泡立つ昼休み、沈む胃袋
水曜日の昼休み。
部室はいつもよりソースの匂いが濃かった。鉄板は白く湯気をまとい、料理番の沙羅と美優は“少し遅れる”らしい。
(嫌な予感しかしない)
真平が眉間を揉む前で、琴美が腕まくり。
「今日の昼は私が仕切るわ! テーマは――昭和屋台の魂・焼きそば祭り!」
この宣言が、のちに文化部安全管理レポート第1号の冒頭になる。
「任せて!」と萌香がエプロンで立ち上がる。
琴美はラベルを見ずに瓶を開けた。ウスターの代わりに――お好み焼きソース、ポン酢、砂糖、そしてコーヒー粉。
「琴美さん!? それ混ぜたら理科の実験ですよ!」勇馬の声が裏返る。
「昭和の家庭はブレンドよ!」
鍋の底から、ぷつ……ぷつぷつ……ぼこ。
「……おい、鍋が“話しかけて”こないか?」真平。
「パォォ!? 煙、出てるですぅ!」シャオが鉄板の後ろへ。
「GG! 反応始まった! これ爆弾寄り!」ズーハンが机の下へ。
「大丈夫! 炭酸入り昭和の味よ!」
「昭和なめんなぁぁ!!」
慌てて火を落とし、鍋は泡を吐いて沈黙。
萌香が一舐めして、首を傾げた。
「……焼きそば味の、コーヒー?」
「GG、それ食べ物ジャンルから出てる」
巫鈴は静かにノートを開く。
「第1号:ソース鍋発泡事案。原因――“確認不足と混合欲”」
「やめてぇぇぇ!!!」琴美が半泣き。
救援は勇馬。冷凍うどんで見事に救済。
そこへ沙羅が戻ってきて、現場を一望。
「……これ、誰が仕切ったの?」
「わ、わたし……」
「次から、火は許可制」
「ひどい! 努力すればできるもん!」
「まずは“ウスターとコーヒー粉の違い”から努力しようね」巫鈴、即答。
香ばしいはずの匂いは、理科準備室に寄っていった。
鉄板の熱が落ち、代わりに電気ポットがぐつぐつ。
「結論。琴美の料理スキル、未知数どころか危険物指定。今日は検証する」真平は腕を組む。
「誰が危険物よ! 袋麺なんて朝飯前!」
「GG! それ死亡フラグ!」ズーハン。
美優が静かにお手本。麺は規定時間、スープは別器で溶かし、湯は沸騰。黄金色の丼が立ち上がる。
一方の琴美――ポットのランプを見て満足げ。
「簡単じゃない。沸かして、麺入れて、三分で――」
「……保温モードは“ぬるい”だけだぞ」真平。
「えっ、これお湯じゃないの!?」
ざわ……。
「GG! ぬるま湯ラーメン誕生!」
「パォォ! 冷製ラーメン夏限定ですぅ!」
「フォローじゃない!!」真平が机を叩く。
時間を“倍プッシュ”した結果、麺は膨張し、丼の中央で粘度を主張。
「……それ、麺じゃなくて餅だわ」
「コク出そうと砂糖入れたの」
「出てるのはコクじゃなくて告だ!! 胃に“告知”してる!!」
第2号:ぬるま湯調理・砂糖混入事案。
泡立て器は、まだ静か。
「――昨日のことは、忘れなさい」
むすっと入って来た琴美に、真平は淡々。
「無理。胃が昨日を覚えてる」
「火を使わなきゃいいんだよ! ミルクセーキにしよう!」萌香が手を叩く。
「GG! 安全第一!」
美優が材料を並べ、お手本を静かに。
泡はきめ細かく、縁に白い雲。
「次はあたし!」琴美はコップに牛乳を注いで――
卵を割り、ぽちゃん。
空調だけが回る。
「おまえ美優ちゃんの手順見てなかったのか?」真平が頭を抱えた。
「GG……その……」
「パォォ……生命が誕生しそうですぅ……」
「先輩、それ飲み物じゃなくて事件です」勇馬が蒼白。
「混ぜればなんとか――」
ぐるぐる、ぐしゃ。未知の乳卵スープ。
ちょうどドアが開く。
「――何してるの、あんたたち」
市子先生が仁王立ち。コップの中を見て、一拍。
「単位は出ない。保健所は出る。」
先生の手元は静かだ。白身を切るように、砂糖を溶かし、冷えた牛乳を合わせる。
部室には、泡立て器の音だけが残った。泡はやわらかく立ち、時間までやわらげる。
「GG……先生の、うま……」
「パォォ……天国の味ですぅ……」
「さっきまで地獄だったけどな」真平のぼそりを、誰も否定しない。
「誰か、料理センスの補習券くれない?」ストローをくわえたまま、琴美がしょんぼり。
萌香のスマホに、無言でタグが並ぶ。
#昭和魂でも救えない
#第3号:孵化ミルクセーキ
「投稿すんなぁぁぁ!!!」
第3号:殻沈没・孵化未遂事案。
泡は、今日も立つ。
場所は家庭科室。卵、玉ねぎ、鶏肉、磨かれたフライパン。
中央に立つのは、やる気だけ満タンの琴美。
「昭和の家庭料理を完全再現するわ! オムライス!」
「また始まったな……」真平は額を押さえる。
「簡単がダメなら、手順を守る難しいほうで」勇馬が微笑む。
「GG、それ難しいほうが安全理論?」
――試練①:卵割り。
パキッ――べちゃ。殻、着水。
「GG! 異物混入!」
「パォォ! サクサクしてるですぅ!」
「トッピングのつもりじゃないのよ!」琴美、殻回収。
――試練②:ケチャップライス。
強火でジューッ。煙い。
「GG! もう中華!」
「これが昭和主婦の炎よ!」フライパンを振り、ケチャップライスが天井へ――ぼとっ。真平の頭へ。
「……俺、いま何の被害者?」
「油はね等」巫鈴がメモしながら乾いた声。
――試練③:包み。
勇馬が見本。「卵液は薄く、優しく、滑らせる」
「ふむふむ」――ドバーッ。卵液は小滝となって縁から落下。
「ぎゃあああ!!」
「GG! 災害発生!」
「パォォ! 避難ですぅ!」
皿の上に“焦げと半熟の共存体”が現れる。
静寂。勇馬が一歩前へ。
「ここは僕が」
一口、咀嚼、三秒の沈黙。
「……法的には、食べ物です」
「やったぁぁぁ! 初めて“食べ物”って言われたぁ!」琴美が天に両手。
「三日断食して、最初の一口ならいける」沙羅が冷笑で刺す。
「……入院中の病院食と思えば、まぁ」巫鈴が紅茶で追撃。
「ヒドっ!!」
萌香の画面にまたタグが増える。
#第4号:オム・カオス
#文化部胃袋破壊
「投稿すんなぁぁぁ!!!」
蛇口の水が一定のリズムで落ち、スポンジが皿の泡を撫でる。
泡は、未熟さの形をして、だんだん細かくなる。
巫鈴は最後に一行だけ付け加えた。
文化部安全管理レポート:第1~4号 起案済。次回、手順書ドラフト提出。
「次は昭和のハンバーグに挑戦よ!」
「やめろぉぉぉ!!!」
廊下に合唱が響き、泡の音だけが静かに残った。
明日はまた、お腹が空く。
――だから、笑いは途切れない。




