山が片膝をついた。大山の全身から光の粒が湯気のように立ち昇っていく。月臣大牙が滅却になった時と一緒だ。どうやら大山津見神の力の塊が鴉天狗だったようだ。その鴉天狗が斬られて消えてしまったので、大山の神主としての力が失われたようだ。すると一階フロアの扉が開き、瑞波が飛び込んできた。
「……!……大山さん!……夏海は何やってる?」
蹲る大山を見て、瑞波が大和田夏海の姿を探す。夏海は大人しくなった夜刀の足元で放心状態で遠くを見ていた。ボーっとしていて、まるで脱殻のようだ。赤口からは、キレて暴れた後はいつもこうだと、聞かされてはいたが……。そんな夏海に夜刀が守るように寄り添う。その夜刀の周りを警戒するように、双葉を乗せた風神が飛んでいた。
「大山さん!」
瑞波が大山に近づこうとすると、大山が片手で瑞波を制止した。
「瑞波……鴉天狗が斬られた。もう長くは持つまい……」
大山が瑞波に言うと
「……おのれぇ、建御雷神と八岐大蛇……」
瑞波が妖刀村雨を握りしめ、将吾とタツを睨みつける。だが
「瑞波……もう良い。ワシは此奴らに会えた事を感謝しておる……」
大山が再度、瑞波を嗜めた。
「こんな老いぼれの死に損ないに、生きる喜びをくれた……。此奴らと戦っておる時の高揚感はなんとも言い難い……若返ったかと錯覚するぐらいじゃ……」
大山の体からは光の粒が次々と立ち昇る。それにつれ、大山の体が少しづつ透き通っていくように見えた。
「小僧共、己の為に生きよ。『誰かの為』などと綺麗事を言っても、死ぬ間際になって結局は自分自身が一番大事になるものじゃ。だから己らしく己の為に生きよ。背伸びはするな。己の力量は決まっておる。他人の事など気にするな。所詮は他人、己ではない。まぁ、消えゆく老いぼれの戯言だと思って頭の片隅にでも置いておけ……」
大山の体が光に包まれていく。将吾とタツは顔を見合わせ剣を鞘に納めると、大山に一礼した。それを見た大山が軽く頷く。
「……大山さん!」
瑞波が叫ぶと
「瑞波……すまんな……魔月妃に謝っておいてくれ……」
大山はそう言い残し、無数の光の粒となって消えたのだった。
「将吾君、タツ君、大丈夫?」
夜刀と夏海に動きがないのを確認して、双葉が二人のそばに下りてきた。将吾とタツは軽く頷いてみせた。だが次の瞬間、アリーナが大きく揺れ始めた。まるで大きな地震のように揺れている。夜刀が暴れていた時の振動とは、比べ物にならない。
「きゃあ!」
「うわぁ!」
双葉とタツが思わず声を上げた。
西側通路では土方がクッキーの応急処置をしていた。斎藤と土方は藤堂を抱えてきた近藤と合流し、クッキーの所へ向かったのだ。藤堂にはすでに近藤が応急処置をしていたので、斎藤は倒れている井幡に手錠をかけ、同じく手錠をかけて連行している金山を井幡の隣に座らせた。雨宮のマネージャーの大黒の拘束は解いてあり、頭をハンカチで押さえて座りこんでいる。クッキーも藤堂もグッタリしていて傷が深い。早く病院に行くか、奈美ちゃんに治してもらわないと……。だがその時、あの激しい揺れに襲われたのだ。
「な、なんだよ、これ!」
「じ、地震?」
近藤と土方がそれぞれ声を上げる。するとまたしても無線機から、緊急通信を知らせる音が鳴り響いた。
「ガガッ……八尾です。無理矢理、天岩戸隠れを発動した為、天岩戸隠れ自体が不完全だったようです!このままでは天岩戸隠れが消滅してしまいます!そうなれば、次元と次元が突然元に戻る事になり、その衝撃は計り知れません!つまり、現世と他次元のアリーナにいる全ての者達が粉々に消し飛んでしまう可能性があります!アリーナの中にいる者達は、すぐに全員避難してください!繰り返します……」
八尾の声が無線機から響きわたる。
「……う、嘘だろ……無理言うなって……向こうには三万人の観客がいるんだぞ……」
近藤が呆然としながら言うと、斎藤と土方は顔を見合わせた。
[登場人物紹介]
名前:大山積次郎
別名:大山 大山さん
年齢:享年68歳
守神:大山津見神
能力:鴉天狗を従え自由に操れる
大山津見神の力により、筋力が上がる
備考:病気により死亡
その後、赤星と伊奈理により神主となる
蟷螂や百足など高呪力付加サンプルの育成係
若い頃は合気道をやっていた
名前:大和田夏海
別名:夏海 夏海さん
年齢:享年16歳
守神:大綿津見神
能力:巨大龍、夜刀神を従え自由に操れる
小剣、蛟を使える
備考:高校生だったが、ビルから飛び降りて死亡
小さい時に稲荷神社にお参りしていた
その為、伊奈理とは仲が良くなった
精神的に不安定な所がある
赤口だけが上手く宥める事が出来る




