第196章 貴族令嬢は、特別列車を四本置きます。エルレンフェルト駅を改良します。
第196章 貴族令嬢は、特別列車を四本置きます
エルレンフェルト・ポテト会議の会場には、旧会議棟を使うことになりました。
新しい会議場の方が、建物としては圧倒的に大きくなっています。国際連盟の本部機能まで抱えるようになってから必要になった規模なので、参加国が多い会議や大人数の集まりなら、そちらを使う方が自然です。
旧会議棟は今も小さな会議で普通に使われています。もともとフランス、イングランド、ネーデルラント、イタリアの四か国が集まるために作った建物なので、今回のポテト会議にはちょうどよい規模でした。
「久しぶりに、ここで四か国そろうね」
「ええ。人数まで含めると、もともとの使い方にかなり近いですね」
どろちゃんとフランソワさんは、普段の小会議用に置かれていた机の配置を見直しました。今回は国王や元首に加えて、ライデン大学の研究者、農業や行政の担当者も入ります。本会議が終わったあとには、別室で国際連盟加盟国向けの説明会も続きます。
「この部屋、やっぱり四か国で使うと落ち着くね」
「最初から、そのための建物ですから」
机を動かし、電灯と通信線を順番に確認しました。昔から四か国が国境や戦争や国際的な取り決めを話してきた場所で、今度はジャガイモの話をすることになります。
「席は四か国を正面に?」
「研究者が説明しやすいよう、少し内側へ寄せましょう。ライデン大学の人が図を出すたびに歩き回るのも大変です」
「種芋の見本も置くから、机も少し広くしたい」
「では、中央を詰めすぎないようにいたします」
会議の内容が農業でも、出席するのは国王や元首です。警備、控室、通信、随員の待機場所まで、以前の大きな首脳会議と同じように用意します。
◇ ◇ ◇
フランスからはルイ十四世が来ます。こちらの世界ではまだ健在で、今回は息子も一緒です。本来の歴史なら父より先に亡くなり、王位へ就くことができなかった人で、もし父のあとまで生きて王位を継いでいれば、ルイ十五世になっていた人でした。
ヴェルサイユで案内状を受け取ったルイ十四世は、夕食前に息子を呼びました。
「エルレンフェルトからだ。今度はジャガイモらしい」
「どろちゃんからですか」
「そうだ。五年ほど品種改良をしていたらしい。古い種芋を広く入れ替える話まで来たので、本人たちだけでは決められぬそうだ」
息子は、父から渡された紙をゆっくり読みました。
「これは、確かに一度決めたら何年も続きますね」
「うむ。増やして、配って、農家が使って、古いものを減らしていく。余が聞いたことを、お前へ後から説明するより、隣で同じものを聞いた方が早い」
「私も行くのですか」
「一緒に来なさい」
「父上がお決めになるのでしたら、私は報告だけでもよいのではありませんか」
「今回は、それではもったいない。余も聞く、お前も聞く。それでよい」
ルイ十四世の声は、外国の使節へ話すときよりずっと柔らかでした。
「それに、余がいつまでも全部一人で聞いている必要もあるまい」
「父上」
「何だ」
「そういう言い方をされると、まるで明日にでもお亡くなりになるようです」
ルイ十四世は息子の顔を見て、少し笑いました。
「そこまで急ぐつもりはない」
「でしたら、普通に『一緒に来い』でよいのです」
「分かった。一緒に来なさい」
「はい」
息子は案内状を畳み、もう一度表紙を見ました。
「ポテト会議、とありますね」
「そのままだな」
「昼食もジャガイモでしょうか」
「どろちゃんなら出すかもしれぬ」
「では、朝は控えめにしておきます」
「そこまで備えなくてもよい」
二人とも笑いました。国王と、その次に王位を継ぐはずの息子でも、家の中では父と子です。ルイ十四世は、これから何年も続く政策を、元気なうちに息子と隣同士で聞いておこうと考えていました。
◇ ◇ ◇
イングランドからはアン女王が来ます。以前なら、どろちゃんが航空機で迎えに行くところでした。この二十年ほど、遠方の国王や元首をエルレンフェルトへ呼ぶときには、どろちゃん自身が送迎することが何度もありました。速く、安全で、予定も合わせやすかったからです。
今回はドーバー海峡トンネルが開通しています。ロンドンから特別列車を仕立てれば、船へ乗り換えず、そのまま大陸へ入り、エルレンフェルトまで来られます。
「女王様を迎えに行かなくていいんだ」
どろちゃんが時刻表を見ながら言いました。
「はい。今回はロンドンから列車で直接来ていただけます」
「二十年くらい迎えに行ってたから、ちょっと変な感じがするね」
どろちゃんは時刻表をもう一度見ました。送迎に使っていた時間を、今回は会議資料の最終確認へ回せます。交通網が整ったことで、要人を運ぶ方法そのものが変わっていました。
イタリア王国側も、以前とは移動が違います。サヴォさんはトリノから特別列車で出発し、アルプスのベーストンネルを抜けてバーゼルまで一気に北上できます。モナコやニースの方へ大きく回る必要はありません。
サヴォさんはすでにイタリア王国の国王で、首都はいまもトリノです。ただ、国がほぼまとまった今、そろそろローマへ首都を移すべきか本人も迷い始めています。
サヴォさんは、首都をトリノからローマへ移す時期も考え始めています。ただし、今回エルレンフェルトで扱う議題はジャガイモです。遷都の判断はイタリア王国側の別の仕事として、そのまま残っています。
ネーデルラント側からは、ライデン大学の研究者たちと、ネーデルラント側の元首が来ます。大学側は五年間の共同研究者なので、交配記録もフランスとイングランドでの耐病性試験もよく知っています。国として判断できる人と、研究を説明できる人が同じ列車で来る形になりました。
◇ ◇ ◇
そこまで交通の話が進んだところで、エルレンフェルト駅の担当者が別の問題を持ってきました。
「特別列車を、どこへ置きますか」
「駅じゃないの?」
「到着までは駅です。問題は、皆様が降りたあとです」
エルレンフェルト駅は普段二面四線で、旅客列車ならそれで回せます。別に貨物用ホームもあります。特別列車は乗客を降ろしたあとも、会議終了まで編成を留置し、帰る時間にはすぐ旅客ホームへ戻せる状態にしておく必要があります。
「今までは隣の駅へ置いていましたね」
「はい。あちらはドイツ領です」
距離は近いので、これまでは客をエルレンフェルトで降ろしたあと、空になった編成を隣駅まで回送していました。帰る時間が近づけば、またこちらへ戻します。できなくはありませんし、ずっとそうしてきました。
「でも、国王陛下たちの予定って変わるんですよね」
「会議が一時間早く終わることも、晩餐が長引くこともあります。急に帰国する必要が出る場合もあります」
「そのたびに隣駅と調整かあ」
「はい。線路を空けてもらい、機関車を付け、こちらまで回送します」
駅の担当者が構内図を広げました。
「今回は、四か国分の特別列車を構内へ置けるようにしたいです」
「四本分ですね」
「はい。今後も同じような会議がありますから、毎回ドイツ領へ回送するより、こちらに留置線を持った方が便利です」
三人で図面を覗き込みましたが、駅の周囲にはすでに建物と道路があり、貨物の扱いもあります。旅客ホームを増やそうとすると、駅全体の動線まで変えなければなりません。
「ホームはいらないよね。お客さんは今のホームで降りるから」
「必要なのは、空の列車を待たせる線路だけです」
「四本分、何とかならない?」
担当者は図面の余白へ鉛筆を走らせ、倉庫の位置と排水路を何度も見比べました。
「かなり詰めれば入ります。この建物の壁を二メートルほど下げれば、線路一本分の余裕が取れます」
担当者は、分岐器から留置線へ入る曲線も図面で確認しました。
「ここは入換専用ですので、この曲線で収まります」
こうして、普段の二面四線と貨物用ホームはそのままにし、その外側へホームのない留置線を四線分増やすことになりました。土地に余裕がある駅なら難しくない工事ですが、エルレンフェルトでは線路一本を入れるたび、保守用通路や排水、分岐器の位置まで見直します。
工事が始まると、駅員さんたちの方が積極的でした。
特別列車の時刻表も、普段の旅客列車とは別に作りました。到着時刻だけでなく、どのホームへ入れ、乗客を降ろしたあと何分で留置線へ移すかまで書きます。四本の列車が同じ時間帯へ重なると、通常列車まで止めることになるからです。
「首脳会議だから、普通の列車を全部止めます、はだめですよね」
「だめです。町の人も仕事で使いますし、貨物も動きます」
「国王陛下が来ても、いつもの列車は走る」
「そのための四線です」
普段の旅客列車と貨物列車を動かしたまま、特別列車も受け入れます。そのために四本の留置線を一番から四番まで番号で管理し、その日の到着順と出発予定に合わせて使うことにしました。
留置線は国別に固定せず、空いている線へ順に入れます。到着の遅れや出発時刻の変更があっても、その方が四線を無駄なく使えます。
列車が到着したら二面四線の旅客ホームで客を降ろし、そのあと入換機で留置線へ入れます。出発時刻が近づけば必要な順にホームへ戻し、隣のドイツ領の駅との連絡は予備として残します。四線増えたからといって、今まで使えた方法まで捨てる必要はありません。
完成後には空の客車を使い、一線ずつ試しました。ゆっくり押し込み、停止位置を確認し、分岐器を戻して次の線へ入れます。
「四本とも入りました」
駅の担当者は、各線の停止位置と分岐器の状態をもう一度確認しました。これで今回の四か国分は、会議中ずっとエルレンフェルト駅構内へ置いておけます。隣のドイツ領の駅へ毎回回送し、出発前に呼び戻す手間もなくなりました。
会議棟、宿泊、研究資料と準備するものはいくつもあります。国王や元首を呼ぶポテト会議では、特別列車四本分の留置線まで新しく用意することになりました。




