36ある商人のクリスマス旅行記 馬車移動と水玉ボートの比較です 馬車の料金は当時の公的資料によります 所要時間もです
第36章 ある商人のクリスマス旅行記
これは、ハイデルベルクで商いをする一人の商人が残した旅行記である。
本人も妻も、この年に三十歳になった。
扱っているのは布地、染料、それから土地ごとに値の違う小間物である。大きな荷は荷船や荷車へ任せ、本人たちは見本、帳面、手紙と、すぐに売買を決めるための金だけを持って動く。
その年のクリスマス前、夫婦はケールでの仕事を終え、ハイデルベルクの家へ帰った。
往路は、昔からある馬車だった。
◇ ◇ ◇
十二月二十一日 ケール
朝から寒い。
宿の中庭には薄く霜が残っていた。
川の向こうはストラスブールで、こちらはケールである。荷物を運ぶ人、荷車を待つ人、馬を替える人で、朝から落ち着かない。
クリスマスまでに家へ帰りたい者は、私たちだけではない。
妻が馬車の屋根に載せる荷物を見上げた。
「帳面は下でしょうね」
「もちろんだ」
「前もそう言って、雨に濡らしたでしょう」
「あれは帳面ではなく見本帳だ」
「紙は紙よ」
結局、帳面も見本帳も、私たちの足元へ置くことになった。
大きな荷物はケールの倉へ残す。
年が明ければ、またこちらへ来るつもりだからだ。
馬車の座席は狭い。
向かいには、ハイデルベルクまで行く男が一人、途中まで行く婦人が一人、それから箱を抱えた若い職人が乗った。
御者は、出る前に何度も空を見た。
「雪は降らんと思います」
「思う、ですか」
妻が聞いた。
「冬の天気に、必ずとは言えませんので」
それはその通りだった。
馬車はケールを出た。
しばらくは、凍った道だった。
ところが日が高くなると表面だけが緩み、車輪が泥を拾い始めた。
商いの道は、距離だけでは決まらない。
冬は特にそうだ。
地図で一日で行けそうな距離でも、道が悪ければ二日になる。
◇ ◇ ◇
昼前、北へ向かう道で一度止まった。
先の荷車が泥へ車輪を取られていた。
こちらの御者は舌打ちをしたが、追い越せる幅はない。
荷車の主人も困っている。
積荷は樽だった。
「何が入っている」
私が尋ねると、男は樽を叩いた。
「油です」
「全部?」
「全部です」
妻が小声で言った。
「重そうね」
「見れば分かる」
「助けないの?」
「助ける」
結局、馬車から男が三人降りた。
私も降りた。
押してどうにかなる重さではないので、近くの農家から馬を一頭借りた。
もちろん、ただではない。
荷車の主人が支払い、こちらの御者にも少し渡した。
時間は失ったが、道は空いた。
私は帳面の余白へ書いた。
冬の街道では、荷の重さだけでなく、前を走る者の荷の重さまで旅程に入れるべきである。
妻が覗き込んだ。
「それ、商売の教訓?」
「そうだ」
「ただの愚痴に見えるけれど」
◇ ◇ ◇
十二月二十一日 夕方 ラシュタット
日が低くなったころ、ラシュタットへ着いた。
宿は混んでいた。
クリスマス前だからというだけではない。
役人。
商人。
兵士。
馬丁。
荷車を引く者。
戦争が始まってから、道を動く者の種類が増えたように思う。
兵が多いと、商人は落ち着かない。
兵士本人が何かするとは限らない。
だが、馬、干し草、食料、寝床の値段が上がる。
宿の主人は申し訳なさそうな顔をしながら、去年より高い値を言った。
私は聞き返した。
「二人で?」
「お二人でございます。夕食は別です」
「馬はいない」
「馬がなくても、この値です」
妻が横から言った。
「払うわよ。外で寝るより安いでしょう」
宿の主人が深くうなずいた。
「奥様のおっしゃる通りで」
「あなたは黙っていて」
夕食には煮込みと黒いパンが出た。
悪くない。
ただし、食堂は混んでいた。
隣の卓では、どこまで軍が動いたかという話をしている。
反対側では、ワインの値段の話をしている。
私は後者だけ聞くことにした。
戦況よりワインの相場の方が、明日の帳面には役に立つ。
◇ ◇ ◇
十二月二十二日 ラシュタットからドゥルラハ
朝、馬車を替えた。
前日の車輪は泥だらけだったが、宿駅の者は気にしていない。
彼らにとっては毎日のことなのだろう。
北へ進む。
道路の左右には冬の畑が続く。
時々、森が近づく。
町へ入れば家が増え、町を出ればまた畑になる。
途中で通行の確認があった。
私たちは商人なので、聞かれることはだいたい決まっている。
どこから来た。
どこへ行く。
何を持っている。
誰に会った。
売り物はあるか。
「見本だけです」
私は布の小片を見せた。
役人は妻の箱も見た。
「これは?」
「私の服です」
妻が答えた。
役人はすぐ閉じた。
私の見本帳より検査が短かった。
「なぜ私の箱だけ」
馬車へ戻ってから言うと、妻は平然としていた。
「あなたより信用があるのよ」
否定する材料がなかった。
◇ ◇ ◇
十二月二十二日 ドゥルラハ
午後、ドゥルラハへ着いた。
ここでは少し長く止まった。
馬を替えるだけの予定だったが、車輪の留め金が緩んでいるのを職人が見つけたからである。
壊れてから気づくよりよい。
近くの車大工へ持っていった。
私は作業を見た。
妻は向かいの店へ行った。
戻ってきたとき、小さな包みを持っていた。
「何を買った」
「お菓子」
「商いの調査は」
「したわよ」
「何が分かった」
「あなたが車輪を見ている間に、砂糖菓子がいくらで売れるか分かった」
「それは重要だ」
「でしょう」
夫婦で商いをしていると、こういうことがある。
同じ町へ入っても、見ているものが違う。
私は車大工の鉄の使い方を見る。
妻は店の棚を見る。
あとで帳面を合わせると、一人で歩くより町のことが分かる。
ドゥルラハでは、建て直された家と、まだ古い傷を残した場所が混じっていた。
戦争というものは、終わってからも町に残る。
新しい材木を使った家の隣に、黒くなった石が残っている。
商人として見るなら、それも需要である。
材木。
釘。
ガラス。
布。
家具。
人が暮らし直すには、何でも必要になる。
しかし、需要があるから戦争がよい、ということにはならない。
壊さずに売れる方がよい。
◇ ◇ ◇
十二月二十三日 ドゥルラハからブルッフザール
朝はよく晴れた。
その代わり寒かった。
馬車の中でも息が白い。
毛布を膝へ掛ける。
妻が私の方を見た。
「新しい船には暖房があるって聞いたわ」
「エルレンフェルトの水玉船か」
「そう」
「船は船だ。冬の川の上だぞ」
「でも暖房があるそうよ」
「誰から聞いた」
「昨日の宿で」
私はあまり信じなかった。
船室がある船は珍しくない。
暖を取る火鉢や小さな炉を置くこともある。
しかし、冬のラインを走りながら、ずっと暖かいという話になると別だ。
「帰りに乗る?」
妻が言った。
「まだ運航を始めたばかりだ」
「だから乗るのよ」
「商人が最初に試すものではない」
「新しい商売を最初に見るのは商人でしょう」
こちらも否定しにくかった。
◇ ◇ ◇
十二月二十三日 ブルッフザール
昼すぎ、ブルッフザールで馬を替えた。
ここではパンを買った。
妻は店の値札を見て、ケールより少し高いと言った。
「小麦の値段?」
「それだけじゃないと思う」
「何だ」
「人が多いから」
宿駅には北へ行く者、南へ行く者が集まっている。
馬車を待つ者は、歩いて遠くへ食べに行かない。
少し高くても買う。
場所の値段である。
私はまた帳面へ書いた。
妻が言った。
「今のはちゃんと商売の教訓ね」
「前もそうだった」
「はいはい」
◇ ◇ ◇
十二月二十四日 ハイデルベルク
夕方前、ようやく家へ着いた。
三日近く馬車へ揺られていたことになる。
大きな事故はない。
雪にも閉じ込められなかった。
それなら良い旅だった、と言うべきなのだろう。
だが、腰は痛い。
妻も肩を回している。
「家って動かないのね」
「当たり前だ」
「それがありがたいわ」
クリスマスを家で迎えられる。
それだけで十分だった。
◇ ◇ ◇
十二月二十五日 クリスマス
仕事をしない。
帳面も開かない。
少なくとも昼までは。
妻に見つかったので閉じた。
◇ ◇ ◇
十二月二十六日
ケールへ戻る準備をした。
今度は馬車ではない。
エルレンフェルト公国が始めたという、新しい定期船へ乗ることにした。
ハイデルベルクからマンハイムへ下り、そこからラインを上ってケールへ向かう。
所要は、およそ八時間。
朝に出て、午後に着く。
船賃は一人十グルテン。
二人で二十グルテン。
座席だけを比べれば、安いとは言えない。
しかし馬車では、途中の宿、食事、細かな通行の支払い、それから予定外の出費がある。
何より三日近くかかる。
八時間で着くなら、一日を金で買うどころではない。
二日分以上を買うことになる。
商人なら、そこを計算しないわけにはいかない。
◇ ◇ ◇
十二月二十七日 ハイデルベルク船着場
まだ朝の光が弱いころ、船着場へ行った。
先に見えたので、どの船かすぐ分かった。
白い。
そして、水玉である。
大きい。
遠くから見ても水玉だった。
「本当に水玉なのね」
妻が言った。
「聞いてはいた」
「私は半分くらい冗談だと思っていたわ」
「私もだ」
船尾には旗がある。
エルレンフェルト公国の国籍旗。
船室の側面には公国の紋章。
商家の印でも、船頭ギルドの印でもない。
国の船であることが、見れば分かる。
乗船口で運賃を払った。
「お二人、ケールまででございますね」
「そうだ」
「お一人十グルテン。二十グルテンでございます」
私が払った。
その後ろに、若い女性が一人立っていた。
彼女は紙を見せた。
係の者が確認する。
「エルレンフェルトまでですね。二グルテンです」
私は振り返った。
二。
聞き違いかと思った。
妻も同じ顔をしている。
女性は気づいた。
「公国民なので」
「五分の一なのですか」
私が尋ねた。
「はい。国民料金です」
「私たちは二人で二十払いました」
「私は二です」
女性は少し申し訳なさそうに言った。
妻が笑った。
「あなたが決めた料金ではないでしょう」
「そうなのですけれど」
これが、この女性との最初の会話だった。
このあと八時間、ずいぶん話すことになる。
◇ ◇ ◇
船室へ入って、最初に驚いたのは暖かさだった。
外では手袋をしていた。
中では、しばらくすると外した。
窓は大きい。
川がよく見える。
座席は十人ほどでいっぱいになる広さだが、今日は満席ではない。
私たち夫婦。
先ほどの女性。
マンハイムまで行く男。
エルレンフェルトまで行く年配の夫婦。
それから書類箱を持った若い男。
乗組員は別にいる。
荷物を置く場所もある。
天井は高すぎない。
船全体が風に押されないようにしてあるのだろう。
暖房は、後ろで動いている機関の熱を使っていると聞いた。
船尾の機関そのものは船室の外にある。
屋根はあるが、横は開いている。
その音が低く続いている。
「これなら冬でもいいわ」
妻が言った。
「馬車よりは」
「でしょう?」
「まだ出ていない」
「暖かい時点で一点」
妻の採点が始まった。
◇ ◇ ◇
出航した。
ハイデルベルクからネッカーを下る。
岸がゆっくり後ろへ流れる。
馬車と違って、車輪が穴へ落ちることがない。
これは当たり前のことなのだが、三日前まで馬車に乗っていた身には大きい。
妻は最初の半刻ほど、窓の外を見ていた。
私は船の振動を見ていた。
正確には、机の上へ置いた硬貨を見ていた。
「何をしているの」
「どのくらい揺れるか見ている」
「商人はそんなことも見るの?」
「インク壺が置けるかどうかは大事だ」
硬貨は少し震えたが、転がらない。
帳面を書ける。
これも一点である。
◇ ◇ ◇
やがて、乗組員が船室の奥で何かを始めた。
金属の大きな器具がある。
胴が丸い。
上から湯気が出る。
妻が先に気づいた。
「何、あれ」
若い女性が答えた。
「サモワールです」
「サモ……?」
「サモワール。お湯を沸かすものです」
私は見に行った。
船用に固定されている。
倒れないように台へ留められ、熱い部分へ不用意に触れないよう囲いもある。
上には茶を入れるための小さな器。
下には湯を出す栓。
「これはエルレンフェルトの物ですか」
「物そのものは、もっと東の方で使うものだそうです」
若い女性が言った。
「でも、この船へ付けるように言ったのはドロテーヤ様です」
「公爵令嬢が?」
「どうしてもサモワールが要る、と」
乗組員が苦笑した。
「長距離便には必ず、とおっしゃいまして」
「理由は?」
「紅茶がおいしく飲めるから、だそうです」
それは、国を動かす理由として正しいのかどうか私には分からない。
しかし、船で八時間過ごす理由としては、とても正しい。
◇ ◇ ◇
しばらくして、パンが出た。
ジャムも出た。
紅茶も出た。
船賃に含まれている。
パンは食べやすい大きさに切ってある。
ジャムは小さな器。
紅茶は、サモワールの湯で何度でも飲める。
妻は一杯目を飲み、少し考えてから言った。
「馬車、負け」
「まだマンハイムにも着いていない」
「暖かい。揺れない。紅茶がある」
「判断が早い」
「三日前の馬車には、どれもなかったわ」
反論できない。
私も二杯目を頼んだ。
◇ ◇ ◇
若い女性は、エルレンフェルトの国民だった。
ハイデルベルクには親類を訪ねて来ていたという。
帰るところだった。
妻が尋ねた。
「エルレンフェルトの方なのね」
「はい。生まれたときから」
「公国になる前から?」
「もちろんです」
「では、急に外国人になったの?」
女性は笑った。
「そう言われると変ですね。家も道も畑も何も動いていません。でも、旗ができて、書類が変わって、船賃が安くなりました」
「最後が一番分かりやすいわね」
「はい」
私も聞いた。
「二グルテンというのは、やはり大きいですか」
「大きいです。十グルテンなら、私は今回乗っていません」
「馬車で?」
「何日かかっても、もっと安い方法を探します」
なるほど。
公国は、自国民には船を利益だけで走らせていない。
外から来る者には十。
国民には二。
差は八。
どこかが負担している。
しかし、その八で国民が動くなら、町へ戻る人、学ぶ人、働く人、買い物をする人が増える。
商人としては、そこまで含めて考える必要がある。
◇ ◇ ◇
船はマンハイムへ近づいた。
ネッカーを下っている間は、流れも船を助ける。
速い。
マンハイムで短く止まった。
人が降りる。
一人乗る。
郵便袋も積む。
大きな荷物は積まない。
この船は穀物船でも材木船でもない。
人と、急ぐ小さな荷物の船なのだ。
私は船着場の動きを見た。
荷役に時間を使わない。
人が乗れば出る。
商売として考えると、これも重要である。
船はラインへ出た。
向きを南へ変えた。
ここからが上りだ。
機関の音が少し変わった。
船の速さも変わる。
「遅くなった?」
妻が言った。
若い女性がうなずいた。
「ここからは川に逆らいます」
「八時間というのは、このせいなのね」
「たぶん。下る便はもっと早いそうです」
窓の外の岸を見る。
確かに、先ほどまでよりゆっくりだ。
それでも馬車よりずっと速く距離を消していく。
◇ ◇ ◇
昼が近づくころには、景色を見る者が減った。
川。
冬の木。
低い岸。
時々、村。
また川。
最初は珍しい。
二時間もすると、珍しくなくなる。
そして人間は、暇になる。
暇になると話をする。
妻と若い女性の話が、どこからか服の話になった。
「その縫い方、エルレンフェルト?」
「これは母です」
「きれいね」
「母の方が私より上手です」
「あなたは?」
「私は帳面の方が好きです」
私が口を挟んだ。
「それは商人向きだ」
「商人ではありません」
「何の帳面だ」
「町の仕事を少し。人の出入りや、品物の記録です」
「役所?」
「役所ほど立派ではありません」
妻が笑った。
「この人、帳面が好きな人を見つけるとすぐ商人にしたがるの」
「帳面は大事だ」
「あなたは黙ってて」
若い女性も笑った。
◇ ◇ ◇
話しているうちに、彼女がフランソワという女性と同級生だったことが分かった。
「フランソワ?」
妻が聞き返した。
「ドロテーヤ様のお側にいるフランソワです」
「あの、飛行機にも乗ったという?」
「はい。あのフランソワ」
私は紅茶の杯を置いた。
「知り合いなのですか」
「同じ学校でした。同じ組です」
「昔から、ああいう人だったの?」
妻が聞いた。
若い女性は少し考えた。
「どういう人だと思っておられます?」
「私は会ったことがないもの。噂では、ドロテーヤ様についてロンドンへ行ったり、飛行機へ乗ったりしているでしょう」
「そうですね」
「怖くないのかしら」
「怖いと思います」
「それでも乗る?」
「フランソワですから」
答えになっているような、なっていないような返事だった。
若い女性は続けた。
「学校でもそうでした。騒ぐ方ではありません。誰かが忘れ物をすると、本人より先に気づいていました」
「今と同じじゃない」
妻が言った。
「たぶん、同じです」
「ドロテーヤ様が忘れ物するの?」
「……多いそうです」
声が少し小さくなった。
船室の何人かが笑った。
「それ、言ってよいのですか」
私が聞くと、女性は窓の外を見た。
「本人から聞いたことにしてください」
「フランソワさん本人から?」
「はい」
「なら大丈夫ね」
妻は楽しそうだった。
◇ ◇ ◇
それから話は止まらなくなった。
エルレンフェルトの工場。
新しい大学の研究所。
飛行場。
水玉船。
公国になって変わった書類。
変わらなかった畑。
国境を越えて働きに来る人。
ストラスブールへ買い物に行く人。
船賃が一グルテンになって、以前より気軽にケールへ出るようになった人。
「一グルテン?」
妻が聞いた。
「エルレンフェルトからケール、ストラスブールの近距離線は、国民なら一グルテンです」
「外国人は?」
「五です」
私は頭の中で計算した。
「徹底していますね」
「何がです?」
「国民を動かす料金だ」
若い女性は少し考えた。
「難しいことは分かりません。でも、一グルテンなら行こうと思います。五なら、用事をまとめてから行きます」
それで十分だった。
経済というものは、たいてい、こういう一言の中にある。
◇ ◇ ◇
午後。
紅茶は四杯目になった。
妻は三杯。
若い女性は五杯。
「飲みすぎでは」
私が言った。
「まだあります」
「あるかどうかではない」
「サモワールですから」
意味が分からない。
妻が笑った。
「あなた、負けてるわよ」
「何にだ」
「サモワールに」
船は上流へ進む。
外は冷たい。
風もある。
窓の一部が少し曇る。
しかし中では上着を緩めている。
三日前、馬車の中で毛布を膝へ掛け、息を白くしていたことを思い出した。
これが同じ冬の旅行とは思えない。
◇ ◇ ◇
途中で一度、船が少し岸寄りへ進路を変えた。
私は窓へ顔を近づけた。
「なぜこちらへ?」
船頭が答えた。
「中央の流れが強いのでございます」
「岸の方が浅くないですか」
「浅いところは避けます。弱い流れを拾います」
上から見れば、川は一本に見える。
船頭には、その一本の中に速いところと遅いところがあるらしい。
水玉船には新しい機関がある。
だが、それだけで川を無視して走るわけではない。
古い船頭の知識と、新しい船が一緒に動いている。
私はそれも帳面へ書いた。
妻が見た。
「今度は何」
「良い機械があっても、道を知っている者は要る」
「それは本当に商売の教訓ね」
「だから全部そうだと言っている」
◇ ◇ ◇
ケールが近づいたころ、日がずいぶん低くなっていた。
朝にハイデルベルクを出てから、およそ八時間。
同じ夫婦。
同じ荷物。
目的地も、数日前に出発した場所と同じ。
だが、旅はまるで違った。
馬車では、町から町へ進んだ。
ラシュタットで宿を探し。
ドゥルラハで車輪を直し。
ブルッフザールで馬を替え。
道が悪ければ止まり。
日が暮れれば泊まった。
船では、朝に乗った。
昼には川の途中にいた。
午後にはケールへ着いた。
しかも暖かい。
パンがある。
ジャムがある。
紅茶がある。
なぜかサモワールまである。
妻が船を降りる前に言った。
「帰りもこれにしましょう」
「ハイデルベルクへ戻るときは下りだから、もっと早いらしい」
「なおさら」
「馬車の方が途中の町は見られる」
「仕事で寄るなら馬車。帰るだけなら船」
私は少し考えた。
「それだな」
◇ ◇ ◇
十二月二十七日 ケール 夜
宿へ入ってから、旅費を整理した。
水玉船。
ハイデルベルクからケール。
一人十グルテン。
夫婦で二十グルテン。
パン、ジャム、紅茶を含む。
暖房を含む。
途中の宿泊なし。
およそ八時間。
馬車より座席運賃そのものが安いとは言えない。
しかし、途中で二晩泊まり、食べ、馬車を待ち、道路の都合に付き合うことを考えれば、比較する数字は運賃だけではない。
特に商人には、二日という時間そのものに値段がある。
もう一つ。
エルレンフェルト国民は、同じ長距離線を二グルテンで乗る。
私たちの五分の一。
外国の商人から見れば、ずいぶんな差である。
だが、今日一緒だった女性は、その値段だから親類を訪ね、帰ってきた。
近距離線なら一グルテンだから、町の人はストラスブールへ出かける。
人が動けば、買う。
売る。
働く。
学ぶ。
手紙を運ぶ。
公国は、船だけを作ったのではないのかもしれない。
人が動く値段を作ったのだ。
妻が帳面を覗いた。
「長いわね」
「旅行記だ」
「最後にサモワールを書いてない」
「必要か?」
「必要よ。今日一番大事だったでしょう」
「一番ではない」
「私は一番だった」
仕方がないので、最後に付け足した。
追記。
長距離水玉船にはサモワールがある。
紅茶は何杯飲んでもよいらしい。
妻は、次も水玉船に乗ると言っている。
私も反対する理由は、今のところ見つからない。




