第186章 貴族令嬢は、ムリヤちゃんで和歌山へ行きます。 先日の約束通り徳川吉宗さん夫妻と要職の人たちをお迎えに行きます。
第186章 貴族令嬢は、ムリヤちゃんで和歌山へ行きます
ムリヤちゃんは、エルレンフェルトから東へ向かいました。
今回は、どろちゃんたちの和歌山行きに、学生の交換、VOGの人員移動、各地へ送る貨物、それから帰りに乗せる人たちまで、いくつもの用事を一度にまとめた便です。
「積載量にはずいぶん余裕がありますけれど、行き先は多いですね」
フランソワさんが積荷表を見ました。
「その方がムリヤちゃんらしいかも」
どろちゃんも紙をのぞき込みます。
最初の寄港地はラサです。ラサで降ろす主な貨物は、大学で使う機材と食糧でした。研究や教育に使う道具、書籍、消耗品も行き先ごとにまとめてあります。
大学で使う機材や食糧は、壊れないよう余裕を持って固定され、行き先ごとにまとめて積まれていました。
ラサでは学生や大学関係者も乗り降りしました。そのあと北京へ向かいます。
北京での往路の主役も大学関係でした。学生、研究者、書籍や教材が動きます。清からヨーロッパへ出す商品は、帰りにまとめて積むことになっています。
「ここで輸出品まで全部積んだら、和歌山まで持っていって、また北京へ戻すことになりますものね」
「それはVOGでも嫌がりますね」
マルガレータさんが笑いました。
北京から嘉手納へ向かう区間では、貨物より人の移動が目立ちました。清と琉球の間では、学生や技術者などの人材交流が増えています。ムリヤちゃんの座席には、行き先の違う人たちが一緒に座りました。
嘉手納では、和歌山へ持っていく黒糖や螺鈿用の貝が加わります。それ以外の地域から和歌山へ向かう果樹の苗、衣類、書籍もあります。
「ずいぶんいろいろありますね」
「でも、まだ貨物室には余裕があります」
FEさんが積載表を確認しました。
ムリヤちゃんにとっては、満載することより、途中で人と貨物を入れ替えながら長い路線をつなぐ方が今回の仕事でした。
◇ ◇ ◇
嘉手納を離陸したムリヤちゃんは、和歌山へ向かいました。
ムリヤちゃんは、事前に選んでいた滑走路候補地を確認するため、まず上空を一度通過しました。
「ここですね」
どろちゃんは窓の下を見ました。
洪水のあとに荒れた場所が広がっています。石の多いガレ場があり、砂の浮いた地面もあります。以前に航空写真と地上側の資料を合わせて、候補地として確認していた場所です。
《長さは取れる》
頭の中で技師さんが言いました。
《大型機を使うなら、端だけでなく、出入りまでまとめて作った方がいい》
「神様、3500mでお願いできますか。両端の転回場所と、誘導路と、エプロンも必要です」
しばらくして、地上の景色が変わりました。
さっきまで石と砂が混じっていた場所に、まっすぐな滑走路が伸びています。長さは3500m。両端には大型機が向きを変えられる場所があり、西側の南には誘導路とエプロンができています。
「あった」
マルガレータさんが窓に近づきました。
「燃料タンクもありますね」
神様燃料タンクも無事に設置されていました。エルレンフェルトから見れば、ここがいちばん東にある航空拠点になります。
「では、もう一度入ります」
操縦席から声が聞こえました。
ムリヤちゃんは高度を取り直し、東側へ回りました。今度は東から西へ向けて進入します。
3500mあります。今日の積載量なら、着陸には十分な余裕がありました。
主脚が新しい滑走路へ降り、ムリヤちゃんはそのまま西へ減速していきます。西側の誘導路へ出ると、南側のエプロンへ入りました。
「到着ですね」
「はい」
ムリヤちゃんが止まります。
自己診断を動かし、乗員が通常の到着後点検を進めました。
「自己診断、異常なしです」
「こちらも問題ありません」
乗員たちは自己診断の結果を確認しながら、慣れた手順で外観や脚まわりまで点検していきました。
◇ ◇ ◇
点検が終わると、貨物室からハイラックスとトレーラーを出しました。和歌山へ渡す荷物のうち、城へ持っていくものを積みます。
黒糖、螺鈿に使う貝、果樹の苗、衣類、書籍が、行き先ごとにまとめられていました。
「一度では全部無理ですね」
「何往復かすればいいよ」
どろちゃんはそう言ってから、ムリヤちゃんの最後部へ向かいました。
最後部には、取り外しのできる居住スペースがあります。An-124なら後部貨物扉のあるあたりに当たる場所です。ムリヤちゃんでは、その空間に4人分の個室と共用のダイニングを置いていました。
3つは士官用で、どろちゃん、フランソワさん、マルガレータさんの専用室です。長尺物を積むときは、居住区そのものを外せば貨物室を長く使えます。
今日は3人とも、それぞれの部屋でドレスへ着替えました。
「これでいいかな」
「はい。今日は公式訪問ですから」
フランソワさんもドレス姿で部屋から出てきます。マルガレータさんも続きました。
FEさんの1人が護衛と運転を兼ねて同行します。もう1人のFEさんと給仕さんは、ムリヤちゃんに残って機体の警備です。
「では、お城へ行きましょう」
◇ ◇ ◇
ハイラックスは紀ノ川沿いを西へ向かいました。途中で左へ曲がると、和歌山城が見えてきます。
小高い山を使った比較的素直な平山城で、名古屋城より規模も構えも簡素です。
それまで将軍の移動は馬や駕籠が中心でした。開国後、吉宗はVOGから馬車を購入し、日常の移動にも使うようになっています。それに合わせて城下と城の中も少しずつ変わりました。
町のクランクは残っていますが、馬車が曲がれるように角が整えられています。車輪を邪魔するいけず石は禁止され、道路へ張り出す庇にも、馬車や積荷が通れる高さを確保する決まりがあります。
そのため、ハイラックスとトレーラーも困らず進めました。城内も、御殿正面の車寄せまで馬車が入れるようになっています。
ハイラックスが止まると、玄関先には吉宗夫妻がそろって待っていました。
どろちゃんが先に降ります。外見だけなら17、18歳ほどにしか見えません。
今日は32歳のエルレンフェルト公国国家元首としての公式訪問です。外見の若さとは関係なく、国を代表して玄関へ立ちました。
「本日は、エルレンフェルト公国を代表して参りました。お迎えいただき、ありがとうございます」
どろちゃんが正式に礼をします。
「遠いところを、よく来てくださった」
吉宗も礼を返しました。夫人も続きます。
どろちゃんは同行者を紹介しました。
「こちらはフランソワです。長くわたくしを支えてくれています」
フランソワさんが礼をします。
「こちらはマルガレータです」
マルガレータさんも続きました。
「こちらはムリヤちゃんのFEです。今日は護衛と運転もお願いしています」
FEさんも挨拶しました。
吉宗夫妻とは顔を合わせたことがあっても、城には初対面の人が大勢います。家老職、役人、侍従、女官、城内で働く人たち。必要な人から順に紹介が続きました。
◇ ◇ ◇
御殿へ入ると、フランソワさんと紀州側の家老職は、さっそく明日の搭乗者の最終確認を始めました。
人数や日程は、以前から何度も書類を往復させて、ほとんど決まっています。今日は出発前の最終確認でした。
「ヨーロッパ方面へ向かわれる、一定の地位にある方は、この名簿で12名以内に収まっています」
「はい。変更はありません」
「学生など、貨物室のMRJシートを利用される方は24名以内です。こちらも確定でよろしいですね」
「はい」
家老が別の名簿を開きました。
「学生の行き先ですが」
「いくつかの大学から選べます。希望は事前にいただいていますので、到着後に最終調整いたします」
「長く残ることもできますか」
「本人が希望すれば可能です」
フランソワさんは次の紙を確認しました。
「それから、国連加入後には常駐する国連大使が必要になります。候補の方は今回、必ず乗ってください」
「候補者夫妻で参ります」
「ありがとうございます。長く滞在される可能性がありますので、ご家族単位の方が望ましいです。住居はこちらで確保できます」
「承知しております」
明日の出発を前に、名簿、家族同行、大学の希望先、残留の可能性、住居の用意まで、決めてあった内容を最後に一つずつ確認していきました。
「では、これで搭乗者は確定ですね」
「お願いいたします」
◇ ◇ ◇
昼食の座敷にはテーブルと椅子が用意されていました。どろちゃんたちもドレスのまま席につきます。
「ずいぶんたくさんありますね」
マルガレータさんが料理を見ました。
太刀魚の焼き物、鯵の干物、ちりめんをご飯にかけたもの、鱧の天ぷら、金山寺味噌ときゅうり、白味噌の味噌汁、大根と鶏肉の煮物。
品数は多くても、並んでいるのは吉宗夫妻が普段食べているものです。高価な食材で飾る代わりに、いつもの料理を少し丁寧にそろえてありました。
「ちりめんが苦手な方には、茶がゆもあります」
「それは助かりますね」
食後には柿が出ました。
「おいしいです」
どろちゃんが言うと、吉宗が笑いました。
「普段食べているものばかりだ」
「それが一番うれしいです」
正式な昼食にも、吉宗の倹約ぶりがそのまま食卓に出ていました。
◇ ◇ ◇
食後、吉宗夫妻はどろちゃんたちを天守へ案内しました。
天守は比較的低い建物ですが、小高い場所にあるので眺めはよく利きます。
「あちらが紀ノ川です」
吉宗が指しました。
河口が近くに見えます。少し視線を動かすと、前に訪れた和歌浦へ延びる運河も見えました。
「前は下から見ていましたね」
「上からだと、つながりがよく分かります」
フランソワさんが窓の外を見ます。
「あれは……ムリヤですね」
マルガレータさんが遠くを指しました。
新しくできた滑走路の西側、その南のエプロンに、白い機体が見えます。遠いので小さく見えます。それでも、周囲と比べると大きさが分かりました。
「今日の朝までは、あそこに滑走路はなかったのですが」
どろちゃんが言いました。
「もう紀州の景色の一部に見えるな」
吉宗が答えました。
◇ ◇ ◇
今日はムリヤちゃんへ戻り、翌日の昼に出発します。
「明日は、出発より余裕を持って飛行場へ集まってください」
フランソワさんが家老職へ確認しました。
「荷物も、今日お渡しした寸法をできるだけ使ってください。葛籠でも構いませんが、大きさがばらばらだと隙間が増えます」
「四角く、積みやすい大きさですね」
「はい。中身より箱の形で場所を使ってしまうのは、もったいありませんから」
お願いしているのは荷物の量より荷姿です。同じ量なら、貨物室へ隙間なく積みやすい形の方が多く運べます。
どろちゃんたちは吉宗夫妻へ昼食のお礼を言い、城を出ました。
久しぶりのムリヤちゃん泊です。
最後部の4つの個室は、就寝時間になると女性陣が全部使いました。どろちゃん、フランソワさん、マルガレータさん、そして給仕さんです。
共用ダイニングの灯りが落ちるころには、それぞれの部屋へ入っています。
FEさん2人は、2階の国家元首用VIPシートを使いました。ルイ14世たちが移動するときにも使っている席です。
「今日は王様の席ですね」
「寝るだけですけどね」
1人が休んでいる間は、もう1人が機体を見ます。途中で交替しました。
新しい3500m滑走路の南側エプロンで、ムリヤちゃんは静かに夜を過ごしました。




