21貴族令嬢は宇宙に行きます。高度100km到達した
第二十一章 貴族令嬢は宇宙へ行きます
工場の大きな扉が開いていました。
その中に、今までなかったものがあります。
左右に一本ずつ、細長い筒。
その間をつなぐ中央部分は、まっすぐな棒ではありません。
上へ行くほど、小鳥ちゃんの腹の形にぴったり合うように作られています。
正面から見ると、左右の筒が少し離れて並んでいます。
上から見ると、
Н
どろちゃんには、そう見えました。
「えんちゃん」
技師さんたちは、その文字をエンと読んでいます。
エルレンフェルトの人たちには、何語なのか分かりません。
神様の文字。
今のところは、それで通っています。
工場の人は、もう少し実用的な名前で呼んでいました。
SRB
固体ロケットブースター
二本
その二本と中央の架台をまとめたものが、Нちゃんです。
◇ ◇ ◇
まだ飛べません。
左右の大きな筒は、ほとんど空です。
工場の奥から、成形の終わった推進剤が運ばれてきました。
去年まで、小鳥ちゃんへ積んでいたアフラ君とは大きさが違います。
原料の一つは、今年も南隣の領地から来たピーナッツです。
もちろん、ピーナッツだけを筒へ詰めるわけではありません。
ピーナッツから作った燃料側の成分。
神様から届く酸化剤。
それを固め、安定して燃やすための材料。
全部を合わせて、固体の推進剤にします。
一基へ、一・二五トン。
もう一基にも、一・二五トン。
左右で合計、二・五トン。
「ずいぶん使うね」
――最初に考えた二トンずつよりは減った。
「四トンもいらなかったものね」
――百キロへ行くだけなら、そこまではいらない。
工場では、一つずつ重さを確認しています。
左右で違えば困ります。
燃焼時間
推力
総質量
重心
固定
点火系統
左右の記録を重ねます。
同じものを二つ作る。
簡単に聞こえます。
工場の人たちは、そこに一番時間を使いました。
「右だけ元気だったら困るからね」
どろちゃんが言うと、工場長は笑いませんでした。
「たいへん困ります」
「ですよね」
左右の推力が違いすぎた場合には、小鳥ちゃんが逃げます。
小鳥ちゃん自身に残すアフラ君は三本。
Нちゃんへ載っているあいだも、その三本は使えます。
左右どちらかのSRBに大きな異常が出た場合、
上側の拘束を外す
下側の固定を外す
小鳥ちゃんのアフラ君を点火
Нちゃんから離脱
Нちゃんの方は、もう上を目指しません。
自分で帰ってきます。
「そのためにも、パラシュートじゃなくてパラグライダー」
――そこはずっと譲らないな。
「落ちてくるだけだと、帰ってきた感じがしないもの」
返事はありませんでした。
工場長も、何を話しているのか分からないまま作業を続けています。
*
小鳥ちゃんが工場へ入ってきました。
前の飛行では、アフラ君を六本積みました。
今日は三本です。
残りの場所は空いています。
そこへНちゃんの支持部が入ります。
太さは、アフラ君とほとんど同じ。
ただしロケットではありません。
太い中空の支持材です。
Нちゃんを小鳥ちゃんの下へ入れます。
少しずつ持ち上げます。
支持材が、小鳥ちゃんの下から入っていきました。
前までアフラ君が固定されていた場所へ、そのまま収まります。
「焼き鳥」
――言うと思った。
「串が下から刺さった」
『焼かないでね』
「焼かないよ」
小鳥ちゃんの下面とНちゃんの中央部が、ほとんど隙間なく合いました。
上側にも留め具があります。
けれど、そこへ大きな推力を受け持たせるつもりはありません。
浮かない
ずれない
剥がれない
そのためのものです。
SRBの力はНちゃんの構造を通り、下から差し込んだ太い支持材へ入り、もともとのアフラ君固定部へ伝わります。
小鳥ちゃんをロケットから吊るしているのではありません。
ロケットが、小鳥ちゃんを下から押します。
全部組み上がりました。
小鳥ちゃん、およそ一・六五トン。
Нちゃん、およそ三・五トン。
合わせて、およそ五・一五トン。
翼をいっぱいに後退させます。
左右のSRBは細長く、その間へ小鳥ちゃんが沈み込んでいます。
前から見ると、大きさのわりに細い機体になりました。
『わたし、太った?』
「下に大きいのが付いただけ」
『取れる?』
「途中で取れるよ」
小鳥ちゃんは、それならよいようでした。
◇ ◇ ◇
発進は、朝になりました。
夜明け前ではありません。
今日はНちゃんも帰ってきます。
パラグライダーで戻る風を見る必要がありました。
発進場所の周囲には、人を入れていません。
回収予定の草地にも、馬や荷車はありません。
風は弱い。
雲は高いところに少し。
地上では青空です。
小鳥ちゃんへ乗り込みます。
透明な覆いを閉じました。
与圧
酸素
電源
操舵
翼
脚
記録計
アフラ君三本
Нちゃんとの分離機構
左右SRB
左右の推力監視
パラグライダー回収装置
一つずつ確認します。
前の飛行より項目が増えました。
「小鳥ちゃん」
『いるよ』
「えんちゃん」
少し間がありました。
計器の表示が変わります。
左右の回収装置も正常。
「います」
――物に返事をさせるようになったか。
「小鳥ちゃんもしますよ」
――そうだったな。
どろちゃんはベルトを締め直しました。
今日は四点で体を支えます。
前回より強く押される時間があります。
『今日はどこまで行くの?』
「百キロ」
『宇宙?』
どろちゃんは少し考えました。
「百キロを宇宙の始まりにするなら、宇宙」
――線が見えるわけじゃない。
「六十一キロのときも何もなかったものね」
前の飛行で書いた数字を思い出しました。
六一
その横へ書いた、
一〇〇
今日は、そちらへ行きます。
*
発進台がНちゃんを支えています。
左右同時点火。
ただし、点火しただけでは固定を外しません。
左右の燃焼室の状態を見ます。
「点火」
操作します。
左右から、ほとんど同時に大きな音が来ました。
小鳥ちゃんの周囲が震えます。
左
右
数字が上がります。
差は小さい。
――左右正常。
「離します」
保持が外れました。
Нちゃんが小鳥ちゃんごと上がります。
最初の一瞬、どろちゃんはもっと乱暴に押されると思っていました。
違いました。
重い機体を、二本のSRBがまっすぐ持ち上げています。
「上がった」
『上がってる』
地面が下へ離れます。
速度が増えました。
翼はいっぱいに後退したままです。
低いところでは空気が重い。
Нちゃんの左右の細い筒と、小鳥ちゃんが一つの機体になって空気を割っていきます。
十秒
二十秒
推進剤が減ります。
機体が軽くなります。
推力は大きく変わりません。
そのため、体へかかる重さが少しずつ増えてきました。
「二Gを越えた」
――左右は揃っている。
「見てます」
高度が上がります。
空の色が濃くなります。
三G
座席へ押し付けられる力が、はっきり大きくなりました。
どろちゃんは首だけを無理に動かしません。
計器は正面です。
左右SRBの表示も並べてあります。
左
右
ほとんど同じです。
燃焼終了が近づきます。
「三・八」
――姿勢正常。
「三・九」
四G近く。
そこが最初から決めた上限です。
一分を少し越えたところで、左右の推力がほとんど一緒に下がり始めました。
「来ます」
――分離準備。
どろちゃんの手が、分離操作へ移ります。
推力が落ちます。
四G近くあった重さが急に消えました。
「左右、終わりました」
――分離。
上側の拘束が外れます。
下側の固定も外れました。
小鳥ちゃんとНちゃんの間が、少し開きます。
下から刺さっていた太い支持材が抜けていきました。
小鳥ちゃんだけが、前へ進みます。
Нちゃんが下へ離れていきました。
「えんちゃん、帰ってきてね」
すぐには返事がありません。
まだ空気が薄すぎます。
パラグライダーを開く高さでもありません。
Нちゃんは、左右二本のSRBを付けたまま、しばらく弾道飛行を続けます。
帰る仕事は、もう少しあとです。
◇ ◇ ◇
小鳥ちゃんは三本のアフラ君を残しています。
全部使う予定ではありません。
Нちゃんだけでは、百キロには少し足りません。
一番だけ。
残り二本は、まだ残します。
「距離」
――十分。
「姿勢」
――いい。
「一番、使います」
赤いボタンを押しました。
アフラ君が点火します。
小鳥ちゃんが、また前へ押されました。
Нちゃんを付けていたときより、ずっと軽い機体です。
一本でも効きます。
「やっぱり軽い」
――六本積んでいたときとは違うな。
「三本しかいないからね」
三十秒。
一番のアフラ君が燃えます。
そのあいだにも高度は増えました。
三十キロメートルを越えます。
四十
五十
空気抵抗は、もう地上近くとは比べられません。
アフラ君が燃え尽きました。
「終わり」
残り二本。
どろちゃんは次へ手を伸ばしません。
押しているものがなくなっても、小鳥ちゃんは上がっています。
今度は慣性です。
六十キロメートル。
「前に来たところ」
『ここ知ってる』
「うん」
前は、この先へ少し行ったところで止まりました。
今日は違います。
速度がまだ残っています。
七十
八十
地球側の空気が、薄い青い縁になってきます。
座席へ押し付けられていた体の重さはありません。
ベルトだけが、どろちゃんを小鳥ちゃんの中へ置いています。
九十
高度計の動きは遅くなってきました。
それでも止まりません。
「あと十」
技師さんたちも、今度は何も言いませんでした。
九十五
九十八
九十九
どろちゃんは数字を見ています。
九十九・八
九十九・九
表示が変わりました。
一〇〇・〇
「あ」
何も起きません。
音もしません。
線もありません。
空の色も、九十九・九キロメートルのときと同じです。
小鳥ちゃんも壊れません。
ただ、高度計だけが百を越えました。
「百キロ」
『宇宙?』
どろちゃんは窓の外を見ました。
黒い空。
下には地球。
青い縁が、遠くまで続いています。
「人が百キロから宇宙って決めたなら」
少し間を置きます。
「小鳥ちゃん、宇宙に来たよ」
『来た』
技師さんの一人が、やっと声を出しました。
――百キロという線は人が決めたものだ。
「知ってます」
――自然現象の境界じゃない。
「それも知ってます」
どろちゃんは高度計を見たまま続けました。
「でも、百は百です」
それには、誰も反対しませんでした。
*
小鳥ちゃんは、まだ上がっていました。
百五
百十
数字はもう、今日の目的を越えています。
最高高度を今ここで決める必要はありません。
記録計を地上へ持ち帰って補正します。
どろちゃんは、アフラ君の二番にも三番にも触りませんでした。
二本とも残します。
「もう使わない」
――その方がいい。
「帰る分にはいらないものね」
『帰る?』
「まだ上がってる」
それからしばらくして、高度計の動きが止まりました。
百二十キロメートルを越えています。
細かな数字は覚えません。
記録計の仕事です。
小鳥ちゃんは、一番高いところへ来ました。
前の六十一キロメートルより、さらに空気がありません。
舵を動かしても、飛行機としての反応は出ません。
どろちゃんは今日は遊びませんでした。
前に一度やっています。
地球を見ます。
黒い空を見ます。
小鳥ちゃんの中は静かです。
「百キロって、近かったね」
――六十一まで行った人間が言うと、そうなる。
「四十キロくらいだもの」
――高さだけならな。
「うん」
少しして、高度計が逆へ動き始めました。
「帰ります」
◇ ◇ ◇
最初は、落ちている感じもあまりありません。
地球の重力が、少しずつ小鳥ちゃんへ速度を戻していきます。
百十
百
今度は上から通ります。
『宇宙、終わった?』
「百キロを線にするならね」
『また来る?』
「来ると思う」
答えてから、どろちゃんは計器を見ました。
温度
圧力
姿勢
残ったアフラ君
どれも問題ありません。
九十
八十
まだ翼は飛行機の翼としてほとんど働きません。
七十
地球が少しずつ大きくなります。
六十
前回、一番高かったところを通り過ぎました。
「今度は上から来た」
――そうなるな。
五十
表面温度の数字が動き始めました。
「空気が戻ってきた」
前回と同じです。
ただし、今日は速度が少し大きい。
どろちゃんは温度と動圧を続けて見ました。
範囲内です。
操縦桿を少し動かします。
最初は鈍い。
もう少し下へ。
空気が濃くなります。
舵が答えます。
翼を少しだけ前へ出しました。
小鳥ちゃんが、また飛行機へ戻り始めます。
*
その途中で、別の表示が点きました。
「あ」
Нちゃんです。
ずっと下にいます。
小鳥ちゃんと分かれたあと、すぐにパラグライダーを開いたわけではありません。
高いところでは空気が薄すぎました。
速度も大きすぎます。
落ちながら待ちます。
空気が戻る。
速度が落ちる。
そこで、収納されていた翼が開き始めました。
最初から全部ではありません。
細く開く。
空気を入れる。
形ができる。
それから大きく広がります。
Нちゃんが、落下物から飛ぶものへ変わりました。
「開いた」
――左右正常。
「向きは?」
――回収区域へ向いている。
どろちゃんにはまだ見えません。
ずっと下です。
「えんちゃん、帰ってる」
『わたしたちも帰ってる』
「そうだった」
小鳥ちゃんの翼を、もう少し前へ出しました。
◇ ◇ ◇
高度が下がります。
地面が地図ではなくなってきました。
川
森
町
畑
エルレンフェルトの位置も分かります。
その西側。
回収用に空けてある広い草地があります。
「見えるかな」
どろちゃんは目を凝らしました。
最初は分かりませんでした。
やがて、地面の模様の中に、ゆっくり動くものが見えました。
翼です。
飛行機の翼ではありません。
大きな布の翼。
その下にНちゃんがいます。
「あった」
『えんちゃん?』
「えんちゃん」
左右のSRBを付けたНちゃんが、パラグライダーの下でゆっくり旋回しています。
落ちているのではありません。
回収地点へ向かっています。
「ちゃんと帰ってる」
――だからパラグライダーにしたかったのか。
「そう」
それ以上は説明しませんでした。
説明する必要もありません。
Нちゃんは少し向きを変えました。
草地へ入ります。
地上の回収班が待っています。
小鳥ちゃんの方が高いので、着地する瞬間までは見えませんでした。
少しして、表示が変わります。
Н 帰還
「おかえり」
Нちゃんの仕事は終わりました。
*
今度は小鳥ちゃんです。
翼をさらに前へ。
速度を落とします。
滑空
旋回
進入
脚
『いつものところ』
「うん」
発進した場所が見えます。
朝にはНちゃんを付けて、五トンを越える姿で立っていました。
今は小鳥ちゃんだけです。
しかも、アフラ君が二本残っています。
ずいぶん軽くなりました。
「速度、少し高い」
――落としてから入ればいい。
「分かってます」
大きく一度回ります。
高度を使います。
風を見ます。
もう一度、進入。
主輪が草へ触れました。
一度
そのまま走ります。
今日は跳ねませんでした。
速度が落ちます。
停止
『着いたよ』
「着いた」
どろちゃんは、すぐには覆いを開けませんでした。
記録計を見ます。
最高高度の表示。
百二十を越えています。
補正前です。
今日、必要だったのはそこではありません。
百キロを越えたこと。
小鳥ちゃんが帰ってきたこと。
Нちゃんも帰ってきたこと。
残ったアフラ君は二本。
全部あります。
覆いを開けました。
地上の空気が入ります。
「やっぱり多い」
――またそれか。
「百キロから帰ってくると、もっと多いです」
どろちゃんは小鳥ちゃんから降りました。
遠くの回収草地には、Нちゃんがいます。
大きなパラグライダーは、もう地面へ下ろされていました。
工場へ戻れば、記録を全部調べます。
左右SRBの燃焼時間
推力差
最大加速度
分離時刻
分離高度
小鳥ちゃんの一番アフラ君
最高高度
帰還時の温度
Нちゃんの回収経路
今日は、まだ数字を一つだけでよいことにしました。
一〇〇
前に、六一の横へ書いた数字です。
今度は、届きました。
第二十一章の小さな説明
【Нちゃん(えんちゃん)】
小鳥ちゃんの下へ取り付ける、二基の大型固体ロケットブースターと中央支持架台を合わせた加速装置です。
上から見た構造がНの字に見えるため、未来側の技師さんたちが文字名の「Эн(エン)」で呼び、どろちゃんが「えんちゃん」と名付けます。
一七〇二年の周囲の人々は、まだそれをロシア語やキリル文字とは認識していません。どろちゃんの頭の中に現れる文字は、これまでどおり「神様の文字」と考えられています。
【SRB】
SRBはSolid Rocket Boosterの略です。本章では未来の航空宇宙技術を知る技師さんたちの用語として、そのまま使います。
Нちゃんの二基は小鳥ちゃんへ直接ぶら下げません。中央架台が小鳥ちゃん下面にぴったり沿い、外したアフラ君の固定部へ同程度の太さの支持材を下から差し込みます。発進時の大きな荷重は、その既存固定部へ伝えます。
上側の留め具は主に浮き上がり、横ずれ、剥離を防ぐためのもので、大きな推力荷重を受け持ちません。
【小鳥ちゃんに残すアフラ君】
前章ではアフラ君を六本搭載しましたが、本章では三本だけを残します。
一本は通常の百キロ飛行でНちゃん分離後の上昇に使用し、二本は残したまま帰還します。
左右SRBの推力差が大きくなった場合には、固定を解除し、残したアフラ君を使って小鳥ちゃんだけがНちゃんから離脱できます。通常推進装置と緊急離脱用推進装置を兼ねる考え方です。
【ピーナッツ由来の固体推進剤】
本作のアフラ君系推進剤は、ピーナッツだけでできているわけではありません。
ピーナッツから得た有機成分を燃料側に使い、神様から得た酸化剤や、そのほかの材料と合わせて固体へ成形します。
現実の複合固体推進剤でも、酸化剤の粒子を樹脂・ゴム状の材料で固め、その高分子材料自身も燃料として働く方式があります。本作はその考え方を下敷きにしていますが、具体的な組成や製造法は設定しません。
【一・二五トンの意味】
左右SRBの「各一・二五トン」は、ピーナッツの重量ではありません。
ピーナッツ由来成分、神様製酸化剤、結合材その他をすべて含んだ完成推進剤の総質量です。
左右二基で推進剤は合計約二・五トンです。
【発進時の質量】
小鳥ちゃん本体、どろちゃん、与圧装置、脚などを合わせて約九百キログラム。
アフラ君は一本約二百五十キログラムなので、三本搭載した小鳥ちゃんは約一・六五トンです。
Нちゃんは推進剤約二・五トンに、二基のケース、ノズル、中央架台、支持材、分離装置、回収装置などを合わせて約三・五トン。
発進時の合計は約五・一五トンとします。
【アフラ君系推進剤の性能】
前章までのアフラ君は、一基あたり推進剤約二百二十キログラム、推力約二十キロニュートン、燃焼時間約三十秒です。
この値から逆算すると、完成推進剤は比推力でおよそ二百八十秒弱に相当する、かなり性能のよい固体推進剤になります。
本章の大型SRBも同じ系統の推進剤として計算します。ピーナッツ由来燃料側成分に加え、酸化剤も神様由来なので、この性能を物語世界の標準値とします。
【最大約四G】
固体ロケットは燃焼中に推進剤を消費して軽くなります。推力を大きく変えなければ、発進直後より燃焼末期の方が加速度は大きくなります。
本章では、左右SRBの燃焼終了直前で搭乗者と機体にかかる軸方向荷重が約四Gになるように設定しています。
小鳥ちゃん自身にSRBの推力を一点で受けさせず、Нちゃんの中央架台と既存のアフラ君固定部を利用して荷重を伝えるのは、このためでもあります。
【空気抵抗】
Нちゃんは左右に細長いSRBを置き、その間の中央架台を小鳥ちゃん下面に密着させます。露出した大きな横桁はありません。
翼も発進時には最大後退位置です。
正確な外形を持たない架空機なので、厳密な空力計算は行わず、本章の概算では発進時の合成機の実効的な空気抵抗を、小鳥ちゃん単体のおよそ一・八倍として扱います。
【百キロと宇宙】
高度百キロメートルは、一般にカーマン・ラインとして宇宙空間との境界に用いられる値です。
ただし、そこに大気の終わりを示す物理的な線や壁があるわけではありません。九十九・九キロメートルから百・〇キロメートルになった瞬間に、景色や機体へ急な変化が起こるわけでもありません。
本章では、どろちゃんも技師さんたちもそれを理解したうえで、「百キロへ届く」という人間が決めた目標を達成します。
【最高高度の概算】
飛行性能は前章と同じく、鉛直方向だけを見る簡易な一次元モデルで確認しています。
小鳥ちゃん約一・六五トン、Нちゃん約三・五トン、左右SRBの完成推進剤各一・二五トン、SRB燃焼末期約四G、発進時の空気抵抗を小鳥ちゃん単体の約一・八倍として計算します。
この条件では、左右SRBは約六十六秒燃焼し、Нちゃん分離時は高度約二十九キロメートルになります。
その後、小鳥ちゃんのアフラ君を一本だけ三十秒使用すると、簡易計算上の最高高度は約百三十キロメートルです。
実際の三次元飛行では姿勢制御、風、推力ばらつき、空力、分離時の損失などが加わるため、本文では細かな最高高度を断定せず「百二十キロメートルを越えた」とだけ書きます。
【Нちゃんのパラグライダー回収】
Нちゃんは使い捨てではありません。
小鳥ちゃんと分離したあと、高高度ですぐに布の翼を開くのではなく、十分に降下して空気密度と速度が回収に適した範囲へ入ってから展開します。
物語では「パラグライダー」と呼びますが、技術的な性格は操向可能なラムエア式のパラフォイルに近いものです。
単なる丸型パラシュートではなく、自分で回収場所へ向かって帰ってくることが重要です。
【単座の小鳥ちゃん】
小鳥ちゃんは百キロへ行くようになっても単座のままです。
二人乗りにすると与圧区画を大きくする必要があり、与圧構造、酸素、生命維持装置などの重量も増えます。全長約七・五メートルの小型機としての性格を残すため、どろちゃん一人だけが乗ります。
Нちゃんを付けた姿は打上げロケットに近くなりましたが、小鳥ちゃん自身は最後まで、宇宙へ上がって自分の翼で帰ってくる小さなグライダーです。




