隣の修羅場、定点観測。磯貝姉妹編
第一話 タピオカ店の午後にて
列が蛇のように伸びる人気タピオカ店。
沙羅は黒糖ミルクを片手に、無表情でストローを刺す。
萌香は期間限定いちごミルクを嬉々として構える。
「お姉ちゃん、そのストロー太っ!」
「タピオカ吸えなかったら存在意義ゼロなの」
――そのとき、背後から刺さる声。
「だから!私のSNS勝手に見ないでってば!」
「浮気じゃないだろ!? フォローしただけだし!」
萌香の瞳が一瞬で事件の光に切り替わる。
「きたよきたよ修羅場だよ!タピオカ界の戦国時代、開戦〜!」
「騒ぐな。吸え。観測は静かにやるのがルール」
女の子の怒号と、タピオカの甘い香り。
店内の空気がミルクと恋の苦味でかき混ぜられていく。
沙羅は黒糖ミルクをひと口。
「……SNSって、恋の墓場よね」
「お姉ちゃん! そのセリフ、刃物より鋭いから!」
沙羅は肩をすくめる。
「真実はだいたいそういうものよ」
萌香は震えながら吸った。
タピオカがのどに詰まりかけた。
第二話 パンケーキカフェの山盛りにて
フワフワ三段のパンケーキ。
山のようなクリーム。
テーブルの上は、ほぼおとぎ話。
沙羅はホットコーヒーを静かに啜り、
萌香はシロップを3回まわしかけて満足げ。
「萌香、それ糖の洪水よ」
「甘さは正義! 正義は止められない!」
――そのとき、隣の席。
「だって! あなた、記念日間違えたじゃん!」
「一日ズレただけだろ!?」
萌香のフォークが止まり、目が丸くなる。
「わぁ〜……パンケーキ屋ってさ、甘さより人間関係のほうが重いんだね」
沙羅、視線すら動かさず。
「重いのはお前のプレート」
「ひどっ!? でも反論できない!」
隣ではシロップの匂いを貫通するほどの怒気が漂う。
萌香、パンケーキの影が揺れるのを見てぽつり。
「つらい話してるのに、パンケーキの影がふわふわ揺れてるの……絵面ギャップすごいね」
沙羅は小さくため息をつきながら。
「甘いものの前では、涙も砂糖漬けよ」
「名言っぽいのに嫌な意味だよそれぇ……!」
萌香はフォークを落とし、
パンケーキだけが静かに甘かった。
第三話 公園のベンチにて(テイクアウト)
午後の公園。
風が落ち葉を少しだけ転がす。
磯貝姉妹はベンチに座って、コンビニ肉まんを半分こしていた。
鳩が足元をちょろちょろ歩き回る。
「鳩かわいい〜」
「油断してると盗まれるわよ」
――そのとき、少し離れたベンチから。
「……ほんとに終わりにしよ」
「俺、まだやり直せると思ってたのに」
肉まんの湯気が、あまりにも静かだった。
萌香はその場で固まり、口をぱくぱく。
「ひぇ……公園破局って……エモいのか、カロリー低いのか分かんないね」
沙羅は肉まんをちぎりながら淡々と。
「どっちでもいいけど、鳩の方が平和」
「お姉ちゃん、鳩>人間 なの?」
「鳩は裏切らない」
「人間不信の極みだよそれぇ!」
鳩がクルッと首をかしげた。
恋より平和な生き物がここにいた。
第四話 スイーツビュッフェにて
ケーキの海が広がる午後。
ショーケースから漂う甘い匂いが、戦場のオーラをまとって漂う。
萌香は皿を山積みにして、その高さを誇らしげに見つめていた。
沙羅はひとり、抹茶ケーキを静かに味わっている。
「ほらお姉ちゃん! 早く取らないと負けだよ!」
「勝負してないわよ。勝ってどうするのよ」
――そのとき、隣のテーブル。
「だから! 約束守れない人は無理なのっ!」
「俺、本当に改善するから……!」
スイーツの甘さを貫通するほどの切迫感。
生クリームが泣いている。
萌香、皿を抱えたまま立ち尽くす。
「ビュッフェで別れ話って……胃にくる……甘さで誤魔化せない……」
沙羅はフォークを置き、無表情で言い放つ。
「甘いものの前で嘘つく男、信用できない」
「辛辣!! しかも的確!!」
沙羅は抹茶をもう一口。
「ケーキは嘘をつかないからね」
「もうちょっとマイルドにして!
ケーキだけやたら正義みたいになってるってば!」
萌香の皿の山だけが、ひっそりと平和を保っていた。
第五話 ショッピングモールのフードコートにて
土曜の午後。
ショッピングモールのフードコートは、子どもの泣き声と揚げ物の匂いで満ちていた。
萌香はチーズ増し増しポテト、沙羅は野菜のフォーを静かに啜っている。
「お姉ちゃん、そのフォー……健康的すぎない?」
「胃に油のコンボを仕掛けたくないだけ」
萌香はポテトを豪快に頬張りながら満面の笑み。
「うま〜! やっぱフードコートのポテトは裏切らん!」
「裏切らないのはポテトと鳩だけよ」
「また鳩!?」
――そのとき、少し斜め後ろのテーブル。
「だからさ……言ったじゃん、もう距離置きたいって」
「待って! ここでそれ言う!? 人多いんだよ!?」
萌香の耳がダンボになる。
「ひぇ〜〜来た……フードコート破局……!」
「人多い方が逃げられないって聞いたことあるわ」
萌香、身を乗り出して小声で。
「でもさ、破局のタイミングとしては最悪じゃない?
周り全部ファミリー層だよ? 空気バッキバキじゃん」
沙羅、フォーを啜りながら冷静。
「ラーメンの湯気が似合う修羅場と、フードコートの雑音が似合う修羅場がある。これは後者」
「分析プロすぎるでしょ……!」
隣のカップルは続ける。
「なんで!? LINE返さないだけでそんな……!」
「返せない時点で気持ちないんだよ!」
萌香、ポテトを落としそうになる。
「うわぁ〜〜っ泣き声レベル上がった……レベル3だ……」
「ゲームみたいに言うな。失礼でしょ」
「沙羅姉ぇ、冷静すぎるよ!?」
「油の匂いと涙は混ざらないのよ」
「そこだけ急に詩的!!」
周囲はざわつき、店員の揚げ物コールが響く。
「からあげLひとつ〜!」
その声が、破局の沈黙を割った。
萌香は小声でぽつり。
「……人ってさ、こんな騒がしい場所でも別れ話できちゃうんだね」
「騒がしい方が、心の音が紛れるのよ」
「……お姉ちゃん、それ……ちょっと分かるかも」
沙羅、最後にフォーを一口。
「でも――ポテト冷めてるわよ」
「え、そこ!?」
萌香は慌ててポテトをかき込み、
フードコートはそのまま何事もなかったように騒がしかった。
終章 姉妹の帰り道
夕暮れの大通り。
照明がひとつずつ灯り始め、冷たい風がマフラーを揺らす。
萌香がふいに言った。
「お姉ちゃん、人ってさ……別れる時だけ声デカくなるよね」
「心の音量が漏れるのよ」
萌香は小さく笑って、でも少しだけ真剣に。
「……お姉ちゃんも、昔あったの?」
「あるわけないでしょ。私は最初から見切るタイプ」
「やっぱ強い〜〜!」
「強いんじゃなくて、冷静なの」
ふたりの歩幅がそろう。
街灯の下で影が寄り添う。
「じゃあさ、いつか姉ちゃんが本気になったら教えて?」
沙羅は半秒だけ黙った後、横目で妹を見る。
「……その時は、あんたが動画回す気満々じゃないでしょうね」
「バレた!?」
「バレるわよ。バカ妹」
萌香が笑い、沙羅も口の端だけ少し上げる。
世界のどこかでは今日も誰かが別れ、フードコートの匂いに混ざってため息が漂う。
でも――
磯貝姉妹はその向こうで、
今日もたぶん何か食べている。
タピオカか、肉まんか、山盛りのケーキか。
観測は続く。
きっと明日もどこかで。




