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放課後キッチン戦線・炎と煙と秋刀魚

 放課後の家庭科室。

 銀色の調理台が並ぶ空間に、日ノ本文化部の面々が集まっていた。

「というわけで!」

 琴美が両手を腰に当て、堂々と宣言する。

「今日こそ料理リベンジ! 昭和の魂を込めたハンバーグを作るわよ!」

「……先輩、その台詞、前にも聞きましたよね」

 勇馬は静かにエプロンを結びながら、遠慮のない現実を落とす。

「前回の敗因は素材の扱いよ! つまり、包丁よ!」

 謎の理屈を捲し立てた琴美は、まな板に玉ねぎを構え――

「トントン……ギャーッ!? 目ぇぇぇ!!」

「出たぁぁぁ!!」萌香が素早く悲鳴。

「GG! 涙のハンバーグ編!」ズーハンが実況。

 巫鈴は腕を組み、冷えた視線で刺す。

「……泣くのが早すぎる。まだ切れてもいないじゃない」

「貸して」

 沙羅が玉ねぎを受け取り、根元を残してスッ、スッ。

「はい、完成」

「はやっ!! それじゃ修行にならないじゃないの!」

「修行以前に“調理”になってないのよ」沙羅の即ツッコミは容赦がない。

「先輩、ちゃんと分量守ってくださいね」

 勇馬は計量カップを差し出す。

「わかってるわよ! 目分量こそ昭和流よ!」

「……だから失敗するんですよ」勇馬の声は排気ダクトに消えた。

 肉、玉ねぎ、パン粉、卵――。

「えいっ!」

 琴美のタネがフライパンに落ち、ジューッと音が立つ。そこへ、どこから取り出したのか赤い瓶。

「香りづけ!」

 ワインが線を描き、炎が――ボウッ!

「ぎゃあああああ!!!」

「火ィィィィィ!!」

「GG! 火属性攻撃!!」

「琴っち火ぃぃ!!」萌香が消火スプレーを乱射。

 巫鈴はメモを取りながら低くつぶやく。

「……教訓。脂の多い肉に“昭和魂”を足すと引火する」

「分析すんなぁぁぁ!!!」琴美の悲鳴が白煙に溶けた。

 数分後。家庭科室は焼肉屋のような煙で満たされ、天井の沈黙が破られる。

 ――ピーピーピーッ!!!

「鳴ったぁぁぁ!!!」

 火災報知器の叫びと同時に、教師たちが飛び込んできて一斉土下座。

 翌日の職員会議で「放課後煙騒ぎ」として議題に上がったのは言うまでもない。


 夕方。やけに静かな部室。

 机の上には黒く固まったハンバーグの残骸。琴美はどんより肩を落とす。

「……あたし、やっぱ料理向いてないのかなぁ……」

「いや、そうじゃない」勇馬は柔らかく首を振る。

「失敗は分析材料です。次に活かせばいい」

「GG! 火力調整ミスも経験!」

「次はちゃんと食べられるやつにしよ!」萌香が笑って肩を叩く。

 沙羅はため息をつきつつ、皿をそっと押しやる。

「焦げてるけど……端っこ、少しは食べられるかも」

 巫鈴が一口、淡々と評価。

「……三日間断食して、最初の食事なら食べられるわ」

「入院中の病院食と思えばね」沙羅が重ねる。

「ヒドっ!!」琴美は机に額をつけた。

 それでも顔を上げ、目に火を灯す。

「……あたし、もう逃げない。今日は“焼き”を極めるわ!」

「またその宣言パターンか……」真平が頭をかく。

「忘れてないでしょうね、さっきの炎上」沙羅が腕を組む。

「忘れてない! だから今度は冷静に焼くの!」

 琴美は意気揚々と冷蔵庫を開け、取り出したのは銀に光る一本。

「昭和の焼き魚、いざ実践!――さんま!」

「琴っち……魚からやるの!?」萌香の顔が青くなる。

「パォ! 魚は簡単ですぅ、焼くだけですぅ!」

 シャオはなぜか七輪を持ち上げ、胸を張った。

「火力はあたしが調整するです! 任せるです!」

「頼もしいわ、シャオ!」琴美がぱちぱちと拍手。

 横で真平は炭を扇ぎながら慎重に様子を見ている。

「……白くなってきた。いい火だ」

「よーし、こっちは先に焼いちゃう!」

 琴美はフライパンを取り出し、さんまを投入。ジュワッ――からの、不穏な軋み。

 グギギギギギ……。

「……今の音、何」巫鈴の眉間が寄る。

 琴美がそっと持ち上げると――身の半分以上がフライパンに貼り付いたまま。

「うわぁぁぁ!? 魚がぁぁぁ!!」

「GG! 離脱失敗!!」

「琴っち……もう骨しか残ってない……」萌香の声が震える。

「フライ返し! フライ返し!」

「それおたまだ!!」真平の悲鳴が飛ぶ。

 煙の向こうで、巫鈴は静かに結論を置く。

「……火加減が強すぎ。油も少ない。昭和魂は潤滑油じゃないのよ」

「名言っぽいのに刺さるぅ!」琴美は泣き笑い。


 数分後、シャオの七輪から香ばしい匂い。

「パォ! 見てください~! きれいに焼けたです!」

 皮はパリッと、脂はじゅっと、皿にのった秋の主役。

「おお、完璧」真平が素直にうなる。

 琴美は自分のフライパンの皿と見比べ、肩を落とす。

「同じ魚なのに、なんでこんなに差が……」

「料理は努力と経験の積み重ねよ」沙羅は静かに言う。

「あと、火を恐れない度胸も」

「それはもう十分でしょ……」巫鈴がため息を置く。


「でも、琴っちの魚も……がんばった味がするかも」

 萌香が恐る恐る箸をのばし、笑って差し出す。

 琴美も一口。黙って、噛んで、飲み込む。

「……うん、がんばった味ね……」

「つまり?」巫鈴。

「がんばったけど無理だった味!」

「結論出たー!!」

 笑い声の向こうで、勇馬が手帳を閉じる。

「先輩、次はオーブン料理にしましょう。火力が安定します」

「なるほど……それよ!」琴美は拳を握った。

「昭和の魂、次は文明の利器と共に!」

「文明に謝れぇぇぇ!!!」

 真平のツッコミが部室に響く。


 窓の外、夕暮れの橙が長く伸びている。

 焦げ跡の残るフライパンを見つめながら、琴美はふっと笑った。

「でも……なんか楽しいね、こういうの」

「……あんた、ほんとポジティブね」沙羅が苦笑を返す。

「そういうのが昭和の強さよ!」琴美は胸を張った。

「GG! でも次は焦がさない!」

「パォォ! 魚の霊が浮かばれるです!」

「浮かばれるのは、むしろ私たちの胃のほうね……」

 巫鈴のぼそりに、また笑いがこぼれた。


 煙はもう薄く、匂いだけが少し残っている。

 失敗は、たしかに残る。でも、それだけじゃない。

 手の中に、次の手順が、少しだけ温かく残るのだった。


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