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85貴族令嬢はエジンバラから一番列車に乗ります イギリス鉄道開通

第85章 貴族令嬢はエジンバラから一番列車に乗ります


 朝のエジンバラ駅は、開通式の日にしては静かでした。


 ホームの端には英国の旗が掛けられ、駅舎の入口には花が少し飾られています。

 けれど、広場を埋めるほどの兵隊も、長い来賓席もありません。


 この日の英国側の大きな式典は、ロンドンで行われます。

 エジンバラに集まったのは、市の人たちと鉄道関係者、工事を担当した人たち、それに最初の列車へ乗る客が中心でした。


 どろちゃんはホームへ出る前に、駅舎の中で一度足を止めました。


 壁際の小さな商店に、湯気が上がっています。


 ピロシキを置く棚。

 ジャム入り紅茶を入れるための大きなポット。

 一号店と同じ、丸い焼き物と湯気の出るカップを描いた小さな看板。


 エジンバラ店は、今日が開店日です。


 駅の工事が進んでいるうちに、駅構内に残っていた小さな商店の土地を買っておきました。

 大きな食堂にするつもりはありません。

 列車へ乗る前に温かいものを一つ買えるくらいでいい、と決めた店です。


「もう売ってる?」


「はい、お嬢様。先ほど駅員さんが三人いらっしゃいました」


 店を任された人が、焼き上がったばかりのピロシキを指しました。


「じゃあ、わたしも一つ。紅茶も」


「列車へお持ちになりますか」


「うん。式が終わったら、そのまま乗るから」


 包んでもらったピロシキは、まだ手のひらに熱が伝わります。

 紅茶の蓋がきちんと閉まっているのを確かめて、フランソワさんへ一つ渡しました。


「開店日に本人が買っていくのでございますね」


「売れた方がいいでしょう」


「それは、もちろんでございます」


 駅舎の外で鐘が鳴りました。


 開通式の開始を知らせる鐘です。


          *


 式は、本当に短いものでした。


 市の代表が、エジンバラとロンドンが鉄道で結ばれたことを話します。

 英国鉄道側の責任者は、工事に参加した人たちへ礼を述べ、今日から旅客列車と郵便、貨物の運行を始めることを告げました。


 その後ろには、架線の下で電気機関車が待っています。


 長い煙突も、炭水車もありません。

 機関車の後ろには、ナーロッパ統一式の一軸連接客車が連なっています。

 客車の間に見える車輪は少なく、短い車体が連なった編成は、遠くから見ると一続きの列車のようでした。


 ホームに集まった工事関係者の中には、盛土を作った人も、橋を組んだ人も、架線を張った人もいます。

 何十か所にも分かれて始まった路盤工事がつながり、水運の使える場所から運び込まれた軌道がその上を延び、最後に一本の線になりました。


 その話を長々と説明する人はいません。


 今日は、もう走らせる日です。


 駅長が時計を見て、最後の短い挨拶をしました。


「それでは、エジンバラ発ロンドン行き第一列車を送り出します」


 拍手が起こります。


 式が始まってから、まだ三十分しか経っていませんでした。


 来賓がホームへ移動し、一般の乗客も改札を通り始めます。

 飾りの前で立ち話を続ける人より、列車の番号と自分の席を確かめる人の方が多くなりました。


 どろちゃんも、手にした朝食を落とさないように持ち直します。


「行こうか」


「はい」


 二人は一等車へ向かいました。


          *


 一等車は、三列の通常座席です。


 二席と一席に分かれた座席の間を通路が通り、コンパートメントの扉はありません。

 どろちゃんとフランソワさんは二席側へ並びました。


 窓の向こうでは、駅員が扉を順番に確認しています。


 少し離れたところには食堂車があり、その隣には厨房だけを受け持つ短い車体がつながっています。

 厨房車は片側が廊下になっているので、料理人の作業場所を横切らずに編成の先へ抜けられます。


 どろちゃんは包みを膝へ置きました。


「食堂車があるのに、駅で買ってしまいましたね」


 フランソワさんが、同じ包みを見ながら言います。


「今日が開店日だもの。一個くらい買わないと」


「一号店のときも、同じことをおっしゃっていたような気がいたします」


「たぶん言った」


 発車を知らせる合図がホームを伝わりました。


 電気機関車の牽引力が客車へ伝わり、列車がゆっくり動き出します。

 ホームに立っていた人たちが後ろへ流れ、駅舎の屋根が窓から外れていきました。


 しばらくはポイントを渡る音が続きます。

 それが減ると、列車は速度を上げ始めました。


 エジンバラの町並みが遠ざかり、線路は南へ向かいます。


 フランソワさんは紅茶を一口飲んでから、窓の外を見ました。


「それにしても、今回はずいぶん迷われましたね」


「だって、三つとも同じ日なんだもの」


「パリからのお誘いと、ユトレヒトからのお誘いと、英国からのお呼び出しでございましたね」


「うん」


 どろちゃんはピロシキを割りました。

 中から湯気が出ます。


「いつもの人は『パリへ来ませんか』でしょう。学長先生は『ユトレヒトの式には来ないのですか』でしょう。それで、最後に女王陛下から英国の開通日に来るようにって」


「三か所へ同時には行けません」


「飛行機があってもね。式が同じ時間なら無理」


 フランソワさんは少し笑いました。


「それで、女王陛下のお呼び出しを優先されたのでございますね」


「それもあるけど」


 どろちゃんは窓の外へ目を向けました。


 新しい複線が、緩い曲線のまま先へ伸びています。

 路盤を造るときに線形を整えてあるので、列車は速度を上げても大きく左右へ振られません。


「英国の線は、自分で上からずっと見たでしょう。ロンドンから北へ飛んで、エジンバラまで測ったところもあるし。だったら、一回は端から乗ってみたいじゃない」


「なるほど。それでエジンバラ側から」


「うん。それに、チェブラーシカもこっちに置いてあるし」


「帰りはロンドンではなく、こちらへ戻る予定でございますものね」


「一往復して、ここから飛ぶ。ロンドン郊外の飛行場へ降りて、あとはトラム」


「ロンドン郊外のお宅まで」


「そう。今日中に帰れる」


 フランソワさんは、しばらく何も言わず窓の外を見ていました。


 速度計の針が少しずつ上がっています。


「お嬢様」


「なに?」


「普通の方は、エジンバラからロンドンまで鉄道で往復したあと、飛行機でもう一度ロンドンへ戻ることを『今日中に帰れる』とは申しません」


 どろちゃんはピロシキを一口食べました。


「でも帰れるよ」


「はい。帰れてしまいます」


 列車はさらに速度を上げました。


 エジンバラの開通式は、もう後ろです。

 窓の外には、今日から毎日列車が走る線路が続いていました。


          *


 最初の大きな停車駅は、ベリック・アポン・ツイードでした。


 町そのものは大都市ではありません。

 だから駅を遠くへ追い出して、そこから別の交通機関を用意するような造りにはしていません。

 町から歩いて来られるところへ、必要な長さのホームと待合室を置いてあります。


 列車は長く止まりませんでした。


 客が乗り、郵便袋が積まれ、駅員が合図を送ります。


 また南へ。


 ニューカッスルでは、駅の規模が一段大きくなりました。

 こちらは駅前から町の中心へ入るトラムがあります。

 線路の周囲へ無理に建物を密集させず、列車、荷車、トラムがぶつからないよう、駅前に広い場所が取ってありました。


「ここは、かなり出来たね」


 どろちゃんが窓の外を見ます。


「航空写真で見たころとは、ずいぶん変わりました」


「線路がないところを見てたんだものね」


 橋を渡り、また速度が上がります。


 ヨーク。


 ドンカスター。


 ピーターバラ。


 大きな町では長距離列車が止まり、その間にも、小さな町のための駅がいくつもありました。

 全部の列車が全部の駅へ止まるわけではありません。

 この列車はロンドンまで急ぐので、主要駅だけを拾っていきます。


 駅を出るたび、電気機関車は客車を引いて速度を上げました。


 百二十キロメートル毎時に近づいても、路盤そのものが大きく上下するところは少なく、長い曲線も緩く取ってあります。

 橋や切通しの前だけ急に曲げるような線形にはしていません。


 どろちゃんは何度か速度計を見ました。


 それから、見るのをやめました。


「ちゃんと走ってる」


「はい」


「それならいい」


          *


 ロンドンへ近づくと、列車の速度が落ち始めました。


 家が増えます。


 道路が増えます。


 その間を抜ける複線の先に、何本もの線路が並び始めました。


 London Westminsterロンドン・ウェストミンスター駅。


 長距離列車を受け持つ、ロンドンの中央ターミナルです。


 ホームはすべて同じ方向から入り、建物の中で行き止まりになっています。

 その先には広いコンコース。

 駅前には馬車を扱う場所と、トラムの停留所。

 道路は駅の正面へ集中させず、何本かへ分けてあります。


 建物は大きいけれど、必要以上に巨大ではありません。


 どろちゃんが交通の使い方を決めて、細かな都市計画をまとめたのはフックでした。


 ロンドン大火のあと、急いで建てられたまま使われていた簡素な建物。

 小さく分かれ、使いにくくなっていた土地。

 再建の途中で道筋が悪くなった区画。


 そういう場所を一つずつ調べ、買える土地は買いました。

 残した方がよい建物は残し、動かした方がよい道路は付け替えます。

 排水も、駅前のトラムも、駅から出ていく人の流れも、線路だけとは別に考えてあります。


「ろばーとっち、ここまで見てたんだよね」


「フック男爵は、駅舎より周囲の道路をご覧になっている時間の方が長かったように存じます」


「そうそう。駅だけ作っても、人が出られなかったら駄目だって」


 ホームへ入る直前、どろちゃんは駅前側に残っている旗を見ました。


 ロンドン側の開通式は、もう終わっています。


 女王陛下も、来賓も、ここにはいません。

 帰宅した人もいれば、そのまま別の列車へ乗って行った人もいます。


 駅員は式典用の仕事ではなく、普通の列車の仕事をしています。

 降りる客。

 乗る客。

 荷物を運ぶ人。

 次の列車を案内する声。


 開通初日ですが、もう駅です。


 列車はホームの奥へ入り、ゆっくり停止しました。


「着いた」


「はい。ロンドンでございます」


          *


 どろちゃんとフランソワさんは列車を降りました。


 隣のホームには、もうエジンバラ行きの編成が入っています。


 すぐ乗り換える前に、どろちゃんは今まで乗ってきた列車を見ました。


 電気機関車は、切り離されません。


 先頭は行き止まりです。

 けれど、機関車を別の線路へ回して、反対側へ付け替える必要もありません。


 最後尾の客車には、小さな運転台があります。


 営業列車を百二十キロメートル毎時で走らせるための運転台ではありません。

 駅や車庫で、編成を反対方向へゆっくり動かすためのものです。


 係員が最後尾へ入りました。


 前方確認。


 ブレーキ確認。


 進路の信号が変わります。


 やがて、さっきまで列車の最後だった車体が先頭になって、静かに動き始めました。


 いちばん奥にいる電気機関車が、客車を押しています。


「便利」


「機関車を付け替えなくて済みますね」


「うん。ここでぐるぐる回してたら、線路も場所も余計にいるもの」


 列車は歩くより少し速いくらいの速度で、ホームから出ていきました。

 そのまま営業運転を続けるのではなく、次の準備をする場所へ移ります。


 どろちゃんは反対側を見ました。


「こっちだね」


「はい。エジンバラ行きでございます」


 隣の列車へ乗ります。


          *


 帰りの一等車は、朝とは違いました。


 一つの区画に三人。


 扉を閉めれば、廊下と分かれる小さなコンパートメントです。


「三人部屋」


「お二人で使わせていただくには、十分でございますね」


「朝の三列座席も悪くなかったよ」


「はい。ですが、こちらは荷物を置いても余裕がございます」


 向かいの一席には、二人の小さな荷物を置きました。


 ほどなく発車時刻になります。


 電気機関車が前から引き、エジンバラ行きはLondon Westminsterを離れました。


 駅を出るとき、窓から駅前のトラムが見えます。


「あれで、ろばーとっちの研究所まで行ける」


「フック男爵の研究所まで、でございますね」


「うん」


「お嬢様は、外ではその呼び方をなさいませんように」


「分かってるよ」


 列車が郊外へ出たところで、フランソワさんが時計を見ました。


「お嬢様」


「なに?」


「食堂車へ参りませんか」


「行く」


 返事だけは早くなりました。


          *


 食堂車も、ほかの客車と同じく短い車体です。


 だから、一つの車体へ厨房まで押し込んでいません。


 食堂車の隣に厨房車があります。


 厨房車の片側は通り抜け用の廊下。

 反対側に調理台、加熱器具、洗い場、食材を置く場所がまとまっています。


 料理人の背中の後ろを乗客が通ることはありません。


 どろちゃんとフランソワさんが席へ着くと、隣の厨房車から給仕さんが料理を運んできました。


 温かいスープ。


 パン。


 焼いた肉と根菜。


 最後に紅茶。


 列車が緩い曲線へ入ると、カップの表面が少し傾きます。

 でも、こぼれるほどではありません。


「朝はピロシキでしたね」


「うん」


「お昼も召し上がりましたね」


「食べた」


「そして、いまも普通に召し上がっておられます」


「朝からエジンバラとロンドンを往復してるから」


「理由になっているような、なっていないような気がいたします」


 どろちゃんは肉を一切れ食べました。


「おいしいよ」


「それは何よりでございます」


 給仕さんが隣の卓へ料理を運びます。


 連結部を越えるときだけ、給仕さんは歩幅を少し小さくしました。

 厨房と食堂を分けても、料理は冷めるほど遠くありません。


「これなら二両に分けて正解だったね」


「厨房を広く使えますし、こちらには食卓を置けます」


「短い車体なのに、無理に一両へ全部詰めなくてよかった」


 窓の外を、北へ向かう景色が流れていきます。


 朝に見たヨークを通り、ニューカッスルを通り、さらに北へ。


 食事を終えるころには、ロンドンはずっと後ろになっていました。


          *


 エジンバラへ戻ると、朝の飾りはまだ残っていました。


 けれど、こちらももう普通の駅です。


 二号店では、まだピロシキを売っています。


「残ってる?」


 どろちゃんが店をのぞきます。


「ございます。ただ、最初に焼いた分はなくなりました」


「売れた?」


「はい」


「よかった」


 今日はもう買いません。


 食堂車で食べたばかりです。


 駅を出て、チェブラーシカを置いてある飛行場へ向かいました。


          *


 チェブラーシカは、朝と同じ場所で待っていました。


『おかえりー』


「ただいま。今度はロンドン」


『また?』


「また」


 フランソワさんは笑わず、右席へ座りました。


 紙の確認表を開きます。


 どろちゃんが左席でベルトを締めました。


「お願いします」


 フランソワさんの声が変わります。


「外部点検」


「完了」


「脚、タイヤ」


「異常なし」


「吸入口カバー」


「取り外し済み」


「扉」


「閉鎖、確認」


「燃料」


「左右、十分」


「INS」


「ロンドン郊外滑走路、設定済み」


「操縦系統」


 どろちゃんが操縦輪とペダルを動かします。


「自由」


「フラップ」


「離陸位置」


「トリム」


「離陸位置」


「計器」


「確認」


「始動」


 エンジンが回り始めます。


 左。


 右。


 翼の上の二つのエンジン音がそろいました。


 フランソワさんは計器を順に追います。


「左エンジン、安定。右エンジン、安定。発電、正常。油圧、正常。警報なし」


「了解」


 チェブラーシカを滑走路へ向けます。


 フランソワさんが外を確認しました。


「滑走路、前方よし」


 もう一度、計器。


「離陸前確認、完了」


「行きます」


「はい」


 推力を上げます。


 ギュワーン。


 機体が走り始めました。


 速度が上がります。


 十分に走らせてから前脚を上げました。


 主脚が地面を離れます。


 チェブラーシカはエジンバラを離れ、今度は空からロンドンへ向かいました。


          *


 ロンドン郊外の滑走路へ着いたころには、長かった一日も終わりに近づいていました。


 着陸。


 減速。


 エプロンへ入り、エンジンを止めます。


 滑走路を管理する小屋には、灯りがついていました。


 どろちゃんは中へ入ります。


 壁に、小さな切替スイッチがあります。


 通常、ロンドンから来るトラムは、フック男爵領の村で折り返します。

 村から先、滑走路まで線路は続いていますが、普段の営業列車は入ってきません。


 どろちゃんがスイッチを入れました。


 カチッ。


 小さな表示灯が変わります。


 同時に、村側の信号回路も延長運転へ切り替わります。


 次に来るトラムは、いつもの村の終点では折り返しません。

 その先へ進み、滑走路前が次の折り返し点になります。


「来る?」


「次の便が、そのままこちらまで参ります」


「便利になったね」


「最初から、そのために線路を残してございますから」


 しばらくすると、線路の向こうに灯りが見えました。


 高床のウィーン型トラムです。


 動力車の後ろに付随車を一両つないでいます。


 村の停留所を越え、そのまま滑走路まで来ました。


 滑走路前には、折り返し用の小さなループ線があります。

 動力車は付随車を引いたままそこを一周し、今度はロンドン側を向いて停まりました。


 扉が開きます。


 最初に降りてきたのは、フック男爵領の村の人でした。

 今夜の滑走路警備を受け持つ人です。


「お帰りですか、お嬢様」


「うん。お願いします」


「こちらは見ておきます。お気をつけて」


「ありがとう」


 村の人は小屋の方へ歩いていきました。


 入れ替わりに、どろちゃんとフランソワさんがトラムへ乗ります。


 ベルが鳴りました。


 今度は滑走路が始発です。


          *


 トラムは、さっき来た線路を戻ります。


 まずフック男爵領の村。


 研究施設の灯りが見えます。


「あそこ、まだ明るい」


「フック男爵がお残りかどうかは分かりません」


「ろばーとっちなら、いそう」


「お嬢様」


「ここ、車内」


「ほかのお客様もいらっしゃいます」


「小さい声にした」


 フランソワさんは、それ以上は言いませんでした。


 トラムは村を出ます。


 しばらく走ると、見慣れたレンガの家が近づいてきました。


 プレイストーの家です。


 線路を計画したあとで偶然買った家ですが、ちょうど途中にあったので、屋敷の前が運行上の中間拠点になっています。


 二人はそこで降りました。


 トラムはベルを一度鳴らし、ロンドン中心部の方へ走っていきます。


 門を入りました。


 玄関が開きます。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


「ただいま」


「フランソワ様も、お疲れさまでございました」


「ありがとうございます」


 使用人さんが二人の荷物を受け取りました。


「お食事はいかがなさいますか」


「列車で食べたから大丈夫」


「では、お茶だけお部屋へお持ちいたしましょうか」


「お願い」


 どろちゃんは階段を上がります。


 朝はエジンバラにいました。


 鉄道でロンドンへ来ました。


 鉄道でエジンバラへ戻りました。


 そこから飛行機で、またロンドンへ来ました。


 最後はトラムです。


 部屋の扉の前で、どろちゃんは一度だけ振り返りました。


「フランソワさん」


「はい」


「今日は、いっぱい乗ったね」


「はい。もう十分でございます」


「わたしも」


 扉を開けます。


 部屋には、使用人さんが先に入れてくれた灯りがありました。



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