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48貴族令嬢は、純粋に科学で遊びます。 ロバートフックとニュートンがエルレンフェルトに遊びに来た お泊まりだ

第48章 貴族令嬢は、純粋に科学で遊びます



 ロンドン郊外。


 ろばーとっちの研究施設の窓から、冬の空が見えていました。


 前より顔色がよくなっています。

 歩くときも、以前ほど身体をかばいません。


 どろちゃんは椅子へ座ったまま言いました。


「ろばーとっち、一泊で遊びに来ない?」


 ロバート・フックは、机の上の紙から顔を上げました。


「遊び?」


「うん。純粋に科学」


「その言い方をする人は、普通、何か別のものを隠しているのだよ」


「隠してないよ。王様も来ない。会議もない。条約もない」


「医師も?」


「いらない」


「政治家も?」


「呼ばない」


 フックは少し考えました。


「それなら、何をするのです」


「見て、測って、考えて、食べて、寝て、次の日帰る」


「ずいぶん幅がありますね」


「あと、ニュートン先生も誘う」


 フックの眉が、ほんの少し動きました。


「なぜ、そこで彼が入るのです」


「科学だから」


「理由になっていないようで、なっていますね」


「来る?」


 フックは窓の外を見ました。


「いつです」


「二日後」


「急ですね」


「一泊だから」


「それは急ではない理由にはなりません」


「じゃあ、二日後ね」


「まだ返事をしていませんよ」


「来ない?」


 少し間がありました。


「行きます」


「よかった」


     ◇ ◇ ◇


 ニュートン先生にも話しました。


「政治のお話はありません」


「ない?」


「ありません。王様も来ません。会議もありません」


「では、何をするのだ」


「見て、測って、考えて、食べて、寝て、次の日帰ります」


 ニュートン先生は、どろちゃんを見ました。


「フックも来るのか」


「来るよ」


「……そうか」


「嫌?」


「科学を見るのに、彼がいること自体は問題ではない」


「じゃあ決まり」


 その日のうちに、どろちゃんはタドポール君でエルレンフェルトへ戻りました。


     ◇ ◇ ◇


「二人来るの?」


 お母様が聞きました。


「うん。ろばーとっちと、ニュートン先生」


「一泊?」


「一泊二日」


 お父様は書類から顔を上げました。


「何の会議だ」


「会議じゃないよ」


「では何だ」


「遊び」


「……誰と誰が」


「ろばーとっちとニュートン先生」


 お父様はしばらく黙りました。


「お前の言う遊びは、たまに普通の遊びではない」


「今回は科学だけ」


「余計に普通ではない気がするが」


「ホテルのファーストを一部屋ずつ使うね。私が払う」


「公国の客ではないのか」


「私が呼ぶんだもの」


「分かった」


 お父様はそれ以上言いませんでした。


 ホテルへ連絡します。


 ファースト二室。


 一部屋ずつ。


 会議のときのようなスィートは使いません。


 国王でも国家代表でもありません。


 今回は、どろちゃん個人の客です。


 料理長さんにも話しました。


「お昼、前の会議の料理を少しずつ出せる?」


「昼食の方でございますか」


「うん。二回目の会議の」


「承知いたしました」


「お皿、残ってる花のやつ使っていいよ」


「金の入ったものでございますね」


「正式晩餐会はしないから、残ってるの使おう」


「では、そのようにいたします」


「次の日のお昼は、夕食の方」


 料理長さんが少し止まりました。


「昼に、夕食を再現するのでございますか」


「食べる時間は昼。料理は夕食」


「……承知いたしました」


 厨房へ話が回りました。


 客室。


 食事。


 飛行場。


 工場。


 必要なところだけ連絡します。


 会議の準備より、ずっと簡単でした。


     ◇ ◇ ◇


 二日後。


 ミツバチちゃんは、朝のエルレンフェルトを離れました。


 どろちゃんが左席。


 フランソワさんが右席。


 後ろは、会議のときからそのままの十席仕様です。


 王や君主を運んだときの座席配置を、わざわざ戻してはいません。


 けれど今日は、広い客室に誰もいません。


 ロンドン郊外。


 ろばーとっちの研究地の横にある草地へ降ります。


 そこには、もう馬車が二台来ていました。


 一台はフック。


 もう一台はニュートン。


 どちらも小さな一泊分の荷物だけです。


「おはよう」


「本当に飛行機で迎えに来ましたね」


「言ったでしょう」


 ニュートン先生は、白いミツバチちゃんを見上げました。


「昨日見たものより大きい」


「人を運ぶ方だからね」


 二人が乗ります。


 荷物を固定します。


 座席。


 ベルト。


 扉。


 確認。


 ミツバチちゃんは再び草地を走りました。


     ◇ ◇ ◇


 飛び上がってしまうと、二人は静かでした。


 仲が悪いからではありません。


 見るものが多すぎます。


 客室のヘッドセットから、二人の声が操縦席へ入ってきました。


『今の高度は?』


「高度1,200mくらい」


『上昇中なのに、機首は思っていたほど上を向かない』


「速度も必要だからね」


 しばらくすると、今度はフックの声。


『右の計器は何です』


「エンジン」


『二つとも同じ値に見える』


「だいたい揃ってないと困るよ」


『風はどこで分かる』


「地上でも見たけど、飛んでからは進み方と予想を比べる。あと機体も教えてくれる」


『地図だけではないのですね』


「地図は風で動かないから」


 そのあと、二人の会話はどろちゃんへの質問ではなくなりました。


『速度が少し落ちた』


『高度は変わっていない』


『向かい風か』


『あるいは出力を少し戻したか』


『計器を見れば分かる』


 言い争ってはいません。


 同じものを見ています。


 どろちゃんは前を見ながら、小さく笑いました。


 フランソワさんも聞こえていたようですが、何も言いませんでした。


     ◇ ◇ ◇


 エルレンフェルトへ着きました。


 最初に会議棟を見せます。


 前に四か国の代表が座っていた部屋。


 大きな地図を広げた机。


 書記が使った場所。


 通訳の席。


 控え室。


 今は静かです。


「ここで戦争を止めたのか」


 ニュートン先生が言いました。


「ここだけで止めたわけじゃないよ。みんなが持ってきた条件を紙にしたところ」


 フックは机を見ました。


「紙にするところが最後まで残る」


「そうみたい」


 政治の話は、それだけでした。


 斜行エレベーターで丘を下ります。


「これは索で引いている?」


「うん」


「釣り合いは?」


「あるよ」


 下へ着くまでに、もう質問が始まっています。


 ホテルへ入ります。


 フロントで薄いカードが二枚渡されました。


「こちらがお部屋の鍵でございます」


 ニュートン先生が見ました。


「鍵?」


「カードだよ」


「歯がない」


「部屋で使えば分かる」


 二人はそれぞれのファーストへ行きました。


 扉の横へカードを当てます。


 小さな音。


 解錠。


 ニュートン先生は扉を開けてから、カードをもう一度見ました。


「これは何を読んでいる」


「今は荷物置いてきて。お昼」


「あとで聞く」


「うん」


     ◇ ◇ ◇


 ダイニングルーム。


 料理長さんが、最初の皿を出す前にテーブルのそばへ来ました。


「本日は、先日の会議でお出しした昼食を、そのまま一日分お出しするのではございません」


「違うの?」


「はい。会議中は日によって料理を少しずつ替えておりましたので、その中から何品かを選び、量を少なくしてございます」


 フックが聞きました。


「味は同じですか」


「できるだけ同じにしております。出す順番と量だけ、今日のお昼に合わせました」


 最初は、根菜と鶏のだしを使った温かいスープでした。

 会議のときより小さな器です。

 塩気も香草も変えていません。


「会議では、こちらを一皿分お出ししました。本日は半分ほどでございます」


 次に魚。

 表面を軽く焼き、白い身へバターと香草を合わせたものです。

 付け合わせの野菜も、会議のときと同じ組み合わせ。

 ただし、どちらも量は小さくしてあります。


 そのあとには、別の日の昼食に出した肉料理を薄く切ったものと、焼いた根菜。

 パンも出ます。


「本来は、それぞれ別の日の昼食でございました」


「今日は一度に比較できるわけですね」


 ニュートン先生が言いました。


「さようでございます。ただし、会議の際に添えた料理をすべて並べますと、お二人とも午後の見学どころではなくなりますので」


「省いたものもある?」


 どろちゃんが聞きました。


「ございます。副菜を何種類か。食後の甘いものも一つだけにいたしました。お酒も本日はお出ししておりません」


「午後も動くから?」


「お嬢様のお客様でございますので」


 料理長さんは、それで説明を終わらせず、魚の皿を指しました。


「こちらのソースは、会議のときと同じ割合でございます。量を少なくすると、味まで薄くしてしまいがちですので、そこは変えておりません」


 フックが少し笑いました。


「量を縮めても、条件は縮めない」


「お料理でございますので、同じとは申せませんが、なるべく同じになるようにいたしました」


 皿は白ではありません。


 花柄。


 金泥。


 二回目の会議で使い、持ち帰られずに残ったものです。


 フックが皿を見ました。


「これは、会議で使ったものと同じですか」


「同じだよ」


「国王も?」


「アンさんもルイさんも使ってた」


 ニュートン先生が縁の金を見ます。


「これも金か」


「金は使ってる。でも皿全部が金じゃないよ」


「それは分かる」


「よかった」


 フックが皿を少し持ち上げました。


「裏も会議のときと同じですか」


「食べてから見れば?」


「まだ何も壊していませんよ」


「ろばーとっちだから先に言った」


 料理長さんは二人のやり取りを聞きながら、次の皿を出す合図をしました。


 会議の最中には、料理について長く話す暇はありませんでした。

 地図と条件と署名の方が先でした。


 今日は違います。


 あのとき何を食べていたのか。

 どこまで同じにして、どこを昼食用に変えたのか。


 料理長さん本人が、一皿ずつ説明してくれました。


     ◇ ◇ ◇


 食べ終わると、工場へ行きました。


 ここで予定が崩れました。


 最初は、一時間ほどのつもりでした。


 旋盤。


 ボール盤。


 フライス盤。


 測定器。


 治具。


 材料棚。


 電線。


 蓄電池。


 発電設備から来る電気。


 電信機の部品。


 アルミニウムを扱う場所。


 透明樹脂を加工する場所。


 飛行機の部品。


 冷却設備。


 何か一つ見せるたびに、二人が止まります。


 フックは、ものともののつながりを見ます。


「この測定器は、こちらの部品だけに使うのではない?」


「うん。ほかでも使うよ」


「なら、測る仕組みを共通にした方がよい」


「そうしてるところ」


 ニュートン先生は、一つに止まります。


 長い。


「この歯車は、何枚ずつ切っている」


 職人さんが答えます。


「こちらは四十八でございます」


「隣は?」


「六十四です」


「同じ工具で?」


「いいえ。こちらは――」


 そこから動きません。


 どろちゃんは時計を見ました。


「そろそろ船が」


「あと一つ」


 その一つが終わると、別の一つが見つかります。


 もう一度、時計。


「ほんとに船が」


 フックが顔を上げました。


「定期船でしたね」


「一時間ごと」


「次でもよいのでは」


「夕食が遅くなるよ」


「それは困る」


 ようやく工場を出ました。


     ◇ ◇ ◇


 船着場へ行く前に、四人で軽く食べました。


 ピロシキ。


 それと、ジャムを入れた紅茶。


「昼を食べたばかりでは?」


 フックが言いました。


「工場で時間かかったから、もうだいぶ経ったよ」


 ニュートン先生は、紅茶へジャムを入れました。


「砂糖とは違う」


「果物も入ってるからね」


「これは何の実だ」


「それ、聞いたらまた船逃す」


 今度は間に合いました。


 白い水玉船。


 定時に来ます。


 エルレンフェルトからケール。


 さらにストラスブールへ。


 船室は暖かい。


 サモワールがあります。


 ライン川の流れを見ながら進みました。


 フックは窓際。


 ニュートン先生は、しばらくサモワールを見ています。


「これは常に湯を保っているのか」


「そう」


「圧力容器ではない?」


「違うよ」


「なら安全だ」


「熱いから触ると危ないけどね」


 船はケールへ寄ります。


 人が乗り。


 人が降ります。


 また進みます。


     ◇ ◇ ◇


 ストラスブール。


 どろちゃんは店の並ぶ方へ歩きました。


 そこで止まりました。


「あ」


「どうしました」


 フランソワさんが聞きます。


「またいる」


「どなたでございますか」


「名前知らない」


 フックが振り返りました。


「知り合いではないのですか」


「何回か話した」


「名前を知らずに?」


「聞いてないもの」


 その人は、どう見てもこのあたりの人ではありませんでした。


 顔立ち。


 服の布。


 発音。


 ナーロッパの中で少し違う、という程度ではありません。


 けれど、話は通じます。


 どろちゃんは普通に挨拶しました。


 向こうも普通に返しました。


 並んでいるものの匂いを確かめます。


「シナモンある?」


「ございます」


「ナツメグも?」


「ございますよ」


「じゃあ、少しずつ」


 ニュートン先生が横から見ます。


「どこから運ぶ」


 商人は少し笑いました。


「遠くからでございます」


「どのくらい遠い」


「船を何度も乗り継ぐくらいには」


「途中で傷まないのか」


「傷むものは、ここまで来ません」


 フックが小さく笑いました。


「よい答えですね」


 どろちゃんは包みを受け取りました。


「またね」


「またお会いできれば」


 名前は、最後まで聞きませんでした。


     ◇ ◇ ◇


 帰りの水玉船。


 フックは紅茶を一杯飲みました。


 それから、もう一杯。


 ニュートン先生も一杯。


 そして二杯目。


「二人とも飲むね」


「温かい」


「それだけ?」


 ニュートン先生はカップを見ました。


「湯を常に用意しておけるのは便利だ」


「飲む理由が設備になってる」


「設備は重要だ」


 フックが窓の外を見たまま言いました。


「彼は、気に入ったものには理屈を付けます」


「君も二杯飲んでいるだろう」


「私は理屈を付けていません」


 それで終わりました。


 けんかにはなりません。


 船はエルレンフェルトへ戻りました。


     ◇ ◇ ◇


 ホテルへ戻ります。


 そこから斜行エレベーター。


 丘の上。


 会議棟。


 飛行場施設。


 その近くに、領主館があります。


 役所ではありません。


 お父様とお母様と、どろちゃんが暮らす家です。


 夕食の時間でした。


 お父様。


 お母様。


 どろちゃん。


 フランソワさん。


 フック。


 ニュートン。


 六人です。


 会議の正式晩餐ではありません。


 家の夕食を、少し客向けにしたものです。


「工場はいかがでしたか」


 お母様が聞きました。


 フックが答えました。


「見学という言葉を使うには、少し問題がありますね」


「問題?」


「一つ見ると、その隣が気になります」


 お父様がどろちゃんを見ました。


「それで遅くなったのか」


「私じゃないよ」


「お前も一緒にいたのだろう」


「いたけど」


「なら同じだ」


「違うと思う」


 お母様の目が、食卓の端へ行きました。


「その包みは?」


「あ」


 どろちゃんも見ました。


「今日買った」


「何を?」


「シナモンとナツメグ」


「なぜ食卓へ?」


「部屋に置いたら忘れそうだから」


 お父様が何も言わずに額へ手を当てました。


 フックがそれを見ました。


「よくあることなのですか」


「ある」


 返事が早かった。


「お父様」


「事実だ」


 ニュートン先生は、包みより料理を見ていました。


 政治の話は出ませんでした。


 戦争も。


 条約も。


 食べ物。


 工場。


 飛行機。


 測ること。


 作ること。


 それだけです。


     ◇ ◇ ◇


 夕食が終わると、外へ出ました。


 冬の夜。


 空は晴れています。


 丘の上には、赤道儀が置かれていました。


 その上に屈折望遠鏡。


 口径80mm。


 F8。


 焦点距離は、およそ640mm。


 長い望遠鏡ではありません。


「反射ではない」


 ニュートン先生が最初に言いました。


「屈折だよ」


「この長さで?」


「うん」


 フックは、もう少し静かでした。


 似た考え方の光学系を、以前どろちゃんから受け取っています。


 異常分散のガラス。


 組み合わせる別の光学ガラス。


 曲率。


 厚み。


 間隔。


 研磨。


 接合。


 それを、少し大きな口径まで作れるようになりました。


「見てみる?」


 ニュートン先生が接眼部へ行きます。


 明るい星へ合わせました。


 一度、焦点。


 少し内側へ。


 外側へ。


 もう一度、焦点。


 何も言いません。


 鏡筒を見ます。


 また覗きます。


「……色収差が、ほとんどない」


「うん。星そのものの色は見えるよ。余計な色の縁がほとんど出ないの」


 フックが言いました。


 ニュートン先生が顔を上げました。


「君は知っていたのか」


「私は以前、似た対物を調べています」


「なぜ私に知らせなかった」


「君へ報告する義務はないでしょう」


 少しだけ、昔の二人が戻りました。


 けれど、すぐに望遠鏡へ戻ります。


「対物を外せるか」


「今日は外さないよ」


 どろちゃんが言いました。


「構成は?」


「資料ならある」


「明日見せてもらえるか」


「全部はだめ。出していいところだけ」


「それでよい」


 フックが夜空を見上げました。


「先に星を見ませんか」


「それが今日の目的だった」


「忘れてた?」


「一時的に優先順位が変わっただけです」


     ◇ ◇ ◇


 どろちゃんは、六分儀も持ってきました。


 時計。


 星図。


 ライデンで習ったときのように、星の高度を測ります。


「最初は、これ持ってても現在地出せなかったんだよ」


 フックが言いました。


「今は?」


「前よりはできる」


「前より、という表現は安全ですね」


「ほんとだもの」


 ニュートン先生は、六分儀の読みより望遠鏡へ戻りました。


「次は?」


「ベテルギウス」


 赤橙色の星です。


 どろちゃんは赤道儀を動かしました。

 視野へ入れます。


 望遠鏡の中でも、ベテルギウス自身の赤みはちゃんと見えました。

 消えているのは星の色ではありません。

 普通の短い屈折望遠鏡なら像の縁へまとわりつく、余計な青や紫の色収差がほとんど見えないのです。


「この星、明るさが変わるの」


「周期的に?」


「変わり方はいろいろ。ベテルギウスみたいに、星そのものの大きさや表面の状態が変わって明るさが変わるものもある」


 どろちゃんは少し間を置きました。


「でも、別の仕組みで明るさが変わる星もあるよ。二つの星が互いの前を通って暗く見えるものとか」


「連星か」


 ニュートン先生が言いました。


「うん。二つの星が近くを回ってる」


「片方がもう片方の周りを回る?」


「重さが全然違えば、そう見えることもあるけど、本当は二つとも共通の重心のまわりを回る」


「当然だ」


「それで、もっと近い連星だとね」


 どろちゃんは、望遠鏡から少し離れました。


「それぞれの星が、自分の近くのガスを自分で引き止めていられる範囲があるの」


「重力だけで境界ができるのか」


「重力だけじゃないよ。二つが一緒に回ってることも入る。壁があるわけじゃないけど、こっちへ戻りやすい場所と、向こうへ行きやすい場所が分かれる」


 ニュートン先生は黙って聞いています。


「片方の星が大きくなって、その範囲いっぱいまで膨らむと、相手に近いところからガスが流れ出すことがある」


「単に外へ散るのではなく?」


「相手側へ流れやすいところがあるの。そこを通って、もう一つの星へ行く」


 フックも望遠鏡から顔を離しました。


「受け取る側へ直接落ちる?」


「そうなることもあるし、ぐるぐる回ってから落ちることもある。受け取った星は重くなる。渡した星は軽くなる」


「ならば、公転も変わる」


 ニュートン先生がすぐに言いました。


「変わるよ。二つの重さの割合が変わるから。流れ方によっては、落ち着くこともあるし、もっと流れやすくなることもある」


「境界は計算できるのか」


「できるよ。二つの質量と距離と、どれくらいの速さで回ってるかが分かれば」


「式は?」


「ある。でも私、全部は覚えてない」


「資料は?」


「探せばあると思う」


 ニュートン先生は、そこで初めて夜空ではなく、どろちゃんを見ました。


「ずいぶん具体的だ」


「会議のとき、ずっとこれ考えてたから」


「会議?」


 フックもこちらを向きました。


「スペインの話をしてたでしょう」


 どろちゃんは、そこにない地図を指でなぞるようにしました。


「みんな、スペインのために戦ってた。でも戦えば、フランスもイングランドもオランダもサヴォイアも、自分の人とお金と船を減らすでしょう」


「その通りだ」


「だから、取り合って減るより、戦争をやめて、スペインから商売とか港とか航路の利益が流れてくる方へしたかったの」


 フックの目が少し細くなりました。


「それで、港を開く話を何度も出した」


「うん。商売できる場所を増やして、道路とか港へお金を入れる話も。スペインを取って大きくなるんじゃなくて、スペインから流れてくるものを受け取って大きくなる方が、戦うより得になるようにしたかった」


「意図して誘導したのか」


 ニュートン先生が聞きました。


「そうだよ」


 しばらく誰も話しませんでした。


 どろちゃんは続けます。


「会議中、地図を見てるとね。連星で片方からガスが流れて、受け取る方が大きくなるのを思い出してた」


 フックが言いました。


「スペインを星にしたのですか」


「同じじゃないよ。星は二つで考えることが多いし、スペインからは一つの国だけに流れるわけじゃない。フランスもイングランドもオランダもサヴォイアもいる」


「なら、系全体が変わる」


 ニュートン先生が言いました。


「そう。取る方だけじゃなくて、取られる方も変わるし、そのあと周りの関係も変わる」


「それを承知で?」


「承知で。戦争を続けるよりはいいと思った」


 ニュートン先生は少し考えました。


「スペインのために戦って自分も失うより、戦わずにスペインから利益を受け取る方がよい、と各国に思わせた」


「うん」


「ずいぶん冷静な和平だ」


「仲良くしてください、だけじゃ止まらないもの」


 フックが小さく息を吐きました。


「その話を、あの会議ではしたのですか」


「してないよ。そんな言い方したら怒るでしょう」


「それはそうでしょうね」


「だから二人に話してる」


「なぜ我々なのだ」


「連星の話までして分かる人、ほかにいないもの」


 ニュートン先生は返事をしませんでした。


 代わりに、もう一度望遠鏡を覗きました。


「このベテルギウス自身が、そのように相手へ物質を渡していると言っているのではないな」


「違うよ。ベテルギウスは変光星の入口。今の連星の話とは別」


「よろしい」


「先生、そこ大事?」


「大事だ」


 そのあとは、また星の話になりました。


 連星。

 公転。

 質量。

 重心。

 どこまでを一つの星が保てるのか。

 物質が移れば、軌道がどう変わるのか。


 ニュートン先生は途中から紙を欲しがりました。


「今?」


「今だ」


「寒いよ」


「計算には関係ない」


「手は関係あるよ」


 フックが笑いました。


「今日は観測で終わらせた方がよいでしょう」


「君がそう言うのか」


「私も寒いので」


 それで、ようやく終わりました。


     ◇ ◇ ◇


 望遠鏡をそのまま外へ置いてはおけません。


 どろちゃんが鏡筒を持とうとすると、フックが反対側へ回りました。


「手伝います」


 ニュートン先生も赤道儀の方へ行きます。


「こちらは外すのか」


「そこはそのまま。三人でロビーまで」


 三人で運びました。


 建物のロビー。


 そこで使用人さんたちへ渡します。


「ここからお願いします」


「承知いたしました」


 覆いを掛ける。


 接眼部を外す。


 決めた場所へ収める。


 そこから先は、いつもの人たちの仕事です。


 四人は斜行エレベーターへ乗りました。


 丘を下ります。


 ホテル。


 フックとニュートン先生は、それぞれ自分の部屋へ戻ります。


 カードを当てる。


 小さな音。


 扉が開く。


 ニュートン先生は、まだカードを見ていました。


「明日、これも聞く」


「明日、飛ぶよ」


「何で」


「別の飛行機」


 少し間がありました。


「……分かった」


「おやすみ」


「おやすみなさい」


 一日目が終わりました。


     ◇ ◇ ◇


 二日目。


 朝食は、それぞれの部屋へ運ばれました。


 食べ終わると、また斜行エレベーターで丘へ上がります。


 飛行場。


 小さな格納庫の前に、コウノトリちゃんが出ています。


 Аист(アーイスト。コウノトリ。)


 三座。


 多面の平面ガラス。


 前も横も下も、よく見えます。


「今日は、これ」


 どろちゃんが言いました。


「三人で?」


「うん」


 フランソワさんは地上に残ります。


 今日は三人目を乗せます。


 操縦するのは、どろちゃんです。


「どこへ行くのだ」


 ニュートン先生が聞きました。


「決めてない」


「決めていない?」


「見たい方を言って。行けるところなら飛ぶよ」


 フックが笑いました。


「昨日より遊びらしくなりましたね」


「今日は飛ぶのが見学」


     ◇ ◇ ◇


 コウノトリちゃんは、短い滑走で地面を離れました。


 巡航は120km/h前後。


 速さを競う機体ではありません。

 その代わり、下がよく見えます。


 飛行場。


 会議棟。


 領主館。


 ホテル。


 工場。


 川。


 水玉船。


 昨日歩いた場所が、全部一度に見えました。


「もう少し低く飛べるかい」


 フックが言いました。


「ここならいいよ」


 少し高度を下げます。


「工場をもう一度」


「左に回るね」


 浅い旋回。


 工場の屋根が見えます。


 水路。


 荷車。


 飛行場へ続く道。


 今度はニュートン先生。


「上へは?」


「上がれるよ」


「では、上がってみたい」


「分かった」


 出力を上げます。


 機首が少し上を向きます。


 地面が遠くなりました。


「このくらい?」


「もう少し」


 さらに上がります。


「十分だ」


 上から見るライン川は、一本の線ではありません。


 曲がり。


 中州。


 浅いところ。


 支流。


 町。


 地形が見えます。


「右の川へ」


「はい」


「今度はあの丘」


「行けるよ」


「先ほどの町をもう一度見たい」


「じゃあ戻る」


 誰も急ぎません。


 目的地もありません。


 運ぶ荷物もありません。


 空を使って、見たいものを見るだけです。


 それでも、どろちゃんは高度と速度と風を見ています。


 遊びでも、飛行は飛行です。


     ◇ ◇ ◇


 着陸しました。


 コウノトリちゃんは、そのまま飛行場の端へ寄せます。


 まだ格納庫へは戻しません。


「次」


「まだあるのですか」


 フックが言いました。


「あるよ」


 今度は別の格納庫です。


 中に、小鳥ちゃんがいました。


 Птичка(プチーチュカ。小鳥。)


 細い胴体。


 可変後退翼。


 単座。


 与圧された操縦席。


 飛ばしません。


 今日は地上展示だけです。


「これは、昨日言っていた機体か」


 ニュートン先生が翼を見ました。


「うん」


「翼が動く?」


「速いときは後ろ。遅くなったら開く」


「どのくらい速い」


「最初のころの飛行ではMach 1.6くらい。そのあと、もっと速い飛行もしてる。最高速度の正確な数字は、飛行記録を見ないと今は言えない」


「覚えていないのか」


「高度の方を気にしてたから」


 二人とも小鳥ちゃんを見ました。


「到達高度は?」


「前の飛行で高度61km。そのあと、大きなロケットブースターを下につけて、最高高度は120kmを超えた」


 フックが、小鳥ちゃんの下を見ました。


「今は付いていない」


「Нちゃんは別に置いてあるよ。大きいから。左右に大きな固体ロケットが2本」


「高度120km」


 ニュートン先生が、量の種類まで確かめるようにもう一度言いました。


「うん」


「そこまで、あなたが乗った?」


「乗ったよ」


「空気は?」


「ほとんどない。いちばん上では、舵を動かしても飛行機みたいには曲がらないよ」


「では、落下するだけになる」


「うん。上向きの速さが残ってる間は上がるけど、ずっと地球に引っ張られてる」


 どろちゃんは操縦席を指しました。


「それでね。身体、浮くよ」


「重力がなくなる?」


「なくならない」


 ニュートン先生の顔が変わりました。


「機体も、あなたも、同じように落ちるからか」


「そう。上に進んでても、押してくれるものがなくなれば弾道飛行になるでしょう。鉛筆を離しても、床へ落ちない」


「落ちている」


「うん。私と一緒に」


 ニュートン先生はしばらく何も言いませんでした。


 フックが聞きます。


「液体は?」


「浮くよ。こぼすと面倒だから、やらない」


「炎は?」


「試してない」


「それはよい判断です」


「一回目は、面白そうだから身体が浮くのは試したけど」


 フックがどろちゃんを見ました。


「今の後半は聞かなかったことにしましょう」


「記録あるよ」


「では、聞かなかったことにはできませんね」


 ニュートン先生はまだ小鳥ちゃんを見ていました。


「高度120kmでも、地球はあなたを引いている」


「もちろん」


「それでも身体は浮く」


「一緒に落ちるから」


 今度は、ニュートン先生が小さくうなずきました。


     ◇ ◇ ◇


 昼。


 ホテルのダイニングルームへ戻りました。


 二日目の昼食です。


 料理長さんが、今日は自分で最初の皿を運んできました。


「本日は、先日の会議で夕食にお出しした料理を再現しております。ただし、正式な晩餐を昼にそのまま繰り返すわけではございません」


「昨日も似た説明だったね」


「昨日は昼食をいくつかまとめました。本日は、一度の晩餐を短くしております」


 昨日は会議の昼食。

 今日は会議の夕食。


 ただし、食べるのは昼です。


 料理長さんは、何を残して何を省いたのかを先に説明しました。


「会議の際は、最初の温かい一皿から始め、魚料理のあとにも肉料理をお出しし、最後に甘いものと果物まで続きました」


「今日は?」


「最初の一皿は小さくいたしました。魚料理はほぼ同じ形でお出しします。肉料理は省きます。甘いものも一種類だけでございます」


「魚を残したんだ」


「はい。あの晩餐で、一番お出ししたかった料理でございましたので」


 花柄。


 金泥。


 残っている正式用の器。


 金色のカトラリー。


 器は、あの晩餐で実際に使ったものと同じです。


 最初の温かい皿は小さく。

 パンも会議のときと同じ生地ですが、籠いっぱいには出しません。


 そして魚。


 白い身。

 表面にはきれいな焼き色。

 バターと香草を合わせた香り。

 少し酸味を添えたソース。

 根菜と青い野菜を少量ずつ。


 料理長さんが皿の横で言いました。


「魚は、会議の日に残ったものを保存しておいたわけではございません。同じ種類のものを改めて仕入れ、同じ大きさに近いものを選びました」


 フックが聞きます。


「調理法は?」


「同じでございます。焼く前の塩の量、火を入れる時間、ソースの割合も、厨房の記録を使っております」


「記録していたのですか」


「四十名様へ同じものをお出しするには、料理人の勘だけでは揃いませんので」


 ニュートン先生が魚を見ました。


「それは実験記録に近い」


「料理でございます」


 料理長さんは、そこだけは少し早く答えました。


 どろちゃんが言いました。


「これ、料理長さんが飛行機で海まで買いに行って選んだ料理の再現」


「料理長が?」


「私が飛ばした」


 フックが料理長さんを見ました。


「そこまでして魚を選んだのですか」


「はい。神様から十分な食材は頂いておりましたが、海の魚だけは、自分の目で見て決めとうございました」


「その結果がこれか」


 ニュートン先生は一口食べました。


 少し間を置いてから、もう一口。


「なるほど」


「何が?」


「選びたかった理由だ」


 料理長さんは、ほんの少しだけ表情を緩めました。


「ありがとうございます」


 会議の章では、食卓の一皿ごとに立ち止まる余裕はありませんでした。

 誰が何を譲るか。

 どこを開くか。

 どこへ線を引くか。


 今日は、そのとき横を通り過ぎていた料理を、二人の科学者がゆっくり食べています。


 同じ料理。

 同じ器。


 でも、人数も、時間も、目的も違います。


 だから料理長さんは、同じところと変えたところを、きちんと分けて説明したのでした。


     ◇ ◇ ◇


 これで日程は終わりです。


 飛行場へ戻りました。


 朝から外へ出したままのコウノトリちゃんを点検します。


 油。


 燃料。


 脚。


 操縦系統。


 外板。


 異常なし。


 翼を後ろへ畳みます。


 小さな格納庫へ戻しました。


「今日は終わり」


「こちらは、ですね」


 フックが言いました。


「帰るのが残ってる」


 今度はミツバチちゃんを引き出します。


 白い機体。


 双発。


 地上の人が周囲を確認します。


 どろちゃんが左席。


 フランソワさんが右席。


 いつもの二人です。


 フックとニュートン先生は客室。


 今日は、客室と操縦席の間の扉を開けたままにしました。


「閉めなくてよいのですか」


 フックが聞きました。


「いいよ。二人とも、操縦中に無理言わないでしょう」


「無理とは?」


「今すぐここへ降りろとか、もっと前へ行きたいとか」


 ニュートン先生が言いました。


「飛行機には、できることとできないことがある」


「そう。それ分かってるなら開けとく」


「では、見せてもらおう」


     ◇ ◇ ◇


 エンジンを始動します。


 左右。


 音が揃います。


 どろちゃんとフランソワさんは、いつもの確認を省きません。


 燃料。


 操縦系統。


 フラップ。


 トリム。


 計器。


 扉。


 エンジン。


 プロペラ。


 風。


 草地。


 今日の重量。


 それから、離陸速度。


「今日のV1、125。前脚上げ、125。V2、150」


「確認いたしました」


 フランソワさんの声。


 客室にも聞こえます。


 ニュートン先生が後ろから聞きました。


「その三つの数字は?」


「今説明すると離陸遅れるから、飛んでから」


「分かった」


 それだけです。


 滑走路へ入ります。


「行きます」


「はい」


 出力を上げます。


 左右のエンジン計器。


 前。


 速度計。


 また前。


「100。110。120。V1、125。前脚上げ」


 前脚が少し軽くなります。


「130。離陸」


 主脚が草地を離れました。


「140……V2、150」


 上昇。


 飛行場が下へ離れます。


 高度を取ります。


 左右の温度。


 圧力。


 振動。


 問題なし。


 巡航へ移りました。


「さっきの数字」


 ニュートン先生がすぐに言いました。


「V1は、重大な異常が出たときに、止めるか、そのまま飛ぶかを決める境目。今日は草だから、前脚を上げ始める速さも同じにしてる」


「V2は?」


「地面を離れたあと、片方のエンジンがだめでも、必要な上昇を続けられるようにする速さ」


「毎回同じではない?」


「重さとか滑走路で変わるよ」


「なるほど」


 フックが言いました。


「飛ぶ前に、失敗した場合の数字まで決めておく」


「飛んでから考えると遅いもの」


 しばらくすると、今度はプロペラの話になりました。


「この機関は、先ほどのコウノトリとは違う」


 ニュートン先生が言いました。


「違うよ。こっちはターボプロップ」


「燃焼した気体で軸を回している?」


「うん。タービンを回して、その力を軸でプロペラへ持ってきてる」


「後ろへ出る気体の反作用もある」


「あるけど、この子はプロペラで進む方が主」


 フックが前方のプロペラを見ます。


「つまり、燃焼した気体を直接、推進だけに使っているわけではない」


「そう」


「熱を回転へ変え、それから空気へ渡す」


「だいたいそれ」


 ニュートン先生は少し黙りました。


「昨日から、力を別の形へ渡す機械ばかり見ている気がする」


「工場も船も飛行機もそうだね」


 フックが言いました。


「そして、夜は光を曲げていた」


「今日は重力で落ちてた話」


「話の範囲が広すぎます」


 どろちゃんは笑いました。


「純粋に科学だったでしょう」


「そこは認めます」


     ◇ ◇ ◇


 ロンドン郊外。


 ろばーとっちの研究地の横の草地が見えてきました。


 二人は座席へ戻ります。


 ベルト。


 扉は開いたままです。


 客室からでも、操縦席の動きが少し見えます。


 出力が下がります。


 プロペラの音が変わります。


 フラップ。


 速度。


 降下。


 どろちゃんの手。


 フランソワさんの確認。


 滑走路。


 接地。


 減速。


 停止。


 エンジンを落とします。


 音が小さくなりました。


 二人が降ります。


 朝と同じように、馬車が二台待っていました。


「楽しかった?」


 どろちゃんが聞きました。


 フックが少し考えました。


「二日では足りませんね」


「一泊って言ったから」


「次は、もう少し長くてもよいでしょう」


「ろばーとっちが言った」


「言いました」


 ニュートン先生もどろちゃんへ向きました。


「ありがとう。特に、昨夜の対物と、小鳥の飛行の話は、もう一度考えたい」


「資料、出せるところは今度持ってくる」


「頼む」


 それからニュートン先生は、フックの方を見ました。


「近いうちに、少し時間をいただけるだろうか」


 フックが一瞬だけ止まりました。


「何について?」


「いくつかある。まず光学から」


「それなら、時間を決めましょう」


「連星の話もある」


「それは私も聞きたい」


 どろちゃんは二人を見ました。


「仲良くなった?」


 二人とも、すぐには答えませんでした。


 先にフックが言いました。


「意見が同じになったわけではありませんよ」


 ニュートン先生も言います。


「同じである必要はない」


「でも会うんでしょう」


「会う」


「それならいいや」


 二日間。


 短い屈折望遠鏡で、色収差がほとんど見えない星像を見ました。


 変光星と連星の話をしました。


 工場で、測るものと作るものを見ました。


 川を定時に走る船へ乗りました。


 空から町と川を見ました。


 音より速く飛ぶ機体を触りました。


 高度120kmを超える弾道飛行で、身体が浮く話を聞きました。


 双発機の離陸で、失敗を見越して決める速度を聞きました。


 そのあとで、昔の優先権の争いへそのまま戻るには、見たものが少し大きすぎました。


 ニュートン先生はフックへ軽く会釈しました。


「では、また」


「また」


 それだけです。


 ニュートン先生は馬車へ乗りました。


 フックも自分の馬車へ向かいます。


 二台は、別々の道へ走り出しました。


     ◇ ◇ ◇


 どろちゃんとフランソワさんは、もう一度ミツバチちゃんへ乗りました。


「仲良くなったね」


「以前よりは、そのように見受けられます」


「何が一番効いたんだろ」


 フランソワさんは、少し考えました。


「……多すぎて、分かりかねます」


「私も」


 エンジンを始動します。


 白いミツバチちゃんが、もう一度草地へ向かいました。


 今度は二人だけです。


 エルレンフェルトへ帰ります。



             


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