ディスク入れ替え地獄 ―愛と勇気とフロッピー―
――放課後の部室。
窓の外では夕陽が沈みかけ、柔らかな橙が机の上を照らしていた。
その中央に、どんと置かれた白く巨大なPC-88。
ファンの唸りが低く響き、蛍光灯の「じぃ」という音と不思議なハーモニーを奏でている。
琴美が両手で誇らしげに掲げたのは、黄ばんだフロッピーの束だった。
「見てみんな! 昭和の超大作パソコンゲームよ!」
机にバサッと広げられたその数――七枚。
ラベルにはシールで「DISK1」から「DISK7」まで。かすれた文字が年季を物語っている。
「七枚……」沙羅が眉をひそめる。
「これ全部使うの?」萌香が半笑い。
「フロッピーですよ、FD!」琴美が胸を張る。「当時の人はこれを一晩かけて冒険したの! ロマンでしょ!」
「ロマンっていうか、容量がないだけじゃ……」勇馬のぼそりとしたツッコミが飛ぶ。
「うるさいっ!」琴美は腰に手を当てて仁王立ち。「これぞ昭和魂の試練よ!」
真平が笑いながら湯飲みを置いた。「おまえ、また変なもん拾ってきたな」
「失礼ね、これは文化遺産よ!」琴美は誇らしげにPC-88の電源を押した。
――ブゥゥゥン。
唸る音とともに、モニタが緑色の光を放つ。
『ディスク2を入れてください』
「……はいはい、ディスク2ね」琴美がドライブに手を伸ばした。(ガチャッ)
だが、次の瞬間。
『ディスク4を入れてください』
「え、3はどこ行ったのよ!」琴美の声が跳ねた。
「たぶんサブシナリオの方ですね」勇馬が眼鏡を押し上げる。「メインは七枚組、戦闘パートでさらに二枚追加です」
「戦闘で入れ替えるの!?」真平が目をむく。
「これ、もはや修行だね」沙羅が冷ややかに言い、シャオが跳ねた。
「パォ! エンドレスフロッピー地獄!」
琴美は勢いでBドライブに突っ込んだ。
『ディスクが違います』
「うるさい! こっちは戦ってんのよ!!」
「これが昭和の負荷テストです」勇馬が神妙に言う。
美優がふわりと笑う。「えへへ……でも、動いた瞬間すっごく嬉しいですよね~」
ようやく起動した画面に、新たな要求が浮かんだ。
『ディスク7を入れてください』
「どんだけ続くのよこれぇぇぇ!!!」琴美の叫びが部室に響いた。
「FD交換速度でDPS(毎秒ディスク数)測れそう」ズーハンがぼそりとつぶやく。
「……なあ琴美」真平が肩をすくめる。「おまえ、よく昭和に生まれなくてよかったな」
「なに言ってんの、これが昭和魂よ!!!」琴美は胸を張って叫んだ。
――五分後。
その昭和魂は、うちわ代わりにディスクを扇ぐ方向へと転化していた。
蛍光灯がじぃ、と鳴り、部室の空気がじんわりと熱を帯びる。
モニタの前で、琴美の眉が鋭く吊り上がる。
『ディスク2をBドライブに入れてから3を入れて、そのあと3を抜いてから7を入れて、7を入れたら6じゃなくて4と5を入れてください』
「誰がわかるかァァァァァ!!!」
琴美の絶叫が響く。
「……いま何言った?」真平が目を細めた。
「順番が……理論的には正しいんですが」勇馬が呟く。
「理論とかいらないの! 感情で動いてんの!!」琴美が怒りの連続ディスクチェンジを開始。
『ディスクの順番が違います』
「おまえが違うのよぉぉぉ!!!」
机の上でFDが乱舞し、ラベルが宙を舞う。
「琴美、それ普通じゃないから」沙羅が呆れたように言う。
「えへへ……でも昭和っぽいですね~」美優の笑顔が緩やかにフォロー。
「パォ~! ディスクシャッフルフェスティバル!」シャオの声が響く。
ズーハンが肩を揺らす。「もう物理バグってるな」
「昔はこれを没入感って呼んでたんですよ」勇馬が真顔で言った。
「これただの嫌がらせでしょ!!!」琴美の声は、もはや悲鳴だった。
そして、最後のディスクを入れた瞬間――。
『ディスク1を入れてください』
「やり直しじゃねぇかあああああッ!!!」
蛍光灯の音が一瞬止まり、沈黙が落ちた。
机の上には、散乱したFDたち。
ラベルには「DISK3」「DISK7」「DISK??」「予備」――謎の言葉が並ぶ。
琴美は半泣きで机を叩いた。
「もうイヤッ!! 何枚目が何章なのよこれぇぇ!!!」
(ガチャッ!)
『ディスクの順番が違います』
「おまえが違うのよぉぉぉ!!!」
「落ち着いてください琴美さん、それが当時の浪漫です」勇馬が言う。
「いや、これはもはや拷問」沙羅がため息。
「パォ~! 琴美さんのHPがゼロになったパォ!」シャオが悲鳴を上げ、
「えへへ、セーブってどこにあるんですか~?」美優が首をかしげる。
「セーブがないのよぉぉぉ!!!」琴美が吠えた。
そのとき――。
画面がまた、ゆっくりと光る。
『1いれて 2いれて 3いれないで 4いれない 5いれて 7いれないで 7いれない』
『8いれて……あっ、8ないんだ……』
蛍光灯がちらりと瞬いた。
琴美の目が白く光る。
「ぬが~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
叫びと同時に、部室のドアが勢いよく開く。
「おいっ! FD十四枚組の大作ゲーム見つけてきたぞ!!」真平が息を弾ませながら立っていた。
沈黙。
風がそよぐ音だけが響く。
「……(ブルブルブル)……十四……?」琴美の唇が震える。
「それは……もはや分冊百科ですね」勇馬の声はどこか誇らしげ。
「うるさい!!!」琴美が机をドンと叩く。
「この国の技術者はバカなの!? どうしてゲーム一本に百科事典つけるのよぉぉぉ!!!」
「いやでも、タイトル愛と勇気とフロッピーって書いてあるぞ?」真平が笑う。
「いらない愛と勇気だわ!!!」
その瞬間、部室の窓がびりびりと震えた。
蛍光灯がまた「じぃ」と鳴る。
――昭和魂、今日も絶好調だった。




