↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドロティアとフランソワは空を飛びます どろちゃんの飛行日誌 飛行機から始まった貴族令嬢の社会改変  作者: アントノフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
198/210

189 貴族令嬢は、大使候補さんの剣術を見ます。  


第189章 貴族令嬢は、大使候補さんの剣術を見ます



 新滑走路南のニュータウンを見たあと、一行は警備施設へ寄りました。


 大使公邸として使う家が決まったので、門の警備についても顔合わせをしておきます。


「この者を、公邸の警備に付ける予定です」


 警備側の責任者が1人の兵士を紹介しました。服装も装備もほかの警備兵と同じで、兵士はフランス軍式に敬礼します。ところが、顔を見た大使候補が少し首を傾げました。


「薩摩の生まれだそうですね」


「はい。今はフランス国籍です」


 返事はナーロッパ語です。


 吉宗さんも興味を持ったようでした。


「日本語も話せるのですか」


 兵士が一度だけどろちゃんの方を見ます。


「話して大丈夫ですよ」


 どろちゃんが言うと、兵士の表情が少し変わりました。


「話せもす。鹿児島の言葉になりますが」


 大使候補の後ろで、郎党の1人が笑いました。


「日本語で話せるんやったら、それが一番ありがたいです」


「はい。じゃっどん、鹿児島の言葉が出もす」


「それはかまいません。こっちも紀州の言葉ですから」


 ナーロッパ語で話している間は出身地が分かりませんでした。日本語に戻った途端、紀州と薩摩の違いが出てきます。


「ご用があれば、いつでん呼んでくいやんせ」


「これは助かりますな」


 大使候補は笑いました。警備施設の奥では、ちょうど剣の訓練をしていて、刃を落とした金属剣を持った兵士たちが2人ずつ向かい合っています。


「こちらでは、これで稽古をするのですか」


 大使候補が足を止めました。


「警備の訓練ではよく使います」


 教官が答えます。


 大使候補は腰に小太刀を1本だけ差しています。郎党4人も同じです。大小を揃えて歩く武芸者の一行には見えません。


「日本の剣も似ていますか」


 教官に尋ねられて、大使候補は首を振りました。


「私のは、もっと軽いです。稽古なら木刀を使います」


「木の剣で?」


「はい」


 教官が木刀を1本用意させました。


 さっき紹介された警備兵が、刃引きの剣を持って前へ出ます。


「少し試してみますか」


 大使候補は木刀を受け取り、重さを確かめました。


「このくらいなら」


 吉宗さんが横から声をかけます。


「無理はするなよ」


「承知しております」


 2人が二メートルほど離れました。


 どろちゃんが両方を見ます。


「始めてください」


 警備兵が先に前へ出ました。


 金属剣が動いた瞬間、大使候補は正面で受け止めませんでした。


 木刀を短く当てて剣筋を外し、自分の身体も横へ抜きます。


 警備兵が向きを変えるより先に、大使候補の木刀がほぼ真横から首筋へ来ていました。


「そこまで」


 どろちゃんが言いました。始まってから二秒も経っていません。


 警備兵は自分の剣を見てから、大使候補を見ました。


「押された感じがしなかった」


「押しておりませんから」


 大使候補は木刀を下げました。


「もう一度」


 今度は教官が前へ出てきます。


「私がお願いします」


 さっきの動きを全部見ています。


 教官は距離を少し変え、最初から警戒して構えました。


「よろしいですか」


「お願いします」


 始まっても、教官は簡単には前へ出ず、大使候補も動きません。先に間合いを詰めたのは教官でした。


 金属剣が入ってきたところで、大使候補の木刀が触れます。今回も正面で受け止めず、剣を外へ流しながら身体を横へ抜きました。


 そのまま教官の後ろへ回り、振り返ろうとした教官の膝裏へ蹴りを入れます。姿勢を崩した教官は、床へ片膝をつきました。


 そこから倒れたところへ、大使候補が木刀を両手で持ち直します。


 首のところで止まりました。


「そこまで」


 どろちゃんが言いました。


 教官は倒れたまま、首元の木刀を見ました。


「……これは、先ほどの偶然ではありませんな」


「偶然で二度できれば、ありがたいのですが」


 大使候補は木刀を引いて、一歩下がりました。


 教官も起き上がります。


「力では、こちらの方が上だと思います」


「その通りです」


 大使候補がすぐに答えました。


「私は小柄です。剣を押し合えば負けます。ですから、押し合わないように習いました」


 教官は、さっき自分の剣が外へ流された方向を手でなぞりました。


「剣を止めようとしたのではないのですね」


「止めたら私の方が負けます」


 それを聞いて、最初の警備兵も頷いています。


 大使候補は教官の持っている剣を見ました。


「その剣を、少し貸していただけますか」


「どうぞ」


 教官が刃引きの金属剣を渡します。


 受け取った瞬間、大使候補の腕が少し下がりました。


「重いですね」


 両手で持ち直し、一度だけ振ってみます。


 剣の重さに身体を持っていかれ、足が半歩動きました。


「これは駄目です」


 本人が笑いました。


「私は文官ですし、身体も小さい。これを振り回して戦ったら、自分の方が先に疲れます」


 剣を教官へ返すと、今度は腰の小太刀を鞘ごと外しました。


「代わりに、こちらを持ってみてください」


 教官が受け取ります。


「……軽い」


「軽いでしょう」


 大使候補が頷きました。


「でも、よく切れますよ」


 教官は鍔元を少しだけ抜いて刃を見て、すぐに鞘へ戻しました。


「これで戦うのですか」


「はい。私は大きな人と力比べをしても勝てませんから」


 教官は小太刀を返しました。


「だから、あの動きなのですね」


「そういうことです。私には、このくらいの刀の方が合っています」


 横で見ていた吉宗さんが笑いました。


「そうか。役所仕事ばかり見ていたが、武士でもあるのだったな」


「武士ではございますので」


「それでも、刀は1本でよいのか」


「2本持ち歩いて書類が速くなるなら、そういたします」


 一瞬置いて、郎党4人が笑いました。


「なるほど。そこは変わらぬな」


「役目が先でございます」


 大使候補は小太刀を腰へ戻しました。



          ◇ ◇ ◇



「そろそろお昼ですね」


 どろちゃんが時計を見ました。


 吉宗さんが旧会議棟の方を見ます。


「お昼は、どこかへ移るのですか」


「いいえ。今日はここでも会議がありますから、みんなこちらで食べます」


「皆さん、同じものを食べるのですか」


「はい。仕事のお昼ご飯は、ずっとそうです」


 大使候補が食堂の方を見ました。


「では、私どもも?」


「もちろんです」


 一行は旧会議棟へ戻りました。


 午前中に見た会議室では、まだ話し合いが続いています。先に終わった部屋からは人が出てきて、書類を抱えたまま食堂へ向かっていました。


 食堂では、国も身分もばらばらです。


 常駐代表、事務局の職員、通訳、警備関係者。午前中に会議をしていた人たちが同じ列へ並びます。


 吉宗夫妻も、大使候補夫妻も、郎党4人も、どろちゃんたちも同じです。


「席は決まっておるのか」


「空いているところへどうぞ」


「本当に、普段の仕事場の昼食なのですね」


「毎日、宴会をしていたら午後の仕事ができませんから」


 今日の昼食も、午後に仕事へ戻れる普通の料理でした。


 大皿を囲む宴席はありません。料理を受け取り、それぞれ席へ運びます。


 午前中に条約原本を見ていた人と、通信室で電文を扱っていた人と、さっき剣を振っていた人が、同じ食堂で同じ昼食を食べています。


 吉宗さんは周りを見ながら席につきました。


「大きな建物を見たときより、こちらの方がよく分かる気がします」


「何がです?」


「ここが役所だということだ。昼になれば皆、飯を食って、また仕事へ戻る」


「そういう場所ですよ」


 どろちゃんも隣へ座りました。


 大使候補は、何事もなかったように郎党4人と食べ始めています。


 さっきまで教官の首へ木刀を止めていた人には見えません。


「午後は、何を見るのでしょう」


 奥さんが尋ねます。


「まだいくつかあります。食べてから決めましょう」


 そこへ、料理長さんが自分で食堂へ入ってきました。


 給仕に任せず、両手で大きな皿を持っています。


「お嬢様」


「はい?」


「日本からのお客様がお見えになると伺って、用意していたものがあります」


 どろちゃんが皿を見ると、緑色の大きな葉でひとつずつ包まれていました。吉宗さんもすぐに気づきます。


「これは、葉で巻いてあるのですか」


「はい。日本の寿司という料理を聞きまして、こちらで作れる方法を考えました」


 料理長さんは、少し緊張しています。


「皆様の昼食は同じものですが、こちらだけは日本のお客様に味を見ていただきたくて」


「何の葉です?」


 大使候補の奥さんが尋ねました。


「アセ、と教わりました。暖竹の葉です」


 吉宗さんの顔が変わりました。


「そこまで用意してくださったのですか」


「何度か試しました」


 料理長さんが、1つの包みを開きます。


 葉の中にはご飯があり、その上に鯖の切り身が載っていました。


「鯖は塩水でよく洗いました。炊いた米の上へ置いて、この葉で巻き、桶へ入れて発酵させています」


「酢は?」


「入れておりません」


 料理長さんが答えました。


 葉をほどくと、発酵した香りがふわりと広がります。


 ご飯には酸味が出て、見た目は酢飯で作った鯖寿司にも近くなっていました。


 日本から人が来ると聞いて、料理長さんが何度も試して用意した、渾身の一皿です。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。