97貴族令嬢は、王様を南へ運びます。 王様はサヴォさんです。イタリア南部へ視察ですね。
第97章 貴族令嬢は、王様を南へ運びます
ローマから戻った翌朝、どろちゃんとフランソワさんは、借りている離宮でのんびりしていました。
昨日は朝から飛んで、ローマの上を回って、コロッセオを見て、カラカラ浴場を見て、バチカンまで歩いています。
そのうえ帰りは、舗装もしていない空き地からチェブラーシカちゃんを短距離離陸させました。
今日は、少しくらい何もしなくてもいい日です。
「お茶、もう一杯」
「はい」
フランソワさんがポットを持ちました。
「今日は、本当にご予定はございませんね」
「ないよ」
「どなたかがお見えになっても」
「急ぎじゃなかったら、午後」
「承知いたしました」
そのころ、王宮側では、まったくのんびりしていませんでした。
サヴォさんが昨夜のうちにまとめさせた電文が、各国へ送られていました。
海で船が消えていること。
ロシアとスウェーデンで起きたバベル現象について、教皇庁の高位聖職者へ説明したこと。
神の御旨について、人が勝手に意味を決めるべきではないという話になったこと。
バチカンにある古い彫像や絵画には、後世に手を加えられたものがあり、どろちゃんが、その履歴を作品ごとに調べて目録にし、戻せるものは元の石を傷つけない方法で戻すよう提案したこと。
その調査と修復に必要な費用は、どろちゃんが個人で負担すると申し出たこと。
そして、帰路の機内でどろちゃんが話したことも、サヴォさんは電文へ入れさせました。
もし、これから先も神による何らかの介入が起こるとしても、その範囲がサン・ピエトロ大聖堂だけなのか、教皇庁の上層部なのか、世界中のカトリック施設なのか、聖職者なのか、あるいはカトリックを国教とする国々まで含むのか、どろちゃんには分からない。
ただし、これは予言ではありません。
どろちゃん本人は、そのような啓示を受けていないとはっきり言っています。
神の意思を人が勝手に作ってはいけない、とバチカンで話した本人が、今度は自分で神の意思を作ってしまっては同じことになる。
そこまで明記してから、電文はパリ、ロンドン、ハーグ、エルレンフェルト、そのほか関係するところへ送られていきました。
どろちゃんは知りません。
「このお菓子、おいしいね」
「昨日お留守の間に、料理人さんが焼いてくださいました」
「もう一個食べよう」
平和でした。
◇ ◇ ◇
昼前になって、サヴォさんが離宮へ来ました。
側近さんも一人一緒です。
「今日は休んでるのか?」
「休んでるよ」
「珍しいな」
「私だって休むよ」
「そういうことにしておこう」
どろちゃんは少し考えてから、テーブルに置いてあった地図を見ました。
「サヴォさん」
「ん?」
「統一したばっかりでしょう?」
「そうだな」
「見に行きたいところ、いっぱいあるんじゃないの?」
サヴォさんは、すぐには答えませんでした。
「あるよ」
「じゃあ、連れていくよ」
「どこへ?」
「サヴォさんが行きたいところ」
サヴォさんが少し笑いました。
「ずいぶん大きな話を、簡単に言うな」
「だって、馬車で行ったら時間かかるでしょう?」
「かかる」
「馬車ごと送るよ」
「馬車ごとか?」
「うん。向こうで知らない馬車を用意してもらうより、自分の馬車の方が楽でしょう」
「馬も載せるのか?」
「馬は無理」
「なぜだ?」
「かわいそうだから」
どろちゃんは即答しました。
「飛行機の中、うるさいし、揺れるし、馬は何が起きてるのか分からないでしょう。向こうで馬だけ借りよう」
「馬車だけ空を飛ぶのか」
「そう」
サヴォさんは、地図へ目を落としました。
統一したばかりのイタリアです。
報告書はいくらでも届きます。
でも、王本人が実際に見た場所は、まだ限られています。
北部の都市。
旧諸邦の行政。
港。
街道。
南部。
島に近いところ。
全部を馬車で回れば、何週間あっても足りません。
サヴォさんの指が、アドリア海側で止まりました。
「バーリへ行こう」
「バーリ?」
「南を見たい。港もだ」
「いいよ」
どろちゃんは、もう少し地図を見ました。
「帰りに、ここも見る?」
半島の先端です。
ヴィッラ・サン・ジョヴァンニ。
海峡の向こうには、メッシーナがあります。
サヴォさんも地図を見ました。
「そこまで一日で行けるのか?」
「行けるよ」
「では、そこも見よう」
側近さんは、すでに立ち上がっていました。
「現地へ電信を入れます」
「お願い」
バーリ側と、ヴィッラ・サン・ジョヴァンニ側へ連絡します。
チェブラーシカちゃんが降りられる広い土地。
進入経路に大きな障害物がないこと。
地面が柔らかすぎないこと。
草を刈ること。
石をどけること。
現地で馬を借りられること。
飛行機が到着するまでに必要な最低限だけを整えてもらいます。
馬車は、サヴォさんが普段使っているものを持っていきます。
「明日の朝でいい?」
「十分だ」
「じゃあ決まり」
どろちゃんは、残っていたお菓子を一つ取りました。
側近さんは、もう電信の文面を考えています。
王様が突然、明日バーリへ空から来ます。
受け取る側は、これから忙しくなります。
◇ ◇ ◇
翌朝。
チェブラーシカちゃんの後部貨物室へ、サヴォさんの馬車が入れられました。
馬はいません。
車輪を止めます。
前後左右へ動かないように固縛します。
扉や窓も確認します。
馬車の中には、視察先で使う書類と簡単な荷物だけです。
「本当に入ったな」
サヴォさんが貨物室を見て言いました。
「入るって言ったでしょう?」
「馬車を飛行機で運ぶことになるとは思わなかった」
「便利でしょう?」
「まだ使っていない」
「向こうで分かるよ」
どろちゃんとフランソワさんはコックピットへ入りました。
サヴォさんと側近さんは客席です。
始動。
確認。
離陸。
チェブラーシカちゃんは、南東へ向かいました。
馬車で何日もかかる距離が、今日は朝のうちに縮んでいきます。
◇ ◇ ◇
バーリ側で用意してもらった土地は、町から少し離れた平坦な場所でした。
立派な飛行場ではありません。
草を刈り、石をどけ、地面を確認しただけです。
どろちゃんは上空から何度か回って、安全を確かめてから降りました。
後部扉が開きます。
馬車を降ろします。
現地で借りた馬が待っていました。
いつもの馬ではありません。
でも、いつもの馬車です。
サヴォさんが乗ると、座席も、足元も、荷物を置く場所も、全部いつものままです。
「これは確かに楽だな」
「でしょう?」
「馬だけ借りる方がいい」
「馬も飛行機に入れようって言わないでね」
「もう言わない」
バーリの港へ向かいました。
最初に見た印象は、静かでした。
船がないわけではありません。
漁船もいます。
商船もいます。
荷役をしている人もいます。
でも、港が持っている大きさに比べて、動きが少ない。
サヴォさんは馬車を降りて、港の役人と商人から話を聞きました。
「バルカン側との荷は?」
「ございます。ただ、以前ほど運べません」
「荷物が減ったのか?」
「荷物だけではありません。船が足りません」
海を渡る船が減っています。
しかも、壊れて修理中なのではありません。
戻ってこない。
「どのくらいだ?」
役人が少し言いにくそうにしました。
「以前、月に一度ほどこちらへ戻ってきていた船の中にも、戻らないものが出ております」
「一隻だけではない?」
「はい」
「乗組員は?」
「一緒に戻っておりません」
サヴォさんの表情が変わりました。
船だけではありません。
船長。
航海士。
熟練した船員。
全部まとめていなくなります。
正規の商船を増やそうと思っても、船だけ造れば済む話ではありません。
さらに町を歩くと、別の影響も見えてきました。
長い航海から戻った船員は、給金を持っています。
戻った夜にはよく食べます。
酒も飲みます。
宿を使います。
服を買うこともあります。
女の人が客を取る店へ行く人もいます。
帰港する船が減れば、その全部から客が消えます。
「船員相手の店は、かなり困っております」
商人が言いました。
「帰ってくると、豪快に使う者が多かったので」
「戻らなければ、一晩で落ちるはずだった金が全部なくなるわけか」
「はい」
そして、もっと露骨なところもありました。
「故買をしていた者は?」
サヴォさんが聞きました。
役人は少し困った顔をしました。
「何軒か、もう店を閉めました」
「盗品や、出所の怪しい品を買っていた連中か」
「はい」
「品物が来ない?」
「持ってくる船も、人も戻りませんので」
どろちゃんは、そこだけ聞いて少し首を傾げました。
「そこは、いいことのような気もするけど」
「店がなくなることだけならな」
サヴォさんは港の方を見ました。
「でも、その金で食べていた人間が町中にいる」
「うん」
「海賊や私掠船が戻ってきて、その金を町で使う。それを最初から収入として考えていたら、戻ってこなくなった時に全部崩れる」
どろちゃんは何も言いませんでした。
サヴォさん自身が続けます。
「もう、海賊がいることを前提に経済を作っちゃ駄目だな」
「そうだね」
それだけでした。
どろちゃんが政策を決める話ではありません。
サヴォさんが自分の国を見て、自分で気づいた話です。
◇ ◇ ◇
昼は、バーリ側が用意してくれた簡単な歓迎会になりました。
もう冬です。
季節がよければ、前の領主のころからのやり方で、広場や庭に席を作って屋外の歓迎会になっていたかもしれません。統一したばかりだからといって、土地ごとの習慣まで急にトリノ式へ変える必要はありません。
でも、今日は冬です。
滑走路代わりの草地へ机を並べて、外で食事をする季節ではありません。
港と町を見たあと、そのまま町の中の建物へ案内されました。大宴会ではありませんし、時間もありません。
魚。
貝。
タコ。
パン。
野菜。
果物。
地元で手に入るものを使った、温かい室内での昼食です。
「これ、おいしい」
どろちゃんは魚を食べました。
「視察中だぞ」
「食べるのも視察」
「便利な言葉だな」
「食べないと分からないでしょう?」
フランソワさんは笑いをこらえながら、皿へ貝を取りました。
食事の席にも、港の人と商人が何人か残っています。
バルカン側から何が来るのか。
こちらから何を出すのか。
船が減って運賃がどうなったのか。
どの航路が特に厳しいのか。
正規の商船まで足りなくなっていること。
サヴォさんは食べながら聞きました。
話は長くしません。
昼食が終わると、もう出発です。
「もうお発ちになるのですか」
現地の人が驚きました。
「今日は、ここだけを見に来たわけではない」
サヴォさんが答えました。
まだ馬は返しません。
サヴォさんたちは、借りた馬をつないだ自分の馬車で、町からチェブラーシカちゃんの待つ草地まで戻ります。
そこで初めて馬を外し、バーリ側の人へ返しました。
馬車だけを、またチェブラーシカちゃんへ入れます。
どろちゃんとフランソワさんは、町を出る前に少しだけ買い物もしていました。
魚介。
南部の野菜。
チーズ。
乾物。
果物。
帰ったら料理人さんに渡します。
「お嬢様」
「なに?」
「増えております」
「食べ物だからいいの」
「行きより荷物が増えております」
「馬車は同じだから大丈夫」
「そういう問題ではないような気もいたします」
後部扉が閉まりました。
◇ ◇ ◇
午後には、チェブラーシカちゃんはさらに南へ飛んでいました。
半島が細くなっていきます。
西側には海。
東側にも海が近づきます。
そして、ヴィッラ・サン・ジョヴァンニ。
ここでも事前に用意してもらった土地へ降りました。
馬車を降ろします。
また現地の馬を借ります。
町を抜けると、向こう側が見えました。
「近いな」
サヴォさんが言いました。
「近いよ」
メッシーナです。
海峡の向こう側。
目で見える距離です。
「近いのに、今は別の国なんだな」
「うん」
メッシーナはスペイン側です。
でも、その経済はすでに大きく傷んでいました。
海峡を渡る船。
沿岸を走る船。
商船。
荷役。
倉庫。
船用品。
宿。
食堂。
船員相手の店。
船が動くことで成立していたものが多すぎます。
しかも、戻らない船には人も乗っています。
船腹量だけではなく、航海経験そのものが失われています。
こちら側の役人も、向こうの事情を完全に知らないわけではありません。
海峡が狭いからです。
「メッシーナは、かなり悪いようです」
現地の人が言いました。
「マドリードへは報告しているのか?」
サヴォさんが聞きました。
「交易量の減少については、報告していると聞いております」
「船が戻らないことは?」
少し間がありました。
「すべてを、そのまま報告しているかは分かりません」
「なぜ?」
今度は、答えにくそうでした。
「戻らない船が、何をしていた船なのかまで説明することになりますので」
サヴォさんは、すぐに意味を理解しました。
取り締まりを命じられていたはずの海賊や私掠。
それを港が見逃していた。
あるいは、経済の一部として黙認していた。
船が消えた数を正直に報告すれば、監督できていなかったことまで一緒に報告することになります。
「では、今から正直に言えば、マドリードが船を送ってくれるのか?」
「それも……」
返事が止まりました。
スペイン側だって船は必要です。
大西洋にも。
地中海にも。
本国沿岸にも。
この現象で減っているのは、メッシーナだけではありません。
「回せる船があるかどうかも分からない、か」
「はい」
サヴォさんは、海峡の向こうを見ました。
近い。
あまりにも近い。
それでも、今は自分の国ではありません。
「シチリアは、いずれ交渉する」
サヴォさんが言いました。
どろちゃんは横で聞いていました。
「戦争で取るの?」
「いや。交渉でいい。サルディーニャも、コルシカも同じだ」
「じゃあ、前に囲んだところに近くなるね」
「ドロテーヤが勝手に囲んだ線な」
「だいたい合ってたでしょう?」
「まだ決まっていない」
「うん」
サヴォさんは少し笑いました。
でも、すぐにまたこちら側の町へ目を戻しました。
「ただ、シチリアがこちらへ来るまで待ってはいられない」
「そうだね」
「ここは、シチリアがなくても回る町にしないといけない」
海峡を渡る客が戻る。
メッシーナが立ち直る。
シチリアがイタリアに入る。
どれも将来の話です。
それを今年の収入として数えてはいけません。
「向こうから人が来なくても、この町だけで仕事があるようにする」
「うん」
「海峡を渡るためだけの町じゃなくする」
サヴォさんは、しばらく町と海を見ていました。
「バーリは、海賊がいなくても回る港にする」
「うん」
「こっちは、シチリアがなくても回る町にする」
「うん」
「……見に来ると、仕事が増えるな」
「見に来たから分かったんでしょう?」
「それはそうだ」
サヴォさんは、少しだけ笑いました。
◇ ◇ ◇
夕方、また馬を返しました。
サヴォさんの馬車をチェブラーシカちゃんへ積みます。
今度は、それだけではありません。
南で買った食材も増えています。
どろちゃんたちが買ったもの。
サヴォさん側の人が買ったもの。
魚。
貝。
干した魚。
チーズ。
野菜。
果物。
南の香辛料や保存食。
「帰りの方が重い」
フランソワさんが言いました。
「食べれば減るよ」
「飛行中には減りません」
「帰ってから減る」
「それは承知しております」
トリノへ向けて飛びました。
帰路の機内で、サヴォさんは地図を見ています。
「バーリは、正規の船を増やす」
「うん」
「でも船だけでは駄目だ。人もいなくなっている」
「船長さんも航海士さんも、一緒に消えてるからね」
「育てるのに時間がかかるな」
「うん」
「南の港を全部、同じ目で見直した方がよさそうだ」
どろちゃんは前を見たまま答えました。
「それはサヴォさんのお仕事」
「分かってるよ」
少しして、サヴォさんが地図を閉じました。
「それにしても、一日でここまで見られるとは思わなかった」
「馬車ごと運んだからね」
「馬は運ばなかった」
「そこ大事」
フランソワさんが小さく笑いました。
◇ ◇ ◇
トリノへ戻ったころには、もう夕食には少し遅い時間でした。
チェブラーシカちゃんの後部扉が開きます。
サヴォさんの馬車を降ろします。
待っていた馬がつながれます。
それとは別に、もう一台の馬車が迎えに来ていました。
こちらには、人より荷物を載せます。
南から持ち帰った魚と食材です。
箱が一つ。
また一つ。
籠。
樽。
包み。
「多いな」
サヴォさんが見ました。
「いっぱい買ったから」
「誰が?」
「みんな」
「私のところの者も買ったのか」
側近さんが少し目をそらしました。
「せっかく南まで参りましたので」
「お前もか」
「はい」
どろちゃんが笑いました。
「離宮で食べようよ。料理人さんに渡したら、何か作ってくれるよ」
「今から?」
「遅い夕食」
サヴォさんは少し考えてから、うなずきました。
「では、そうしよう」
二台の馬車が離宮へ向かいました。
◇ ◇ ◇
料理人さんは、運び込まれてきた食材を見て、しばらく黙りました。
「これ、今日買ってきました」
どろちゃんが言いました。
「バーリと、南の方で」
「今日、でございますか」
「今日」
料理人さんは、魚を一つずつ確認しました。
傷みやすいもの。
今夜使った方がいいもの。
明日でも大丈夫なもの。
塩漬けや干物にできるもの。
すぐに頭の中で分けています。
「少々お時間をいただければ、今夜お出しできます」
「簡単なのでいいよ。お魚焼くだけでも」
料理人さんは、返事をする前にもう別の籠を見ていました。
簡単で終わる顔ではありません。
どろちゃんとフランソワさんは着替えました。
サヴォさんと側近さんも、そのまま離宮に残っています。
しばらくすると、いい匂いがしてきました。
「来た」
「お嬢様、まだでございます」
「匂いが来た」
「それは来ております」
遅い夕食が始まりました。
焼いた魚。
貝。
野菜。
南で買ったチーズ。
パン。
昼にバーリで食べたものとはまた違います。
「これ、昼の魚より好きかも」
「視察の成果か?」
サヴォさんが言いました。
「そう」
「まだ言うのか」
「食べるまでが視察」
「それは認めない」
側近さんまで笑いました。
今日は、一日でずいぶん南まで行きました。
バーリでは、海賊や私掠船が帰ってきて金を使うことを前提にした港町の経済を見ました。
ヴィッラ・サン・ジョヴァンニでは、まだ自分の国ではないシチリアへ依存して町を作ってはいけないことを確認しました。
対岸のメッシーナは、近いのに遠いままです。
でも、その話は今夜ここで決めることではありません。
食卓には魚があります。
サヴォさんは、もう仕事の紙を開きませんでした。
側近さんも食べています。
フランソワさんがどろちゃんへ野菜を取り分けました。
「これも召し上がってくださいませ」
「お魚まだある?」
「ございます。その前にこちらを」
「はい」
食事が終わったころには、かなり遅い時間になっていました。
サヴォさんが立ち上がります。
「今日は助かったよ」
「また行きたいところあったら言ってね。馬車ごと運ぶから」
「馬は?」
「だめ」
「まだ聞いただけだ」
「先に言っておくの」
「分かった。馬は現地で借りる」
「そうして」
側近さんも頭を下げました。
「ごちそうさまでございました」
「また食べましょう」
外では、馬車が待っています。
サヴォさんと側近さんは、王宮へ戻っていきました。
離宮には、南から持ち帰った食材がまだたくさん残っています。
どろちゃんは、食堂の扉の向こうへ消えていく皿を見ながら言いました。
「明日もお魚かな」
「おそらく」
「いいね」
フランソワさんが笑いました。
小さな説明
バーリは、イタリア半島を長靴に見立てたとき、かかと側へ向かうアドリア海沿岸にある港町です。海の向こうはバルカン半島で、とくにギリシャ方面との人や物の往来が多い場所です。この章では、その海上交易を支える船そのものと船員が減っている様子を見ています。
ヴィッラ・サン・ジョヴァンニは、長靴のつま先側、カラブリアとシチリア島の間にあるメッシーナ海峡に面した場所です。ただし、一七〇四年には現在の町や港がそのまま存在するわけではありません。この物語では位置を分かりやすくするため現在の地名を使い、実際の発着や視察には、現在の市域よりやや北寄りにある海岸集落と船着き場のある一帯を想定しています。
海峡の対岸に見える大きな町がメッシーナです。メッシーナはイタリア本土ではなく、メッシーナ海峡を渡ったシチリア島側にあります。対岸が肉眼でよく見えるほど近いため、この章では「すぐそこに見えるのに、まだ別の国」という状態になっています。
この時点では、シチリア島とサルディーニャ島はスペイン側、コルシカ島はジェノヴァ共和国側にあり、物語のイタリア王国にはまだ含まれていません。今後は戦争ではなく交渉によって三島の帰属を整理していくことになります。




