第二十六話 嵐の前
クッキーと淤加美と奈美ちゃんは走って雨宮の控え室に向かった。控え室の前には冷奈が立っている。周りには忙しそうに動き回っているスタッフが大勢いるが、冷奈も霊体なので見えてない。淤加美が冷奈に近づくと
「あの方、さっきから少し動きが……」
と、冷奈が言う。冷奈が指差す方向は、派手な色合いの沢山の衣装がハンガーにかかってズラリと並べられていた。バックダンサーの人達の物だろうか?その近くに黒いニット帽にマスクを付け、黒いジャンパーに黒いズボン姿の髪の長い女性が立っていた。
周囲を見渡し様子を伺っているようにも見える。姿を見えなくしている淤加美が女性に近づいて行った。するとその不審な女性は、周りを動き回っているスタッフ達がいなくなるのを見計らって、ハンガーに掛かっている衣装にサッと近づく。その瞬間
「クッキー!」
淤加美が叫んだ。物陰から様子を見ていたクッキーが、時間軸を変えて一瞬で女性に近づき右手を掴んだ。
「……おいおい。物騒なモン、持ってんな?」
その右手には大きなハサミが握られていたのだ。
「……!……は、離して!」
女性がクッキーの手を振り解こうとする。だが、淤加美が女性の背後で姿を現し、女性の耳元で
「今なら大きな騒ぎにはしない。大人しくついてきて」
と言うと、女性は観念したのか大人しくなった。
雨宮優寿寧の控え室に、クッキーと淤加美と奈美ちゃん、そして先程の女性がいた。連絡を受けた斎藤と雨宮とマネージャーの大黒が、部屋に入ってくる。すると女性が大きな溜息をついてニット帽とマスクを取った。
「……!……え?」
雨宮と大黒が女性の顔を見て絶句する。
「……この方は?お知り合いですか?」
斎藤が静かに尋ねると、大黒が頷きながら
「……雨宮と同じグループの豊田真央です……なんでこんな事を……」
と言う。豊田は黙ったまま俯いてしまった。
「……今までの嫌がらせはアンタの仕業か?脅迫状もか?」
クッキーが言うと、豊田はキッと睨みつけ
「は?脅迫状?そんなの知らないし」
と、吐き捨てるように言う。クッキー達は顔を見合わせた。
「……別件か?」
淤加美が呟く。豊田の言う事が本当なら、脅迫状を送ったのは別の人間と言う事になる。確かに豊田が影人間の神主とは思えないし、そもそも影人間の神主が脅迫状を送ったとも限らないのだ。犯人は複数いる可能性もある。
「……なんでこんな事したんだ?」
大黒が重ねて聞く。豊田はまた黙って俯いてしまった。
「……衣装を切ったり、靴を隠したりしたのはお前だな?鳥の死骸を玄関に置いたのは?」
クッキーが再び尋ねると
「……鳥の死骸は知らない」
と豊田が蚊の鳴くような声で言う。
「だからなんでこ……」
大黒の言葉を遮って
「なんで?なんで優寿寧ばっかり?アタシだって必死に練習したし、頑張ったのになんで?なんで優寿寧だけ優遇されるの?」
と、豊田が涙を浮かべて叫んだ。
「……他のみんなだって頑張ってるのに……なんで?なんで優寿寧だけなの?……何が違うの?……優寿寧だけ、どんどん有名になっていく……アタシは……アタシ達は……需要がないの?……必要ないの?」
床に泣き崩れる豊田に、姿を見せてる状態の奈美ちゃんがそっと寄り添う。雨宮に対する嫉妬からの犯行……と言うことか。するとクッキーが
「……需要がない人間も必要がない人間も、この世にはいねぇよ。だがな、テレビや人前に出る仕事は人気が必要ステータスだ。どれだけ他人が注目するか?見ず知らずの他人をどれだけ集められるか?が大事になってくる。それが足りないだけなんじゃねぇか?」
と、しゃがみながら言う。
「雨宮に同じ土俵で勝てねぇなら、違う事で他人が注目する方法を見つけりゃイイ。アンタほど若くて美人なら、世間から注目されやすい。いくらでも見つかるだろ?」
とクッキーが続けると
「……簡単に言うんじゃねぇよ。そんなのアタシだってわかってんだよ……」
と泣きながら豊田が言う。
「……おぉ。簡単じゃねぇよな?この業界にいる、アンタならよくわかってんだろ?何をするにも、簡単じゃねぇんだよ。雨宮だって簡単にあそこまでなった訳じゃねぇよな?」
と、クッキーが言うと、豊田は黙ってしまった。そんな豊田に雨宮が近づいてしゃがんだ。
「真央……アタシばっかりが優遇されてるように見えてごめんね……。でもね……ここに来るまで本っ当に大変だったんだ……。常に注目されてるプレッシャーとか、何をしても悪く言う人がいたりとか、本当に気が狂いそうになって、お母さんに泣きながら殴りかかった事もある……。そしたらお母さんが泣きながらアタシを殴り返してきて『アタシは何があってもアンタの味方なんだよ!』って叫んだの……。その時、なんかホッとしたんだ……。社会とか世間て冷たいけど、家族って温かいなぁって……」
雨宮が思い出すように遠くを見ながら言う。
「……だからさ、アタシも真央の味方だよ。たとえ何があっても……。一緒に泣きながらダンスのレッスンしたじゃない?トイレで一緒に吐きながらさ……。真央はアタシの戦友だよ……あの日々の事は忘れられる訳がない……」
雨宮が軽く微笑みながら言うと、豊田の目から涙が溢れ出した。
「……ごめん……優寿寧……ごめんなさい……アタシ……」
泣きじゃくる豊田を宥めながら
「……とにかく、もうすぐ開場時間です。この事はどうか内密にお願いします……」
大黒がクッキー達に申し訳なさそうに言う。
「わかりました。被害届は出さない方向でよろしいですね?それならば、豊田さんは今日の所はお帰りになってもらって結構です。後日、我々の方で簡単な調書だけ取らせて頂くので……。では、持ち場に戻ります」
斎藤が言うと、大黒は雨宮を気遣いながら、雨宮と一緒に部屋から出ていった。雨宮は最後まで豊田を見つめ、何か言いたげだった。さすがに動揺は隠せないようにも見えたが、この後のライブに支障はないだろうか?クッキー達は豊田が落ち着くまで待ち、家に帰らせると持ち場に戻ったのだった。
「大丈夫っすか?」
将吾が無線を使ってクッキーに聞いてくる。エントランスで集まった時に土方からキイロノイズミのメンバーだけに渡された物だ。呪力研究所の一ノ瀬愛麻羅が開発した特殊な無線機で、普通の無線としても使えるし、ある周波数で黄泉国の者とも通信出来るのだ。
「……あぁ。ちょっとしたトラブルだ。もう大丈夫だ」
クッキーが濁した答えを返す。大黒に内密にと言われたからだ。無線はスマホなどと違って、周波数を合わせれば無線が繋がってる人全員に聞こえてしまう。今の周波数ではクッキーと将吾の会話は、警備にあたっている者全員に聞こえているのだ。まぁ、みんなには後でちゃんと説明すればイイ。特に菅野のおっさんには念入りに口止めしねぇと……。
「どんな状況だ?」
クッキーが聞き返すと
「今、開場してお客さんが入ってくる所です。入口では手荷物検査をしてますけど、あまり厳しくも出来ないみたいで……」
と、将吾が答える。すると淤加美がクッキーの背後で
「神谷から連絡あったよ」
と、言う。
「天野氷美子が八尾室長の自宅に向かっているって。自宅に着き次第、この会場の監視を始めるんだと。危険だと判断すれば、躊躇なく天岩戸隠れを発動するから後は宜しく、だって。神谷のヤロー、テメーも来いっての……」
悪態づく淤加美を、奈美ちゃんが嗜めながら二人も持ち場に戻っていった。もうすでに他の全員は、斎藤達が決めた定位置に付いて周囲を警戒しているのだ。八尾や斎藤からの提案で、警察には報告をしてないようだ。影人間と戦闘になった時に何かと都合が悪いからだろう。だが八尾の計らいで、キイロノイズミの京都本部から現職の警察官が数人、応援に来てくれた。皆、私服で警備にあたってくれている。黄泉国保安局からも応援が数名駆けつけてくれて、姿を見せた状態でアリーナ内を警備してくれている。だがこの応援を加えても、この広いアリーナを全て把握するのは不可能だ。ステージ付近には天音とアキ君が付いていた。何か起こった時、真っ先に雨宮の安全を確保するのが任務なのだ。天音とアキ君が近接戦に特化してるからだろう。タツと双葉は少し離れていても対応出来るので、二階席の後方で警戒にあたっている。クッキーと将吾が一階席の後方地点だ。斎藤と土方は通路の方を見て回り、近藤と藤堂はエントランスやショップなどを警戒している。淤加美と奈美ちゃんは姿を見えなくして、ステージ上から見ていた。これは雨宮の案だった。ステージ上が一番会場内を把握しやすいらしい。なるほど。ステージに立つ者だけが知ってる特権だ。
「もし霊感が強い人がいて、見えてたらどうしよう……」
奈美ちゃんが言うのももっともだ。いないとは限らない。
「ステージの袖でこっそり見てる分には気づかれないだろう。みんな雨宮さんを見に来ているから、意外と周りに目線がいかないものだ」
雨宮と同じステージにいる淤加美達を、羨ましがる土方を宥めながら斎藤が言う。全員が配置に付き警戒にあたる中、続々とお客さんが入ってきていた。
「痛ってえなぁ!おい、コラァ!」
だいぶ客席が埋まってきた時、アリーナの一階フロア中央付近で突如として大声が上がる。そして続けて悲鳴のような声が上がった。
「あぁ?テメェが悪りいんだろうが!コラァ!」
どうやら一階フロアの中央付近で誰かと誰かがモメているようだ。すぐに周辺にいたキイロノイズミ京都本部の警官達が動いた。つかみ合いの喧嘩をしていた若い男性二人を取り押さえる。二人はどうやら肩がぶつかったとかで喧嘩になったようだ。二人共、警官達に取り押さえられ、警備室に連れていかれた。その様子を二階のフロアから井幡が見ていた。
「……アイツらが私服警官か?金山、アイツらの顔と服装、覚えておけよ……」
井幡が隣にいる金山に言うと
「……ひょっとして、あの二人って井幡さんの差し金っすか?」
金山が下を覗きこみながら聞く。
「まぁな。ある程度の布陣と配置がわかるし、久喜の野郎を探し易くなるかもしれねぇからな……」
井幡が答えながら周囲を見渡していると、ふと目が止まった。
「……いたぞ。あそこか……」
呟く井幡の目線の先には、観客に紛れて周囲を警戒するクッキーの姿があった。
都内にあるキイロノイズミ室長の八尾久仁子の自宅。その大豪邸のお屋敷の一室で、大きなテーブルの前で椅子に座っている八尾の姿があった。静かに座って、目を閉じている。すると庭園がある方の廊下から、誰かの足音が聞こえた。足音は部屋の前で止まると、障子が左右に開く。部屋に入ってきたのは天照大神の神人、天野氷美子とお付きの女性達だった。
「……遅れてすまない。間に合ったようだな」
お付きの女性が椅子を引いて天野をエスコートすると、天野は八尾に言いながら椅子に座った。
「……いえいえ。お忙しいのに、大変ですね」
八尾がにこやかに返す。
「……今宵は何やら胸騒ぎがする……何も起こらねばイイが……」
天野が言いながら目を閉じて集中し始めた。
「放せコラァ!」
「痛ってぇつってんだろ!オラァ!」
アリーナの通路を、キイロノイズミの私服警官達に後ろ手に拘束されている男二人が、外にある車両まで連行されていく。取り押さえられた後、警官に暴力を振るったとして署に連行される事になったのだ。斎藤はすぐ後ろを歩きながら、警官用の端末で男二人の身元の確認をしていた。そこへ騒ぎを聞きつけたタツがやってきた。
「モメ事ですか?」
タツが斎藤に聞くと
「……あぁ。だが……妙だな……」
斎藤が端末を見ながら呟く。
「……コイツら、二人とも傷害や強盗の前科持ちだ。それも一度や二度じゃない。それに一人は関東水神會の構成員だ……」
斎藤が言いながら足を止めた。
「関東水神會ってクッキーさんが前にいた……」
タツが言うと斎藤が頷く。
「……陰陽神社を襲撃したのは、以前からクッキーと対立していた幹部の一人だった。だがもう一人、対立してた幹部がいるらしい……」
斎藤が言い終わった瞬間、会場の方から大きな歓声が上がった。どうやら雨宮優寿寧のライブが始まったようだ。
「……マル暴に知り合いがいるから、ソイツの情報を送ってもらう。タツ君も、持ち場に戻って……」
斎藤が言うと、タツが頷いて走りだした。
タツが二階に上がり会場に入ると、丁度ステージ上に雨宮優寿寧が姿を見せた所で、大歓声が再び巻き起こっていた。タツは暗い通路を姿勢を低くして進む。斎藤の言って通り、みんな雨宮優寿寧を見に来ているから、タツの事など気にもしないのだろう。背後の人達の視線を遮らないように注意しながら、タツは二階から一階を見渡す。アリーナは超満員で空席などない。さすが都内でのツアーファイナル。大盛況だ。グルっと見渡すと、同じ二階にいる双葉の姿を確認出来た。一階のクッキーと将吾の位置も確認出来る。ステージの袖付近にいる天音とアキ君は、照明とかで位置は把握出来ない。淤加美と奈美ちゃんもタツの場所からは見えない。ステージ上では雨宮優寿寧の圧倒的なパフォーマンスが繰り広げられている。
そして雨宮の背後に天宇受賣命の姿が浮かび上がった。その時だった。上から見ていたタツは、フロアの一階の中央付近に黒い影のような物を見つけた。フロア全体は薄暗いのだが、ステージからの明るい照明で影が出来るのだ。その影はゆっくりと地面を広がっていく。
「……?……なんだアレ」
タツが呟く。影は一階フロアの地面を地を這うように広がり、まるで少しずつ会場を侵食していってるようだ。明らかに自然に出来た影の動きではない。
「タツです。一階のフロアの中央付近。地面を黒い影が広がっていきます」
タツがすかさず無線を飛ばす。
「土方です。影を確認。何コレ……?」
数秒の間の後、土方が返した。
「どうする?」
クッキーの声だ。どうやら、他のみんなも影を認識したようだ。だが、まだ何かを仕掛けてくる感じはない。神主らしき者の姿も確認出来ていない。皆、身構えたまま、様子を見ている。さて、どうしたものか……?その間にも影はゆっくりと広がり続けている。すると無線機がピーピーと音をたてた。先ほど説明を受けた、キイロノイズミ専用回線の呼び出し音だ。キイロノイズミのメンバー達が呼び出し音の周波数に合わせる。
「キイロノイズミ室長の八尾です。天野氷美子さんの天岩戸隠れが発動しません。皆さんは不測の事態に備えてください」
無線から聞こえてきたのは、八尾久仁子の声だった。
「室長、斎藤です。天岩戸隠れが発動しないとは?」
斎藤が返すと
「黒い影が発生した直後、天野さんの判断で天岩戸隠れを発動したんですが、うまく発動しないようです。どうやら天宇受賣命の力が邪魔をしているらしいの……」
と、八尾が答えた。天野も影の発生が異常事態だと判断したようだ。だが、天宇受賣命の力が邪魔をしている……。一体、どういう事だ?すると淤加美が
「……なるほど。このアリーナ全体が天宇受賣命の力によって支配されていて、外部からは介入しにくい、と言う訳か?」
と言う。つまり、アリーナ全体を天宇受賣命の力が包みこんでいて、それがバリアのような役目を果たし、天野の力を弾いていると言う。
「……その通りよ。もう少し試してみるから、少し時間をくださる?」
と、八尾が答えたその時、ステージ脇にある大型のスクリーンに影人間の姿が映しだされたのだ。今まで雨宮優寿寧の顔のアップなどが映しだされていたのだが、まるで画面を乗っ取られたような感じだ。雨宮優寿寧も異変に気づいたようで、歌を歌い続けながらもチラチラと周りの様子を伺っている。もうすでに黒い影は、一階のフロアを埋め尽くし、二階にまで及んでいた。すると画面に映る影人間が喋りだした。
『我の力は好意を悪意に変える力……』
その声は、機械で変えたような低い声で、マイクを通しアリーナ全体に響き渡る。さすがに雨宮も歌うのを止めた。アリーナには音楽だけが鳴り響いている。
『そしてそれは、好意の大きさに比例する。つまりここにいる者達の、雨宮優寿寧に対する絶大な好意は、恐るべき殺意へと変わるのだ……ククククク……』
影人間は最後に笑い出す。次の瞬間、斎藤が無線機に叫んだ。
「天音さん!アキ君!雨宮さんの身の安全を確保!避難経路から速やかに避難!他のみんなは雨宮さんの……」
斎藤の無線は途中で途切れた。だが、天音とアキ君はすでにステージ上に飛び出していた。天音が雨宮の側に立つ。だがステージ上には、フロアからステージへ這い上がってきた大勢の観客達が、雨宮に向かって襲いかかってきた。
「ユゥズネェェェ!」
「ユズネちゃぁぁぁぁん!」
「コぉぉぉロスぅぅぅ!」
皆、叫びながら迫って来る。目が血走り奇声を発して、正気とは思えない。たぶん、これが影人間の力なのだろう。さっきの黒い影で、会場にいる全ての観客を包み込んで洗脳したのか?好意を悪意に変える力……そしてそれは好意の大きさに比例する。つまり好きであればあるほど、悪意が強烈な殺意へと変わるのだ。ステージに押し寄せる、約三万人の殺人鬼。だが、襲いかかってきているのは、元はごく普通の一般の人達だ。天之手力男の力で殴ったら大怪我をしてしまうだろう。天音は一瞬、躊躇する。するとアキ君が天音の前に飛び出し、両手で何かの印を結んだ。
「天音さんは雨宮さんの身を守る事に専念!天之手力男の力は極力セーブして、一般人を怪我させないように!」
言い終わったアキ君の両手から光が放たれ、襲いかかってくる群衆の前でバリアのように広がった。観客達は光のバリアに遮られ、前へ進めないようだ。
「これで少しは足止め出来る!」
「ナイス!アキ君!ありがと!」
アキ君と天音は雨宮を連れてステージ裏の避難通路へと向かった。
「……なんだぁ?」
クッキーは無人のアリーナの一階フロアにいた。さっきまで大勢の観客がいて、大音量の音楽が流れていたのに今は誰もいない。クッキーは静まり返った無人の会場を見渡す。
「クッキーさん!」
一階フロアのクッキーの位置とは反対側に、将吾がいて声をかけてきた。
「天岩戸隠れが発動したみたいです!」
将吾が言いながらこちらへ歩いてくる。なるほど。苦戦していた天野だが、なんとか天岩戸隠れを発動出来たようだ。と言う事は、こっちは隔離された別次元のアリーナ。神主は全てこちらに移動しているはずだ。だが、影人間やあの黒い影は見当たらない。その時、歩いてクッキーの所へ向かっている将吾に何者かが飛び掛かったのだ。将吾は慌てて左手で頭をガードするが、長い錫杖が将吾の左腕を強烈に叩きつけた。先端の金属製の輪っかをシャンシャンと鳴らし、錫杖を振り回すのは鴉天狗だった。
「建御雷神の小僧!久しぶりだな?」
左腕を押さえる将吾の背後から、大山積次郎が蹴りを入れる。将吾は堪らず前のめりに転がった。
「……!……大山積次郎!なんでこんな所に?」
将吾は転がりながらも、素早く体制を整える。
「まさか、影人間もお前達の仲間なのか?」
鴉天狗の連続した錫杖の突きをかわしながら将吾が叫ぶと
「影人間?なんの事じゃ?」
大山も将吾に体術で仕掛けてくる。合気道のような摺り足で素早く間合いを詰めると、将吾の右肩に強烈な掌底を打ち込んできた。
「ぐっ……!」
将吾が思わず体制を崩す。するといつの間にか現れた、あの巨大な大百足が、将吾に食らいつこうと飛びかかったのだ。だがその瞬間、将吾と百足の間に八岐大蛇が割って入った。八岐大蛇と大百足は正面からぶつかり合い、互いに噛みつきあっている。二階フロアからタツのサポートだ。
「将吾君、大丈夫?百足は任せて!」
タツが将吾に叫ぶと
「えぇい!またしても八岐大蛇か?」
苛立つ大山がなんと壁を駆け上がると、二階席にいるタツに飛びかかる。だがタツは、八岐大蛇の一匹の口から剣を引き抜くと、大山の攻撃をガードした。
「……むぅぅ。須佐野が回収しそびれた草薙の剣か?」
大山が低い声て呻くと、タツが深呼吸をして草薙の剣を構えた。
「タツ君、落ち着いて!練習通りに!」
再び鴉天狗の攻撃を避けながら、将吾がタツに叫ぶ。タツは時間がある時に、将吾や斎藤、土方から剣術の指導を受けていたのだ。須佐野に一泡吹かさせてやりたい。そんな思いからだ。その時
「将吾!タツ!」
クッキーが叫びながら、こっちへ走ってこようとする。だが、そんなクッキーの前に巨大な影が立ちはだかった。
「……コイツ?大和田夏海とか言う、クソガキの……?」
クッキーの前に立ちはだかったのは、巨大な龍だった。酒木荊羅の病院襲撃時に、大和田夏海が連れていた『夜刀』と呼ばれていたあの龍だ。
「テメーもクソジジイのくせに、アタシをクソガキ呼ばわりかよ?」
大和田夏海が少しイラついた声で言いながら、無人のステージ上に現れた。だが突如、巨大な龍の夜刀が雄叫びを上げる。夜刀の周りを風神が飛び回っていたのだ。
「クッキーは通路を回って他のみんなの所へ!龍と百足はアタシとタツ君でなんとかする!将吾君もきっと大丈夫だから、他のみんなの安全の確認とサポートを!」
二階から双葉がクッキーに叫ぶ。それを聞いたクッキーが
「……わかった!気をつけろよ!……」
と、叫んで通路へ走りだしたのだった。
「……コイツ……罔象女神です……なんでこんな所に……」
近藤が呻く。ここはアリーナの東側通路。隣には藤堂もいて、左手に数珠と右手に短い錫杖を持ち身構えた。シャンと短い錫杖の先端の輪っかが鳴る。
「……何が起こってる?状況の確認を急がねば……」
藤堂が近藤に言う。その二人の前には、瑞波奈緒恵が瞳を赤く輝かせ妖刀村雨を抜き放ち立っていた。
「……な、なんで?……なんでアンタが……?」
エントランスにいる土方が信じられないと言う声を出すと
「久しぶりだな、婦人警官のねーちゃん。あん時の借りはキッチリ返させてもらうぜ?」
金山がニヤけながら構える。
「……誰だ?」
隣にいる斎藤が、一ノ瀬愛麻羅から渡された電磁刀の『国重』を抜きながら言うと
「……二年前、愛麻羅の右目を奪ったチンピラです!」
怒りに震える土方が、同じく電磁刀の『兼定』を引き抜いたのだった。
[登場人物紹介]
名前:赤口焔
別名:赤口 赤口さん
年齢:享年35歳
守神:火之迦具土神
能力:炎を自在に操る事が出来る
備考:生前は妻子持ちで家族から失踪届けが出されていた
警察の調べでは富士の樹海付近で失踪したとされる
神主になってからはサンプル用の魂の確保に奔走する
魂を確保する為に、八千代市の雑居ビルに放火した
大和田夏海のお目付役 夏海からも慕われている




