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77貴族令嬢は、海の向こうの戦争を止めます 後編です。

第七十七章 貴族令嬢は、海の向こうの戦争を止めます 後編



 パリでトルシー侯が北アメリカ向けの命令案を書き始めたころ、ロンドンでは、もうフランスからの電文を受け取っていました。


 電信機の音が止まるたびに、紙が一枚ずつ増えていきます。


 フランス国王ルイ十四世。


 北アメリカにおける英国との攻撃的戦闘停止。


 現地判断による新たな占領と領域拡張の停止。


 植民地民兵の解散。


 新しい召集と武装の停止。


 英国商船を対象とする新規私掠免許の停止。


 既発行分についても停止手続き。


 海賊と、停止命令に従わない私掠船について、英国側との情報交換を希望。



 その下には、もう少し長い説明が続いていました。


 ドロテーヤ・フォン・エルレンフェルトが、リスボンから帰った直後の飛行場でルイ十四世とトルシー侯を呼び止めたこと。


 フランソワ・フォン・ゲーテも同席していたこと。


 本国では英仏戦争を終えているのに、大西洋の向こうへ兵士、銃、火薬、食料、大砲まで運び、植民地だけで互いにそれを壊し続けるのは、植民地経営として利益を減らすだけだということ。


 さらに、正規軍だけでは人数が足りないため、植民地住民を民兵にして銃を渡し、訓練し、実戦まで経験させていること。


 そこまで読んだ役人は、紙から顔を上げました。


「リスボンから戻ったのは、今日ではありませんでしたか」


 隣の者が日付を確かめます。


「今日ですね。パリへ着いて、客を降ろして、そのままルイ十四世陛下を止めたようです」


「それで北アメリカの戦争まで止める話になった?」


「少なくとも、フランス側はそう決めたようです」


 役人はもう一度、最初から読みました。


「……元気だな」


「どなたがです?」


「全員だ」



                *



 アン女王のところへ文書が届くと、まずジョージ王配が呼ばれました。


 女王は一度最後まで読み、それから植民地民兵のところへ戻りました。


「また、あの子ですね」


 ジョージ王配が隣から紙を見ます。


「今度は何を?」


「海の向こうでも戦争を終わらせましょう、と。それから、民兵を作るのもやめましょう。私掠船も止めましょう」


「一度に来ましたね」


「理由は、もっと簡単です」


 アン女王は紙の端を指で押さえました。


「戦争は経費だから」


 ジョージ王配は少し黙ってから、もう一度読みました。


「……間違ってはいませんね」


「ええ。平和だから、だけではありません。植民地で利益を得るために、利益より高い戦争を続けるなら、何をしているのか分からなくなる。そこはかなりはっきりしています」


「民兵の方は、揉めるでしょう」


「そう思います。こちらはお金だけでは決まりません」


 アン女王は立ち上がりました。


「ゴドルフィン卿を。それからハーレー、ヘッジズ、セント・ジョン。ブラスウェイトにも来てもらいましょう。植民地のことを、本国だけで分かったつもりにはなりたくありません」



                *



 集まった人たちは、それぞれ見ているところが違いました。


 大蔵卿シドニー・ゴドルフィン。


 北部担当国務大臣ロバート・ハーレー。


 南部担当国務大臣サー・チャールズ・ヘッジズ。


 戦時大臣ヘンリー・セント・ジョン。


 そして、長く貿易と植民地行政に関わってきたウィリアム・ブラスウェイト。



 最初に話したのはハーレーでした。


「陛下。内容を見る前に、一つだけ線を引いておきたいと思います。エルレンフェルト伯爵令嬢はフランス王を直接呼び止め、戦闘停止だけでなく、民兵、武器、私掠免許、領域拡張まで話しています。どれも王権と政府の判断に属する問題です。このまま英国まで同じ措置を取れば、外国の一貴族令嬢が英仏両国の植民地政策を決めたように見えるでしょう」


 セント・ジョンも、そこには異論がありませんでした。


「特に民兵です。あれは軍事制度であると同時に、植民地社会の中にある力でもあります。やめるなら、英国政府自身の理由でやめる必要があります」


 アン女王は二人が話し終わるまで待ちました。


「それは私も同じです。英国はドロテーヤから命令を受けません。ルイ十四世陛下からも受けません。英国の政策は英国が決めます」


 何人かが頷きます。


「ただし、誰が先に言ったかが気に入らないから、中身まで捨てるというのも英国の判断ではないでしょう。ですから、今日はドロテーヤの話をするのではなく、英国が何をすると得なのか、何をすると危ないのかを見ます」


 ゴドルフィンが、そこで手元の紙を開きました。


「それなら私は、先に費用を見たいと思います。正確な総額は今日中には出ません。しかし、北アメリカへ兵を送るだけでも、給金のほかに船、船員、食料、火薬、弾丸、補充兵、護衛が必要です。戦死だけではなく病気でも人員は減りますし、輸送船を失えば積荷も一緒に失う。フランスも同じような支出をして、向こうで互いに壊している」


 ゴドルフィンは一枚めくりました。


「こちらが相手だけを一方的に壊せるなら、まだ計算は違います。しかし実際には英国の船も沈みます。商船も止まり、保険も上がる。勝って土地を取れば、今度はその土地を守る費用が増えます。植民地から利益を取るという目的だけを見るなら、戦争はかなり大きな経費です」


 アン女王が少し笑いました。


「ドロテーヤと同じ結論ですか」


「言い方は、もう少し大蔵省らしくいたします」


「数字が付く?」


「はい。そこは負けたくありません」



                *



 民兵については、ブラスウェイトがすぐに賛成しませんでした。


「陛下。北アメリカでは、本国から送られる正規兵だけで全部を守ることはできません。そのため町や地域の住民を動員し、銃を持たせてきました。フランスとの戦闘を止めても、その日のうちに治安まで安定するわけではございません」


「それは分かっています」


「ですから、既存民兵を一斉に解散させれば、総督からかなり強い反対が来ると思います。海賊だけではなく、町の警備や港の警戒にも使っているところがあります」


 セント・ジョンが続けました。


「軍から貸与している銃器や火薬なら、命令で回収できます。ただ、個人所有の銃まで同じ日に取り上げるのは別です。私なら、まず新しい召集を止めます。それから正規軍が代われるところから順番に民兵を外す。急ぎすぎて治安を壊せば、別の兵を送ることになります」


 アン女王は少し考えました。


「そこは、そうしましょう。今日決めることと、明日全部終わらせることは同じではありません」


 ブラスウェイトが頷きます。


「それなら実務としては進められます」


「でも、一つだけ」


 アン女王はフランスから届いた文書の一部を指しました。


「ここは、私はドロテーヤと同じ疑問を持ちます。英国がフランスと戦うために、植民地の人へ銃を渡す。撃ち方を教える。部隊として動くことも教える。実際に戦わせる。そうしておいて、その人たちは将来も永久に英国政府へ銃を向けない、と考える理由は何です?」


 ブラスウェイトはすぐには答えませんでした。


「永久に、という保証はございません」


「ですよね。今までは戦争があったから必要だった。それは分かります。でも、その必要を作っている英仏戦争を止められるなら、民兵を残す理由も一緒に減るはずです」


 セント・ジョンが少し前へ出ました。


「では陛下、新規召集と新規武器配布は即時停止。既存民兵は治安と正規軍への引継ぎを確認しながら解散。軍や民兵組織が持つ武器と火薬は回収。個人所有分は、買い上げを含めた別の制度で減らしていく。そこまでなら、私は軍務として処理できます」


「それでお願いします」


 ゴドルフィンが小さく言いました。


「買い上げ費用を出しても、将来反乱鎮圧軍を何度も大西洋へ送るよりは安いでしょう」


 ハーレーがそちらを見ました。


「まだ反乱すると決まったわけではありませんよ」


「決まってから計算する方が高い、と申し上げただけです」


 アン女王は少し笑いました。


「ゴドルフィン卿まで、だんだんドロテーヤに似てきましたね」


「それは困ります」


「なぜです?」


「大蔵省の説明が全部一行で済むようになります」



                *



 ハーレーは、それでも急ぎすぎることを警戒していました。


「陛下。戦闘停止と新規召集停止はすぐに出せます。ただ、植民地ごとの状況は確認した方がよいでしょう。総督から報告を集め、各地域の武器保有、治安、兵力を調べてから――」


 アン女王はその途中で止めませんでした。


 最後まで聞いてから、静かに尋ねました。


「それ、いつまでです?」


「急がせれば数か月で相当な報告は集められるでしょう」


「全部ですか」


「全部となれば、もっと」


「半年?」


「場所によっては」


「一年?」


 ハーレーは少し黙りました。


「可能性はあります」


 アン女王はそこでジョージ王配を見ました。


「カナリアへ行きましたね」


「行きました」


「私たち、そこで誰に会いました?」


 ジョージ王配は、アン女王が何を言おうとしているか分かったようでした。


「以前の神聖ローマ帝国側の家族にも」


「ええ。生きて暮らしている。それは本当によかった。でも、国は戻りません」



 部屋の空気が少し変わりました。



「私が同じことになると言っているのではありません。でも、判断できないことを理由に全部を延ばし、権限が分かれていて誰も全体を止めず、現場がそれぞれ自分の仕事を続ける。そういう状態が長く続けば、最後には『もう止められません』になります」


 アン女王はハーレーだけではなく、部屋全体を見ました。


「英国まで神聖ローマ帝国と同じ道をたどるつもりはありません。私はカナリアで、そのあとの姿まで見てきました」


 ハーレーは反論しませんでした。


 アン女王も、さらに強く言い募りません。


「調べることは調べましょう。でも、調べなくても決められることまで報告待ちにしない。それだけです」


 しばらくして、ハーレーが頷きました。


「承知しました。では私の方では、止めるべきところを止めたあと、英国側の法令と各植民地の制度が食い違わない形へ整えます。反対のために時間を使うのではなく、実施するために必要な時間だけ使いましょう」


「それならお願いします」



                *



 私掠船の話になると、ヘッジズは少し早く答えました。


「こちらは民兵より整理しやすいでしょう。フランスと戦争をしていない以上、フランス商船を襲う新しい私掠免許を出す理由はありません。既発行分は手続きがありますが、対象国が和平相手になったなら攻撃停止は通知できます」


「従わなければ?」


「国王の許可に基づく行為ではなくなります。海賊として扱うことになります」


「フランスと情報を共有しましょう」


 アン女王が言うと、ヘッジズはすぐに紙へ書き始めました。


「船名、船籍、船長、提示した免許、被害船、最後に入った港。偽造免許も考えた方がよろしいでしょう」


 ハーレーもそちらを見ます。


「照合用の一覧を双方で持てば、かなり早く分かります。電信で更新もできます」


「英国船だから英国がかばう、フランス船だからフランスがかばう、はやめましょう。命令後も商船を襲うなら、どちらが捕まえても同じです」


 そこでアン女王は少し考え、机の上の大西洋図へ目を移しました。


「でも、英国とフランスだけでは港が足りませんね」


 ヘッジズも地図を見ます。


「ポルトガルがございます」


「ええ」


「リスボンだけではありません。アゾレス、マデイラ。大西洋を渡る船から情報を取るには有用です」


 ジョージ王配が言いました。


「カタリナ摂政陛下ですね」


「伯母上にお願いしましょう」


 アン女王は、すぐに決めました。


「英国に味方してください、ではありません。英仏が戦争を終えたのに、海の上だけ昔の戦争を残さないために協力してほしい、と」


 ヘッジズが続けます。


「ポルトガルの港へ入った疑わしい船について、船名、船長、武装、出港地、提示した免許を記録していただく。停止命令に従わない私掠船や海賊には、火薬や武器など次の襲撃に必要な補給を与えない。被害を受けた商船からも情報を取る」


「遭難した人へ水も食べ物も渡すな、ではありませんよ」


「もちろんです。次の商船を襲うための基地にはさせない、ということです」


「その情報はロンドンだけでなく、パリにも送ってください。ポルトガル側から直接でもいいでしょう。その方が早い」


「電信がございますから、可能です」


 アン女王は少し笑いました。


「ドロテーヤ、リスボンへ鉄道を見に行って、また一つ使える縁を作って帰ってきましたね」


 ジョージ王配も笑いました。


「本人は、そこまで計算していないと思います」


「たぶん、していませんね」



                *



 会議はいったん止まりました。


 資料を取りに行く人。


 命令案を書き始める人。


 別室へ出ていく人。



 しばらくして、部屋にはアン女王とジョージ王配だけが残りました。


 フランスから届いた紙は、まだ机の上にあります。



「ドロテーヤの政治介入を嫌がる人がいるのは、当然ですね」


 ジョージ王配が言いました。


「私も理解できます。あの子が『こうしてください』と言って、英国が全部そのまま動く国になってはいけません」


「でも今回は動く」


「今回は、英国に利益があるからです」


 アン女王は少し窓の外を見ました。


「それだけでも、決めるには十分なのですけれど」


「ほかにもありますか」


「あります。でも、そこは誰かに説明して賛成してもらうための理由ではありません」



 ジョージ王配は待ちました。



「私は、自分の判断を神様の御心だと言いたくありません。そんなことを始めたら、自分に都合のよいことを何でも神様の命令にできます」


「ええ」


「ドロテーヤも、そんな言い方はしないでしょう」


「しないでしょうね」


「でも、自分が何のためにこの地位にいるのかは考えられます」



 アン女王は紙の上へ手を置きました。



「英国の兵士も、船員も、商人も、植民地に住む人も、私の統治の中にいます。本国で終わった戦争を、海の向こうだけで続けるために、もっと兵を送り、もっと銃を配り、もっと船を失わせる。それが私に与えられた仕事なのか、と考えることはできます」


「そして、違うと思う」


「ええ」



 少し間がありました。



「カナリアで見たことも、やはり残っています」


「国がなくなったあとの人たち」


「そうです。決めなかった人が一人いたから、ああなったわけではありません。でも、誰も全体を止められないまま、制度がそのまま進んだ結果でもある。決めないことも、今の状態を続ける決定なんですよね」


「今回は止める方を選ぶ」


「ええ。神様がそう命じた、と言うつもりはありません。でも、やめられる殺し合いを、自分が決められなかったから続けさせた、と神様の前で説明するのは嫌です」


 ジョージ王配はゆっくり頷きました。


「では、迷っているところは残して、迷っていないところから決めればいい」


「そうします」



                *



 人が戻ってくると、アン女王は命令内容を一つずつ確認しました。


 北アメリカにおけるフランス側への攻撃的戦闘を停止する。


 現在の英国拠点は防衛する。


 ただし、本国から新しい命令がない限り、新たな占領、攻勢、領域拡張は行わない。


 植民地民兵の新規編成と新規召集を停止する。


 既存民兵は治安と正規軍への引継ぎを確認しながら順次解散する。


 住民への新しい軍用銃器の配布を停止する。


 軍または民兵組織が保有する銃器、火薬、鉛を回収する。


 個人所有分は、買い上げを含め、混乱を起こさず減らす制度を作る。


 フランス船を対象とする新しい私掠免許を出さない。


 既発行分も攻撃停止手続きを始める。


 停止命令後も商船を襲う者は、国籍にかかわらず海賊として扱う。


 フランスとは船籍、免許、被害、拿捕、目撃情報を交換する。


 そして、ポルトガル摂政カタリナ・デ・ブラガンサへ協力を求める。



 ヘッジズが確認しました。


「摂政陛下への文書には、リスボン、アゾレス、マデイラ、そのほかポルトガル港で得た海賊・私掠船情報を英仏双方へ伝えていただくこと、停止命令に従わない船への軍需補給を認めないこと、この二点を中心にいたします」


「お願いします。私から伯母上への手紙も付けます」


 ハーレーが最後に尋ねました。


「陛下。この政策は、エルレンフェルト伯爵令嬢の提案が発端だったこと自体は隠さない。しかし、英国が英国自身の利益と責任を考えて決めた。その理解でよろしいでしょうか」


「その通りです。私はドロテーヤに英国を統治してもらうつもりはありません。でも、あの子が先に正しいことを言ったからといって、それを英国が言えないことにする必要もありません」


 ゴドルフィンが紙を閉じました。


「大蔵省としては、戦費を減らす案を最初に言った人へ抗議はございません」


「数字が出たら?」


「もっと強く支持するかもしれません」


「それは頼もしいですね」



                *



 返電は、その日のうちにパリへ送られました。



 英国、原則同意。


 北アメリカでの英仏戦闘停止。


 本国命令なき新規占領と領域拡張の停止。


 植民地民兵の新規編成・召集停止。


 既存民兵の段階的解散。


 新規軍用銃器配布停止。


 軍・民兵保有銃器、火薬、鉛の回収。


 新規私掠免許発行停止。


 既存私掠活動の停止手続き。


 英仏共同の海賊情報交換。


 ポルトガル摂政への協力要請。



 アン女王からルイ十四世への文は、それほど長くありませんでした。



 ――英国の政策は英国が決めました。


 ――そして英国も、本国で終えた戦争を海の向こうで続けないことに決めました。


 ――海の上については、カタリナ摂政陛下にも協力をお願いします。



                *



 パリでは、まだトルシー侯が仕事をしていました。


「英国からです」


 電文を受け取ると、ルイ十四世が最初の一行を見て笑いました。


「英国の政策は英国が決めました、か。アンらしいな」


「そのあとに、ほぼ全面的な同意が続いております」


 どろちゃんも、まだ帰っていませんでした。


 飛行記録を終わらせ、機内に残っていたものを食べて、ようやく帰るところです。


「アン女王、怒った?」


「いいえ。むしろ、かなり早く決められたようでございます」


 トルシー侯は内容を順番に読みました。


 現地戦闘停止。


 領域拡張停止。


 民兵の新規編成と召集停止。


 既存民兵の段階的解散。


 武器配布停止。


 私掠免許停止。


 海賊情報の共同化。


 そして、ポルトガル摂政カタリナへの協力要請。



「カタリナさんも?」


「はい。ポルトガルの港から得た情報を、英仏双方へ回していただく案です」


 どろちゃんの顔が少し明るくなりました。


「大家さん」


「お嬢様」


 フランソワさんがすぐ横から言いました。


「その呼び方は、ここではお控えくださいませ」


「あ」


 ルイ十四世が聞き逃しませんでした。


「何の大家だ」


「何でもない」


「余に隠すな」


「説明すると長いよ」


「余は気になるのだが」


 トルシー侯が電文を机へ置きました。


「陛下。それより今夜中に、英国側と停止命令の文言を合わせる必要がございます」


 ルイ十四世は少しだけ不満そうにトルシー侯を見ました。


「こういう時だけは、お前がいて助かる」


「いつでもお役に立っております」



 どろちゃんはもう一度、英国からの電文を見ました。


「これで、ほんとに止められそうだね」


「命令を現地へ届け、実際に停止して初めて終わります。ただ、英国が同時に動くなら、昨日までとは違います」


「カタリナさんも手伝ってくれたら、海賊も見つけやすい」


「ポルトガルの港から入る情報は大きいでしょう。アゾレスやマデイラも使えます」


「仕事増えたね」


「はい」


「ごめん」


 トルシー侯は少し考えました。


「戦争よりは安いのでございましょう?」


 どろちゃんが笑います。


「うん」


「では、よろしいかと存じます」



                           (つづく)



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第七十七章の小さな説明

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【第七十六章との関係】

 第七十六章で、どろちゃんはルイ十四世とトルシー侯へ、北アメリカで残っている英仏戦闘を止め、植民地民兵の新規編成・召集、住民への軍用銃器配布、現地判断による領域拡張、私掠活動を停止するよう提案しました。

 本章はその後編にあたり、電信で内容を知った英国側が、英国自身の政策として同じ問題を検討し、実施を決める過程を描いています。


【英国側の人物】

 本章では、一七〇四年当時の英国政府で重要な役割を持つ人物として、大蔵卿シドニー・ゴドルフィン、北部担当国務大臣ロバート・ハーレー、南部担当国務大臣サー・チャールズ・ヘッジズ、戦時大臣ヘンリー・セント・ジョン、植民地行政の実務に長く関わったウィリアム・ブラスウェイトを登場させています。

 それぞれ、財政、政治上の権限、外交、軍務、植民地実務という異なる立場から提案を検討します。


【政治介入への警戒】

 どろちゃんの提案が合理的であっても、外国出身の貴族令嬢がフランス王へ直接提案し、その内容が英国の王権や政府判断にまで及ぶことを警戒する人々はいます。

 アン女王自身もその警戒を否定せず、「英国の政策は英国が決める」と線を引いたうえで、内容そのものを英国の利益と責任から判断しています。


【神聖ローマ帝国と判断の先送り】

 本作世界では、神聖ローマ帝国はすでに大きな政治的転換を経験し、旧皇帝家・旧王家の一部はカナリア諸島で生活しています。

 アン女王とジョージ王配はカナリアを訪れ、その結果を実際に見ています。

 本章では、調査や制度調整が必要であることと、決められることまで先送りすることを区別し、判断を延ばして現場の既成事実だけが積み重なる状態を続ければ、英国も同じように国家全体を制御できなくなる可能性があるとアン女王が考えます。


【植民地民兵】

 植民地戦争では、本国から送る正規軍だけでは兵力が不足するため、植民地住民を民兵として利用してきました。

 一方で、宗主国自身が植民地住民へ軍用銃器を与え、軍事訓練と実戦経験を与えることは、将来その軍事能力が宗主国へ向けられる可能性も作ります。

 英仏戦闘を止めることで民兵を必要とする理由そのものを減らし、新規召集と新規武器配布を先に停止したうえで、既存民兵を段階的に解散させます。


【ポルトガル摂政カタリナ】

 カタリナ・デ・ブラガンサは英国王チャールズ二世の王妃だった人物で、ポルトガルへ戻った後、一七〇四年には弟ペドロ二世の病状悪化に伴って摂政を務めています。

 本章では、英仏だけで海賊や停止命令に従わない私掠船を監視するより、リスボン、アゾレス、マデイラなど大西洋航路上に重要な港を持つポルトガルの協力を得た方が情報伝達と補給遮断に有利であるため、アン女王がカタリナ摂政へ協力を求めています。


【アン女王と神様】

 アン女王は、どろちゃんの提案を神様からの命令とは扱いません。

 また、自分の政治判断を都合よく「神様の御心」と断定することも避けます。

 一方、自分が王として何をするためにその地位にいるのか、自分の判断を神様の前で説明できるかを考えることはできます。

 本章では、決めないことも現状を続ける一つの判断になると考え、迷っていない部分から先に決定します。


【この段階で決めていないこと】

 北アメリカ内陸の将来、現地社会との関係、将来の独立国家、長期的な領土配置については、引き続き決めていません。

 まず英仏両国とポルトガルが直接実行できる、戦闘停止、民兵の縮小、武器配布停止、領域拡張停止、私掠船・海賊対策を優先しています。


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