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ポップコーン・クライシス

 九月も終わりが近づいた放課後。

 日ノ本文化部の部室には、どん、と巨大な袋が届けられた。

「またおじいちゃんが送ってくれたんだ!」

 琴美が誇らしげに胸を張る。

「前回みたいにとんでもない量じゃなくてよかったな」

 真平がため息をつくと、美優が微笑んだ。

「せっかくだし、今日のおやつにしましょう」

 沙羅が袋を開けると、ざらざらと乾いた音が部屋に響く。

「うわ、これ……業務用じゃん」

 萌香が一粒つまんで眺めた。

「これ全部弾けたら、映画館できそう」

 勇馬は鍋と油を取り出して、眼鏡をくいっと上げる。

「温度管理が命だよ。昭和式なら直火が基本だ」

「パォ! わたし塩ふる担当やる!」シャオが元気に手を挙げる。

「焦がすなよ、右側熱ムラあるからカバー行く」ズーハンも準備万端。

 ――パチ、パチパチ、パンッ。

 弾ける音が次第にテンポを上げていく。

 香ばしい匂いが秋風と混じり、部室を包みこんだ。

「これよ、昭和の味!」琴美が腕を組んで満足げにうなずく。

「いや、どこの文化祭より騒がしいんだけどな……」真平のぼやき。

 巫鈴が一粒を指先でつまみ、冷静に分析する。

「上質のとうもろこしですね。油の温度も理想的でした」

「さすが巫鈴さん、分析が鋭い!」勇馬が嬉しそうに胸を張る。

「昭和の感覚で温度合わせた甲斐があったよ」

「昭和の感覚って何よ……」沙羅が呆れ気味にため息をつく。

 琴美がボウルを掲げて宣言した。

「これより――秋のポップコーン品評会を開催します!」

「また始まったよ……」

 真平のつぶやきが、笑い声にかき消された。


 翌日、午後。軽い地震が校舎を揺らした。

 直後に流れる緊急放送。

〈護送中の犯罪者が脱走しました。拳銃を所持している可能性があります〉

「……拳銃って、マジかよ」真平が低くつぶやく。

 教室の空気が一気に重くなった。

 そのころ、無人の部室。

 棚から滑り落ちた塩の瓶と、倒れた油のボトル。

 黄金色の液体が、とうもろこしの袋にゆっくり染み込んでいく。

 外は真夏のような日差し。

 密閉された部屋の温度がぐんぐん上がる。

 やがて――

 ぱちっ。

 ぱちぱち、ぱんっ、ぱんっ。

 白い粒が宙を舞い、机の上、椅子の上、黒板の前に降り積もった。

 誰もいない部室に、焦げと甘い香り。

 ただ、弾ける音だけが続いていた。


 放課後。

 琴美と真平が脱走犯の話をしながら、部室へと向かう。

「脱走犯って、こわいね……」

「まあ、この辺には来ねぇだろ」

 そう言いかけた瞬間、部室の中から――

 ぱんっ。

 二人が同時に凍りつく。

「今の……銃声!?」

「聞こえた、パンッて! 犯人が立てこもってる!!」

「落ち着け。いきなり開けたら撃たれる」

「わかった、交渉人ごっこね!」

「ごっこじゃねぇから!」

 真平がドアノブに手を伸ばした瞬間――

 ぱあん! 

「ぎゃああああ!!!」琴美がしゃがみ込む。

「撃ってきやがった! 奴はプロか!!」

「早く通報よ!」

「待て、弾道が軽い……威嚇射撃だ!」

「何その分析! 映画の見すぎよ!!」

 ――バババババッ!!!

 怒涛の連射音。

 白い粒がドアの隙間から飛び出し、廊下に散弾のように降り注ぐ。

「伏せろ!!!」真平が叫び、琴美が机の陰に転がる。

「うわああああ!! もう映画どころじゃない!!!」

 甘い香りが広がり、音は止まらない。

「こ、これは……全弾発射モードだ……!」

「なにそれ!? 人間相手に言うセリフじゃない!!」

 やがて音が止む。

「……止まった?」

「弾切れかもな」

「油断しちゃだめ、こういう時こそ第二波が来るのよ!」

「誰目線だよ」

 ――ぽん。

「ほら来た!!!」

「いや、今のは……ラスト1発って感じだったぞ」


 そっとドアを開けると、どどどっと白い粒が雪崩のように押し寄せた。

「うわぁぁぁぁ!!!」

 中は――白い海。

 机も椅子も、黒板の縁も。全部がふっくらしたポップコーンに覆われている。

 床はくるぶしまで沈む深雪。

 窓際には、油のシミと転がる塩の瓶。

「……これは……」

 真平が極めて冷静に言った。

「犯人、とうもろこしだな」

「そんな推理聞いたことない!!!」琴美が即ツッコミ。

 その時、階段から駆け足の音。

「おーい! 放送聞いたか!? 大丈夫か!」

 ズーハン、シャオ、萌香、勇馬、巫鈴、沙羅、そして市子先生まで駆けつけた。

 全員、立ち尽くす。

「……パォォ……雪国ですぅ……」

「GG! フルオートで弾けた跡!」

「踏むとサクサクして気持ちいい~!」萌香がスマホを構えた。

「撮るな」沙羅が耳を引っ張る。

 巫鈴が膝をつき、粒を割って観察した。

「油が袋に染みて、閉め切りと直射で臨界温度。……完璧な事故ですね」

「褒めないで!」琴美が泣き笑い。

「拳銃犯が立てこもってるって聞いて全力で来たら……ポップコーン?」

 市子先生の肩が落ちる。

「先生、敵は穀物でした」真平が真顔。

「やめて、その言い方」

 巫鈴が淡々と指示を出す。

「まず、窓を全開。掃除は雪かき方式で」

「了解!」ズーハンが即返。

「パォォ! 塩の偏差あるので袋分けるです!」

「グルメ分析やめて!」

 文化部総出の除雪作戦が始まった。


 十分後。

 部室の床がようやく見えた。

 膨らんだゴミ袋三つ分の白い山。

「処分どうする?」真平。

「決まってるでしょ。ポップコーン品評会・外伝よ!」琴美が即答。

「懲りないな、君は」市子先生が苦笑した。

 校庭の隅、秋風の通り道。

 ブルーシートの上に山盛りのポップコーンと紙コップ。

 シャオが塩を振り直し、勇馬が焦げをより分け、巫鈴が配膳動線を整える。

 ズーハンは「右から配る、左で回収、GG!」と号令。

 沙羅と美優が麦茶を並べ、萌香がこっそり写真を一枚――控えめに、ね。

 まず一口。

「……うま」真平が思わずこぼす。

「パォォ! 外で食べるとうまいですぅ!」

「GG! 危機一髪フレーバー!」

「やめろ」沙羅が笑う。

 市子先生は空を見上げて、ほっと息をついた。

「……何事もなくてよかった」

 そこへ放送が流れる。

〈脱走犯は確保されました。下校は通常通りに戻します〉

 ざわめきが風に溶け、秋の空が透き通る。

「じゃあ――無事と秋に、乾杯!」琴美が紙コップを掲げた。

 サクッという音と笑い声が混ざり、穏やかな風が吹く。

「……で、今夜の夢、コーンに追われるやつだな」真平がつぶやく。

「それは自業自得」巫鈴。

「全弾発射モードとか言うからよ」沙羅が冷静にツッコむ。

 琴美は胸に手を当て、きっぱり。

「教訓――密閉+油+直射はダメ。あと、穀物は敵じゃない!」

「あと一歩で名言だったのに」真平が苦笑した。

 夕陽が校舎の窓を染める。

 焦げた香りと笑い声が残る放課後。

 バカみたいで、ちょっと怖くて、最後はうまい。

 ――文化部の秋は、だいたいこうだ。

「さて」市子先生が咳払い。

「後で安全管理レポートだけは出しなさいね」

「はいっ!」全員の声が重なる。

 その返事が、秋空に気持ちよく響いた。



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