黒磯ホッピング大騒動
九月の始業式が終わり、文化部の面々が部室に集まった。
その中心に立つ琴美の手には、妙にギラギラした金属の棒が握られていた。
「見よ! これぞ昭和魂のおもちゃ――ホッピングよ!」
ギンギラ笑顔で掲げられたそれに、部員たちは一様に目を丸くする。
「パォォ! なんですかこれ!? 棒にバネついてるですぅ!」シャオが叫ぶ。
「えへへ~、なんか楽しそうですね~」美優はもう乗る気満々。
真平は腕を組んでため息をつき、沙羅は冷ややかに呟く。
「また始まったよ……」
「琴美、それ普通じゃないから」
だが勇馬の目だけが異様に輝いた。
「……これは、昭和の技術だ。僕に任せてくれ」
次の瞬間、勇馬は工具箱を取り出し、ホッピングを分解し始める。スプリング定数を二倍、ストロークを三割延長、ダンパーの摺動を低摩擦化――理論上、地上のカンガルーになれる。
あっという間に魔改造を施された「新型ホッピング」が完成した。
「さぁ、テストジャンプだ!」
勇馬が勢いよく飛び乗る。
ボインッッッ!!!
その身体は桜の木を軽々と飛び越え、空高く舞い上がった。青空に白い雲、ぐんと近い。
「パォーーーーッ!!!」シャオが絶叫する。
「だから止めろって言ったのに!」真平は頭を抱えた。
奇跡的に無事着地した勇馬は、額の汗を拭いながら冷静に言う。
「ふぅ……どうやらバネの調整が必要だな。戻りが強すぎる」
だが次の瞬間、シャオがぴょこんと飛び乗った。
「パォ! シャオもやってみるですぅ!」
「お、おい待って! まだ安全確認が――!」真平が止める間もなく。
ボイ~~~~~ンッッ!!!
ツインテールが風を切り、シャオの身体はビル三階分の高さへ。
――一拍、静寂。風の音だけが、校庭を洗った。
そのまま校舎の最上階、市子先生の教室の窓際に、ぴょこん。
「ひっ!? しゃ、シャオ!? なんで窓の外から!」
授業準備をしていた市子先生は顔面蒼白。
「パォ♪ 市子せんせ~い!」窓越しに笑顔で手を振るシャオ。
「危ないわよ! 今すぐ――」
ビヨォンッ!
再びバネがはじけ、シャオは校舎の屋根を越え、そのまま街の方角へ飛んでいった。
「だだだ大変だぁぁぁ~~!!!」真平の絶叫が校庭に響く。
ズドォォンッ!!
那須塩原・黒磯商店街のど真ん中に、シャオが降ってきた。
「パォ~~! ナイス着地ですぅ!」
笑顔でポーズを決めるシャオに、商店街は大混乱。
「ぎゃああ! 人が降ってきた!」八百屋のおじさん。
「サンマ踏まないでぇぇ!」魚屋のおばちゃん。
「看板がぁぁ!」パン屋の店員。
子どもたちは「人間ロケットだ!」と拍手喝采。お年寄りは腰を抜かし、自転車の高校生は急ブレーキ。
さらにビヨ~~~~ンッッ!!!
跳ね上がったシャオは、老舗和菓子屋「大黒屋」の木の看板にバネを引っかけてしまった。
「パ、パォ~~!? 降りられないですぅ!」
看板はギシギシと音を立て、店主が悲鳴を上げる。
「三代目の宝なのにぃぃ!」
その店主――黒縁メガネの三代目・政吉は、怒鳴りながらも素早く店の座布団をつかみ、シャオの真下に投げ込む。「割るなら落ちろ! せめて柔らかく!」商人の機転は速い。
駆けつけた文化部メンバー。
「シャオ! 暴れないで!」沙羅が叫ぶ。
当の本人は満面の笑顔で手を振った。
「パォ~♪ 和菓子おいしそうですぅ~~!」
真平は政吉に頭を下げながら走る。「すみませんすみませんすみません!」
「誰か消防呼べー!」
「警察もだ!」
数分後、サイレンが鳴り響き、消防車とはしごが到着。夏の空に、銀のはしごが一本の五線譜みたいに伸びた。警官が交通整理に走り回り、商店街全体が救助騒ぎに包まれる。
はしごの先にヘルメットの消防士、下で見守る人いきれ、遠くで鳴る正時のチャイム。息をのむ一瞬――
ようやくはしごで救出されたシャオ。
その後、文化部全員は市役所に呼び出され、 市長・消防署長・警察署長の前で正座である。
「きみたち! 市のど真ん中で何をやってくれたんだ!」市長が机を叩く。「観光客は増えた……増えたが、心労も増えた!」
「はしご車は避暑地の観覧車じゃない!」消防署長が怒鳴る。
「通報が何十件もきたんだぞ! 被害届より自撮りが多いんだが!?」警察署長が吠える。
琴美「す、すみません! でも楽しかったです!」
沙羅「開き直るな!」
勇馬「僕の調整不足でした……」
美優「えへへ……でも、みんな無事でよかったです~」
シャオ「パォ~♪ 高いところ気持ちよかったですぅ!」
一同「反省してない~~!!!」
数日後、地方ニュースは「謎の跳躍少女」を大きく報道。SNSでも拡散され、#黒磯ホッピング と #パォ落下点 がトレンド入りした。
和菓子屋・大黒屋は「パォ落下現場」として観光客が殺到。「看板まんじゅうください!」と列ができ、商店街全体が特需に沸く。政吉は看板の傷を撫でつつ、苦笑いで新作「ホップ団子」の張り紙を出した。
「……結果的に町おこしになったな」市長はため息をつき、
「だが次やったら許さんぞ!」警察と消防は声をそろえた。
「ほらね! 昭和魂は町を救うのよ!」琴美が胸を張る。
「救う前に大迷惑なんだけど!」沙羅が即ツッコミ。
勇馬は眼鏡を直しながら呟く。
「調整不足が……逆に功を奏したのかもしれない……いや、次は収束させる」
「えへへ……にぎやかになってよかったですね~」美優が微笑む。
「パォ! シャオ、また飛びます!」
「もう飛ぶなぁぁぁ!!!」真平の絶叫が部室に響いた。
こうして〝ホッピング大騒動〟は、黒磯商店街の歴史に刻まれることとなった。
その日の夕方。那須塩原学園の職員室。
市子先生はニュース映像を見ながら、机に突っ伏していた。画面には、笑顔でホッピングを跳ねるシャオと、必死で追いかける文化部の面々。
「……やっぱり全国放送されちゃったのね……」
隣の机には、胃薬の箱と湯気の消えたマグカップ。腰まで伸びる髪を押さえながら、深いため息をつく。
「なんで……なんで私の教室の窓から飛び出していったのよ……」
市子先生は小さく苦笑して、胃のあたりをさすりながら、誰にも聞こえない声でぽつり。
「……もう、この子たちの顧問やめたい……でも、やめさせてもらえない……か」
弱音は、職員室の片隅にそっと置かれた。




