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揚げ物そば最終決戦

 恐怖の試食が始まろうとしていた。

 第一陣、エビフライそばが完成した。

 大ぶりのエビフライが、器の上で明らかに主張している。

「見た目は勝ってる」

 萌香が言った。

「強そうだな」

 ズーハンも認めた。

「ほら見なさい!」

 琴美が胸を張る。

「ビジュアルの時点で王者の風格よ!」

「まだ何も食ってねえだろ」

 真平は箸を取った。

 一口。

 そば。

 つゆ。

 そして、エビフライ。

「……あ」

 全員が身を乗り出す。

「どう?」琴美が聞く。

「別にまずくはない」真平は慎重に言った。「うまい。うまいけど……やっぱりエビ天とは違う」

「どう違うの?」美優がのぞきこむ。

「エビ天は汁に入ると、そばの仲間になるんだよ」真平は言葉を探しながら続けた。

「でもエビフライは、最後までエビフライですけど?って顔してる」

 部室に笑いが起きた。

「分かるわそれ」沙羅が吹き出す。「全然歩み寄る気がないのよね」

「つまり、独立性が高すぎるわけですね」巫鈴が言った。

「そう」真平がうなずく。「そばの上にいても、定食の主役感が消えない」

「やはりエビフライは自立心が強い」勇馬が真顔で言った。

「変なまとめ方するな」

 次は唐揚げそば。

 見た目は妙に馴染んでいた。

 というより、最初からありそうな顔をしていた。

「おっ?」真平が少しだけ身を乗り出した。

 一口食べる。

「……これは」

「どうですか?」美優が聞く。

「案外いける」

 全員がざわついた。

「えっ」琴美が驚く。

「なんでお前が驚くんだよ」真平が言った。「でも分かる。唐揚げってつゆに負けないし、鶏だからそばと喧嘩もしにくい」

「ほら!」勇馬が珍しく声を上げた。「かしわ天の系譜は間違っていなかった!」

「でも衣がちょっと重たいですね~」美優が静かに言った。「最初はいいけど、時間が経つと急に元気なくなりそうです~」

「たしかに」真平がうなずく。「序盤強いけど後半だれるタイプだな」

「部活の試合みたいに言うな」

 かぼちゃコロッケそば。

 見た目はかわいい。

 だが、真平は最初から不安そうだった。

「甘いだろ、これ」

 一口食べる。

 黙る。

 もう一口食べる。

 さらに黙る。

「……どう?」萌香が聞いた。

「そばが困ってる」

「何よそれ」琴美が言った。

「いや、ほんとに」真平は真顔だった。「つゆはしょっぱい、かぼちゃは甘い。口の中でどっち方面なの?ってなってる」

「喧嘩ではないけど会話もしてない感じね」沙羅が補足した。

「政略結婚みたいですね~」美優がほんわか言った。

「急に重いんだよ」

 イカフライそば。

 これは見た目の時点で少し不穏だった。

「これ、昨日のアジフライの親戚だろ」真平が言う。

「親戚です」シャオがなぜかうなずいた。

「お前が認めるな」

 一口食べる。

「……うん」

「うん?」琴美が首をかしげる。

「昨日よりまし」

「比較対象が低いのよ」沙羅が言った。

「いや、でもほんとに昨日のアジフライよりはいい」真平は少し考えながら言った。

「魚感はあるけど、イカのほうがまだ方向修正しようとしてる」

「方向修正って何だよ」ズーハンが笑った。

「でも、イカ天が強すぎるわね」沙羅が言う。「天ぷらでいいじゃんが最後までついて回る」

「それはありますね」巫鈴もうなずいた。

 カニクリームコロッケそば。

 見た目からして嫌な予感しかしなかった。

「これ絶対ダメだろ……」真平がつぶやく。

「夢はありますよ~」美優がやさしく言った。

「夢だけで食うな」

 一口。

 その瞬間、真平が天を仰いだ。

「どうしたのよ」琴美が聞く。

「熱い」

「味じゃないの?」

「いや、味の前に熱い」真平は目を閉じたまま言った。「中のクリームがまだ本気で襲ってくる」

 ズーハンが吹き出した。

「口の中だけ戦場かよ」

「しかも、つゆに混ざると全部ぼやける」真平は続けた。「カニもクリームもそばも、全員が遠慮して何も決まらない」

「全員気を遣いすぎた飲み会みたいですね~」美優が言った。

「そのたとえ好きだわ」沙羅が笑った。

 白身フライそば。

 真平はもう半笑いだった。

「今日は魚介類に振り回されすぎだろ……」

 一口食べる。

「……これは普通」

「普通?」全員が声をそろえた。

「普通」真平はうなずく。「悪くない。特別よくもない。でも普通に食える。なんていうか……無難に生きてきましたって味がする」

「急に履歴書みたいになったわね」沙羅が言った。

「一番コメントに困るタイプですね」巫鈴が冷静に言った。

「白身魚らしいといえば白身魚らしいわね」沙羅もうなずく。「主張しないことが個性みたいな」

「優等生だな」ズーハンが言った。

「埋もれる優等生とも言えます」巫鈴が続けた。

「急に白身フライがかわいそうになってきた」

 そして最後。

 とんかつそば。

 器に乗った瞬間、全員が思った。

 でかい。

「威圧感すごいですね~」美優が言った。

「もう、そばの具じゃなくて侵略者だろ」真平がつぶやく。

「王者の風格よ」琴美が言う。

「暴君の間違いだわ」沙羅が返した。

 真平は覚悟を決めて箸を入れた。

 一口。

 そば。

 つゆ。

 とんかつ。

「……うわ」

「何よ」琴美が身を乗り出す。

「強い」

「ほら!」

「でも違う」真平は即座に切り返した。「これは合うじゃない。押し勝つだ」

 部室が一瞬静まり、それから笑いに包まれた。

「分かる!」沙羅が机を叩く。「そばが負けてるのよ!」

「そう」真平はうなずいた。「とんかつそばっていうより、とんかつがそばを踏んでる」

「最悪の表現だわ」琴美が顔をしかめる。

「でも正しいです」巫鈴が言った。「支配構造ができています」

「食い物で支配構造とか言うな」

 全検証が終わった頃には、全員の顔に妙な疲労と達成感が浮かんでいた。

 沙羅が記録メモを読み上げる。

「結論。エビフライは最後までエビフライ。唐揚げは案外いけるが後半失速。かぼちゃコロッケはそばが困る。イカフライはアジフライよりまし。カニクリームコロッケは熱い上に全員が遠慮する。白身フライは普通。とんかつは押し勝つ」

「雑なのに妙に分かるの腹立つわね」

 琴美が言った。

「お前が始めたんだろ」

 真平が言う。

 巫鈴が静かに口を開いた。

「暫定順位をつけるなら、唐揚げ、エビフライ、白身フライ、イカフライ、かぼちゃコロッケ、カニクリームコロッケ、とんかつ、という順でしょうか」

「とんかつ最下位なの?」萌香が聞いた。

「そばに合うかではなく、そばとして成立するかで見ています」巫鈴は淡々と答えた。

「とんかつは強すぎます」

「なるほど……」勇馬が深くうなずいた。

「お前、今日は何回なるほどって言うんだよ」真平が言った。

 その時。

 美優が空になった器を見ながら、ふわりと笑った。

「えへへ、でもこうしてみると、やっぱりコロッケそばって絶妙なんですね~」

 全員が少しだけ黙った。

「……まあ、それはそうだな」真平がうなずく。

「ここまでやった結果、最初の答えに戻るってすごいわね」

 沙羅も苦笑する。

 琴美は腕を組み、ゆっくりとうなずいた。

「つまり、庶民の英雄は伊達じゃなかったということよ」

「それっぽく締めるな」

 だが次の瞬間。

 萌香が、残っていた唐揚げをつまみながら言った。

「でもさ」

「もう黙れ」真平が即答した。

「ご飯だったら、とんかつ圧勝だよね」

 誰もすぐには口を開かなかった。

 部室の空気が、またしても止まる。

 真平は、ゆっくりと天を仰いだ。

「頼むから、もう帰らせてくれ……」

 しかし琴美の目は、もう光っていた。

「見えたわ」

「やめろォォォ!!」

 真平の絶叫が、夕暮れの旧校舎に響き渡った。

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